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ファンタジー寄せ集め

踊り子聖女

作者: アロエ



聖女と言えばどのようなものを考えるだろうか。


穢れなき清廉な乙女を考えるものもいるだろう。神殿に属し神の為に一心に祈る敬虔な信徒を考えるものもいるだろう。神に特別愛され精霊や動物と心通わすそんな存在を思い浮かべるものもいるだろう。


この国では踊りの上手い女性であった。貴賤問わず、選定の時が近づくと女神が夢の中に現れ、選定の儀に来るようにと告げる。そうして王都に集められた女性は体のどこかしらに女神に認められた事を示す(しるし)を携えているとされる為、大神殿にて同じく女性の神官によって隈なく調べられる。


それが済めばすべての聖女たちの選定が済むまでを大神殿の特室で待ち、王城へと移り広大なダンスフロアを使い女神像の前で聖女候補たちは各々の踊りを披露するのだ。



豊穣を祝う、農村出身の娘が見せる小鹿が跳ねまわるような明るく、全身から喜びがあふれんばかりという踊り。


艶やかな女性の魅力がたっぷりと乗せられた情婦とも見紛うジプシーの蠱惑な踊り。


教会にて孤児らの面倒を見、子どもらと歌い踊り楽し気に笑うシスターの優しい思いが伝わる踊り。


貴族令嬢の煌びやかでいて洗練された技、パートナーと息の合った高貴さが覗く凛とした踊り。



過去には数人の聖女が選びだされ各地に女神の加護と守護を受け国を支えたともされる為、皆身分の違いから互いを蹴落とそうなど考えず普段は軽く会話などもできないような立場であれ、恐る恐ると関係を繋ぎ、親交を深めようとぎこちなくも彼女たちはこの期間を過ごす。


また女神は何の神とは知られた存在ではないが、様々な踊りを見る事を最上の楽しみとしているとされる。一節によれば地方の村で行われた花祭りというその地にしか咲かない花の見ごろに、村娘に紛れて女神が舞い降り一緒に踊りを踊った等といった伝説も残る。



そんな愉快で少し人間じみた女神だが、此度、数百年ぶりに聖女選定が行われる運びとなり国は右往左往の大騒ぎとなった。なにせ伝承や様式はきちんと受け継がれているとはいえ経験者がいないのだから。


夢で女神を見たと虚偽の申請を行い神殿へ訪れる娘らの多さにも神官たちは連日忙殺された。痣の形、色、これはどうなのだという疑わしきものを前に数人がかりで額を寄せ合い口論をし、連日白目を剥いて胃の痛み不快感に口から何かが出てしまいそうになるものが続出した。


そして一ヶ月をかけて漸く候補者を二十名に絞り込み。やれやれこれで王城関係者にこの女性たちの世話やらを押しつけられる、そう思うが早いか新たなトラブルが起きていると知る事となる。


聖女たちの仲が最悪だったのだ。王家、そして神殿関係者は過去に複数の聖女が出た事を残された資料により知っていたが、彼女らは知らないものの方が多かった。それ故に貴族令嬢が下々のものを見下しいじめをし、農村や地方出身のものは不快な思いを抱き、先祖が移民であり異国の特徴のあるものもまた疎外されたりと骨肉の争いとなりかけていたのだ。


一人なぞ階段から突き飛ばされ運悪く足を折ってしまう大惨事に見舞われた。折れた足が不自然にくっついてしまわぬように保護され、治癒の術を行えるものを早急に呼び寄せる事態となって聖女らは王城での披露の前に大神官により直々にお叱りを受ける羽目となり大勢いた事もあって女神の像が安置される例のダンスフロアを貸し切り聖女の何たるかや過去に複数の聖女がいたという情報を事細かに明かし、下賤の生まれだからと同じ聖女候補を虐げた令嬢は顔を死人のように土気色にして言葉を失っていた。



「あなた方は女神様に選ばれた聖女候補たちです。そのあなた方が手を取り合い互いに研鑽するなら女神様もより一層の寵を下さるかもしれませんが、醜く争い合うなどすれば眉を顰め、目を背けてしまわれるかもしれないのです。その事の重大さをよくよく考え自らの行いを顧みるのです。手遅れにならないうちに」



しんと静まり返ったその場に粛々と大神官の声が響いてはまったくその通りね、とそれに返事をする女の声が響いた。この世に存在するどんな楽器よりも麗しく鼓膜を優しく揺らすその神秘的な声に皆が驚き声の主を探す中、乳白色の石から掘り出された女神像が淡く一瞬だけ光り輝き、女神様!と感極まったような大神官の様子と慌てて平伏するその動きに触発され、聖女候補らも慌ててその場に膝をつき頭を深々と下げる。



『本当に心から悪いと思っているなら踊って。いつものように、のびのびと。皆が自分にできる一番だと思う踊りを。それがわたくしの楽しみなの。―――だから、仲違いなどせず踊って』



それだけ言い、女神は去った。聖女候補の中には意味を深く受け取ってしまったらしいものもいて泡を噴いて昏倒したがそれ以外のものも女神の怒りや罰に怯え、行いを改めた。


足を折って治癒院に運び込まれていた聖女候補の怪我も女神の加護のおかげか、二、三日の間に治り、リハビリに時間を要しはしたものの、他の聖女候補らに支えられ皆が足並みが揃えられ万全となるのを待ち選定の儀は開かれた。


最初はぎこちなく、戸惑いや喧嘩も絶えずに起きていた彼女らの関係も女神が打った釘のおかげか表面上は収まり、滞りなく全員が思い思いの踊りを精一杯に踊って汗をかきそれを拭う為のタオルを渡し互いに健闘を称え合う。


そうしてすべての候補者が踊り切り、大神官が女神像の前へと足を運ぶと女神へとどの女性が一番であったかと問いかけ。聖女候補の女性らに変化が訪れた。


子猫のようにくるくると周り踊って見せた黒髪で雀斑のかわいらしいまだあどけない表情をした十歳そこらの貴族娘。ふくよかだが機敏な動きと大胆な踊りを披露してみせた淡い栗色の髪を一つに束ねた商人の娘。そして足が折れた事など忘れさせるような程に跳ねまわり大道芸人としてのプライドを見せた赤く燃えるような髪をした娘。


この三人の痣が光り輝き、そして彼女らが聖女として選ばれた事を皆に知らしめた。



祝いの宴は盛大に行われ、王都も辺境の地も関係なく国は賑わった。その後三人はそれぞれに住む地へと帰り伝承の通りに女神の寵を受け国を豊かにし、害悪も退け多くの書にもその名を残した。


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