91、これからのこと。
明日は王城に戻る日だ。モヤモヤのままは嫌なのでもう一度話し合ってみる事にした。朝みたいに感情的にならないようにしたい。
両親におやすみを言って部屋に戻って来た。
バウンティをベッドに座らせる。勉強机の椅子をバウンティの前に置いて、私はその椅子に座った。
「バウンティがもうちょっと落ち着いてから話したかったけど、明日あっちに帰る前に……というか、子供達と会う前に確認したいの」
『ん?』
バウンティがキョトーンとしてこちらを見詰めてくる。エメラルドグリーンの瞳がとても綺麗で、色んな感情が溢れて涙が出そうになった。
バウンティの手を取り握り締めると、ソワソワしつつも嬉しそうな顔をしてくれる。私は、きっとバウンティに愛されているんだろう。
「バウンティは、これからどうしたいの?」
『? どうしたい? 何を?』
「私と離婚したいんでしょ? ご飯食べてた時、これからも私がご飯作るみたいな会話だったけど……自分が言った事、忘れてないよね?」
『……っ』
繋いだ手を振りほどかれてしまった。
『お……』
「……お?」
『俺っ、俺は……離婚したい!』
「何で?」
『…………離れてた方が、安全だ』
「側では守ってくれないの?」
『守る為には、守られる側の協力も必要だ――――』
一人で外出禁止、人に会うのも事前確認や場所の安全確認が必要、最低でもツーマンセルで護衛しないと無理だと言われた。
『カナタ、そういうの嫌がるし、ちゃんと守らないだろ? それに、玄関の警備でさえも嫌がってた……』
「私の、せいなんだ?」
『…………あぁ』
「っ、フゥー……そっか…………私のせい」
ボタボタと膝の上に雫が落ちて来た。
「ヒグッ、ウウッ……っ、ヒウッ、ヒグッ……」
息が出来ない。苦しくて、痛くて、胸の上の服をグシャグシャに握り締めた。
『っ、泣くのは狡いぞ……』
「ヒウッ……っ、解って、る! ウウッ…………れっ、冷静に話っ……話し合いたい、の、にっ」
『じゃあ、泣き止めよ! お前、ずっと泣いてるだろ!? …………ちょっと、泣きすぎなんじゃないか!?』
「っ! 私だって、止めたいっ!」
死にそうな所を見せられて、自分から死のうとしていたなんて知らされて、悲しくて、苦しくて、辛かった。
私達を守る為だと言われても、感じるのは自分の無力さと怒りだけだった。共に生きて行こうと約束したのに。誓いの手紙でいっぱい大好きだと伝えたのに。いっぱい喧嘩するだろうけど、仲直りしようと言ったのに。
頼ってもらえない、話し合おうともしてもらえなかった。
「お手紙っ……返してぇ!」
『なっ、何でだよ!』
バウンティへの愛はバウンティにあげない。全て私だけのものにするから。
バウンティに私との思い出なんてあげない。私だけがそれを大切だと思っているんだから。
もう二度と愛してるなんて言ってあげない。バウンティを喜ばせてたまるものか。
『俺は……お前達が大切だから――――』
「嘘つき!」
『嘘じゃない! 愛してる!』
「……アステルとイオに何て言うつもりなの? 愛してるけど、さよならって言うの? 傷付けるの? 泣かせるの!? 私のせいで離婚するって言うの!?」
『っ…………ごめん、ごめんな…………ごめん』
バウンティは謝るだけで何も言ってくれなくなった。暫く、私の嗚咽だけが聞こえる無言の時間が流れた。
暫く泣いたら少し落ち着いた。
ヨタヨタと立ち上がってバウンティの膝に乗り、抱き着く。大きくて、温かくて、愛しい、私のバウンティ。
『カナタ?』
「バウンティの馬鹿。おたんこなす。すかぽんたん。おたんちん」
『意味が解らないが……全部、馬鹿って事か?』
「……うん」
『カナタ?』
「何?」
『抱き着いた後は? どうする気だ?』
「……」
『退いてくれ』
そっと押し退けられた。ムカつくので離れてやらない。
『カナタ!』
「これ、私のものなの! 私がもらったの! 私は捨てないし、誰にもあげないの! 死んでも離さないの! 勝手に死ぬのなんて絶対に許さないの!」
『……んっ』
顔は見えないけど、明らかに喜んでいる。
「警備付けていい。常時の護衛も必要だと思うなら付けて。外出もバウンティの許可とるから。勝手に人に会わない。もっと安全な家に引っ越してもいい。だから、いなくならないで? 命を捨てないで? 家族でいたい」
『んっ……』
バウンティはなぜか寝間着の裾から手を入れだしている。今じゃ無い。バウンティの肩をギリギリと噛んだ。
『痛っ。お前、今本気で噛んだろ!?』
「エロい事すんな!」
『……肌を触りたかっただけだ。腰撫でて、お腹揉むだけでいいから……触っていたい』
お腹を揉むとか言うな。乙女の自尊心がズタズタになる。
「駄目。手をグーにして?」
『? ん、グー』
キョトンとしながらも、バウンティが手をグーにしてくれた。
「二度とこんな馬鹿な事しません。って約束しないと二度と触らせないからね」
『なっ、脅すのか!?』
「手! グー! 触らないっ!」
『横暴すぎるぞ!』
バウンティが手をグーにしてアワアワしている。ざまぁ。
「……ねぇ、もうしない? 皆で一緒にいれる方法探してくれる?」
『…………努力する』
努力してくれるらしい。
全く冷静では無かったが、少しは歩み寄れた。子供達に悲しい報告はしなくて済む。
明日はアステルの誕生日、嬉しい事ばっかりの日にしてあげたい。おめでとうと言いながら、心の中ではごめんねと謝り続ける日になんてしたくないのだ。
「うん……やっと、アステルにおめでとうって言える!」
『やっと? 普通に言えば良いだろ?』
「……おめでとうって言った数日後に、パパとママは離婚しますとか、どれだけ傷付けるつもり!?」
『っ……』
「私達が消えて、アステルね……ちょっと泣いてたんだよ。電話でバウンティと話したいって……でも我慢するって、バウンティが元気になるの待つって言ってくれたんだよ!」
『…………ん。イオは?』
パパの側にいてあげて、僕達は大丈夫だからって言った。凄く男の子だった、凄く強かった。これからも、どんどん大きくなって行くんだろう。
一緒に見守っていきたい。一緒に愛していきたい。そう話すと、バウンティが少し涙目になっていた。
『ん、約束する』
「ほんと?」
『ん、勝手に死なない。皆で生きる道、探す。アステルとイオに顔向け出来ない事、もうしない』
「うん……うん! 約束!」
『手紙返さなくていい? 愛してるって言ってくれるか? 抱き締めて寝てもいい?』
「……いいよ?」
バウンティが手をパーにして、私の腰やお腹を撫で回し、フニフニと揉み続けた。
嬉しいような、嬉しく無いような、なんだか微妙な気分だけど、バウンティは満足そうなので無視して眠りについた。
――――チュッ。
うん、いつもの朝な感じがする。バウンティを起こして、着替えて、荷物の準備して、とーさんを仕事に送り出す。
「いってらっしゃい!」
『イッテラッシャイ、アナタ』
――――貴方?
一瞬無言になったが、全員がスルーした。カクカク喋っているから日本語のはずだ。一体何で覚えたのだろうか。
「はぁぁ、会社休めばよかった」
「夜、電話するからね!」
「絶対にね? いってきます」
「おー、働いてこーい」
「奏子さんのダメニート感が腹立たしいよ……」
「や、あたしもちょっとは働いてっし!」
一応、雑貨屋の店長だしね。……一応。
雑貨屋の方には顔を出してアクセサリーとかを買い込んでおいた。皆のお土産にするのだ。
荷物の確認を終わらせ、準備万端。
「さて。じゃあ、私達も帰るよ」
「はいよー。なんやかんや大変そうだけど頑張りなよ?」
「うん!」
『ソウコ、アリガトウ。オジャマシマシタ』
バウンティと手を繋ぎ、ケーキは崩れないように荷物に括り付けている。きちんと握り締め、目を瞑り、昨日のパーティー会場を思い浮かべる。
――――さぁ、帰ろう。
歩み寄り、大切。




