9、イオとラブラブ
アステルとのラブラブ期間が終了して、次はイオの番。ラセット亭にお迎えに来た。
「こんばんは! お迎えに来ましたー」
「いらっしゃい、カナタちゃん、アステルちゃん。二人は部屋だよ」
二階の部屋に行くと不思議な光景が目に入った。ベッドに寝そべったバウンティのお腹の上で、イオがシクシクと声を押さえて泣いていた。
「えっと、どーゆー状況?」
「……ん? カナタか。ん? なんだ、まだ泣いてるのか」
――――コイツ、寝てたな?
「イオ? どうしたの?」
「ママー! うぁぁぁぁん! ババがぁダベっでいぶのぉぉ! ぼぐのびなのにぃぃ」
「ん? パパが……ダメ? って言うの? イオの日なのに? かな? ……何かしたかったの?」
「ぼぐもおじどどずずのぉー! アズデルだげずずいー! ぼぐおでぎゃうでじずのぉー」
――――うむ、解らん!
「煩ぇよ。駄目って言っただろうが」
「ぴぎゃぁぁぁ」
「イオうるさぁぁぁい!」
――――パンパンッ!
手を叩いて注目させる。
イオは鼻水グッズグズなので取り敢えずティシューを渡す。
「バウンティは会話をぶった切らない!」
「アステルはシーしててね?」
人差し指を口に当てて静かにしてもらう。
「イオ、深呼吸しよう! 落ち着いて、何がしたいのかママに教えてくれる? パパが駄目って言うなら、今度はママと交渉だよ? ちゃんとお話しして、ママに『いいよ』って言ってもらえるように頑張って説明出来るかな?」
暫くズビズビ、グスグス言っていたイオが、段々と呼吸を落ち着けて私と目を合わせてきた。
「ママッ、あのねっ、あのねっ、ぼくね、っ……ズビッ。おしごとしたい! アステルとした、でしょ? ぼぐだっででぎるのぉぉ」
「……? お仕事?」
結局、良く解らず、チラリとバウンティを見る。
「お前達が賞金稼ぎ協会で依頼をこなしたと思ってるんだよ」
「えっと私達は何もしてないよ? ……バウンティが熊退治しただけだよ?」
「ママのウソつきぃぃ! アステルとふたり、おしごとしたの、ないしょなのぉぉ? ぼくだけいつもおしえないの、なんでぇ……」
「イオうるさい! わたしなにもしてないし! 四かいに、いっただけだし!」
「アステルさんや、ちょいと、シーでお願いしますよー」
「うあぁぁぁん」
イオがまた泣き出してしまった。顔を真っ赤にして黒い瞳からボタボタと涙を零している。
「イオ、イオ、おいで?」
――――バシン。
バウンティのお腹の上で泣くイオに手を差し伸べると、叩かれてしまった。
「あぁぁぁん……ママギライ! だいぎらいっ」
「……イオ、叩いたら痛いよ?」
初めて言われた気がする。『嫌い』と言われるのは思いのほか辛かった。心臓がギリッと痛む。
下の子はやはり何となく疎外感みたいなものを感じてしまうんだろうか……。私は一人っ子だったからいまいち解ってあげれないのだろうか。
「…………っ、えっとじゃあ、明日、お仕事見に行こう?」
「いやぁぁ、ママギライっ! パパといますぐいぐー! パパつれてっでよぉ!」
「イオ! 何度言えば良いんだ? 今すぐはもう無理だ! それに、カナタは仕事してないし、アステルもしてない。ただ掲示板を見に行っただけだ、っつってるだろうが」
「ふぎゃぁぁぁぁ」
ベシベシとバウンティの胸を叩いて泣き叫び出してしまった。
『嫌い』が痛い。ビックリするくらい痛い。ちょっと涙目になってしまったのでグシグシと擦って誤魔化す。
「イオ、ママの事嫌いになっちゃった? ママとお家に帰らないの? ……二人だけでラブラブしてくれないの?」
「ひぎゃぁぁ! いがにゃぃぃ! ババがいぃ」
「うん、そっか、嫌なんだね、ごめんね。でもね、ママはね好きだよ? イオ、愛してるよ。ママ……家に帰るね。バウンティ、ごめんっ」
「カナ――――」
――――バタン。
私まで泣きそうで、部屋から逃げてしまった。さっきより更に大きいイオの泣き声が聞こえてきた。何であんなに泣いてるんだろう。バウンティとアステルを優先して三日間も放置したから? イオを最後にしたから? アステルだけ協会に連れて行ったから? ぐるぐる考えても解らない。
――――ダンダンダン!
「ママー! うぁぁぁん! おいでがなびでぇごべんばざぁぁぃ」
――――ガチャッ。
「イオ?」
ドアを開けると泣きじゃくりながらイオが胸に飛び込んできた。イオがずっと『ごめんなさい』と叫ぶ。
「イオ、何で謝るの? イオ?」
「きらい、うぞなぉぉ! ママー! ごめんなざい、おいてかないで、きらいならないで!」
「大丈夫だよ、イオ? 大好きだよ? 嫌いになんて絶対ならないよ?」
「…………ぅん」
暫く抱き締めて撫でていると寝てしまった。
「あの、バウンティ……そもそも何でイオはこんなにいじけてるの?」
「何か、お前達だけで賞金稼ぎ協会で何かしてたんじゃないかって、仲間外れにされたってずっといじけてたんだよ。違うっつっても、自分が小さいせいで隠されてるって、アステルと同じ事するって言うんだがな。協会もう閉まってるし」
七時で受付は終了だ。鍵が閉められるから掲示板も見れなくなる。行けるわけもない。
「で、何言っても納得しないし、泣くから……」
――――放置してたら、寝落ちしたのか。
「そっかー。うーん。明日、イオも協会に連れてってあげよう。でも、嫌いになるわけないのに……こんなに泣いて……」
イオの涙で濡れた頬や目元、ちょっとベチャベチャの口元を拭っていた。
「だってパパがさっき『あーぁ。ママないてるぞ。おまえなぁ、ママにきらわれたんじゃねぇか?』っておどしてたもん!」
「アステル! 言うなって!」
アステルの記憶力も突っ込みたいところだが、今はバウンティだよね。
「何脅してんの! 馬鹿!」
「何だよ。泣いてたくせに。だいたい、甘やかすな! 嗜めろよ」
「明日まで甘やかす期間だもん! やっとイオの番になったんだよ!? っ……ラブラブ…………するのっ! バウンティの馬鹿! おやすみっ!」
――――バタン!
イオを抱いて階段を駆け下りる。ジュドさんに挨拶して足早に家に帰った。
ベッドにイオを寝かせてシャワーを浴びていた。
「マーマー! マーマー!」
思いの外早く起きてしまった。慌ててお風呂から顔を出す。
「イオ! お風呂だよ! おいで? イオも入ろう?」
「っうん……」
イオが目をグシグシ擦りながらお風呂に入って来たので髪や体を洗ってあげる。湯船に入っていると「おっぱい」と言ってチュパチュパと吸い始めてしまった。
随分前に卒乳していたのだが、何かのスイッチが入ったのだろうか。今は好きにさせよう。
「イオ、寂しかったの?」
「……うん」
「そっかー。寂しかったのかぁ。ごめんね。明日はいーっぱいラブラブしようね?」
「……ぅん」
イオが落ち着くまで撫で続けた。
「今日は特別なので、一緒のベッドです!」
「とくべつー! ママ、ほんよんで?」
少しご機嫌が浮上したイオに絵本を読み聞かせる。
私が読むと妙に興奮してしまい、なかなか寝ないのだが今日は特別なので良いかと諦めて本気で読む。
子供達が興奮する理由は解っている。キャラクターに合わせて、台詞の読み方や声色を変えて話すからなのだが、その方が楽しそうに聞いてくれるのだ。
バウンティは重低音で淡々と読む。おかげで子供達は五分もしない内にウトウトしだし、寝てしまう。
「……やっぱ、眠くならないよね? パパみたいに読む?」
「や! ママのがたのしい!」
「畏まりましたぁ」
――――チュッ。
イオの頬にキスをして本読み再会。三冊ほど読んだら寝てくれた。もう十一時だ。いつも八時には寝ているのに。夜更かししてしまったが朝はいつもの時間で大丈夫なんだろうか。
朝六時、あふあふと欠伸をしながら少し豪華めの朝ごはんを作る。七時だが、イオは起きれるだろうか。
「イーオー? 起きれるかな?」
「ふにゅ…………ん、ママー」
「はい、ママですよ? おはよう」
「…………んっ」
目をグシグシ擦りながら起きてくれた。顔を洗い、歯磨きをさせる。仕上げ磨きをやって終わり。着替えたら朝ごはん、そしてリビングで少しお話し。
「イオ、昨日の事でね、少しお話ししたいんだけど、いいかな?」
「きのう?」
「お仕事したいって言ってたでしょ?」
「うん?」
うん。解ってた。イオは寝ると忘れるタイプだ。どんなに求めていたものでも起きると覚えてなかったり、興味を失ってしまう事がある。
「パパやママがやってた賞金稼ぎのお仕事、見に行ってみる?」
「うん! いく! ぼくね、おしごとね、できるの! パパみたいにね、つよくなるの!」
「そっかー。どんなお仕事あるかなぁ? 楽しみだね」
「うん!」
今日も四階に上がり朝一で掲示板の前。昨日にも増して遠巻きに見られてる。
「カナタ様 おはようございやす!」
「あ、ライラくんおはよう」
「ライラー! かたぐるま!」
「へいっ」
何の躊躇いもなく肩車される子供と、肩車する大人。昨日知り合ったばかりなのに何だこのベストフレンド感。
「今日はお嬢さんはいないんすか?」
「きょうは、ぼくのひなの!」
「あー、今日はイオと二人きりで過ごす日なんだよ。イオがしたいことするって約束なんだよねー?」
「ねー!」
「へぇ、羨ましいすね。俺はかぁちゃん働き詰めであんまり遊んでもらえなかったっすから」
――――ベチベチ。
「あそぶちがうの! ぼく、おしごとするのっ!」
「おぉ、そうなんすね、すんません。坊っちゃんは賞金稼ぎになりたいんすか?」
「ううん! パパみたいになるの!」
ライラくんがきょとんとしている。なので少しフォローしておく。
「バウンティみたいな強い男になりたいんだってさー」
「っ、息子にそんな風に言われる親父って良いっすね! 俺も頑張ろう!」
「え、ライラくん子供いるの?」
「はい、まだ赤ん坊っすけど、息子が二人いますよ」
「…………えっ。それでアレ?」
昨日の朝の態度は、子供に対してもだいぶ酷かったと思う。
「いや、すんません! ほんと、気が立ってまして。夜泣きで全然寝てなかったんすよ……」
「あー。きついよね。奥さんも寝不足?」
「はい。二人ともフラフラなんすけど、生活費も稼がないとで……」
「交代制とってないの?」
「交代制っすか?」
一日交代でも良いし、夜寝た後の時間を半分にして交代でも良い。私達は一日交代制にしていた。
夜中の授乳時はバウンティが私の服を捲って勝手に授乳させていた。
「えぇっ? 勝手にお乳をあげてたんすか?」
「うん! 楽だったよ! 流石に気付いて起きるけどね。あははは」
それでも授乳時間まで寝れるし、授乳したらすぐ寝れるから凄く楽だった。
毎日毎日夜中に起きて、時には朝方まで一切寝れない。などが無くなるから体力的にも精神的にも余裕が出来たと思う。
「俺、嫁さんに提案してみます!」
「きっと思っている以上に奥さん大変だから、ストレス発散させてあげてね?」
「へい」
その後、ライラくんは良さげなお仕事を見付けたらしく、ボードに掲示された紙を持って出ていった。
「ぼくもっ。ぼくもかみとるー」
「うーん」
取り敢えずボードの依頼を読んでみる。
『男爵家のお堀のお掃除、十名まで』
『しつこい女がいる。撃退したいので恋人のふりをして欲しい』
――――ん?
「何年も前にこれと同じ依頼を見た……ような?」
「あのー、カナタ様」
「はい? あ、えっと、デレクさん?」
「はい。その依頼ですね……ナンパ目的のヤツなんで無視したほうが良いです。子爵家の放蕩息子、って言ってももう良い年齢なんですが、ソイツが何度も出すんですよ。で、来た賞金稼ぎの女性に言い寄るんです」
「え? それを何年もやってるの?」
「はい。まぁ、金額良いんで、お金に困った時にソレを解ってて受けてるようです」
――――なるほど。まぁ、ウィンウィンかな?
「坊っちゃん連れて行くんですよね? でしたら、ここら辺が良いんじゃ無いっすか?」
デレクさんが指したのは老人ホームからの依頼だった。
『入居者に冒険話をして欲しい。時給銅貨三枚』
――――おぉっ。良いんじゃ無い?
「お話しするだけで良いの? すっごい楽だね」
「それが、値段は安い上に、思いの外大変なんっす。『それは聞いたことある』『面白くない』『顔が気に入らない』とかですね、結構ヤジが飛んでくるんっすよ。でも、カナタ様はヤジとか平気だろうし……」
「いやいや、結構傷付くよ!?」
「またまたぁー。アハハハ!」
何故に謙遜してるみたいになってるんだ。取り敢えず、イオもこの依頼で良いそうなので、ちょっと老人ホームたる所に行ってみよう。
子供とも寝れるようになったバウンティ。
実は毎日でも子供と寝たいカナタさん。
次話も明日0時に公開です。




