80、犯人は?
昨日は結構バウンティと話せた。意識もハッキリしていた。今日はどのくらい元気になっているんだろう。
足取り軽く、一般入院病棟に向かった。
『カナタ!』
十三階に上がった瞬間、バウンティが走って来た。
「バウンティさん! 走らないの!」
『ハイ』
看護師さんに怒られて大人しく歩きだした。何か久しぶりの犬バウンティだ。
目の前に来たので頭を撫でてあげるとニコニコしていた。
「何か、元気だね?」
『ん! もう平気だ。帰りたい! 病院は嫌だ!』
「嫌だって言われても……」
「あ、奏多さん、バウンティさんがずっと帰るって言うので、先生には相談してます。一応、今日の経過観察で大丈夫そうであれば明日以降で退院の許可は出ると思います」
「マジっすか。どんだけワガママ言ってんの……」
バウンティはいまいち日本語が解らなかったのだろう、キョトンとしている。
「明日以降で退院出来るって」
『ん!』
「アハハハ! 嬉しそう!」
「良かったねバウンティさん!」
『ん! カエル!』
どうやら看護師さんとも仲良く出来ているようでホッとした。
「そう言えば! 昨日、奏多さんがエレベーターに乗った後、明日は何時に来るか聞いてないから追い掛けるってベッドを抜け出そうとしたんですよー」
「バカなの? 電話すりゃいいのに」
「『ワガママ言うと奏多さんに怒られますよ』って言ってみたらしょんぼりしてベッドでふて寝してましたよ! ちょっと笑っちゃいました。皆、結構乱用してますけど……いいんですか?」
構わないと伝えた。因みに他の使用例を聞いてみる。
「清拭……あっ、体を拭く時なんですけど、逃げようとしたんで『奏多さんに許可された』って言いました」
「あー、リハビリの先生が浮腫のケアの時に使ってましたよ」
「夜勤の子が筋トレ止める為に『奏多さんが怒りますよ!』って言った瞬間にサッと止めたって笑ってましたよー」
スタッフステーションでボロボロと出て来た。つか、色々と迷惑かけてるな。
「何で筋トレとかやってんの?」
『体がダルいから。動いたら治るだろ』
「治らないよ! 馬鹿なの!? 次、筋トレしたらシバキ倒すからね!」
馬鹿なバウンティを怒りながら病室へ引き摺って行く。
バウンティが病室に入るなり膝から崩れかけたが、持ち直してベッドに腰掛けていた。
「ちょ、もーっ。無理しないでよ」
『してないっ。もう元気だ! だから、帰ろう? な?』
「あっちに飛べるくらい元気になったらね」
『……何で帰りたくなさそうなんだ? アステルとイオは? 大丈夫なんだろうな!?』
「帰りたいよ? 二人共大丈夫だよ」
『…………こっち来い』
バウンティがベッドに座った状態で手を伸ばして来た。素直に手を掴み近付くと、腰から抱き寄せられた。首の後ろに手が回され、更に引き寄せられた。
――――チュッ。
『口、開けよ』
「っ……嫌」
バウンティをトンと押し退けて口を拭う。
『……その反応は…………予想外なんだが。機嫌悪いのか?』
「悪くないよ? バウンティは休む事だけ考えなよ。無理したら悪化するよ?」
『お前を抱き締めて休みたい』
「馬鹿な事言ってないで、ちゃんと寝て! あんまり寝られてないんでしょ? ねぇ、お願いだから寝てよ」
『……カナタと過ごせる唯一の時間なのに。十何時間も一人きりで我慢してるんだぞ』
バウンティがベッドに寝転びながらブチブチと文句を垂れ続ける。
『もう動けるし、後は家で寝てればいいだろ? 早く帰りたい』
「……私は入院してて欲しいの」
『もう元気だぞ?』
「元気じゃないじゃん! 今、ふら付いたじゃん。息も荒い!」
『お前といるから息が荒いんだよ』
バウンティがニコニコして、ちょっと誇らしそうに言う。解ってなさすぎて苛立つ。ギチリと拳を握り締めて、苛立って煮えたぎる気持ちを押さえ付けた。
バウンティの頭を撫でながら説得する。
「一昨日、死にかけてたんだよ? お願いだから完治させて? お願いだから眠って? お願いだから……ね?」
『チッ。いっぱい言うこと聞いたのに。全然ご褒美が無いじゃねぇか』
「ご褒美が欲しいの?」
『ん!』
そうだった。この人は基本的にチョロいんだった。
「ご褒美あげるから。何でもするから。何でもあげるから。だから、ちゃんと治療受けてね?」
『……カナタ? 俺に何でもするは危ないから絶対に言わないようにしてたんじゃ無いのか?』
「いーの、何でもする。バウンティが元気になるなら、何だって、どんな事だって、出来るんだよ?」
『……何も……しなくていい、ご褒美もいらない。ごめん。怖がらせてごめんな? ちゃんと言うこと聞くから、もう泣くな』
バウンティが起き上がって、抱き締めて、背中を擦ってくれた。
「泣いてない」
『朦朧としてたけどな、お前が泣いてるのには気付いてたぞ? いっぱい泣かせたよな。勝手に死にかけてごめんな』
「…………死んだら許さない。死ぬ瞬間に絶望の淵に追い込んでやるんだから」
『ん。どうするんだ?』
「死にかけてるバウンティの耳元で『今更だけど……実はバウンティの事が嫌いだったんだ。ごめんね嘘ついてて。バイバイ』って笑顔で言うの」
『なっ…………心臓止まるぞ!?』
「止まればいいんだよ。勝手に死んだら殺してやる。犯人も殺してやる。死ぬほど辛い目に遇わせてやるんだもん。だから、犯人教えて?」
ニッコリ笑って核心に迫ってみる。
『ソレで言うわけ無いだろ! 犯人は気にするなって言ったろ。そういう仕事……っ、こういう仕事してんだ。色々恨まれてるんだ。探してたらキリが無い』
「ふーん。犯人は賞金稼ぎで顔見知りなんだ」
『は? 何を……』
「ん? 別にー。ほら、寝なよ? 体調万全じゃないんだから」
『……ん』
そう、体調万全じゃないから重要なネタを漏らすんだよ。
そういう仕事を受けた顔見知りの賞金稼ぎを探すとしよう。顔見知りなのはバウンティだけなのか、私達二人共なのかだけど、私に隠すって事は私も知っている賞金稼ぎって事だ。
毒を使うのは女の人が多いと聞いた事がある。それは、力がなくても簡単に殺せるから。標的に力で敵わないから標的を無力化する方法を心理的に選ぶらしい。
ここで間違ったらいけない。標的はバウンティなのだ。ほとんどの人が力で敵わない。
「除外出来るのはゴーゼルさん、カリメアさん、アダムさん……」
『カナタ!?』
「あ、ごめん。口に出てた?」
『…………絞り込むなよ。俺は恨んでない』
「は?」
あまりにも衝撃的過ぎた。頭が働かない。
『俺達はそういう職業だ。依頼があれば割りきってこなす。それだけだ』
「…………じゃあ、勝手に死ねば? もう知らない! 帰る!」
病室を飛び出してエレベーターで一階に降り、病院を出る。病院の隣にある公園をズカズカと暫く歩いていたらイライラが落ち着いたのでベンチに座った。
バウンティが犯人を教えないなら一人で見付けてやる。
公園のトイレに入り集中する。
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――――ドサッ。
「イッタタタ!」
王城の先日借りた部屋に飛んでみた。
バウンティがゲロったせいだろう、ベッドから布団もマットレスも剥がされ、木の板だけだった。
お尻を擦りながら部屋から出て、廊下を見てみる。誰もいない。
こっそり城内を歩く。何となくで歩いていくと見た覚えのある空間に出た。サロンがある辺りだ。妙に後ろめたくて見回りの騎士さん達を避けながら歩いていたが面倒になってきた。
丁度通り掛かった爺やさんを見付けたので手招きして呼ぶ。
「すみません、ウォーレン様探してるんですけど――――」
「カッ……こちらにお入りください」
近くにあった部屋に押し込まれた。
「カナタ様、今は亡くなられた事になっているでしょう!」
「あー、騎士さんにもそう思わせてた方がいいかな?」
「はい。人の口には戸が建てられませんので」
うん。それは良く解る。取り敢えずウォーレン様に会いたい。爺やさんが連れて来てくれるそうなので頼んだ。
ウォーレン様を巻き込んで悪巧みをしたいのだ!
バウンティにキレても仕方ないけれど……。
次話も明日0時に公開です。




