79、ちょっと元気。
バウンティの状態についてお医者さんから説明があるとの事で、説明室に両親と一緒に向かった。
――――コンコンコン。
「失礼します。今井です」
「こんにちは、担当医の横田です。えーと、バウンティさんとの関係は奥さんで大丈夫ですか?」
「はい」
「一応、バウンティさんにも説明したんですが、注射器の中身はたぶん蜘蛛の毒で間違いは無さそうです。今のところ抗毒素も効いてますので治療は支持療法と言って、症状を緩和させていく事になります。現在も、吐き気や痙攣、刺すような腹痛があるようですが、今朝方よりは随分軽くなっているようです」
「はい。ありがとうございます」
薬の効果があったので、今の所は注射器の成分調査等はしないそうだ。どうやら結構お金が掛かるらしい。退院の際に返却でお願いした。
「今日明日と様子を見てみて、自分で歩けるようでしたら一般病棟に移動になると思います。明日、ご来院された時は受付で確認をお願いしますね。何かご質問はありますか?」
「はい、分かりました。大丈夫です。ありがとうございました」
「いえいえ。では、何か気になる事が出たら看護師に伝えてくださいね」
そう言うとお医者さんが立ったので、話しは終わりなのだろう。私達も立って挨拶する。
バウンティの元に戻ると、目をショボショボさせて閉じてはカッと開いてを繰り返していた。時々咳をしてはヒューヒュー言っている。見付けた時みたいにガタガタと痙攣したりずっと吐いたりはしていないが、明らかに疲れきった様子だった。ゆっくり休んで欲しい。
「バウンティ、今日は帰るから、ちゃんと寝なよ?」
『……嫌だ…………っ、ここにいろよ…………いて?』
「いてって言われても……」
後ろからとーさんに頭を撫でられた。
「僕達は先に帰っておくよ。奏多は帰る時に電話くれれば迎えに来るから。ね? どうだい?」
「……うん。そうする」
とーさんから一万円渡された。そう言えばお金とか全く持ってなかった。ありがたく受け取った。
両親をエレベーターホールで見送り、バウンティの元へ戻る。やっぱりショボショボしている。
ベッドの横にイスを置いて座ると手を差し出された。手を繋ぐとスウッと目を閉じて眠ってしまった。安心したらしい。
手をとられて動けないし暇になったのでボーッと外を眺める。
「バウンティさーん、検温し……あら、寝られてます?」
「バウンティ、検温だって」
「起こさなくて大丈夫ですよ。寝てるなら脇に差しますね」
「あー、寝てる時に知らない人が触ると攻撃してくるかも……です」
「…………起こしてもらえますか?」
頬をベチベチと叩いて起こす。
『……ん』
「熱計るって」
『ん……』
ボーッとしながら手を出したので看護師さんが体温計を渡すと固まっていた。
『何コレ?』
「体温計。細い方を脇に差して、音が鳴ったら終わり」
バウンティが不思議そうな顔をしながら脇に差していた。そう言えば水銀の体温計しか見たこと無いんだった。
十秒程でピピピピッと音が鳴った。その瞬間バウンティがビクッとしていたのがちょっと可愛かった。
「三十八度ですねー。結構下がって来ましたね。あと、オムツを替えますね。失礼します」
看護師さんに布団を剥がされ、病着をはだけられて物凄く焦っていた。
『なっ……』
「オムツ変えるってよ」
『オムツ? ……俺、オムツ……ゴホッ、ゲホゲホ、穿い……てるのか!?』
「歩けないんだから、そうなるでしょうよ。看護師さんの邪魔しないの! 従う!」
『っ……』
バウンティが両手で顔を覆ってオムツ替えを耐えていた。
「バウンティさーん、腰少し上げて下さい。……どうかしました?」
「自尊心と羞恥心に耐えてるみたいです」
「うーん。もよおした時に呼んでもらって尿瓶って手もあるんですけど」
バウンティに説明したらションボリのまま『オムツで良い』と弱々しく答えた。
看護師さんが他の人の所に行ったので、頭をナデナデしてあげる。オムツを替えただけで息が上がっている。本当にキツそうなのに、平気そうなフリをしようとする。
「ほら、目を瞑って?」
『ん…………ゴホッ、んんっ……ハァ』
少しむせ込んでいたが、すぐに眠った。
途中、トイレに行ったり、飲み物買いに行ったり、売店でおにぎりを買って談話室で食べたりした。
「あ、奏多さん! バウンティさんが呼んでます」
看護師さんが慌てて呼びに来たので、不安に思いつつ病室に向かうと、バウンティが全身を硬直させてガタガタと痙攣していた。
『っ…………ゥググググッ……ガナダッ…………ウグッ』
お医者さんが走って来て何かの薬を注射器で点滴の管から入れていた。十秒ほどして痙攣が治まり始めた。
『ッハァハァハァ……ゴホッ……ハァハァ、カ……カ、ウグッ』
「いるよ。大丈夫だよ!」
「今井さん、ビックリしましたよね? 痙攣等は蜘蛛の毒がまだ体に残っているので、時々起こるんです。状況に応じて処置しますんで、不安でしょうがお任せ下さいね」
「はい。有り難うございます」
より一層キツそうに浅い呼吸を繰り返すバウンティ。痛ましくて見ているのが辛い。先程投与された薬に眠気を誘う効果でもあったのか、またうっつらうっつらしている。このまま寝かせたい。
今日は一旦帰るけど、明日また来るからと伝えて病院を後にした。
バウンティが入院して二日目、今日はとーさんに病院まで送ってもらい一人でお見舞だ。一階の受付で部屋を確認すると十三階の一般病棟に移ったと教えてもらった。
昨日あれだけぐったりしていたのに大丈夫なのだろうか。ドキドキしながらエレベーターで十三階に上がった。
「バウンティ?」
バウンティの個室のドアが開け放たれていたので覗くと誰もいなかった。
――――ガチャッ。
「おわっ!」
入口横にあるトイレからバウンティが、点滴を吊るした棒と共に出てきた。
『カナタ!』
「ストップ! 手、洗った?」
バウンティが抱き付こうとしたので、確認したら洗ってなかった。素直に洗面所で手を洗いペーパーで拭いていた。
『洗った。抱き付いていいか?』
「いーよー」
『キスは?』
「駄目」
ギュウギュウに抱き締められた。
妙に体重を掛けて来るのでちょっと重いなと思っていたら、目眩を起こしていたようでふらついている。
「ちょ、ベッドに行こう?」
『ん……ハァ』
バウンティがベッドに座って息を調えていた。
自力で動けるようにはなっている。でも、息が簡単に上がるようでとても辛そうだ。
――――ギュルルル。
『っ…………トイレ』
ヨタヨタと立ち上がってまたトイレに入って行った。
「おはようございます、ご家族様ですか?」
「はい。今井です」
「バウンティさんの担当をしてます。看護師の古賀です」
「言葉が通じにくいとは思いますが、よろしくお願いします」
「HCUの佐藤から申し送りで聞いてるので大丈夫ですよ! 奏多さんですよね?」
奏多という免罪符は大活躍らしい。
「現在ですが、お腹の調子が悪くて脱水起こしかけているので、点滴をしてます。大きな痙攣がほとんど出なくなったのでこちらに移っては来たんですが、小さな痙攣はまだまだ続いている状態なので、部屋のドアは開けっ放しでお願いしてますね」
「分かりました!」
ご飯は八分粥らしいのだが、おかずは柔らかいものを中心にある程度は出しているらしい。ただ、そんなに食べれていないそうだ。
飲み物は炭酸以外は良いとの事なので、スポーツドリンクと緑茶、ウーロン茶、麦茶、コーヒーを自販機で買った。ついでにテレビカードとイヤホンも買った。千円で二十四時間見れるらしい。
「オムツは止めたの?」
『ん! ヤダ』
「……まぁ、そうだよね。飲み物はテレビの下の冷蔵庫に入れておくね?」
『ん……何コレ』
ペットボトルと言おうとして気付く。初めて見るんだった。開け方を教えて渡す。
スポーツドリンクを飲ませたら好きだったらしく半分ほどイッキ飲みしていた。
『……ん、コレ凄く美味しい』
「もう一本買っとく?」
『ん!』
飲み物の次はテレビカードの説明。イヤホンを片耳に付けさせてリモコンで操作する。
「これは……情報番組って言って、何かしらの情報を提供して日常に役立てる為の番組……かな?」
ニュースやドラマ、時代劇、通販番組など放送されていたものを説明した。
「暇で時間持て余したら見るといいよ。無音でボーッとはしんどいし」
『ん。夜寝れなかったら見る』
「ところで……あの日の夜、何があったの? 覚えてる?」
『まぁな』
何か続くのかと思ったが、何も続かないらしい。
「まぁな、じゃなくて、誰なの? 何でなの?」
『気にするな。それより……ゴホッ。アステルとイオは? どうなってるんだ?』
「王城に預けてる。バウンティの側にいてあげてって二人に言われたの。元気になったら電話で話したいって」
『今、話したい』
「バウンティ、引くほど顔色悪いし、げっそりしてるから……もうちょっと元気になってからでお願い……」
余計心配になりそうなほど顔色が悪いのだ。
『……解った』
ベッドに寝転んでションボリするバウンティを撫でる。眠そうにしているので寝るように促した。
夕方まで寝かし付けたり、トイレに行くのを支えたり、犯人を聞き出そうとして失敗したりしつつ、また明日来ると伝えて家に帰った。
ちょっと元気になったバウンティ。だけど、まだ調子には乗れず。
次話も明日0時に公開です。




