67、明日の準備
ヴァレリー家を後にして、のんびり歩きながらシュトラウト邸に戻る途中、アステルとイオが言い合いを始めた。
「イオばっかりズルい!」
「アステルも、さそえばいいょ?」
「むーっ……わたしからはさそわないもん! おとこからさそうものなの!」
――――何の話だ?
「フィリップと遊んでないってイジケてる」
ぽかーんとしていたら、バウンティがそっと耳打ちして教えてくれた。そう言えば、連絡してなかった。
「明日、遊ぼうって誘えば?」
「だから! おとこからさそうものなのっ!」
「そーなの? 男女は関係無いと思うよ?」
「俺はカナタから誘われると、ふはっ。嬉しいぞ?」
バウンティは何か違う妄想に浸っているので無視でいい。
「パパとママは、そーしそーあいだから、いいのっ! アステルは、こいのかけひきちゅーなの!」
「おぉん。なるほどー……」
どこで何を覚えて来てるんだか。何か女子力の高そうな会話だな。
「アステルさんや、恋の駆け引きも良いんだけどさ、明後日にはお船に乗ってローレンツに帰るんだよ? 明日しかフィリップくんに会うチャンス無いんだけど?」
「ローレンツにかえってからでいい。おさそいされて、あそぶ……」
「あ、いや、フィリップくんは王都に住んでるから、ローレンツでは遊べないよ?」
「なんで?」
――――えっ? 何でって?
「えっと……」
しゃがんで地面にザックリとした地図を描く。
「ここがアステルが住んでるローレンツで、ここがフィリップくんが住んでる王都ね」
「うん」
「お船に乗って、海をこーやって航海して、王都に来たの。解るかな?」
「うん」
「お船に何日も乗ってたよね?」
「うん……」
「遊ぼうって言っても、またお船に乗って暫くしないと会えない距離にいるんだよ」
「……すぐあえないの?」
「そうだね、難しくなるね。また王都に来る用事が出来たら会えるけどね、それまではお手紙とか精霊さんでお話になっちゃうかなぁ」
「ようじ、いつできるの?」
それは誰にも解らない。王都に特に用事は無いし。私達はローレンツから引っ越す気は無い。が、どう言ったものか。
「ママ?」
「あー、うん。何年も来ないかもだし、すぐ来るかもだし……今は解らないの」
「……パパ、だっこして」
「ん」
「アステルないてるの? なんでぇー?」
イオはいまいち解らなかったようだが、アステルは理解したらしい。簡単に会えなくなると解って、寂しくなったのだろう。あと、少し怖いのだと思う。くすんくすんと小さな声で泣き出してしまった。
「よっ……」
イオを抱き上げて頭を撫でる。
「イオも……もうちょっとしたら解るかなぁ」
「パパっ、パパ……ラルフかして?」
「ん、家にかえってからな?」
「……うん」
アステルがしょんぼりのままバウンティの首に抱き着いている。何だかキュンキュンする。バウンティにペッタリくっ付いて歩いた。
「カナタ、ちょっと邪魔」
「しどい!」
今、すんごく愛が溢れてるのに邪魔とか言われてしまった。ムカ付いたから何かしたいけど、アステルを抱っこしてるので何も出来ない。
代わりにイオのほっぺにチュッチュとキスをして、こっそりお尻を揉んだ。子供のお尻はフカフカフニフニで気持ちが良い。癒されるのだ。
「むー、もみもみしたらダメ!」
「やだ、ママを癒してよー。ママはイオが大好きなんだよー」
「だいすき? ぼくもー!」
イオが抱き返してムッチューとキスをくれた。が、頬がベチョベチョになった。なぜに舐める。
「イオ、チューは舐めなくて良いんだよ?」
「なんでぇ? ママとパパはペロペロってキス、してるでしょ?」
「…………」
「ブフゥゥゥ、ウゴホッ、ゲホゲホ……」
誰だって無言になるよね? 答えれる気がしない。バウンティは横で吹き出してムセ込んで答えてくれないし。
「ママー?」
「ぺ、ペロペロは……奥さんとでお願いします」
「ふーふのキス?」
「そ、それそれっ! うん、そーなの!」
――――きっとそーなの!
バウンティのニヤニヤが煩い。顔が凄く煩い。
妙な冷や汗をかきながらシュトラウト邸に戻った。荷物をメイドさんに渡しつつ報告する。
「明日、お友達がここに遊びに来るんですが、今の所――――」
「パパ、ラルフ!」
「ん」
「――――あ、ちょっと待って下さいね。増えるかも」
アステルがラルフさんに伝言を伝えていた。慌ててホーネストさんにマイヤさん宛の伝言を頼む。
「『明日、ミレーヌちゃんとミラさんと一緒にシュトラウト邸で遊びませんか? 一応、十時からの予定ですが、どうでしょうか?」でお願いします!』
「いってきまーす」
マイヤさんからの返事はオーケーだった。ブルーノさんも良いかと聞かれたのでもちろんオッケーだと返事した。
そしてフィリップくんだが、モジモジしながら『あした、アステルとあそびたいけど、いい?』と報告に来た、と楽しそうにマイヤさんが笑っていた。
親からの根回しとか気付いてないようだ。アステルも目の前でホーネストさん送っていたのに気付いて無いようで、フィリップくんが来てくれると報告された。
「うん、良かったね」
アステルをナデナデしつつ、メイドさんに報告を続ける。
「って、事で。大人五人、子供二人が来ます。お昼ご飯は楽しいやつが良いよねぇ……」
「タコパ!」
「タコパーチー!」
――――パーティーね。
「あら、良いですね! 私達も大好きで…………来られるのモナハンご一家とミレーヌ様、ミラ様の他は何方なんですか?」
「エズメリーダさんと、ダニエレくんですよ」
「…………エズメリーダ様ぁぁ!? たこ焼きで良いんですか!?」
「タコパ!」
「えっ、でもお嬢様――――」
「パーチーするの!」
「お坊ちゃままで……」
大丈夫は大丈夫だと思う。エズメリーダさんは城外の生活は新しい事ばかりで楽しそうだし。どんどん教えてあげたい。
ちょっと頭カチカチ気味のヴァレリー夫妻にも下町飯の効果があれば良いなと思う。
「んじゃ、タコパ決定!」
「大丈夫ですか? 不敬罪とかなりません?」
「大丈夫、大丈夫! ホットドッグ気に入るくらいだもん。大概の食べ物イケるよ」
かぶり付くのが楽しかったとか言っていた。意味が解らないなと思っていたら、バウンティから、バナナでさえナイフとホークで食べる世界だと教えられた。
因みにバウンティはカリメアさんがいればそうするが、いなければ普通に剥いて食べている。
そう言えば、おやつが足りないと言われてきゅうり丸ごと一本とマヨネーズ渡したらそれは違うと怒られたが、一緒じゃ無いんだろうか?
「きゅうりって、おやつだよね?」
「何の話ですか!?」
「あ、ごめん。ちょっと思い出して気になっちゃって」
「あと、おやつじゃ無いです」
――――違うのか。
しょんぼりしつつ、私はフリードさんと打ち合わせ。バウンティには子供達の相手をお願いした。
「フリードさーん」
「はいはい、今聞きましたよ。たこ焼きパーチーですね?」
「そ!」
「良いんですけど、ここ四十個焼きの鉄板しか無いんですよ。焼くの間に合わない気がします」
「やっぱ間に合わないよね?」
「特注なんで一般売りしてませんし。本邸から取り寄せますか?」
ゴーゼルさんがたこ焼きにハマって使用人さん達にまで普及活動をしてくれているので鉄板はあるが、足りない。
「んー、私達の家からも持ってきましょうかね」
鉄板三台あれば大丈夫だろう。バウンティにラルフさんを借りて手配した。ついでにカレー粉やキムチ、ポン酢も家から持って来てもらう。ラルフさんが到着するのは夜中になるので、キッチンに置いておくようにお願いした。
「さーて、具材と生地を用意しましょー!」
「「おー!」」
子供達の声が聞こえたので振り返ると袖まくりして準備万端でスタンバっていた。
「あ、はい。お手伝いありがとうございます」
メイドさんも混じって楽しく準備した。途中でアステルが「ちょっとやいて、あじみしておいたほうが、いいとおもうの!」と謎のフライングをしようとしていたので本気で説教した。
「ママだって我慢してんだよ! お腹グーグー言ってんだよ! でも駄目なんですっ!」
「キャハハハ! グーグーうるさーい!」
「うるさーい!」
たこ焼きは明日の楽しみなのだ!
――――グーギュルル。
明日、なのだっ!
具材のみでヨダレを垂らせるカナタさん。
次話も明日0時に公開です。




