65、おじゃまします。
水泳教室が終わり、先生にお礼を言ってプールの施設を出る。
「ママー、おなかへったー」
「ぼくね、ペコペコだよー?」
「そうだねぇ、どこに行こうね?」
お店とか知らないけど。バウンティが適当に案内してくれるだろう。
「本日は外食ですか?」
「はい」
「あの、お口に合うかは分かりませんが、良かったら我が家に来られませんか?」
「ミレーヌちゃんのおうち?」
「イオくん、きてくれますか?」
「うん、ぼくいくー!」
――――のか。
「らしいので、お邪魔しても良いでしょうか?」
「うふふ、はい!」
イオの恋路を邪魔する気にもならないので、ふわっと応援しよう。
ヴァレリー家はプールなどのある施設から近かった。下町に少し近い所のようだ。
二階建てで、私達の家三個分くらいの大きさだった。両側は別の家に挟まれている。前庭が少しある、大きめの普通の家といった印象だった。
「よ、ようこそおいでくださいました」
若めの家令さんが玄関でキョドりつつ迎えてくれた。
ダイニングの中に入ると杖を付いたダミアンさんがイスから立ってよたよたとしている。
「お出迎え出来ずに申し訳ありません、持病の腰痛が悪化しておりまして」
「はわわわ、無理されず座ってて下さい! 大丈夫ですか?」
「おとうさまね、わたくしとあそんでいたら、ギクッとなったんですの。おとうさまごめんなさい」
ミレーヌちゃんがしょんぼりだ。ダミアンさんが慌ててミレーヌちゃんをなだめていた。パパは大変だな。
――――コンコンコン。
「失礼いたします、エズメリーダでございます」
「……ダニエレです」
「んんん!?」
――――え? 二人がいんの?
エズメリーダさんがダニエレくんにエスコートされて現れた。家の中でエスコートって……いや、手を繋ぎたいだけかも?
「あら、カナタ達がお客様だったの?」
「エズメリーダさん、何でここにいるの?」
「何よ、駄目なの?」
「うふふ、内緒で来ていただいたのよ。サプライズは成功かしら? ビックリさせてごめんなさいね」
取り敢えず席に着いて話す。
一旦、ヴァレリー家で普通の暮らしを体験してみて、二人で下町で暮らすかどうか考えるという事になったらしい。
「カナタ……様? この前は色々と言ってすみませんでした」
「いーよー。エズメリーダさん幸せそうだし。二人で頑張ってね? あと、呼び捨てで良いよー」
「じゃ、カナタで」
「おにいさま! カナタおかあさまは、わたしのおかあさまにもなるんです! よびすてはダメっ!」
「おぉぅ」
まじか。ミレーヌちゃんガッツリ計画立ててんのね。そして、イオは意味が解ってないらしくキョトンとしている。
「ミレーヌ……その話はまだ早い…………ハァ」
「おとうさま……わたくしは、すきなひとと、けっこんしたいのです」
「そういうのはもっと大きくなってからにしておくれ」
「おおきくって、いつですの!? わたくし、とてもおおきくなりましたわ!」
「そ、それは…………」
「……ブフッ」
子供って同じ事言うんだな。何度も聞いたなこの言葉。笑いが込み上げてしまう。
「うははは…………っ、ごめんなさい」
「ミレーヌちゃん、ママのしんちょ、おいこしたら、おおきいんだって!」
「そうですの? なら、すぐですわね!」
すぐなのか。子供にもちんちくりん認定なんだね? バウンティが横で震えているし。おへそドシュッの刑だ。
ミレーヌちゃんの将来の計画を聞いていたら料理が運ばれて来た。
「うわぁ、美味しそう」
「「いただきまーす」」
お昼からフルコースは久し振りだった。『豪勢』まさにそんな料理の数々だった。
皆で楽しく話ながら食べていたのだが、ダニエレくんは妙に機嫌が悪そうだった。
食後、子供達の頭がふらふらしているので眠いのだろう。ミラさんが部屋を用意してくれたので甘える事にした。
食後、サロンに案内され、お茶で一息つく。
「それで、何か相談したかったのか?」
バウンティが急にぶち込んで来た。
オブラートに包めと言ったら、私の真似だと言われた。私、そんなにぶち込んで……るね。悲しい事に否定は出来ない。
「その、先程はうやむやにしましたが、イオくんとミレーヌが婚姻の約束をしたらしく、バウンティ様もカナタ様も賛成なさっているとイオくんが言っていたと……本当でしょうか?」
「へ? 婚約したの?」
「知らん」
「だから、子供の口約束だって! この人達、そういうの考えてないって!」
ダニエレくんがヴァレリー夫妻と言い合っている。
何となく見えて来た。イオとミレーヌちゃんが勝手に口約束して、ミレーヌちゃんは本気なんだろう。家族にもそのつもりだと伝えたのだろう。一方のイオは、ただのその場の話的にしか捉えてなく、私達に話すのも忘れている可能性が高い。
そして、ヴァレリー夫妻は何か貴族的な心配事だろうか。
「すみません、イオの軽率さが招いた事ですが、私達の責任でもありますね――――」
普通に子供同士の恋として応援しているのであって、貴族的な含みは一切無い。本人の意思に任せている。口出しする気は無いと伝えた。
「ですが、もし本当にそうなった時に、持参金を持たせる事が出来そうに無い場合、婚姻不履行になるのではと……」
「ん? 持参金?」
貴族の嫁入りは何だか色々とお金がかかるらしい。
ミレーヌちゃんがイオと上手くいって結婚した場合は、バウンティの地位、つまりプラチナの家庭に嫁入りする事になる。
その家の家財と同じレベルの嫁入り道具や持参金を持たせ、同程度の生活が出来るようにする謎ルールがあるそうだ。
ちなみにエズメリーダさんはヴァレリー家の数百倍の私財を持っているので……まぁ、大歓迎なのだろう。ただ、それはダニエレくんとエズメリーダさんの財産であって、二人がヴァレリー家で生活をするのに不備が無いよう家令さんとダニエレくんが管理するのだそうだ。
ヴァレリー家が潤う訳では無い。
「その、私共の経済状況では、シュトラウト邸程の物は無理ですし、それに見合う金額も――――」
「ちょい待ち!」
その話は早いが、そもそもの問題もある。
「すみません、私もバウンティも貴族の謎ルールを守る気ありません。あと、私達はゴーゼルさん達とは別に暮らしています。そして、我が家にあるのは量産品の家具と…………ちょっと……特注した家電類です……」
ふと、思い出した。
――――なるほど!
私達の生活水準はゴールドのようだ。私が頼んで開発してもらった家電類が全て揃っている。それの売値を考えると莫大な金額になっていた。家族が増えて冷蔵庫も最新型に買い換えてしまったし、冷蔵庫の開発も進めてもらった。私は映像を見せただけだけど!
「えっと……洋服も! 見て下さいよ、このヨレヨレ具合!」
「あ、はい……」
バウンティの着倒したシャツを引っ張る。「止めろ伸びる」とか聞こえない。既に伸びてるし。いっつも同じの着てるし。
「てか、旦那さんの両親と暮らさないといけないの?」
「あー、税金や徴兵とかはな、家の単位でだから。普通は一緒に暮らしていた方がいいんだよ。老夫婦に徴兵とか鬼だろ」
「なるほど!」
「流石に徴兵は金を出せば免除されるがな」
それでも、財産を無駄に減らさない為には同居という事なのだろう。
「てか、家が狭くて、もう一家族とか住めないじゃん!」
「またまた、ご謙遜を。あのような別邸を持たれているのに――――」
だから、あれはゴーゼルさんの家にお泊まりしているだけだ。いわゆるホテル扱いだ。
「あはははは。カナタって馬鹿ね。余計引くわよ」
「何が!?」
ずっと黙っていたエズメリーダさんが急に笑い出した。
そもそも、シュトラウト邸をホテル代わりに使っている認識の時点で頭が可笑しいと言われた。ホテルとしてしか使わないのに、シュトラウト邸程の建物を所有し続けれる程の財力だと思われるそうだ。
「え……そんなナナメな思考回路……。そもそも私達のじゃ無いし……あるから使ってるだけだし」
バウンティもケタケタと笑っている。バウンティも気にせず使ってるくせに。勝手にメイドさん達に暇を出そうとかしたくせに。
まあ、そこは置いておいて。今住んでる家の説明をする。私達の可愛いこじんまりとした家。紙をもらい間取りを描いた。
「え……これがバウンティ様の家ですの?」
「ん、カナタが買ってくれた」
「……エズメリーダさんのお金で。ごめんね」
バウンティもエズメリーダさんも吹き出してしまった。ヴァレリー夫妻とダニエレくんはキョトンだ。エズメリーダさんが気にしなくて良いと言ってくれてホッとした。
「お義父様、お義母様。私、もっと大きい邸宅を買えば良かったじゃないって言ったんですのよ? なのにカナタったら、『自分で掃除出来る大きさじゃないと大変な事になる!』って言うんですのよ。使用人を雇うなんて端っから考えてないんですのよ? 本人は未だにカッパーのつもりですし?」
「だって、バウンティの地位に合わせるって意味不明じゃないですか。私、何も頑張ってないし」
そう言うと、バウンティは吹き出し、ダニエレくんは鼻息荒く前のめりになっている。
「カナタ、俺もそう思うんだよ! 俺も本当に意味が解らないんだよ、地位制度に納得いかない!」
「だよね! 『収入が多い、イコール、偉い』になるのも意味解らないよね!」
「だよな! こんな話、エズメリーダ以外に出来るなんて!」
二人で意気投合した。
エズメリーダさんはクスクスと笑っていて、幸せオーラが溢れ出ていた。
持参金システム、超怖いなと身震いしたカナタさん。
自分の金で養えよと常々思っていたバウンティ。
次話も明日0時に公開です。




