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64、水泳教室

 



 ――――苦しい。


「ん……っ……」


 ――――チュパッ。


「っ……ハァハァハァ…………」


 あまりの息苦しさにビックリして目を開けると、バウンティの顔が目の前にあった。そして、かなりディープな感じのおはようのキスをされていた。


「おはよう、カナタ」

「……いやいやいや、苦しいからね! ビックリするからね!」

「おはよう……」

「……おはようございます…………」


 何だか変なバウンティ。取り敢えず放置してトイレに行く。

 少しお腹が重いなと思ったらレディースデーになっていた。荷物からナプキンを取りもう一度トイレに戻る。

 ベッドに戻るとムスッとしたバウンティと目が合った。


「何?」

「暫くオアズケじゃねぇか」

「そーですよ?」

「なら昨日シたかった!」

「いやいや、過去には戻れませんし?」

「よーやーく! 予約するっ」

「承っておりません」

「時々出来てる!」

「キャンセルしたら怒るじゃん」

「そりゃあ、そうだろ」


 何で当たり前みたいに言われるんだ。寝転がったままワーワー言っていたので、テーブルに移動して説教だ。


「予約っ」

「承りません!」

「ケチ」

「大体、ムードが無いでしょうが」

「んじゃ、終わったら教えてくれよ。寝酒飲もう?」


 ――――なんだその謎の誘いは。


「いや。私、暫く禁酒するの」

「何でだよ! コップ一杯は良いって言った!」

「言ったけど……ベロンベロンで死にかけたじゃん。あんな醜態はやだよ」

「ベロンベロンちょっと手前で止めるから! 見張ってるから!」

「見張られて飲むとか楽しく無いでしょ……」

「飲み終わった後は楽しい!」


 ――――お前がな!


「脚下! 交渉決裂!」

「嫌だ」

「我が儘言うパパとか格好悪いなぁぁぁ」

「っ…………もういい! ペチャパイ! ちんちくりん! カナタの無神経! 変態!」


 バウンティがイジケて部屋を飛び出したが、隣のドアを開けているのが聞こえたので子供達を起こしに行ったらしい。真面目だ。

 バウンティが開け放ったままのドアを閉めて着替える。何となくお腹が痛くなって来た。痛いと思うと余計に痛く感じるので無心が一番。




「いただきまーす」


 朝から手の込んだご飯。自分では絶対に用意しないであろう品々。そして、スクランブルエッグがとろとろでふわふわで幸せいっぱいだった。


「あー、美味しかったぁ」

「ふふ、ありがとうございます。それで、今日はどうされますか?」


 今日は王都にあるらしい水泳教室に行ってみたいとイオが言っていたのでその予定になっている。

 お昼は帰って来てから食べるかどうかだが。


「お外で食べる? 帰って来て食べる?」

「アステル、おそとがいい」

「フリード、フリード! よるは、ごはんにしてね? ぼくね、いっぱいたべるよ?」

「はい、畏まりました。お昼は外食で。夜はお米に合うおかずを用意しておきますね」

「「わーい」」

「よろしくお願いします」


 朝食後、アステルとイオはニコニコでお出掛けの準備を始めた。


「バウンティは? 水着持って行ってく?」

「ん、泳ぐ」


 バウンティの分と子供達のタオル等も準備して玄関に向かう。出掛けにフリードさんからクッキーと飲み物の入ったバスケットを受け取った。泳ぐとカロリーを消費するし、結構喉が乾くので念のためにとの事だった。

 お礼を言いバウンティに持ってもらった。




 シュトラウト邸を出て三十分程の所に大きな施設が何個も建っている場所があった。ここの一つの建物で水泳教室をやっているそうだ。


「他の施設は何?」

「陸上競技系とフェンシング、バレエ、乗馬とかだな」

「乗馬も? こう、障害を飛び越えたりとか?」

「まぁ、それもするが。戦闘訓練や御者の訓練が主だろうな」


 そう言えば、バウンティが小さい頃は馬車が主流だったって言っていたっけ。未だに戦闘時は騎馬隊が編成されるらしい。車があるのにね。

 馬の利点もあるらしい。険しい山道を上れるし、小回りも利く。


「プール! はやくいこー?」

「はいはい」


 イオに急かされて歩く。プールの建物に入り、受付の人に話しを聞く。


「一日教室がございます。初めの一時間はインストラクターが一対一で能力を見て、お子様の年齢や能力に合わせてクラスに振り分けてます。時々休憩を挟みつつ二時間ほど泳ぎを勉強する形になります」


 なかなかハードそうだけど、アステルもイオも乗り気なのでその教室に参加する事になった。バウンティは大人の競泳用のプールを適当に泳いでいるそうなので、大人一人分で利用料金を払った。

 私は子供達の教室を見学する。


「「パパ、バイバーイ」」

「ん!」


 バウンティがルンルンしているのでプールで泳げるのが相当嬉しいらしい。大人用の更衣室に向かうバウンティと別れて、子供用の更衣室で二人を着替えさせる。

 更衣室を出ると水着の男性二人が立っていた。


「初めまして、本日担当させて頂くアーロンとヘンリーです」

「「よろしくおねがいします!」」


 ビシッと気を付けをして挨拶する二人が可愛い。


「見学のお母様はあちらでどうぞ」


 案内されたのはふっかふかのソファだった。一瞬怯んだが、そもそもこういう世界だったなと納得する。水泳の見学ってベンチのイメージがぬぐえないが、そ知らぬ顔でソファに座った。

 子供用のプールの横で見学していたのだが、奥に大きなプールがある。どうやら大人用のプールらしい。

 ズビャンズビャンと泳ぐヤツがいた。たぶんチュルチュルのヤツだろう。引くほど早い。


「では水泳教室を始めます」

「「はい」」


 先ずは準備体操、そっとプールに入り、浮く練習や潜る練習。そして、なぜか横泳ぎの練習。謎めいていると、軽く息を切らしたバウンティが近付いてきた。


「飲み物?」

「ん」


 フリードさんが用意してくれていたお茶を渡しつつ、なぜ横泳ぎなのか聞いてみた。

 どうやら、フィランツでは横泳ぎと平泳ぎが基本らしい。基本はクロールじゃ無いのかと聞くと、ビックリされた。


「海で流されたらクロールはあまり役にたたないだろ? どれだけ長く泳げるかが大切だ」


 勘違いしていた。競泳の教室では無いのだ。それにフィランツは国の半分は海に面している。海で泳ぐ事が前提で、海の事故を防ぐのが大前提なのだ。


「あれ? バウンティは割りとクロールで泳いでるよね?」

「ん、救助者の所に一番早く着くのはクロールだしな」


 こちらも、ソレが大前提だった。納得していると、バウンティはまだ泳ぐらしくプールへ消えて行った。

 子供達の教室は佳境に入ったらしい。イオは平泳ぎ、アステルはクロールで一人で泳いでいる。

 アステルは元々泳げていたが、イオはミレーヌちゃん効果でちょっと泳げるくらいになっていただけだった。それが、今は一人で二十メートルほど泳げるようになっていた。

 地味に感動していると、後ろから肩を叩かれた。


「カナタ様?」

「っ……へい?」


 振り向くとミラさんがいた。


「おわっ、ビックリしたぁ。お久し振り? です」


 数日前に会ったけど、その間に色々ありすぎて久し振りな感じだ。


「あら、泳いでいるのはアステルちゃんとイオくんですか?」

「はい。教室に参加してみたいって事で一日だけ」

「そうなのですね。アステルちゃんはミレーヌと同じクラスでも大丈夫そうですわね」

「ん、ミレーヌちゃんは今からですか?」

「ええ、大人用のプールで遠泳の訓練ですわ」


 と言う事は、イオは集中出来なくなるかもしれない。




 クラスに再編された後、案の定イオの集中力が切れてしまった。半泣きで近くにいたバウンティに何かを訴えている。

 バウンティがしゃがんでイオに何かを話していた。すると、明らかにグズっていたはずのイオが涙を拭いて再編されたクラスで真面目に泳いだりしていた。


「うふふ。イオくんは可愛いですわねぇ。見ていてほっこりしますわぁ」


 ミラさんが頬に手を当ててニコニコしている。私的にはどんな我が儘言い出すか心配で堪らないのだけれど。

 どうやら、色々と認識の違いがあるらしい。イオ程度の我が儘は当たり前のように叶えられるそうだ。


「バウンティ様の地位でしたら、一言インストラクターに言えば、何の問題もなく叶えられると思いますわよ?」

「いやいや、能力に伴わないクラスだと危険でしょ?」

「えぇ、その場合は専属のインストラクターが用意されると思いますわ」


 どんだけ厚待遇なんだ。


「我慢して嫌な時間を過ごすのでは無く、有意義な時間を金銭で確保できるのであれば、その方が賢い生き方ですわ」


 そうかもしれない。払えるからこそ、そういう待遇が当たり前になっているのだろう。


「カナタ」

「ふぉぅ。びびった。何?」


 むんむんと考えていたら目の前にバウンティがいた。


「バウンティ様、こんにちは」

「ん」


 バウンティが手を差し出して来たのでお茶なのだろう。ホイっと手渡した。ゴクゴクと飲みながら「クッキーも」と言われたのでバスケットから出して渡す。


「あら、準備万端ですわね! 私はインストラクターに持って来た方が良いと言われるまで気付きませんでしたわ……」

「それが、シェフさんが持って行った方が良いって、用意してくれたんですよ」

「まぁ、優秀な方ですわね」


 本当に優秀だ。お菓子も可愛いし。美味しいし。色々と助かっている。


「あ、ミラさんもクッキーどうぞ」


 今日も猫クッキーだ。丸型だけでなく猫が座った形のシルエットクッキーも入っていた。ハマったか、メイドさん達に作れと言われたか、だろう。

 おやつはメイドさん達の希望を作る事が多いらしい。「女三、男一でうまくやっていくコツですよ」と笑っていた。そして、通りすがりのメイドさんに脇腹チョップされていた。


「まぁ、先日くださったのとまた違いますわね」

「猫さんクッキー、可愛いですよねー」


 ――――サクサクサク。


 のんびりクッキーを食べながら水泳教室を見守った。




 生きる為の教室だった。


次話も明日0時に公開です。

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