62、友達ゲット。
バウンティが苛ついて、ハブリエルさんに勢い良く拳骨を落として気絶させてしまった。
「ハブリエル……死んだ?」
「だ、大丈夫ですよ、千鶴さん。たぶん気絶した……だけ?」
「ん、手加減した」
手加減したんなら白眼剥いて倒れ無いだろうよ。道理でジュドさんがバウンティの拳骨を嫌がるはずだ。
バウンティが仕方無さそうにベチベチと頬を叩いて起こしていた。
「……俺、心臓マッサージすると肋骨折るんだよなー」
「ちょ、心臓止まってるの!?」
「いや、息が浅いから。その内止まるんじゃ無いか?」
カンさんがバタバタ走って来て、ハブリエルさんの顎を持ち上げて気道確保、人工呼吸をした。
「う、ゲホッゴホッ……ヒュッ……ハァハァハァ……あれ?」
「おぉ、生き返ったな」
「生き返ったじゃねぇよ! バウンティ、次からは気絶しないように拳骨しろ!」
「……ハイ」
あら、素直なこと。前からだけど、バウンティってカンさんになついてる感じがある。何かあったんだろうか?
ふと千鶴さんを見ると、片手で口を覆い、涙を流していた。
「千鶴さん! ごめんね、もう大丈夫だよ! 怖かったよね?」
『…………っ、カンさん! 人工呼吸、乙!』
親指立てて、泣き……幸せそうな笑顔だった。
――――違った!
「オツ?」
「あー、お疲れ様ですの意味かな」
「おー。どーも? ハブリエル、大丈夫か?」
「……え? あ、あれ? 何があったんだ? 俺、凄い綺麗な場所にいたのに……」
どっか遠い所に逝きかけてた! 危ない。バウンティの拳骨危ない!
「カン、ハブとキスしたぁ!」
「うん、キスしたね? カンはハブがすき?」
「キスじゃねぇよ! 人工呼吸」
「じんこーこきゅー?」
「いいか――――」
カンさんが必死になって子供達に説明していた。こっちは放置で大丈夫そうだ。それよりも、だ。ハブリエルさんの横にしゃがんで確認。
「ハブリエルさん、大丈夫?」
「へ? あ、カナタ。なー、凄く頭痛いんだけど、撫でてくれよ?」
「はいはい」
「カナタっ!」
素直に撫でていたらバウンティに怒られた。バウンティが拳骨したからだと怒り返したが無視された。そして、外していた指輪を左手の薬指にグイグイと填められた。
「あ? 指輪……ダイヤモンド……あっ! バウンティって……本物の!?」
「本物だよー」
「って……事は……カナタってプラチナになるの断った噂の奥さん!?」
――――その噂、本当に広まってるんだ。
「ハブリエル、汗すごい。どうした?」
「俺、死んだかも……撫でなくていいです」
「死なない、死なない」
ハブリエルさんが顔面蒼白でプルプルしている。
バウンティは我関せずとそっぽを向き、イスに座ってカンさんの出してくれたお茶を飲み始めた。
取り敢えず落ち着いて話そうと皆でイスに座り直した。
「なるほどね、転移して来てすぐハブリエルさんと知り合ったんだ。その日から一緒に住んでるんですか?」
何かどこかで聞いた事のあるような話だな。
「コイツが呼ぶと強制転移がかかるんで、一緒にいた方が面倒じゃないんすよ。こんな眼鏡ババアと一緒に住む為に買った家じゃねぇのに」
「ババア違う、お姉さん!」
「千鶴さんって何歳なんですか?」
見た感じ三十代前半な感じだけど。
『四十二歳ですよ。あ、日本語で答えちゃった』
「カナタ喋るとこんがらがるよな。俺は慣れたけど。カナタちょっと喋るな」
「なっ、酷い! カンさんの馬鹿!」
「はいはい。黙れ」
酷すぎる。横暴だ。ブチブチとイジケながら皆の話を聞いた。
千鶴さんは漫画家さんらしい。日本にいる家族や友人、編集さんとか連絡しなくて良いのか聞いたら、「いーいーいーいー」と断固拒否された。そもそも家族は遠い親戚しかいないらしく、漫画雑誌の連載も今は無いので大丈夫との事だ。
連絡したい事が出来たら言ってねと伝えるに留めた。
「んで、今はこっちで絵本作家やってるんだ?」
「はい。私は気になります。カンさん、本当に四十四歳? 少年、見える」
「俺も悩んでんのよー。気持ち悪がられて、彼女が出来ないんだよな」
「彼氏なら出来ると思うけど?」
「……遠慮しておきます」
「恥ずかしがらなくて、良い。お似合い」
ハブリエルさんと千鶴さんがカンさんに言い寄っている。千鶴さんは下心が丸見えだが。
最終的に連れて来た私が悪いとカンさんに怒られた。
「ここ、カレー、匂いします。カレー食べる出来る?」
「おう。カレーとか色々出してるぜ。餃子もある」
『餃子! 食べたい! あっ……ハァ、まただ』
「まー、頑張れ」
気を抜くと日本語になるらしい。
「結構、有名になってる気がするんですけど、このお店知らなかったんですか?」
「下町、初めてきました。ハブリエル、ダメ、言うので」
「貧乏人臭が移るから駄目だ! 飯は家のシェフが作ってくれるだろ?」
「餃子、美味しい。カレーも美味しい。食べる。してみて?」
「ヤだね!」
「ほんじゃ千鶴の分だけカレーと餃子用意してやるよ」
カンさんがキッチンへと消えて行った。暫くして日本風のカレーと焼き餃子を持って来た。
「ほい、酢醤油で良い? ラー油もあっから」
『っ、美味しい。カレーだ! 餃子だ! 酢醤油! 醤油有るの?』
「ったく、また日本語。まぁ、仕方ねぇか。醤油はカナタからもらったんだよ。分けてやって良いか?」
「いーですよー。カンさんの分はもうカンさんのだから! 売るも分けるも自由!」
『カナタちゃん、ありがとう』
「どーいたしまして!」
千鶴さんがカレーを食べている横で少し羨ましそうにハブリエルさんが見ている気がした。
「食べてみたいなら素直に言えば良いんですよ?」
「俺は、別に……」
「ハブリエル、あーん」
「しねぇよ!」
意固地になって拒否している。美味しいのに地位や立地だけで拒否とか勿体無い。
普通に貴族の人とか結構食べに来ていたと思うけど。そういうのには釣られないのだろうか。地位に弱いなら必殺のカードを持ってはいる。
「ハブリエルさん、カレーとかってね、王族の人達も大好きだけど? このお店、貴族のお客さんも多いよ? そもそも、そんなの関係なく美味しいから食べてみてよ?」
「ハン! 騙されないっすからね! そう言えば食うと思ってんだろ! そして、『あのハブリエルの大好物』とかって看板出して儲ける気なんすよね!?」
どんだけひねくれてるんだ。そして、散々な言われようなのにカンさんは笑っている。
「それするんなら『バウンティの大好物』か『ゴーゼル様の大好物』で書くぜ? お前より明らかに知名度上だろ? お前、馬鹿だなぁ」
「何だよ、そんな事したら命がいくつ有っても足りないぞ!」
「えー? いんじゃない? 書いてもたぶん怒られないと思うよ?」
「ん、気にしない。カリメアは店潰すけど」
「あー。うん。カリメアさんは無理だけど」
使われているのがゴーゼルさんの名前だけなら気にしないと思う。
「美味しかった!」
いつの間にか千鶴さんが完食していた。
「いくらです?」
「おごりだよ」
「それなら、明日は、払う。明日も食べる」
「おう。いつでも来な!」
「はい、ありがとう」
ハブリエルさんは未だにイジケている。なぜかバウンティもイジケている。そっくりだなこの二人。
「カナタちゃんは、王都、どこ住んでる?」
「あ、私はローレンツに住んでるんです。用があって王都に来てるんですけど、明明後日に戻ろうかなと思ってます」
「ローレンツ……ローレンツ……? 遠い?」
「定期船だと、四から五日だ」
「遠いですね。残念」
言葉と趣味と年齢的な問題で知り合いが全然いないらしい。なんとも言えない。あと、どうやっても日本語に聞こえるらしいので、フィランツ語を覚えようとしている千鶴さんにとって、私は邪魔な存在な気がしてならない。
惑わせて申し訳無いと思うのだが、英語でベタな自己紹介しても日本語で聞こえるらしいのでお手上げだ。
「バウンティと出逢えた時は有り難かったけど、良く良く考えると、ちょい呪い並みに厄介なシステムだよね……」
「何とも言えないなぁ。羨ましいようで、子供達の事を考えると……って感じだしな」
「ん」
「何の話、ですか?」
アステルが話し始めた頃の事件を話す。
「それ、アステルちゃん、凄く大変、だと思います。カナタちゃん……」
千鶴さんが一呼吸置いてまた話し始めた。
『カナタちゃん、大変だったね。凄いよ。頑張ったね! お母さんって凄い。私、感動したよ!』
「っ……あはっ。ありがとうございます」
面と向かって褒められた。カリメアさんに一言『頑張ったわね』と褒めてもらえて以来な気がする。
不安に思っていた事を褒められると凄く嬉しいし、少しホッとする。
『あー、いけないね。私も頑張ろう。日本語封印しないとね』
「ご協力出来ずに申し訳無いです」
「ううん。知り合えた、それだけ、嬉しい」
それからも少し話したりしていると、夕方の営業時間になったので、解散する事にした。
「何かあったら精霊さんで連絡しますね」
「うん。また」
「チズル、ばいばーい」
「ハブもバイバイ」
さぁて、何だかお腹が空いてきたし、早めに帰ろう。フリードさんは何を作ってくれているだろうか。楽しみだ。
千鶴さんとハブリエルさんの仲は少し謎。
明日、0時に公開です。




