53、地位や爵位の問題。
王城の小サロンで子供達を回収しようとしていたら、ヴァレリー夫妻が暗い顔で近付いて来た。
「カナタ様、その、少しお話し出来ますでしょうか?」
「あ、はい……ここで?」
「シュトラウト邸で話すか?」
「……う、ん」
一旦、帰ろうかと言ったが子供達がまだ遊びたいと言い出した。
「あら、私達が連れて帰るわよ。貴方達は先に帰ってなさいよ」
「はーい。お願いします」
「ならば、車を出そう」
フォード様が車を二台手配してくれた。毎度ありがたい。
「ミレーヌ、行きますよ」
「ミレーヌ!」
「っ……はい」
「あら、ミレーヌも一緒に連れて帰るわよ?」
「いえ、これ以上ご迷惑をお掛け出来ません」
「あら、そぉ?」
「……ぼくもかえる。ミレーヌちゃん、ひとりにしない」
イオが慌ててリュックを背負ってミレーヌちゃんの手を握っていた。
「アステル、おもちゃかすだけだからね。もってかえってきてね?」
「りょーかーい」
何だか解らないが、イオも連れて帰る事になった。
「バウンティ様、カナタ様、お帰りなさいませ。ヴァレリー様、ようこそおいで下さいました」
イーナさんの案内でサロンに行く。イオとミレーヌちゃんはシュトラウト邸の探索をするそうだ。メイドさんの一人がイオ達の後を慌ててついて行ってくれた。
「バウンティ様、カナタ様、先程は申し訳ございませんでした。近付かないで欲しいと言っていたのは……少々語弊があったのですが、あの場では何を言おうとダニエレの策略ととられてしまうのではと何も言えなくなってしまいまして――――」
「良かった! ちゃんと友達ですよね!? これからも子供達と一緒に遊んだりとか出来ますよね?」
「その、どう答えたら良いものか……」
「へ?」
「ミラ、カナタにはストレートに言わないと伝わらないぞ。そして、コイツの言う事に貴族的な含みは一切無い。『遊ぶ』も公園で的な意味だ」
「あ! そうなのですね」
「あー……それで。ふむ…………なるほど」
一体何を納得しているのかと思ったら、私が協定の話し合いの際に、エズメリーダさんと友人と言いながらも、私財を解凍するのであれば『誕生日プレゼント』という名の賄賂を毎年要求していると思われていたらしい。何がどうなったらそういう意味に取られるんだ!? 貴族解釈が怖い。
船でも基本最前列、最高級を当たり前のように求めていたし、一緒に食事をした時は当たり前のように全員の食事がグレードアップしていたので、このままでは自分達の資産では付いて行けない。ある程度の距離を取らねば。と思っていたそうだ。
「船は……カリメアさん達に合わせて一等客室で、イベントや食事はセルジオさんが勝手に手配してただけで……あれ? あれって追加料金とか出てるの?」
「ん、出た分は俺のプレートから払ってる」
「おぉ。あんがと!」
ヴァレリー夫妻がぽかーんとしていた。
「あの、追加料金は後日に私共から落ちるのでは?」
「いや? セルジオが全部俺のから後で落ちると言ってたから大丈夫だろう」
何のこっちゃいと思ったら、船での追加料金とかはプレートから後で引き落としが出来るのだそうだ。
「それに、カリメア様が生活水準はゴールドとおっしゃられていたので、ミレーヌがそれに慣れてしまうのも少し危惧しておりました。見た事もない高性能な玩具や本を欲しがられても、私共にはどうにも出来ないので」
「生活水準の話は菓子と食事のレベルの問題で、生活スタイルは完全にカッパー寄りだ。家事は自分達でしていると言っただろう?」
「あれは、料理や製菓が趣味だと言う話では無いのですか?」
「掃除、洗濯、三食の用意。あ、お皿もちゃんと洗いますよ!」
カリメアさんは作ったら『片付けはシェフとメイド派』だし、ここは主張しておかないと。
「王都や貴族達の常識と違って戸惑うかも知れないが、どうか俺達の地位で判断して敬遠しないで欲しい。イオとミレーヌの友情を、小さな恋を奪わないで欲しいんだ」
「畏まりました」
――――ん? 畏まりました?
「あの、断ってもいいんですよ? 『できれば』っていう話ですよ?」
「……ご命令では?」
「ハァ……」
バウンティが溜め息と共に頭を抱えてしまった。
「俺、説明とか説得、下手なのかも……」
「いやいや、きっと長年の刷り込みの効果だよ!」
上には従う。逆らうと家が潰れる。って、怖い刷り込み。
「ダミアンさん! ミラさん! 逆らっても、反論しても、誘いを断っても、嫌っても、家にも人命にも関わりません。お二人を好きになったので、またお話したいなと思っただけなんです。何も命令も強制もしないです。『忙しいから無理』とか『今日は気分が……』とかで断っていいんです! そもそも『様』もいらないんです!」
バウンティは様が付く事が多いけど、私は呼び捨てか、『ちゃん』か、『さん』だし。
「カナタさん?」
「はい!」
ミラさんに呼ばれたので笑って返事をすると、ポカンとされた。
「本当に罰せられたり、その……社交界で弾かれたりなど」
「ないないない! 社交界とか行った事も無いですよ!」
「カナタ、出掛けるのスーパーばっかりだしな」
――――悪いか! 食材が要るから行くだろうよ。
「スーパー……行った事無いですわ。メイド達が行く大きな商店ですわよね?」
「そーです! 色んな物が売ってあって楽しいですよ!」
「……私共が入っていいのでしょうか?」
「え、いいですよ? ゴーゼルさんやカリメアさんも普通に行ってますよ」
アステル達とおやつや果物買いに。ゴーゼルさんは無駄な物も買ってくるけど。
「まぁ、行ってみたいものですわ」
「んじゃ、今度案内しますよ!」
「……それを約束していたのに、家のメイドと行って来たと私が言ったらどうされますか?」
「えー? 『どうだった? 楽しかった? 何か買った?』って聞くと思いますけど?」
「ふふふ。何だか解って来ました。小さい頃の近隣の友人の感覚でカナタさんとお付き合いして良いのですね? 地位や権力が何も気にならなかった頃の――――」
「ん! それだ!」
「うっさいよ。急に大きい声出さないでよ!」
「すまん。ミラの例えが一番しっくり来た」
確かに、色々言葉を尽くすより、解りやすかった。
「カナタさんはダニエレと似ていますね」
「そーなんですか? あ、そう言えば! なーんか嫌われてたのは何でだろ?」
「変な言い方になりますが、あの子は貴族的な考えや、配偶者の地位の制度が嫌いでして」
「あー! そういえば『他人の権力でいきがるな』とか言われたや。なるほどー」
「っ、申し訳ございません!」
「いやいや、事実だし。物凄く賛同出来るし。気にしてませんよ?」
どうやらそんな考え方から、家を出て自分の力だけで生きていこうとしていたらしい。逞しい。
「ふはっ、ほんとそっくりだな」
「うん。仲良くなれそうな気がしてきた!」
そういえば聞きたかった事があった。
「ダニエレくんとエズメリーダさんの事はどうするんですか?」
「まだ迷っておりまして。ダニエレの事だからカッパーとして下町に居を構える気だとは思うのです。ですが、エズメリーダ様の身に何かあれば……我が家に同居を勧めたくもあるのですが、抱き込もうとしているなどと思われないかなど……」
「どんだけ気にしてるんですか! 王様も気にしなくていいって言ってたじゃないですか! 気になるならダニエレくんとエズメリーダさんも交えて話し合ったらいいじゃないですか。家が決まるまで実家にいなさいとかでもー」
「そんな事を言っても?」
「いーんです! 親ですもん!」
早速ミラさんがダニエレくんに連絡していた。エズメリーダさんと相談して返事をくれるそうだ。いい方向に進んで欲しい。
ヴァレリー夫妻は色んな事がありすぎて疲れ果てたようなので、今日はこれくらいにして、また後日お茶でもしましょうと約束した。
刷り込みって怖い。
次話も明日0時に公開です。




