閑話、ダニエレ、天つ空なる人を恋ふ。
勢い余って閑話です。すっ飛ばしても問題無いです。
騎士団に入って三年、新しく配属先が決まった。
「ダニエレ、お前はエズメリーダの監視と護衛だ。期間は決まっていない」
――――マジかよ、完全に左遷じゃん。
俺が入団するちょっと前に、何かマズイ事を盛大にやらかしたワガママ王女。被害者との協定で自室軟禁、一日に三十分の室外での運動のみ許可。そんな人物の監視と護衛。
ただ部屋の前や中にいるだけの仕事。
――――しかも任期の指定なしかよ。
元々はウォーレン団長の家族の護衛部隊の一員で花形の役職だった。普通、そういう所には地位の高いやつが配属される。
俺の家は騎士団に輩出している限りは準男爵位という取り決めの、いわゆる成り上がりだ。王女のお陰で騎士団員が激減したので、王族の護衛の職に就けていた。只のラッキーだったのは分かっている。
――――やらかしたなぁ。
騎士団内では地位は平等、役職の上下で従うように。となっている。まぁ、表面的にはだが。
地位を振りかざして、隊長の命令に従わない馬鹿がいた。皆、困っていた。ソイツはウォーレン団長や家族の前だと従順だった。
何度もソイツを注意した。何度も隊長を励ました。何度も上に相談した。
なのに、励ましていたはずの隊長まで混ざって俺への嫌がらせが始まった。あまりにも大人気ない嫌がらせばかりが半年続いた。演習中にブチギレてフルボッコにした。
「やっぱ、対人戦の演習中とはいえ、フルボッコは不味かったですよね」
「ふははは。まあな!」
ウォーレン様が笑いながら頭を撫でてくれる。誰にでも気さくに話し掛けてくれる団長だ。準男爵家の俺の家の事まで知っていてくれた。親父は只の総務部の一員で関わりもなかったはずなのに。しかも、腰痛で早期退職。騎士道的な所が全く無い。
「まぁ、左遷のように感じるかも知れぬな。だが、私の大切な妹だ。馬鹿なんだがな! それでも可愛いのだ。最近は反省もしている。それでも、今までの被害を考えるとな……。命も狙われている。監視と護衛を信頼出来る者に頼みたいのだ。お前のように真っ直ぐな者が良かった。ダニエレ、頼めるか?」
「っ……畏まりました!」
純粋に嬉しい。団長に認められていた。あと、妹の可愛さは良く解る。
周りにも、親にも、左遷されたと思われるだろう。だが、団長からの信頼に応えたい。
エズメリーダ王女の護衛に就いて半年が経った。
エズメリーダ様と何度も滅茶苦茶に喧嘩した。高飛車だとか、笑顔が固くてキモいとか、ボロクソ言った。
いつからか、段々と腹を割って話すようになり、軽い罵り合いが妙に楽しくなった頃、気になっていた事を直接聞いてみた。
王城内で王女がやらかした事を話すのがタブーとされていたので全貌を知らなかったが、まさか本人が答えてくれるとは思ってなかった。
「うわー、エズメリーダ様、ほんと馬鹿ですね」
「解ってるわよ! ウォーレンお兄様にも拳骨されましたわよ!」
片目と利き腕が吹っ飛んだのに拳骨って。ウォーレン団長の懐が広すぎてびっくりした。
そして、四年近くも自室軟禁に従っているエズメリーダ様も凄いと思う。何故なら、ほとんどの家族が会いに来ない。友人も、誰も来ない。団長が希に体調不良の団員と交代してやって、エズメリーダ様の護衛をするくらいだ。だけど、絶対に室内には入らないらしい。
そんな状況でも、心を病まずに凛としている。
――――根は優しいし、綺麗、なんだよなぁ。
いつまで経っても、城内の奴等はエズメリーダ様を軟禁する事に決めたカナタと言う女の噂話ばかりだ。バウンティと子供をもうけただの、何だの。エズメリーダ様を馬鹿にするような話しもしている。飽きないんだろうか。
バウンティが凄いのは知っている。子供の頃から寝物語に聞いていた。ぶっちゃけどこまで本当かは解らないが、男子としてはやっぱり憧れる。
親父は実際に見たことがあるらしい。あと、演習で五メートル吹っ飛ばされたと笑っていた。人間って飛ぶのか。と不思議な感覚だった。
「バウンティが凄いのは解るんすけどね、何でソレと結婚しただけで偉そうなんすかね?」
「お前、不敬すぎるって!」
昔からだけど、この国と言うか、この世界の地位制度と配偶者制度が気に食わない。実力主義風だが実は違う。それに気付かずに平等だとか、実力主義だとか言ったり、結婚相手の地位でのさばっている馬鹿を見るだけで虫唾が走る。
「うふふふ。ダニエレって本当に馬鹿よね!」
「馬鹿な行動したエズメリーダ様には言われたくありません!」
「ふふふ。でも、もしよ? 妻がゴールドだったら、自分も自動的にゴールドになるじゃない? 嬉しいとは思わないのかしら? 手当や保障が物凄く違うでしょう?」
「その為には大量の税金を納めないと、ですけどね?」
「納めれるなら良いじゃない。それで生活が安定するんだし、下からは敬われるでしょ?」
「敬われて何になるんすか? 俺はカッパーで充分だと思ってますよ。普通に生活出来ますし。住む場所の縛りはありますが、シルバーの下位とカッパーってそんなに差は無いんですよ。地位を確保する為に必死に働いて、税金納めて、支援金を集るパーティーに出て、カツカツなのに見栄で支援して……。ってのより、貯金して老後に備える。老後はそのお金で少しだけ贅沢をしてみたり……。その方が俺は夢があって楽しいと思いますけどね」
「あら、カッパーの生活をしていたような話し振りね?」
「親父の後を継ぐのは弟達に任せて、俺は商店の店員してましたよ。急遽、騎士団に入りましたけど、弟達が成長したら辞めて、また店に戻る予定です」
「あらそうなの? そう……寂しくなるわね。ねぇ、商店ではどんな事をしていたの?」
「えー? 商品を陳列したり――――」
エズメリーダ様は楽しそうに俺の話しを聞いてくれた。そして、俺の考えは貴族で浮くだろう、今まで大丈夫だったのかと心配までしてくれた。
皆は今も高飛車だって言うけど、俺には可愛く見える。それにわりと優しい。同じ護衛担当の団員達はどう思っているんだろうか。
「エズメリーダ様って変ですよね。もう五年も軟禁を受け入れてるでしょ?」
「まぁ、仕方無かろう。あの御方のせいで何人も命を落としたんだ。何年経とうと気が晴れぬお方は多い」
「いや、その事件って、実行犯は元宰相でしょう?」
「それでもなぁ、一番の被害者がバウンティの嫁だぞ? しかも、ゴーゼル様とカリメア様までバックに付いてるんだ。プラチナ三人を逃すのは国防に穴が空き過ぎる。そもそも、死刑を免れただけラッキーなんだよ」
何だか腑に落ちない。
つまり、あの三人を手元に置いていたいから、ご機嫌取りの為にエズメリーダ様を軟禁していると言う事なのか? 何年とか刑期を決めずに飼い殺すのか。協定案の見直しさえも行わないまま五年も放置なのかよ。最低じゃんか。
いつからだったか、エズメリーダ様を室内護衛する時間は、お茶やお菓子を食べながら過ごすようになった。二人でテーブルに着いてただのんびりお喋りするだけだが、結構楽しい時間だ。
「ねー、エズメリーダ様はさー、ここを出たいとか思わないんすか?」
「何よ急に」
「だって、つまんなくないですか? もうすぐ六年になりますよ? 人と会って話したりさー、外で買い物したりさー、デートしたり。何にも出来ないじゃないですか。何か楽しい事あります?」
「時々友人と手紙のやり取りはしてるわよ。貴方も頻繁に来るじゃない」
「俺はノーカンですよ。そもそも警護中だし。手紙って、色んな本やお菓子を送ってくれる人ですよね。誰なんですか? 差出人無記名なのによく届けてもらえますね」
「ふふっ、秘密よっ! これだけは貴方にだって秘密なのよ!」
何だか楽しそうだ。妙に苛つく。そう言えば、手紙を読んでいる時は凄く柔らかい空気になっている。
「……その人と将来の事考えたりしないんですか? 結婚したりとか」
「なっ、何を勘繰ってるのよ! 絶対に無いわよ!」
「あー、焦ってますね? 怪しいなぁ」
「本当に、そういう人じゃ無いのよ。そう言う事を貴方が言わないでよ……」
「…………何でそこで悲しそうな顔するんですか。エズメリーダ様は駆け引きが下手すぎ」
からかうと感情がダダモレする。そんな所が可愛くて仕方ない。
「ねぇ、俺の嫁に来ます? 俺の事、結構好きでしょ?」
「ばっ、馬鹿じゃないの!? 私、王族なのよ!」
「俺は気にしませんって」
「っ、馬鹿な事言ってないで真面目に仕事なさい!」
「……顔、真っ赤ですよ?」
「煩いわよ! 私はここを出られないの! 馬鹿な事言って苛めないで頂戴よ……」
結局ソレなんだよな。結構本気で言ってたんだけどなぁ。どうにか出来ないんだろうか。
太陽の元に連れ出してやりたい。
協定で許可されている散歩に護衛として同行すると、キラキラと光るピンク色の髪に見惚れてしまう。自由になれて、心から笑ってくれたら、もっと輝いて綺麗だと思うんだ。
下町に連れ出して買い食いとかさせたい。手紙のヤツから一緒に届く安そうなクッキーとか時々嬉しそうに食べてるし。もっと色んな物があるんだって教えてあげたい。まぁ、アレ美味いけど……何か癪だし。
ウォーレン団長に相談してみたけど、あまりいい返事はもらえなかった。でも、カナタってヤツに頼んでみると約束してくれた。
「ダニエレ、本気でエズメリーダの事を――――」
「愚問ですよ。まだちゃんと告白とか出来てませんけど、出来れば自由の身で太陽の元に連れ出してあげて、伝えたいなって思ってるんです」
「そうか。お前は……格好良いな」
そう言いながらも頭を撫でてくるので、本当に格好良いと思ってくれているのか怪しい。
「カナタ達がな、今月末辺りには王都に来てくれるそうだ」
「っ……しゃ! 俺、頑張りますよ!」
「あぁ、頑張れ。先ずは私から話を通す。もしお前とも話してくれるようだったら面会の場を作るからな。きっとカナタとは直接話した方がスムーズだろうしな」
「えー。直接ですか? 丁寧に対応出来ないかもですよ……」
「ふはは。あぁ、そのままのお前で問題ない」
なぜかウォーレン団長がニコニコだ。訳が分からないけど、概ね俺の希望通りに事が運んでいる。
――――待ってろよエズメリーダ様!
なぜかエズメリーダ様がカナタと二人きりで話している。自分が護衛されている身だって解ってるのか!? ソイツだって命を狙ってるかもしれないのに!
カナタに偉そうにたしなめられて、溜まりに溜まったイライラが爆発した。カナタにボロクソ言った。結構馬鹿にして、蔑んだ態度だった。
なのにカナタは笑顔でずっと聞いているだけだった。逆にエズメリーダ様があたふたして申し訳なさそうだった。
最終的にはエズメリーダ様が顔を真っ赤にして泣いていた。
「んふふ。後は若い二人でごゆっくりー。ふひひっ……」
カナタは頭が可笑しいのかもしれない。謎の台詞を残してエズメリーダ様の部屋から出ていってしまった。
「エズメリーダ様……すいません、あの……」
「もぅ、馬鹿! 本当に馬鹿! 台無しになるかと思ったじゃない!」
「え? いや、でもさー……俺、助けたかったんですよ」
「全然助けになって無いわよ! 大体、勘違いなのよ……」
以前の交渉時、カナタは話し合いで終了させる予定だったらしい。それを蹴りに蹴りまくってこの結果に落ち着かせたのは自分達なのだと。しかも、幾度となく嵌めようとしたし、協定案にも大量の仕掛けをしていたと。
「俺、それ聞いて無いんですけど!?」
「だって……言えるわけ無いじゃないの。お父様もフォードお兄様も荷担してたなんて……」
――――まぁ、権力者あるあるだけどな。この人は解んないかな。
「それに、今更だけど…………その……失望されたくなかったのよ」
「ふーん、誰にですか?」
「? 貴方によ」
「はい? え? …………あれっ? エズメリーダ様って本当に俺の事好きだったんですか?」
「なっ! …………ち、違うわよ! 別に……期待とか、してないわよっ! 別に、アレを本気に……なんて…………っ」
また真っ赤になって、ハワハワして、涙目になって、口尖らせて。忙しい人だ。
「エズメリーダ様」
「…………っ、何よ」
「何でカナタを呼んで二人きりで話してたんですか? 台無しって、何がですか?」
「……将来の事とか、考えたくなって、協定案の見直しをお願いしてたのよ」
「で、あの女は何て?」
「……次にカナタをそう呼んだら、私は二度と貴方と口を利かないわよっ!」
「すみませんでした。…………あれ? 仲良いの?」
「さぁ。…………手紙のやり取りするくらいかしら?」
――――アレ、カナタだったのかよ!
「カナタは一言目から全部撤廃しようとしてたのよ。それを私が止めてただけよ」
「何で!」
「あの子の優しさにつけこみたく無いのよ。私、本当に殺そうとしてたのよ…………なのに、軟禁は精神的に辛いから、手紙で愚痴っていい、受け取るよって……。あげくに、友達だって……。もう、二度と裏切りたく無いのよ!」
――――クソッ。検討違いな所に嫉妬してたのかよ。
「エズメリーダ様……俺、カナタに結構酷い事言っちゃいました。怒ってないかなぁ」
「ふふっ、平気だと思うわよ。ニヤニヤして出て行ってたじゃない」
――――確かに。ゲスい笑い方してたな。
「色々と予定してたけど。こんなグダグダな感じですみませんね……」
「何がよ?」
「エズメリーダ様、愛してます。俺と結婚して下さい!」
エズメリーダ様が真っ赤な顔でポロポロ泣いている。
泣き虫の俺の王女様。答えは聞かなくても解っている。それに、どうせこの人は素直には言わないんだろう。
「オッケーですね?」
「っ! まだ何も言ってないわよ!」
「ハイハイ。んじゃ、俺、カナタに謝って、ウォーレン様に報告してきますんで! いい子で待ってて下さいね?」
――――チュッ。
「――――っ!」
軽くキスしたら床にヘタリ込んでしまった。イスに置いてあったクッションをサッと取って抱き締めて真っ赤になっている。
「そこは俺を抱き締めるトコでしょ?」
「――――!」
――――ボスン!
声に鳴らない声を上げながらクッションを投げ付けて来た。
高飛車で、ウブで、泣き虫で、可愛いエズメリーダ様。もっともっと可愛がってあげよう。
――――彼女が心から笑顔になれますように。
頑張れダニエレくん。




