49、エズメリーダさんと。
王様からエズメリーダさんとの面会許可証をもらい、ウォーレン様がエズメリーダさんの部屋まで送ってくれた。
「しかし、エズメリーダは何を頼みたいのか。同じ内容な気がしなくもないが……私もだが、色々と頼ってすまぬな。どうか、よろしく頼む」
「へ? はい?」
ウォーレン様に深々と頭を下げられてしまった。何を頼みたいのやら私も良く解らないのだが、一応返事はした。
部屋の前で護衛の人に許可証を見せると、少し眉を寄せられてしまった。
「カナタ……様、ですね……」
――――コンコンコン。ガチャッ。
「エズメリーダ様ー、カナタ様がお見えですよー」
「ちょっと、もー! 返事を聞いてから開けなさいよ! 通して頂戴」
エズメリーダさんが文句は言ってるが、声が妙にご機嫌そうだ。
「失礼します。って、うわっ。髪切ったんですか!?」
艶やかなピンク色で王女様らしいふわふわウェーブのロングだったのに、バッサリとボブになっている。地毛で裾に緩いパーマがかかっているので、まさかの同じ髪型だった。
ドレスではなくちょっと豪勢な黄緑色のワンピースで、エズメリーダさんにしては地味な感じだ。
「ちょっと、何で同じ髪型なのよ。貴女はストレートだったでしょ! それに伸ばしてるって!」
「いや、イメチェンというか、バウンティとお揃いにしてみようかな、とか……」
「はんっ」
鼻で笑われてしまった。
エズメリーダさんが部屋にいたメイドさんと騎士さんに向かって手を払う仕草をすると、音もなく退室して行った。
――――パタン。
「何を当たり前のように残ってるのよ! 出なさいよ」
「へ? 私?」
「違うわよ、ほんと相変わらずね! ダニエレ、出て行きなさい」
「俺、エズメリーダ様の命令は聞きませんけど? 二人っきりとか許可出たって聞いてませんし。何かあったら責められるの俺じゃないっすか」
「カナタとじゃ、何も起こらないわよ。馬鹿な事言ってないで行きなさい! そもそも、貴方は今日は室外の担当でしょ!?」
「はぁ? 命、狙って狙われての間柄なのに? エズメリーダ様こそ馬鹿なんですか? 今から室内の護衛になりましたー!」
「……ほんと、もーっ! お願いだから二人きりにさせてよっ! カナタと話したいのよ……」
エズメリーダさんの顔が赤くなり少し涙ぐんでいる。何か可愛い。そして、何となくだが以前より素直になったような?
「ちょ、エズメリーダ様、泣かないで下さいよー。いい大人なんですからぁ……」
「っ、泣いてないわよ。私はこの部屋から動けないの! 貴方がいたら何も出来ないのよ!」
「……まぁ、二人で何をするか教えてくれて、納得出来たら出ていきますけど?」
「っ…………」
何だか二人のやり取りが面白いけど、そろそろ助けてあげよう。
騎士のダニエレさんの肩を叩きしゃがんでもらう。取り敢えずな理由を考えてそっと耳打ちすると、顔を真っ赤にして「そ、れならば、私は外で待機しておきます。その、済まれたら直ぐに呼んで下さいよ! 本当は二人きりなど許可出来ませんのでっ!」と声を裏返しながら叫んで、出ていってくれた。思ったより純情少年だった。青年かな?
「さて、二人っきりになれましたよ?」
「……何、言ったのよ?」
エズメリーダさんが何だかふて腐れている。
「ぶふふっ。いえ、『私、下着とかの開発に携わってるんですよ。サイズや形でオーダーメイド受けてるんですけどね、貴方がいたら脱げませんよ? それとも、見たいのかな?』って言ったら照れて逃げちゃいました」
「何よそれ!」
「まーまー、ついでに測って、可愛いブラを送りますよ。嘘にはならないでしょ?」
「……可愛いの送りなさいよっ」
――――ぶふふふ、可愛い。エズメリーダさんがデレた。
「で、本命の用って何ですか?」
エズメリーダさんがカチャカチャとお茶とお菓子を用意してくれた。昔は絶対に自分じゃしなさそうだったけど。
紅茶は先ほどのやり取りのせいで濃くなったのか、多少苦いが美味しい。
「その、あれから五年と言うか、もうすぐ六年経つじゃない?」
「そーですねぇ」
「そのね、協定書を少し見直してもらえないかしら……私の立場でこんなお願い――――」
「いーですよ?」
「……」
――――サクッ、モグモグ。
「あ、美味しい。ココナッツ? あったっけ?」
「え!?」
「えっ? 無いの?」
「ココナッツはあるわよ。でなくて…………協定書を見直してくれるの?」
「うん。ずっとお部屋に縛り付けててごめんなさい。何かしたい事が出来たんですよね?」
「そのね、したい事と言うかね、安心させたいと言うかね……。お父様には会われたのよね? お加減が良くなさそうでしょう? この数年、すれ違うばかりでハッキリとお顔を見てはいないのだけど、芳しく無いようで。また体調を崩されていると使用人達が話しているのを聞いたのよ。カナタなら何か解るかしら?」
「あー、はい。慢性的な感じですね。そっちはまぁ、たぶん大丈夫だろうなって感じです。ってか、数年まともに会ってないんですか? 同じ城内なのに?」
「ええ、また甘やかしてしまうからと。私も……甘えてしまいそうだから。でも、良かった、命に関わるような病では無いのよね?」
「たぶん、ですけどね」
甘やかすか。まぁ、仕方ないと思う。アステルが産まれて更に良く解った。男親の娘に対する甘さは凄い。本人には見せなくても裏では激甘だ。歯が痛くなるくらい甘い。
因みに、バウンティもゴーゼルさんも隠しきれて無いが。
「それで、どうしたいんですか? 全部取っ払う?」
「そんなの駄目よ!」
「だって、手紙もやり取りしてるし。今、普通に話してるじゃないですか?」
「でも、あの方のお名前は二度と呼べない方がいいわ。それに貴方達への危害や資金提供、私財凍結はしていて頂戴よ」
「えー、私はもうエズメリーダさんとは友達になったのにー」
「っ……ほんと、貴女は馬鹿よ! 死にかけたくせに! あれだけ怒ってたくせに!」
「でも、エズメリーダさんもこの五年耐えて、頑張ったでしょ? 色々と見えてきた?」
興奮して涙目になり、鼻頭を赤く染めたエズメリーダさんが、深呼吸をしてお茶を口に含んだ。
「……えぇ、のほほんとした貴女を恨んだりもしたわ――――」
どうやっても聞こえてくる自分への嘲笑。巻き込んだ者達の処刑や懲罰、その家族からの恨みの手紙や精霊。自分はどん底なのに、幸せそうな私達家族の話。
「でも、段々ね、冷静に考えれるようになっていったわ。貴女がアステルを出産したと聞いた時は流石に荒れたのだけどね。イオの時には無事に元気な子が産まれたと聞いて、心から嬉しくて、幸せな家庭を築けているんだなと。貴方達が幸せなら嬉しいなとね、思えるようになったのよ」
本当にマイルドになっている。手紙でも伝わっては来ていたが、会って話すとやっぱり違う。昔のエベレスト並みのプライドが、凪いで静かな海の水面のようになっている。キラキラと穏やかに輝いている。
「それから…………が、出来たわ……」
「へ? 何? ごめんなさい、聞こえなかった」
「……け、っ……」
――――ケツ? 尻?
「…………結婚したい人が、出来たわ」
「マジでかぁぁぁ!!」
「煩いわね! 叫ばないで頂戴よ!」
――――バァァン!
「エズメリーダ様! 大丈夫ですか!? 今、叫び声が……」
「何を勝手に入って来てるのよっ!」
「……何をお茶してるんですか? 採寸終わったんなら護衛とメイド入れますよ?」
「まだ途中よ!」
「服着てるじゃないっすか。何その嘘?」
ダニエレさんだったっけなー。新しく配属された護衛の人ってこの人だよなー。とか思いつつ二人が言い合ってるのを眺めていた。
「何を二人でコソコソしてるんです? マジで怪しいんですけどぉ。ちゃんと考えて行動してます? 秘密とか作られると護衛し辛いんすけど? ハイ、何を話したか今すぐ言う!」
エズメリーダさんの顔がシュボボボと真っ赤になっていく。
――――あら? これアレか。
「ダニエレ、出ていきなさい。エズメリーダ様と私はまだ話し合っています。許可無しに入室しないように。命令です」
話が進まなそうなので、何となく偉そうに命令してみた。
「…………アンタ、地位をかざせば従うって思ってるだろ!? 確かにエズメリーダ様のした事は最低ですが、五年間軟禁し続けてるアンタだって最低だからな! 他国のホロゥが有名な賞金稼ぎと結婚してゴールドの地位を手に入れただけのくせにさー、イキがってんじゃねぇよ! 他人の権力でしか偉そうに出来ねぇくせに」
「ダニエレ、ちょ、ダ――――」
「なんすか!? エズメリーダ様もいつまでも従って無いで、ちゃんと自分の権利とかさー、主張しましょうよ?」
「ダニエレ、違うわ――――」
「何が!? 俺、ずっと言いたかったんですよ。そりゃ、権力が物を言う世界ですけど。……それでも、他人を虐げるのってどうなんすか? 気分良いんすか? カナタ、様? 自分も昔は虐げられてた地位だったんじゃ無かったっけ? 権力者への報復でもしてるわけ? お門違いだろ!」
エズメリーダさんが真っ赤になってしまった顔を両手で覆い、必死に私に謝っている。
「何を謝ってるんですか! 俺は謝りませんよ! あとアンタ、俺の物言いが気に食わないからって、エズメリーダ様に罰とか与えんなよ!? この人、ずっと耐えてんだからな! ずっと周りからの嘲笑に耐えて、それでもなぁ、ずっと笑顔を続けてんだからな!」
「ダニエレ! ほんと、黙って……」
「嫌です! 俺、黙りませんよ!」
「…………ふひひっ」
――――しまった。漏れた。
「アンタ何を笑ってんだよ!」
「っ、ごめんね。ダニエレくん、何歳かな?」
「はぁ? 関係ないだろ」
「二十二ですわ」
「うん、ぶふふっ。可愛いなぁ」
熱いし、ちょっと話しを聞いてくれないけど、それはそれで可愛い。そんな所に心打たれたのだろうか。
「エズメリーダさん、やっぱ、全撤廃しよ? ダニエレくん、頑張ってね!」
後は若い二人でごゆっくり。と何だがお見合いの席みたいな台詞を言ってエズメリーダさんに手を振りつつ部屋を出た。
二人がどこまで進んでるのか良く解んないけど、何かラブラブそうだしいいかなと思える。
それよりも、私はあの頑固な二人を説き伏せないといけない。どうにかゴーゼルさんを味方に付けたい。
――――味方ゼロは嫌だなぁ。
いつだって立ち塞がるあの二人。ゴーゼルさんは……チョロい。
次話も明日0時に公開です。




