45、激震のマジックショー
ざわめきを無視しつつマジックショーの開始を待った。
暫くして、会場内のライトが全て消えた。そして、スポットライトがステージ中央に当てられる。ドラムロールが鳴り響きステージ中央で『ボンッ』と小さな爆発音がしたと思ったら、タキシード姿でシルクハットを被った男性が現れていた。年齢はいまいち判らないが、オジサマといった雰囲気と声だ。
登場だけで拍手喝采だ。
「紳士淑女の皆様、おや、可愛らしいお嬢様に凛々しいお坊っちゃまも、コルパーフィールドの世界へようこそおいで下さいました!」
挨拶と共にジャケットを脱ぐと、ジャケットが一瞬で消えてステッキに変わっていた。
少し気になる事があった。挨拶と共に何度か同じ内容の台詞が聞こえたのだ。バウンティに確認すると何ヵ国語か通訳で放送されているらしい。なるほど、観客に優しい。が、私だけシュールな気分なのか。
バウンティと小声で話していたら既に何かマジックを始めていたらしい。
――――ワァァァ、パチパチパチ!
盛大な歓声が上がっていた。子供達の方を見ると、目を輝かせて食い入るように見詰めていた。楽しめているようで良かった。
「さて、ここからは私の精霊に登場していただきましょう! 出て来てくれたまえ、アンブロッシェ」
「はーい」
少し大きめのハリネズミが出て来た。両手で抱えないと駄目な位の大きさだ。ものっそい可愛い。
しかし、なぜに精霊を出したのかと思ったら、タネは精霊でした! というのを無くす為らしい。この世界はそれが可能だったなと、妙に感心してしまった。
『あぁ、コルパーフィールド様はいつでも誠実な方ですわぁ』
後ろにいた貴婦人的な奥様がホッコリとした声を出していた。が、同時に物凄いドスの効いたガヤが後ろの方から飛んで来た。
「スタッフ全員の精霊を出せー! ワシは信じんぞぉ!」
会場中がザワ付いた。後ろの奥様は『んまぁ! 何と失礼な者かしら、あのように恥ずかしげもなく大声を出して! きっと卑しい身分の者が混じっているのよ……はぁ、おぞましいわ!』と憤慨していた。
まぁ、半分は賛成出来る。
――――煩いよ、ゴーゼルさぁん。
「おや、お久し振りでございますね、ゴーゼル様。おやおや、カリメア様もいらっしゃるではないですか! おや? ご機嫌は麗しく無さそうですねぇー」
知り合いだったらしい。コルパーフィールドさんの発言で会場がシーンとなっている。
そして、コルパーフィールドさんが、怒っているであろうカリメアさんにダップダプと油を注いでいる。カリメアさんとゴーゼルさんケンカにならないと良いけど、無理かもしれない。
「挨拶など、どうでもよい! さっさとスタッフ全員を呼び出さんか!」
――――そんな無茶振りな。
「グランパうるさーい! シー! ジャマしちゃダメなのー!」
「うぉーい、アステルもシーね?」
アステルが後ろを向いてゴーゼルさん達がいるであろう方向に叫んでいた。慌てて注意したが無意味だった。
「アステルー、グランパは不正防止をしたいんじゃよー」
――――叫ぶなと言うに。
イオは半泣きになっている。ヤバいが、原因はどっちだろうか。叫んだゴーゼルさんが怖かったのか、デートを邪魔されて悲しくなっているのか。
「イオ、レディの前だよ? ぐっと我慢!」
「……ふにゅっ」
――――なんだその返事! 超可愛い!
「カナタ、顔……」
「あ……失敬!」
今回は本当に失敬。本気で悶えそうになっていた。バウンティがハァーと溜め息を吐いた後、立ち上がって後ろを振り向いた。
「師匠! 退場!」
「なんじゃとー! ワシは出ていかんぞー!」
「カリメア!」
「はいはい」
――――スパァァァン!
「ふごっ……」
カリメアさんの何かが炸裂したであろう音がする。
「皆様、大変失礼致しました。お気になさらず観覧されて下さいね? ジャスティン、ショーを続けなさい」
出て行くらしい。そして、コルパーフィールドさんはジャスティンと言う名前らしい。
「あははは。畏まりました。……さて、皆様、怪獣から平穏を守っていただいた美しきカリメア様と世界最強と言っても過言では無いバウンティ様に感謝しつつ、ヤジの飛ばない通常のショーを再開致しましょう!」
コルパーフィールドさんが陽気に笑いながら、両手を広げてショーを再開する宣言をしてくれた。おかげで会場中がクスクスと笑う人と拍手をする人で溢れて、温かい雰囲気になった。
イオは泣くのを我慢出来たようで、いつの間にやらミレーヌちゃんと手を繋いで笑い合っていた。
「はぁ、ゴーゼルさん…………何か、ペナルティ考えようかなぁ」
「ブフッ。ん、酷いの考えて!」
バウンティが妙に嬉しそうだ。
ゴーゼルさんが退場してからは会場が一体となりマジックショーを楽しめた。カードや、コインでのテーブル系のマジック、瞬間移動や、剣で串刺し、水中脱出など、大掛かりなマジックもあった。テレビで見た事はあったが間近で見るとかなりの迫力だった。
「キャハハハ! すごいねー!」
「うん! かっこよかったね!」
子供達も満足そうだ。
取り敢えず、ヴァレリー夫妻とモナハン夫妻に謝ると、クスクスと笑われ「気にしないで下さい」と言われた。
そして、帰る為に席を立ち上がって、振り返った所で、真っ青になって姿勢を正している後ろの席のご夫婦と目が合った。
『あ、あの、バウンティ様……先程は、大変……ごっ、無礼を……』
ご主人がどうにかこうにか言葉を紡いでいた。
バウンティが『気にするな、俺達二人しか話していた内容は解っていない』と言うと颯爽と歩き始めてしまった。取り敢えずカーテシーで会釈してバウンティについて行った。
イベント会場を出るとセルジオさんが子供達にお菓子を配っていた。大人はワインを赤か白を選んで、ゴーゼルさん達の部屋の執事さんから受け取っていた。
「セルジオさん? ダブルワーク的な?」
「あぁっ、カナタ様! 申し訳ございません、カリメア様からのご命令により、ご迷惑をお掛けしたお詫びに配るようにと。お部屋に戻られるのでしたらこちらはギルバートに任せて、私は同行を――――」
「アステルもくばるー! グランパおはなしできないし! アステルがごめんねっていうよ!」
――――ゴーゼルさんが話せない?
意味が解らない。セルジオさんはソワソワしているし、アステルの発言に一瞬顔を強張らせていた。感情を顕にするのは珍しいなと、セルジオさんの視線の先の少し騒がしい集団に目を向けた。
「――――は?」
猿ぐつわをされ、後ろで手を縛られたゴーゼルさんが、『騒いですみませんでした。反省してます』と書かれたボードを首から下げていた。
「うははははは! ホントに猿ぐつわされてるぅ! アハハ! ゴ、ゴーゼルさん! うははははは!」
「んー! ん、んんん! ふんんんんー!」
「うははははは! 全っ然、何て言ってるか解んないです! 配り終わるまで帰って来るなって言われたとか?」
ブンブンと首を縦に振っている。面白すぎる。余りにも面白くて指を差して笑ってしまった。
バウンティの肩がプルプルしているので爆笑寸前だろう。
「ブフッ、カナタ……俺、部屋に戻って、ブフフッ……スマホ、取ってくる!」
プルプルしながら耳打ちされた。写真を撮る気らしい。
子供達はなぜか四人とも配るのを手伝いたがったので、親達は横に避けて話しながら、観客へのお詫びの品渡しが終わるのを待った。
「何でもやりたがる年齢になっちゃいましたねぇ」
「そうですわね。自信満々に『出来る』と言われても明らかに無理だと思う事があるんですよね」
「えっ? ミレーヌちゃんも? 何かそんなイメージ無かったです」
「大人振りたいのでしょうね、哲学書や軍行指南書など何の関連性も無い本を積み上げて読み出したりしてますわよ。大体五分で船を漕いでますわ」
「あはは、可愛い!」
「フィリップは主人の執務室で書類にサインをして駄目にしてますわね……」
「あぁ、執務室に鍵を掛けたら『仕事の邪魔をするな』と泣きわめかれたなぁ」
「うわぁぁ。書類は止めて欲しいですねぇ。アステルとイオも『仕事』に拘ってますねぇ」
「どのようにですの?」
賞金稼ぎの仕事をしたがる話をした。そして、報酬がナデナデな事も。
「まぁ! 報酬の可愛らしい事っ」
マイヤさんが悶えていた。どうやらフィリップくんが徐々に男の子になって来たもので、可愛らしさに飢えていたらしい。ふと考える。イオも男の子らしくなっていくのかと。だがなんとなしにヘタレ感があるからまだ可愛い時期は続きそうだ。
そんな妄想を繰り広げている間にさいごのお客さんに渡し終わっていた。
「さ、戻りましょうか」
「カナタ様、お待ち下さい」
ゴーゼルさんの猿ぐつわを取ろうとしたら執事のギルバートさんに止められてしまった。
「カリメア様より伝言で『そのまま連れて帰って来なさい』との事です」
「うわぁぁ。ゴーゼルさん、頑張れ!」
「ふんーんんー!」
「いやははは。何て言ってるか解んないし、仕方ないよね?」
たぶん、パシャパシャ言わせて写真を撮っているバウンティをどうにかして欲しいのだろう。一所懸命に蹴りを入れているが、手を縛られた状態ではうまくいかないらしく、軽々と避けられている。
バウンティは人のデータにどれだけゴーゼルさんの写真を入れる気なのか。部屋に帰ったら削除させよう。
カリメアの本気は怖い。
次話も明日0時に公開です。




