4、ワクワクしていた
――――チュッ。
「おっはよう、バウンティ!」
「ん、もっと……」
「朝は触れるだけですー。ご飯作ってくるね!」
鼻歌を歌いながら雑炊を用意する。
――――コンコンコン。
こんな朝から誰だろう? と不思議に思いながら玄関をそっと開けて外を伺った。
「カナタ!」
バイーンと胸、もといテッサちゃんが抱き着いて来た。
「テッサちゃん、どうしたの?」
「どうしたの、って! これからは話すようにしたんだよね? また黙ったりとかしないよね?」
「うん。イオが話せるようになったから、解禁にしたの」
「もー! ずっと心配だったんだよ、辛いこととかさ、話せないじゃん。カナタすぐ溜め込むじゃん! すぐ病むじゃん! でも、カナタが決めた事だしずっと何も言えなかった。良かったぁぁ」
何年経っても、話し方がちょっとまろやかになっても、テッサちゃんはテッサちゃんだ。とても優しい子だ。
「ん。ありがと。ねぇ、今日はお仕事じゃ無いの?」
「うん、今日は九時からだけど。ノランから聞いただけじゃ信用出来なくて」
「あははは! 朝御飯は食べた?」
「……食べてない」
「食べていきなよ。雑炊だけどね」
「エビ入ってる?」
「エビもお肉も入ってるよ!」
バウンティ用にはゴロッゴロのお肉。どっちが良いか聞いたら子供用の方でと言われた。
「相変わらず朝からモリモリ食べてるんだね」
「食べた物は一体どこに消えるんだろうねぇ? 凄いよね……」
軽くバウンティをディスりながらキッチンへ行く。
テッサちゃんが軽く手伝ってくれて助かった。
「「テッサだー!」」
「ん、どうした?」
「カナタの様子見に来ました」
「ん、ありがとな」
「わたしテッサのよこ!」
「ぼくも!」
ということで、アステルとイオの間にテッサちゃんを配置。
「……あんたらほんと、手がかからないよね。マシューもだけどさ。孤児院のチビ達は滅茶苦茶だったけどね?」
「めちゃくちゃ?」
「うん。こぼしたり、飛ばしたり、こっそり捨てたり……いろいろね」
「もったいないよ?」
「ぶふっ……流石カナタの子供だよね」
「ちょ、今のどこに私の要素があったの!?」
――――解せないっ。
ご飯の後はいつも通り皿洗い。
「もうすぐリズさんがマシューくん連れて来るから一緒に行く?」
「うん、そうする」
「えー! テッサかえったらヤダ」
「やー!」
「はいはい。アタシは働かないと生きてけないの。マシューのママも働いてるでしょ?」
「えー、でもママもパパも、はたらいてないよ? リズママはケーキのためにはたらいてるんだよ?」
「…………答え辛い! ケーキの為って。どんだけケーキに重きを置いてるの……。えーっと、あんた達が産まれる前に、ママは……置いといて、パパがいっぱい働いたの。そのお金で生活してるの」
「うははは! 無職の二人にしか見えないよね!」
爆笑していたらリズさんがマシューくんを連れて来た。
「あら、テッサここに来てたの? 一緒に行く?」
「はい。カナタに会いに。一緒に出勤します」
「「いってらっしゃーい」」
二人を送り出す。
「ママー、パパのおしごとってなに?」
アステルが不思議そうに聞いてきた。どう言えば理解できるのか……少し考えた。
「パパはね賞金稼ぎっていうお仕事をしてるの」
「しょうきんかせぎ」
「そ、困ってる人が『助けて』って言ってる事を解決してあげるお仕事なんだよ」
「だれたすけるの?」
ワクワクとイオが食い付いて来た。
「大切な物を無くしたから『探して下さい』とか、悪い人がいるんです『やっつけて』とか、どうしたら良いか解らない『教えて』とかね」
「わるいひと、やっつけた?」
「うん。いーっぱい、やっつけたんだよー。物凄く強いからね『金剛不壊』って……ぶふっ、呼ばれてるの」
「こんごーふえ?」
「……チッ」
――――ヤバい、我慢出来ない。絶対バウンティが怒るけど。
「うはははは! あーっははは!」
「カナタ! おっ前はぁ――――」
初めは嬉しそうに聞いていたバウンティが『金剛不壊』の事を言った瞬間、ちょっと不機嫌になっていた。
そして、我慢出来ず笑ってしまったら、案の定怒り出した。昔ならそのままお仕置きコースだが今は最強の味方がいる。
「パパー! こんごーふえのおはなし、してぇ!」
「ぶふぅぅぅ」
「……お前、明日覚えとけよ」
――――あ、やばっ。
そういえば明日からご褒美期間だった。大丈夫かな……。
バウンティが金剛不壊なお話をしている間に昼食とおやつの準備が終わった。
ご飯前にかぁさんに連絡しておこうかな。
「ねー、バウンティ、かぁさんとビデオ通話していい?」
「ん」
「グランマ! おはなしする!」
「おはなしするー」
「ぼくもー」
この数年の間にバウンティが日本語まで出来るようになってしまった。私が話さなくなったので、代わりに現状を伝えるからと、動画やサイトを見たり、ビデオ通話でかぁさんから習ったり。そしてかぁさんは何故かフィランツ語がちょっと出来るようになってる……らしい。
私には全部が日本語で聞こえるから少し疎外感でイジケたりもした。慰めてもらえずチョップを食らったが。
――――プルルル。
『はいはーい』
「かぁさん! 久し振り!」
『はぁ? なに話してんの?』
「うん、そのドライさ、かぁさんだね! うははっ」
『イオも大丈夫になったの?』
「うん、ちゃんとフィランツ語になってた」
「グランマ!」
「グランマッグランマ!」
『煩い! 一人づつ喋りな!』
慌てて子供達がじゃんけんしていた。そしてマシューくんが一番、二番目がアステル、三番目がイオに決まった。
まあ、イオはほぼ三番目なのだが。何故か一番最初にパーを出す。そして二人にモロバレ。
時々忘れたようにグーを出すので余計に自分の癖に気付いていなさそうだ。
バウンティはこれがツボらしく子供達がじゃんけんを始めるとワクワク顔で見ている。そして無言でウケている。いまもプルプル震えている。
「グランマ! ぼくね、ママのシュコーン、おてつだいした!」
『おー、えらいえらい。ちゃんと出来た?』
「うん! おいしいだったよ!」
「つぎわたしー! あのね、きのうパパとほんきのおにごっこしたの。まけちゃった! でもね、ごほうびもらえるんだよ! ママとふたりで、いちにちいるの!」
『ん? 一日独占権?』
「あ、うん。それそれ。ご褒美で順番で二人っきりで過ごす事になったよ」
「ママ! わたしのばんなの!」
「あ、すんません」
「それでね、いっぱい、いーっぱいあまえるの! いいこだねってほめてもらうの!」
――――ふごぉう。
攻撃力が半端ない。悶え死ねる。
『ちょ、通訳が二人とも悶えるな! こら! 働け!』
バウンティも悶えていた。どうにか復活しイオの番。
「グランマー、ぼくね、おにごっこ、いちばんにつかまったの。パパがね、きからドーンっておりてきたの! カッコイイの! ぼくねパパになる」
――――くっ、可愛いな。
しかし、パパみたいにはならなくてもいいぞぉ。可愛いままでいておくれ。
『おおー。強い男になりなよー』
その後も順繰りに色んな事を話し、報告会は終わった。
お昼とお昼寝を済ませおやつも騒ぎつつ終了。
「マシュー、お待たせー!」
「ママー!」
「カナタ、バウンティありがとうね! 明日と明後日はジュドに見させるわね。大丈夫かしら?」
「なんでだ? 師匠達に任せればいいじゃないか」
「恐れ多い! それに、たまにはジュドに父親やらせるわよ。料理作ってる所とか見れば、ちょっとは威厳が復活するかもだしね」
「あはは。ジュドさんに頑張ってって伝えて下さい」
威厳、復活する事を祈ろう。バウンティの「元から威厳とかねぇだろ」とか聞こえないっ!
「「バイバーイ」」
二人を見送って夕食にする。
「あー、あまいニンジン」
「へーい。作りましたよ。食べれる?」
「おいしい! あまいのおいしいんだよ?」
――――むー。
嬉しさと微妙さがない交ぜだ。
「今日はパスタでニンニク少なめのボンゴレビアンコでございます!」
子供達が貝が好きで助かった。結構、見た目がグロい気がするんだけどね? 旨味が多いから食べれるのかもしれない。
「あー、ママまた『チュルッ』てしたぁ」
「むあー! もうね、これ癖なんだよね。国民性っていうかさぁ」
頭を抱えつつ嘆く。
「こくみんせい?」
「ママの国はチュルチュルやって食べるものがあるのですよ」
「じゃあ、マナーいはんじゃない?」
「じゃない?」
「……いえ、マナー違反です」
「ふはっ。喋っても結局負けるんだな」
話さなかった頃は、突っ込まれると頭を抱えた後にごめんなさいをしていた。今回は話せるからと言い訳してみたが駄目だった。子供ってちょっと残酷で恐ろしい。
今日もいつも通りお皿を洗ってお風呂に入れて、寝かし付ける。夜八時以降は大人の時間……にはしないっ!
キッチンでクッキーの分量を量っていると、バウンティがキッチンの入り口の所で壁に寄りかかり、作業を眺めていた。
「カーナーター。おいで」
「やだ。明日あの子達に持たせるグラノーラクッキー作るの」
「クッキーじゃなくて、グラノーラの瓶ごと持たせればいいだろ」
――――お前と一緒にするな!
あと、グラノーラ瓶ごと持たせても、きっとゴーゼルさんが食べてしまう。
「あっちにはシエナがいるから、チビ達のおやつは何か作ってくれるだろ」
「そーだけど、せっかくレベルアップしてんのに結局私達のお世話させたら可哀想じゃん!」
アステル出産後、私達の生活が落ち着いたのを見計らって、シュトラウト邸で働いてもらうようになった。今はイーナさんのサポートで重宝されているらしい。
「なんか……皆、色々変わっちゃったね。私は何にも変わってない気がしてしょうがないけどさー」
「ん、ちょっとは大きくなったじゃないか」
後ろから抱き締められた。胸を優しく揉みしだきつつ頂にまでちょっかいを出そうとしてくる。
「ちょ、やめーい!」
「ん、カナタ……可愛い声でもっと怒って?」
「マゾなの?」
「ん。悪態も可愛い。もっと」
――――なんだこれ。可愛がり週間か何かかな?
「じゃーま! 明日ラブラブしたいんでしょ?」
「……ん」
「その為に準備してるの! 食べ物ストックしとけば二人の…………時間いっぱいにな……るじゃん…………」
しまった。物凄く楽しみにしてるのがバレた気がする。ニヤニヤしてるのが見なくても空気で解る。こういう時は何か言うと百倍返しを食らうので、黙るのが一番だ。それが一番被害が少ない。
「朝も、昼も、夜も、お前だけを貪ってていいんだな? その為に準備してるのなら俺は邪魔出来ないなぁ」
「……」
――――我慢しろ。今話すな! 三年近くも耐えただろう!
「ん? まーただんまりか。ま、良いがな? 明日が楽しみだな? ふははは」
――――っ耐えた! 頑張った私!
何も考えず、ストック出来る食材やおかずを冷蔵や冷凍したり、二人に持たせるおやつを黙々と作った。
――――チュッ。
「バウ――――」
「ん! 起こしてくる!」
早いな。まだ名前もおはようも言ってない。何を慌ててるのやら。楽しみにしててくれるのは嬉しいが、期待が膨らみすぎてないか心配だ。
****** side:B
カナタが話さなくなって二年十ヵ月が過ぎていた。今日、急に話す事を決めたらしい。良く良く聞いてみると、イオが初めて『話して』と泣いてお願いして来たそうだ。
その瞬間、ここまで話せるようになったんだからきっと大丈夫だろう。喋ろう。と決めたらしい。
「決めたんなら、その場で話し掛けてやれば良かったじゃないか」
――――何で黙ったままだったんだよ。可哀想じゃないか。
「っだって……約束」
「何のだよ?」
「一番にバウンティの名前呼ぶって言った。愛してるって。頑張ったねって言うって……」
――――ずっと覚えてたのか。カナタのクセに。
いつもは、すーぐ忘れて『てへっ』って笑って誤魔化すくせに。
ごめんな、イオ。お前より優先されて嬉しいと思うなんて悪い父親だな……。
カナタはやっぱりアホだった。鬼ごっこで勝ったらご褒美? 当たり前に俺が勝つ!
ちょっと本気を出してしまったのに五十五秒も掛かってしまった。侮れないな。でもいい、勝ちは勝ちだ。カリメアに頼んで土日確保した。アステルとイオの時はそれぞれとラセット亭に泊まりにでも行くか。
――――チュッ。
待ちに待った俺の日だ!
「バウ――――」
「ん! 起こしてくる!」
子供部屋に行って二人を起こす。
「アステル、師匠の所に行くぞ! イオ、起きろ?」
「んーっ。パパ、あさからうるさいよ?」
――――チュッ。
「お前はママにそっくりだな。可愛い」
おでこにキスして頭を撫でる。
「パパたのしみ?」
「あぁ、やっと話せたんだ。いっぱい話したいじゃないか。何か、あいつはあっさりしてるけどな」
「きゃはは。いつもとおんなじだよね?」
イオもどうにか起こし、ご飯を食べさせる。荷物も持たせた。完璧だ。
「ん!」
「いやいや、まだ七時だよ?」
「ん、起きてる!」
ワーワー言うカナタを無視して師匠の家に二人を抱えて連れて行った。
「バウンティ様、おはようございます。アステル様、イオ様、お荷物お持ちしますよ」
「イーナ!」
「シエナはー?」
「シエナは配膳してますよ。さ、参りましょうか」
「日曜の夜に迎えに来る」
「はい、バウンティ様。夫婦水入らず、ゆっくりされて下さいね」
「ん!」
――――よっし! 任務完了だ。
待ってろよカナタ。二年十ヵ月分たっぷり可愛がって、苛めて、鳴かせてやる!
実はワクワクしていたカナタさん。
ワクワクし過ぎて朝四時から起きていたバウンティ。




