31、出発の準備は整いました?
リズさんとマシューくんを玄関で見送っていた後ろで、カリメアさんがイオと話していた。
「それで、何で勝手に家を出たのかしら?」
「グランマ、ロボットのしゅうりをね、してくれるひと、しってるでしょ? おしえてほしかったの」
「なるほどねぇ。イオ、それは家を勝手に出て良い理由では無いわ。結局の所、怒られると思ったから逃げたんでしょう?」
イオがビックリしたような顔をして頷いていた。が、残念な事に皆気付いているのだよイオくん。
「カナタもバウンティも、壊したってちゃんと言えばそんなに怒らないでしょうに」
「でも、でも! パパものすごくおこってた! ママも『うごくな』ってさけんでた!」
「それは、イオが勝手に家を出たからだよ。小さい子供が一人で外をフラフラしたら危ないからなんだよ?」
中町は基本は車両の走行は禁止だが、許可車やトラックが搬入の為などで時々走っている。しかも、信号は無い。優先道路の表示のみで走行している。
正直、怖い。
「でも! はしっこあるいたら、だいじょうぶって……」
「イオ、言い訳して約束を破るのか?」
「ちがっ……もう、しない」
「うん、お願いね。私はイオのその言葉を信じるよ! バウンティも信じてあげるよね?」
「ん、信じる」
「うん!」
あとはマシューくんの前では言わないでいた事を今の内に伝えよう。一旦リビングに移動して座る。
「もう一つだけ、イオとアステルにもお話ししたい事があるんだけど、良いかな?」
「……なぁに?」
イオがまたソワソワとしている。怒られるのは誰だって嫌いだ。だから怒られないように嘘を吐く。
「あのね、どんなに怒られそうで嫌でもね、ママとパパには本当の事をお話しして? 一緒に解決しよう? 本当の事を言ってくれたらね、ママもパパも嬉しくて幸せな気持ちになるの。どんなに悪い事をしてもね、正直に教えてくれたら、家族やお友達は助けてくれるんだよ。解るかな? 少し難しいかな?」
「アステル、わかるー!」
「……ぼく、わかんない…………」
例え話をする。
イオがアステルの取っておいたイチゴのアイスを勝手に食べたとする。
アステルが食べようとして無くなっていた事に気付く。犯人はイオだった。お腹が減っていて、置いてあったから食べてしまった。アステルに嫌がらせしようとしていたわけじゃない。
アステルには関係ない。楽しみに取っておいたアイスだ。アステルは犯人を探した。イオはそこでアステルのだったと気付いたが怒られるのが嫌で聞かれても言わなかった。
その後、アステルはイオが犯人だと判った。イオのシャツにイチゴアイスの染みが付いていたのだ。
「そうしたら、アステルはどうする?」
「イオをおこる!」
「イオは自分じゃないって言ったら?」
「しょうこがあるもん!」
「そうだね。イオは怒られちゃうね?」
「うん……すごくおこられる……アステル、こわい」
だが、イオが食べてしまう前に『食べても良い?』と誰かに確認すれば良かった。
アステルのだと気付いた時に『ごめんね、知らなくて食べた』と言えばアステルもそこまで怒らなかったはずだ。
「もし、言うのが怖かったら、ママやパパに相談したら良いんだよ?」
「相談?」
「本当の事を言ってくれたらね、物凄く頑張って助けちゃう。イチゴアイスなんて、チョチョイっと一緒に作っちゃうよ? 一緒にごめんねって言いに行くよ?」
「たすけてくれるの?」
「うん。絶対にだよ。二人共、覚えててね」
「「うん」」
良い子達だと褒めて頭を撫でる。脅すより褒める方が効果的だと育児サイトに書いてあった。手探りではあるけれど、一緒に考えて成長していきたい。
お話しはこれくらいにして一息つきながらお茶を飲む。
「そーいえば、カリメアさん、遅かったですね。来たの五時過ぎてた」
「そうそう、ロボットの作りを調べてもらってたじゃない? 子供達に借りてるから早急にしろって言ってたら、デザインと仕組みは調べ終わったから、一旦返せるって連絡があってね、受け取ったり、今後の予定を少し話してたら思いの外時間が掛かっちゃったのよ」
どうやら、船で王都に行くなら時間潰しに玩具が必要だろうと気を効かせてくれたらしい。ありがたい。
「マシューのはラセット亭でジュドに渡して来たわ」
そう言いながら、カリメアさんがイオにロボットを返していた。とても嬉しそうなので良かった。
「さーて、もうすぐゴーゼルさんも来ますよね? 夕ご飯の仕上げをしようかなー」
「ん、じゃあ、俺達は明日の荷物の最終チェックだ。イオ、リュックの中身を出したりしたんだろ? 確認したりのお手伝い出来るか?」
「うん! 出来る!」
「わたしもするー!」
「ん、良い子達だ」
「じゃあ、私はキッチンへ行って手伝いましょう」
それぞれで別れて作業開始だ。
下準備は済んでいたので、油に火を点けて温まるのを待つ。
「あら、色んな匂いがするわね」
「はい、唐揚げの下味を替えて色々と遊びました!」
「あら? 今日はディップじゃないのね。っていうか、来て六年近く経ってるのに、まだ新しい料理を出してくる貴女が怖いわ」
別に新しい料理でも何でも無いのだけれど。アレンジをするかしないかで、唐揚げはしていなかっただけだ。まぁ、新しいと思ってもらえるなら良いのかな。
「あら、ミソシルじゃ無いの?」
「はい。野菜たっぷりにしたのでコンソメで」
「ミソシルでも、何も変わらないでしょ」
「いやー、流石にセロリは味噌に合わ……あー! カリメアさん、セロリ嫌いだったのに入れちゃった!」
「えっ、そうなんですか!?」
シエナちゃんがビックリしていた。
「あれ? ……内緒だった?」
「そこまで気にしなくて良いわよ。イーナは知ってるし、家のシェフも知ってるけど使ってるわよ」
「なんだ。でも次から気を付けて、解らないように使います」
結局使うのかと呆れられた。
お喋りしている間に油も温まったので、鶏肉を揚げ始める。普通の、柚子、トマト、カレーの順だ。
「その順番に意味はあるの?」
「油に匂いが移っちゃうので」
「へぇ。気にした事なかったわ」
「お魚揚げた後にお肉揚げたりすると、お肉を口に入れた瞬間、魚臭を放つんですよ! 結構凹みますからねアレ!」
シエナちゃん曰く、シュトラウト家のシェフは油を使い分けているらしい。
「おぉー流石! 昔、ドライトマトの製法聞いた時もかなり拘ってたもんなぁ」
「あら、家のシェフはそんな事にも気を付けたのね。知らなかったわ。昇給しようかしら……イーナと要相談ね」
シェフさんの昇給を祈りつつ、揚げまくる。そろそろご飯も炊き上がるし、ゴーゼルさんが来るまでには準備が終わりそうだ。
「「いただきまーす!」」
ゴーゼルさんがテーブルを見て「ディップは無いんかのぉ?」とションボリしていて可愛かった。
「んーまい! カレーチーズ味いいのぉ! 美味い」
「「んーまい」」
「ユズ、辛い」
「あ、やっぱり?」
シエナちゃんに注意は受けてたけど出した後だったので気にせず漬け込んだが、駄目だったらしい。
「えぇ、辛いわね。でも、ユズの風味が鶏肉に合うわね。好きな味よ」
「ママー! ナットー食べたい!」
「えー。冷凍庫に入れてるんだよね……明日の朝じゃ駄目?」
「ミンチナットーにしてくれるならいいよー」
「オッケー。交渉成立!」
バウンティとイオはゲッソリした顔をしている。
「焼きめんたい作るから」
「「ん!」」
二人ともチョロい。明日の朝は早起きして和食プレートにしよう。
「さっきから『ナットー』とか『メンタイ』とか何なの?」
「あら? 味見してませんでしたっけ?」
「出してないぞ?」
抜けてた。でも、納豆は無理な気がする。明太子はイケるだろう。
「んー、明日のお楽しみで!」
ごちそうさまをした後はお皿洗いと、明日の朝ご飯の下準備。子供達はゴーゼルさんとカリメアさんがお風呂と寝かし付けをしてくれるそうだ。有り難い。
バウンティはのんびりリビングで本を読んでいた。
「お待たせー。明日は早いから寝よ?」
「ん」
珍しく素直だった。二人きりのお風呂も特に何もして来ず、ベッドでも特に何も無く、後ろ抱きにされて眠った。
朝五時ちょっと前、そっとキッチンへ行き朝ご飯の準備をする。お米を炊いている間に玉子焼きを作り、ウインナーを焼く、明太子を一口サイズに切った物をフライパンで焼き、それぞれをプレートに盛り付ける。
アステルと私のご飯はお茶碗に、他の四人はプレートに一緒に盛る。玉ねぎとワカメの味噌汁も付けたら完成だ。
ダイニングに並べて、海苔の佃煮や鮭フレーク、アステルご希望の鶏ミンチ納豆も置く。
――――コンコンコン。
ドアを開けずに声を掛ける。
「ゴーゼルさん、カリメアさん、おはようございます。五時半です。朝ご飯の準備が出来ましたよー」
「おはよう、分かったわ。すぐ下りるわね」
次はバウンティだ。
――――チュッ。
「バウンティ、おはよ! 起きて!」
「んー」
のっそり動き出したので大丈夫だろう。次は子供達だ。
「あら、アステル起きてたの?」
子供部屋に行くとベッドに座って本を見ていた。
「うん。ご飯の匂いで起きた! もう出来たの?」
「うん、出来たよ。顔を洗って、歯を磨いて、お着替えしてね。服はどうする?」
「じぶんでえらぶ!」
「りょーかい」
後はお寝坊さんのイオだ。俯せで寝ている。
「イオ、イーオー」
トントンと背中を軽く叩くが無反応。ちょっと強めに肩をトントン……無反応。頬っぺたペチペチ……無反応。脇腹コチョコチョ。
「んやぁぁ、ひゃははっ、にゅふふふ」
「おはようイオ」
「ママ! コチョコチョしたらだめなの!」
「えー。駄目?」
「だーめー!」
怒られてしまった。コチョコチョが一番早いのに。
「さっ、イオも準備しよ? 服はどうする?」
「パパにえらんでもらうー」
「んじゃ、寝室にいるだろうから言っておいで」
「はーい」
ダイニングに行くとゴーゼルさんとカリメアさんが席に着いていた。
「ふぁぁぁ。カナタは朝早くから大変じゃったのぉ」
「いえいえ、昨日の内に下拵えは済んでましたから。あ、これが鶏ミンチ納豆で、プレートに乗っている魚卵が明太子です」
食べ物の説明をしていたらバウンティと子供達が下りてきたのでいただきますをした。
「……臭い! おぉうえっ」
ゴーゼルさんが納豆を盛大に吐き出していた。カリメアさんは頑張って飲み込みはしたが、二度と食べないと宣言された。そしてやっぱり、モリモリと食べるアステルの味覚を心配された。
「おいしーのにねー?」
「ね?」
納豆以外は好評だったので良しとする。
ご飯を食べ終わって洗い物をしようとしていたら、カリメアさんからシエナちゃんがやってくれるので良いと言われた。そのままも気が引けるので、バウンティにメモをお願いした。
荷物を持って準備万端。「さぁ、歩くぞぉ」と玄関から出るとニールさんのタクシーともう一台タクシーが来ていた。
「ほへ? 呼んだの?」
「ん、カリメアが手配してたらしい」
「朝から歩きたくないもの」
助かるけど、ゴーゼルさんが中町の走行禁止を決めたんじゃなかったの? それで良いの? とか突っ込みたい。たぶん、言い負かされるけど。
スルースキルは大切なのだ。
――――さて、子供達は初めての旅行。どんな事が待っているのかなぁ。
やっとこさ、王都へ出発です!
次話も明日0時に公開です。良いお年を。




