21、お昼ご飯
キッチンでクッキング教室開催だ。
「まず、コレは大根です」
全長四十センチ、直径七センチはありそうな大根をどーんと披露する。
「ダイコンね、大きいわね。見た感じはひょろ長いカブみたいだけど、何か違うのかしら?」
「根菜でって所は似てはいるんですが、個人的には大根の方が好きです」
首を落としスライスして渡す。
――――パリッ。ポリポリ。
「あら、歯応えが凄いのね。瑞々しくて……辛いわね」
「あまり味がせんな! 舌がビリビリするぞ」
青いところだったからだろう。先の方の所もスライスして渡す。
――――パリッ。ポリッ。
「あら? うっすら甘いわね」
「うーむ。ビリビリはしなくなったのぉ」
子供達には甘い方を渡す。
「まだ、利点が理解出来ないわね」
「取り敢えず作ってみましょう。シエナちゃん、ゆで玉子を人数分作ってくれる?」
「はい」
大根は、まず三分の一を厚さ二センチで輪切りにし、更に十字に切る。
大根でサラダも作るので四センチの厚さで切ったものを細く千切りにするのだが、カリメアさんにお願いした。
「あら、細くしても崩れないのね。切りやすいわ」
「細く切った大根には、大葉の千切りとツナ缶、醤油、マヨ、酢、砂糖を加えて和えます」
醤油の出番だ。瓶の賞味期限が一番長かったので七百ミリリットルの瓶を八本も持って来た。カンさんに分けてあげたいのだ。
味噌は、五百グラムカップの合わせ味噌を六個、白味噌二個、赤味噌二個を用意している。私が合わせ味噌派だからだけど。味噌だけで五キロ。
「ショーユ? 魚醤じゃないの?」
「あ、ペロッとひと舐め、どーぞ」
「いやよ! 臭いんでしょ!」
魚醤は臭いけどね。あれ? 醤油も臭いんだろうか? 慣れすぎてて解らないのかもしれない。バウンティに舐めさせたら「ん? みたらしの……いや、塩辛いな」と呟いていた。
「醤油は大豆を発酵やらなんやらして作ってある調味料です。ソースとかに近いのかなぁ」
――――ペロッ。
バウンティが勢い良く味見してくれたのもあってか、カリメアさんとゴーゼルさんも味見してくれた。
「あら、ほんと。砂糖を足したらみたらしの味に似そうね」
そもそも、本来は醤油で作られているからみたらしに感じるのだろう。
缶詰類も色々と買っては来たが、ツナ缶はこちらにも売ってるのでこちらのものを使う。油を切り、ボウルに大根、大葉、ツナ缶半分、調味料を入れてザックリ混ぜる。
「混ざったら味見していいですよー」
みんながワイワイ味見している間に、鶏モモ肉を一口大に切る。大根と鶏肉をフライパンで炒めていると嫌な予感がして振り向いた。
「ちょ! 何で本気で食べてんの!」
味見と言ったはずなのにシャクシャクといつまでも聞こえていた。
「美味いのぉ!」
「ソレ食べ切ってもこれ以上おかず作りませんからね!」
「うおっ……酷い!」
どっちが酷いんだか。
「で、貴女は何してるの?」
「鶏と大根の煮物です」
鶏肉に焼き色が付いたら水、砂糖、お酒、味醂、顆粒の和風だし、生姜を数欠片入れて煮込む。煮立ったら醤油を入れて、ホイルで落し蓋を作り弱火で三十分ほど煮込む。
その間にシエナちゃんにはご飯を炊いてもらい、皆でゆで玉子を剥く。
「ゆで玉子はどうするの?」
「あと十五分ほどしたらお鍋に入れて一緒に煮込みます」
「ゆで玉子を!?」
美味しいから安心して欲しい。
煮込んでいる間に味噌汁作りだ。
「バウンティは玉ねぎのスライス――――」
「あ、カナタ様、玉ねぎのスライスは今日のお昼に使おうかと思っていまして……冷蔵庫にあります……」
どうやら事前に下拵えしていたらしい。本気で申し訳無くなった。
「ごめん! 何にも確認せずに始めちゃって……せっかく準備してくれてたのに……」
「いえ、いつでも使えるものしか下準備してなかったので大丈夫ですよ」
他にはピーマンとニンジンの細切りと牛肉の細切り、コレは青椒肉絲だろう。賽の目のジャガイモやキャベツはスープ用かな。転用していいか聞いたら笑顔で良いと言われたので、素直に甘える。
「シエナちゃん、ご飯が焚けたら青椒肉絲作ってくれる?」
「良いのですか?」
「アステルのリクエストだったんでしょ?」
「うん! ちんじゃおろぉすぅ!」
――――好きだな。
ジャガイモとキャベツ、玉ねぎのスライスで味噌汁にした。顆粒だしを入れて煮立つ前に火を止めて合わせ味噌を溶く。そして再加熱。楽チン。
またもや味見をしたがったので小皿に入れて渡す。
ちなみに、味噌を開けた瞬間、皆に臭い臭いと暴言を吐かれた。なのに味見する。どういう事なんだか。
「不思議な味のスープね……複雑な味だわ。この、ミソって貴女がずっと言ってたミソシルなのよね? 何なの? 臭いわよ」
「大豆と……コレは麦と米を合わせてるんですが、んー。麹って言うカビを繁殖、発酵させて作られた長期保存の出来る調味料です」
「そういえば、発酵食品って言ってたわね……ん? カビなの!?」
食べられるし。チーズとかもカビだし! と言ったが何か違うと言われた。一緒だと思うのだが。そもそも、カマンベールチーズも白カビで覆われてるし。そのまま食べる。こっちじゃ名前が違って覚えてないけど。
ブチブチと文句を言いつつ、ゆで玉子を鍋に投入する。最後の煮込み時間の間にテーブルや食器の用意を皆でしてもらう。私は卵を時々ひっくり返して色ムラがあまり出ないようにした。
「では、いただきます!」
大根とツナのサラダが妙に少ない。大量に食べていたバウンティとゴーゼルさんにはペナルティでサラダ無しだ。
「カナタ……サラダ、一口」
――――くっ……キラキラと見詰めるな!
「覚えたんでしょ? 自分で作りなよ」
「ケチ!」
味見の度を越えたら許さない。カリメアさんに以前コロッケバーガーを丸々一個、味見と言いながら作ってなかったか、と言われたがそれはそれ。これはこれ。
「あら……ミソシルは、何だか体が温まるわね。野菜と一緒に食べると美味しいじゃない! 野菜の甘みとミソの風味がとても合うわね」
「必須アミノ酸やら……何か物凄く健康やにも良いとか色々と有りましたよー。えーと……老化防止、美肌効果、ガン予防、とかだったかなぁ」
「何よ! そんなに凄いんならちゃんと説明しなさいよ! そして、開発しなさいよ」
無理だ。作り方見たけど無理だ。麹から無理だ。色々と無理だ。醤油も無理だ。だから賞味期限の長いやつを買ってきた。きちんと保存しておけば多少過ぎても問題は無い。気にしない! だって賞味期限だし。消費期限じゃ無いし。
「カンさんさえ投げるんですよ? 私は……する気が起きません!」
「言い切ったわね」
フンフンとカリメアさんと言い合いをしていたらバウンティが黙々と鶏と大根の煮物を食べていた。
「カナタ……玉子は一人一個?」
「うん。美味しかったの? 私の分なら食べて良いよ」
「ん!」
「……カリメア」
「嫌よ」
バウンティが甘えて来たので甘やかしていたら、ゴーゼルさんが閃いたみたいな顔をした後、カリメアさんに甘えていた。速攻でぶった切られていたけど。
「ママー、ダイコンおいしい!」
「ほんとー? よかったぁ」
「ほんと、美味しいわね。ほくほくで柔らかいし、瑞々しさは損なわれていない。外側はショーユの味が染みてて、内側は薄めの味でほんのり甘い。蕪みたいに煮崩れはしないのかしら?」
「煮込み過ぎるとクタクタにはなりますが、蕪みたいにクズクズにはなりにくいですね」
「あー、貴女は蕪のそれが嫌なのね?」
まー、そういう事だ。普通に食べるし、ソボロ餡掛けとかも好きなのだが、大根は別格だ。おでんにお鍋、おろしたり……ヨダレが止まらない。
「ママ、ダイコンの、おかわりついで!」
「はいはい」
「ワシも!」
おかわりを渡しつつ、青椒肉絲を食べる。
「うまっ! おぉ? シエナちゃんの方が美味しくない?」
「うん! かくしあじ、だってー!」
後で聞こう。何か本場の味がする。
「ふはぁぁ……おなかいっぱい」
「「ごちそうさまでした」」
「はーい」
お皿を片付けに行くとシエナちゃんが洗い物はしてくれるそうだ。有り難く任せた。
「ねーねー、青椒肉絲の隠し味に何使ったの?」
「生姜と中濃ソースですが?」
「それがあったね! なるほど! 凄く美味しかったよ!」
お礼を言うと凄く嬉しそうに笑ってくれた。可愛い。久し振りに頭をナデナテする。
「もう、カナタ様はすぐ子供扱いするんですから!」
十八歳が何を言うか。とは思うがこの世界では立派な大人なので笑って誤魔化す。
子供たちとゴーゼルさんとカリメアさんがオモチャで遊んでいる間におやつと夜ご飯の準備をする。と言っても冷凍庫から出すだけだが。
普通なら一カップ二百円強もする○ーゲン○ッツ様だ。六個入りの箱を買って来た。
まさか帰ってすぐ事に及ぶとは思ってもおらず、思い出した時には物凄く焦った。
バウンティが外出していた時の為の措置で、アソートの四箱を保冷剤でぐるぐる巻きにしていたのに救われた。溶けてはいなかった。
「はい。好きな味選んでください」
「……読めないわよ!」
――――失敬、失敬。
バニラ、ストロベリー、抹茶の定番は二箱。バナナ、ブルーベリー、マンゴーと、クッキー、カフェモカ、チョコレートは一箱ずつだ。
「……パイナップル」
「無いからね!」
言うだろうな、とは思った。無いものは無い。
それぞれの希望を聞き渡す。
「五分経ったら食べて良いよー。アステルとイオは我慢出来るかなぁ?」
「ぼく……できる……」
「わたしもー! できるー!」
うむ。イオはギリギリそうだが、我慢してくれるだろう。
「何で五分なのよ?」
「カッチカチなので、五分ほど溶かしてから食べるものなんです」
というのを葉子に聞いた。私、カッチカチなのをスプーンでほじくってたけどね。
皆がアイスを目の前に置いてハァハァしてるのを放置してキッチンに戻る。今日はお鍋なので材料を切るのはシエナちゃんが出来るが、大根と豆腐だけは自分でする。
「お肉は……多めが良さそうですね」
「鍋型ホットプレート、二つ用意しようか」
「そうですね。この前、ゴーゼル様が一人で鍋を平らげて、カリメア様が随分と怒ってらっしゃいました。二度目は避けたいです」
流石ゴーゼルさんだ。
「今日はねぇ……更に多めにしといた方が良い気がする」
「また新しいものを?」
「いひひ」
ちょろっとリビングに戻って色んな瓶をキッチンに持っていく。数年間しか持たないがそれでも数年間は幸せだ。
「柚子のぽん酢、ゴマダレ、ピリ辛ダレ、柚子こしょう!」
「ユズって何でしょうか?」
「私の国の柑橘類で、オレンジみたいに実を食べる事は少ないんだけど、匂いがね、すっっっごく良いの!」
現物も少し持って来たので渡す。ハウス物で少し早かったので青玉だ。
「あ、凄く爽やかで良い匂いですね。少し甘みがあるような……オレンジやレモンとも違う、ライム……ともまた違う……不思議な香りですね」
「ほほう。もうね、私はユズの匂いを嗅いだら『美味しい』になっちゃってたから、どう表現して良いものか迷ってたけど、なるほどねー。こっそり食べようか?」
柚子のジャムも買ってきている。小瓶を大量に買った。配る用も含めている。抜かりはないのだ! そして、ジャムと言ったが柚子茶として売られている物だ。ジャムとほぼ変わり無いのでジャムと言い張る。
カップに一匙入れて、お湯で溶かしてシエナちゃんに渡す。
「果実よりも匂いが良いですね! ……ん、あ、パイナップルに近い味がします! でも柑橘の酸味もありますね。美味しい、ホットで飲むの凄く好きです」
「てか、パインぽいの?」
「はい、例えるならですけど」
「子供達も飲めそうかな?」
「ええ!」
ならばと、柚子茶を作ってダイニングへ持って行く。
アイスと一緒に温かい紅茶は出していたので、一旦紅茶で口の中をリセットさせた。
「今度は何よ?」
「柚子という柑橘なんですけど、甘味、薬味、香料、何でもござれな万能なものなんです」
ジャムだけ入れたお皿も置く。濃くしたい人の為だが、そのままで味見しても……まぁ、美味しいのは美味しい。
「あら、柑橘だけど初めて嗅ぐ匂いね。何にも例えがたいわ……ん、美味しいじゃない! 何かしら……」
「ん、パイナップルににてる。美味い。おかわり!」
「わたしもー! おかわりー」
「あぁ、確かに! 似てるわね、でも柑橘の酸味があって、少しだけ残る苦味も美味しいわね……ユズね」
――――ほうほう。
バウンティと子供達もお気に召したようだ。そしてやはりパイナップルに似ているらしい。気付かなかった。新発見だ。
色々としている間に子供達のお昼寝の時間になったので、寝かし付けはゴーゼルさんとカリメアさんに任せて、私とシエナちゃんは急ピッチで夜ご飯の準備を終わらせた。
子供達が寝ている間にお願い事とプレゼンをしよう。
柚子をなんとしても広めたいカナタさん。




