2、新しい一日。
新しい一日の始まりは……どんより曇り。降るのだろうか。
――――チュッ。
「おはよう、バウンて……んぐっ、んっ」
「っ……ハァハァ。おはよう、カナタ」
朝から元気だ。朝は触れるだけのルールだが、今日は許そう。
「ふぅーっ。今日は私が起こして来るね?」
「ん」
子供部屋に向かい、先ずはアステルを起こす。
「アステル、アステル、おはよう。朝だよー」
「んーっ」
「アステル、起きて?」
「…………マ……マ?」
「うん、おはよ」
「ママー! ママー!」
わんわんと泣き叫びながらアステルが抱き着いて来た。
「どうしたの?」
「ママのこえ……わたしね、おぼえてたんだよ、びょうきなおったの?」
「うん。もう大丈夫……かな? アステルはママの言葉はちゃんと解る? 皆と話すみたいに普通に聞こえてる?」
「ママよくわかんない」
――――よく解らない?
「ちゃんときこえてるよ? ……ふつうってなに? なにかちがうの?」
「えっと……」
「大丈夫だ。ちゃんとフィランツ語で会話になってる」
振り向くとバウンティがドアに寄り掛かって此方を眺めていた。
「パパー! ママがね、おはなししてくれたよ!」
「ん、お前達が頑張ったご褒美だ」
アステルをもう一度抱き締めてバウンティに渡す。次はイオだ。これだけ騒いでもまだぐっすり寝ている。
「んふふっ。イオは相変わらずお寝坊さんだねぇ」
「ん、いつもなかなか起きないんだ」
「イオ、おはよう、朝だよー」
「……」
「イーオー? イオくーん?」
「……」
目は開いたが点になっていた。イオが此方をジッと見詰めて微動だにしない。
「イオ、おはよう」
「…………ママ?」
「そうですよー? ママですよ?」
「おはなし……びょうき……」
「アステルもイオもいっぱい頑張ってくれたからね、病気はお仕舞いだよ」
「ほんと? おしまい? ぼくおはなし、できる?」
「うん。イオといっぱいお話ししたいな!」
「……ママ」
初めはキョトンとしていたが徐々に涙を溜めて抱き着いて来た。優しく抱き締めて撫でる。
「えっ……あれっ? ちょ、イオ寝ちゃった! 起きたらやり直しとか無いよね!?」
「ぶふっ」
「キャハハ!」
どうにかもう一度起こして朝ご飯に漕ぎ着けた。
ご飯の後、言葉の確認作業をしたが、二人ともちゃんとフィランツ語に聞こえていたので安心した。
「確認も終わったし、ものっそい怒られそうな気がするけど……役場に報告に行きますか……」
話さないと決めた時も物凄く怒られた。
「ん」
「グランパとグランマのとこー? いくー!」
「いくー」
颯爽と階段を……上がれない。
「むぁぁぁ、何でバウンティは二人を抱えてるのにスイスイと……」
「ママおそーい」
「おそー」
「そこの体力馬鹿と比べないでー」
「「キャハハ」」
どうにかこうにかバウンティに置いて行かれずに六階に着いた。そもそも走るように上がらないで欲しい。
――――ガチャッ。
「グランパー、グランマー!」
――――あぁ、バウンティの悪癖が……。
相変わらずドアを勝手に開ける。もう少し大きくなったら教えよう。アステルはもう理解出来るかな。
「あら、何よ? 朝から勢揃いで」
「おはようございます」
「…………え? 貴女、話す事にしたの?」
「はい。ご迷惑おかけしました。二人とも大丈夫でした」
「っ、そう。頑張ったわね」
怒られると思っていたが、カリメアさんに抱き締められ涙腺が緩みかけた。
「「キャハハ」」
笑い声のする方を見ると、ゴーゼルさんの両腕に二人がぶら下がって振り回されていた。文字の如くブンブンと。
何気に二人とも腕力が強い。
「ふぉぅ、絶対バウンティの遺伝子だし…………恐ろしい子っ」
「ふふっ。貴女はやっぱり話すとアホね!」
「ちょ、カリメアさーん、酷い」
その後、ゴーゼルさんは仕事しろと怒られ、真面目に書類に目を通し出した。
報告も済ませたし仕事の邪魔も悪いので、役場を後にする。
「リズさんとの待ち合わせまで時間があるね」
「公園行くか」
「「いくー」」
――――元気だな。
屋台が出ているいつもの大きい公園に来た。
まだ十時だが結構人で賑わっている。
「ハミルトーン」
「いや、かき氷は……まだ四月だよ? 絶対寒くなるって!」
「うわっ、喋ってる!」
「あ、はい。ご迷惑おかけしました。今日から解禁です」
「おー、良かったなチビども!」
「「うん!」」
地味に肌寒いのにかき氷を食べる事になった。
「ミニサイズで!」
子供からのブーブーが激しいが譲らない。余ったものを食べるのは私だ。絶対に寒くなる。
「俺パイン」
――――早いな。
元々無かったのにバウンティがパインパイン言うからハミルトンさんが作ってくれていた。
「わたしオレンジ」
「ぼく……ストロベリ」
「嬢ちゃんは?」
「私はこの子達の余りで」
「ははは。本当にお母さんになったよね。見た目全然変わんないのにな」
――――いやいや、色々成長しましたよ?
髪も伸びたし、胸も多少大きくなりましたよ!? 多少。
バインバインは無理だったけどさっ!
「カナタさーん、俺からテッサに伝えていい? あいつ超心配してるよ?」
「うん、お願いね……っていうか、ノランくん、完全にかき氷職人になっちゃったね。何か申し訳無い」
「あはは。これ天職!」
――――未だにおっぱい星人か。
「テッサちゃんに殴られないようにね……」
言える事はそれしか無い。
皆でかき氷を食べて、公園で走り回る二人と爆走する大人一人をベンチで見守る。
「「キャー! キャハハハハハ!」」
「遅い!」
――――いや、四歳児と三歳児に遅いも何も。
よその子供達も混じって追いかけっこなどをしていると余計に感じる事がある。
アステルとイオの体力が尋常じゃない。
他の子が息切れしているのに二人は乱れてもいない事が多い。遊び相手がバウンティのせいなのだろうか。妙に体力の付く遊びばかりしているし。
かくれんぼの場所が木の上な四歳児とか他にいるのだろうか。
結構早い段階で心配するのも止めてしまった。
「ママー、暑い!」
アステルがおでこに汗をかいてジャンパーを渡して来た。その後ろからイオ、バウンティもついてくる。
「鬼ごっこしようか……バウンティに一分以上捕まらなかったらご褒美とか?」
「……やるー!」
「ごほうびはなに?」
イオは何も聞かずに参加表明。アステルはご褒美の確認。なかなか面白い。
「そーだなぁ……今まで我慢してくれてたご褒美も兼ねて、お願い事を必ず叶えるよ。捕まったら……検討します」
「やる!」
「俺は?」
――――お前もか。
「あー、まー、うん。一分以内に捕まえてここに戻って来れたら、バウンティに一番にご褒美だろうね」
「ふっ。逃げる時間は?」
「十秒?」
「ムリ! 二十びょう!」
アステルが慌てて訂正してきた。四歳児のくせにガッチリ計算したのか。
「じゃあ二人が逃げた二十秒後にバウンティが出発ね。よーい、スタート!」
「ギャァァァ、パパがほんきでくるー」
「キャーハハハハハ」
アステルが叫びなが走って池の方へと消えていった。イオも笑いながらついていく。たぶん木を障害物に利用する計画だろう。
チラリとバウンティを見ると魔王顔で笑っていた。
ちょっとだけ子供より自分の心配をしてしまった。きっとバウンティはろくでもないお願いを言い出す。
「――――十九、二十」
数え終わると私に時計を投げ渡し、ちゃんと一分見とけと言いながら物凄い速さで消えていった。
ボーッと時計を眺める。三十秒経過し、四十秒、もうすぐ五十秒。
――――ザッザッザッ。
――――って、戻って来たよ。をーい。
両脇に子供抱えてキラキラの笑顔で走って来ている。目の前に到着したのでタイムを告げる。
「……五十五秒でした」
「ふっ。ギリギリだったな」
「ふぇぇん……」
イオが泣き出したので抱っこする。どうやら早々に捕まり悔しかったようだ。
「イオくんは何をお願いしたかったのかな?」
「ぼくね、ママといっしょにねるの。ふたりだけ、あさも、おひるも、よるも、ふたりだけなの」
「ママと一日二人っきりで過ごしたいって事かな?」
「うん!」
アステルが慌ててバウンティから下り、私の横に座って袖を引っ張って来た。
「ママ、ママ! わたしもそれがいい」
「んー、分かった。よしよし。可愛いなぁ」
さて――――。
「バウンティもそれなんでしょ?」
「ん! 後な――――」
こっそり耳打ちされた内容に叫びそうになった。
『プラス、朝から晩までご奉仕してもらうからな。眠らせない。覚悟しとけ』
――――だそうだ。
「ラルフ」
バウンティがラルフさんを呼び出してどこかに送っていた。
「カリメアから返事だ『あら、良いわよ。明後日の土日に預かってあげるわ。連れてらっしゃいな』だそうだ」
「よし。お前達、土日は師匠とカリメアの所にお泊まり会だ」
「「うん?」」
キョトンとしている。急展開が過ぎるものね。
「日曜の夜から月曜はアステルと、月曜の夜から火曜はイオと二人っきりで過ごそうね」
「「うん!」」
バウンティ以外はチョロいお願いで良かった。
約束の時間に少し早いが雲行きが怪しくなったのでラセット亭に向かった。
「ギャァァァ、ヤーダァー! ママァァァ」
「ちょ、マジで、マシューって泣き止んでよー」
「何やってんだお前?」
「バウンティー! バウンティー!」
ラセット亭に入ると、マシューくんが、ジュドさんに抱かれてギャン泣き中だった。稀にみる見事なエビ反りを決めていた。
バウンティに気付いたようで、手を伸ばしてバウンティを呼ぶのでバウンティがマシューくんを抱き抱えた。
「グスッ……グスッ…………」
「ちょ、マジで! 何でバウンティの方が父親っぽくなってんだよ!」
――――ずーっと、お世話してたから。かな?
「マシューくん、完全にバウンティがパパだと思ってたりして……うひゃひゃひゃ」
「ふはっ。それは……あるかもな?」
「って、え? カナタちゃん喋ってるの?」
今日から解禁だと説明する。
「リーズー! リズ!」
「もー! 一時間も子守り出来ないの!?」
「違うって、いや、出来て無かったけどさ……」
「リズさん、今までごめんなさい! 今日からちゃんと話す事になりました」
「っ……カナタ! 貴女は……もぅ!」
ぎゅうぎゅうに抱き締められた。いろんな人に心配や迷惑をかけていたんだな。
「で、マシューくんは何でギャン泣きなんですか?」
「私がデザート作ってる間、ジュドに見ててもらおうかと思ったんだけどね……」
「ん? マシューくん、大人しく座って見れますよ?」
「「え?」」
食堂のキッチンに行ってイスを用意する。アステルとイオも見たがったので三つ並べて置く。
「はい、三人とも座ってー」
「「はーい」」
「あ、卵割るんですか? 崩れても良い?」
「……ええ、良いわよ?」
「はい、一人一個ね! 最後の一個は綺麗に割れた人かじゃんけんね」
それぞれに卵を渡して割らせる。殻は別のお皿にもらう。
「お、今日はアステルだけ成功だね! 最後の一個はアステル!」
手拭きを渡しながら頭を撫でて、リズさんの所に卵を持っていく。
「はい、たぶん殻は入ってないかな?」
「待って!」
「へ?」
「貴女、いつもそんな事やってたの?」
「え、はい」
「……話さずに?」
「何となく伝わってましたよ? バウンティも合いの手入れてくれてたし」
私の無理矢理なジェスチャーを読み取って子供達のお世話をしてくれていた。時々わざと解らない振りをして、エロい事をしようとしてたけど。
「マシュー、だからこっちに来たがってたの?」
「ぼく、できる! ここいるの!」
「あー、もぅ。私って……ごめんねマシュー。今日からはお手伝いお願いね?」
「うん!」
リズさんが微笑みながらマシューくんを撫でる。
「ぅほぅ。なんかリズさんが神々しい!」
「……カナタちゃんは口開くと、凄くアホっぽいよね」
「それカリメアさんにも言われたー!」
リズさんはスコーンとクッキーを作ろうとしていたらしい。来るのが少し早かったか。
「邪魔してごめんなさい」
「いーのよ、ジュドが子守りしてた時より断然静かだもの!」
「マシュー、パパに抱っこさせてよー」
「パパ、ヤー。バウンティすきー」
「ぶふっ……ふはっ、ザマァ」
バウンティの追い討ちがエグい。大人げない。
「……マシュー、教えてくれる? マシューの好きな人は誰?」
「ママ!」
「つ、次は?」
「カナタ!」
「ま、まぁ、そうだよね……次は?」
――――まだ聞くんだ。
「バウンティ!」
「おお、そうだね。そうだよね。んで、次だよね?」
「つぎー? イオ!」
そしてまさかのアステル、テッサちゃんと来て「つぎ? いない」という回答だった。
「マジで? 俺は何処なの?」
無謀な聞き込みでへこみまくったジュドさんに慰めの言葉を考えていたらアステルとイオがフォローしだした。
「ジュドだいじょうぶだよ! マシューはパパきらいのじきなんだよ」
「ん! パパきらい、いまだけ。……たぶん」
――――ほぅ、そんな時期とかあるんだ。たぶんなんだ。
子供同士の情報交換って侮れないなぁ。
「なんだよ、お前達はバウンティ嫌いな時期とかあったのかよ?」
「え、ないけど」
「パパすき。ニンジンきらい」
「なんなんだよー、フォローになってねぇー」
「ふひひひっ。あははは! ファイト!」
「「ファイトー!」」
慰めてないと怒られた。
リズさんのスコーン作りが順調に進み形成になったので子供達と手伝って良いか聞くと、大歓迎された。
「スコーン大会じゃー!」
「「はーい」」
「いや、だからそのテンションをどうやって言葉無しでやってたのよ」
――――ノリと勢い?
「では、リズ先生の見本をよーく見て作りましょう!」
「はい! わたしハートがいい!」
「いきなりかーい。ま、いいよ。ふんわり優しくね」
「はーい」
皆で形成して鉄板に並べていく。焼き上がったらお昼ご飯を食べる事になった。クッキーはストック用らしい。
久し振りに騒いだり、大声で笑ったりした。もっと色々と話したい。
ウキウキのバウンティ。
ヒヤヒヤのカナタさん。
次話も明日0時に公開です。




