18、堪能する。
朝起きて現状確認。自分の部屋、隣には葉子……と言うか、葉子の腕の中。
「……おは」
「……うん。人妻とはもう同じベッドで寝ない!」
「なんでぇ……」
「なぜに彼氏以外を抱き締めて寝なきゃいけないの!」
どうやら夜中に抱き着いたり色々としていたらしい。
「えと、すんませんしたぁぁ」
ダイニングキッチンに下りて朝ごはんを食べる。
「んーっ! 味噌汁! 朝だねっ」
「いや、昨日も飲んだでしょうよ」
「昨日は昨日。今日は今日! そして、目玉焼きも美味い! 醤油最高!」
「マヨネーズは言わないんだ?」
「マヨネーズはね自分で作った方が美味しかった」
――――自分で作ってないけど。
「あ、ブレンダーでやれば撹拌が楽らしいよ」
「マジでか! 四台買っておいて良かった」
発明家のおじいちゃんに開発を頑張ってもらおう。
目指せ便利グッズの量産!
「何か、奏多の持ち込む物って片寄ってるよね。食べ物に」
「葉子、大丈夫よ! 化粧品類はアタシが準備したから」
「流石おばちゃん! カリメア様は絶対そっちが喜ぶよね! フレーバーティーって」
「いや、紅茶好きなんだよ!?」
「いや、フレーバーティーって作ろうと思えば出来るし。ゴーゼル様のスナックは……まぁ、納得だけど。あのCDとかDVDとかポータブルプレイヤーはアンタと貫太郎さん用でしょ?」
「うん。画面付きって良いよね!」
私が色々と話したりしたせいで、あっちの皆の好きなものが把握されている。
「タブレットにすれば良かったんじゃないの?」
「タブレットね、通信出来なかったら只の板になっちゃうじゃん!」
「……確かに。チャレンジで一枚持って行ってみれば? ○マゾンのやつとか契約してさぁ」
「なにそれ?」
月額契約でアニメから映画、音楽、本などがある程度見放題なのだそうだ。なにそれ便利。
ただひとつ残念なのは私とカンさんが好きなロックバンドはなぜか有料でも配信されていないらしいので、結局プレイヤーは必要だった。
タブレットは葉子がネットで注文してくれるとの事なので任せた。朝イチ注文だから明日には家に届くそうだ。
――――明日? 近未来なの?
「この六年でそんなに色々と変わるものなの?」
「いや、マジで浦島現象だよねぇ。まぁ、コレは昔からあったけどね! 最近、番組が充実したり、お手頃価格になったってだけかなぁ……」
どうやら元から乗り遅れていたらしい。
その後、とーさんの運転でホームセンターに来た。
「おほほぅ。大根の種ー! お、オクラもいいよねぇ!」
「大葉は?」
「あ、あっちにあるよ」
「あんの? 何で?」
「さぁ? 王都近くの山に自生してたんだってー。ちょっと前から食用として使われ始めたって聞いた」
どの種も数年しかもたないとパッケージに書いてあり凹んでいると、食べたい分を収穫した後に数株残して採種する方法がある。と近くにいた農家のおじいちゃんに教えてもらった。
「そうかそうか、海外なら日本の野菜が恋しかろうて。今はネットで種の採り方も載っとるて孫が言いよったぞ。調べてみんさい。ほんで、大根の種はコレと一緒に植えなさい、あぶら虫などを殺してくれるからのぉ、大きい大根になる」
「ありがとう、おじいちゃん! 夏には大根がモリモリ食べれるかなぁ……」
「ひょっひょっひょ。がんばりんさい」
「はーい!」
その後、おじいちゃんが簡単に出来るものと言っておすすめしてくれたのを元に、シシトウ、オクラ、チンゲン菜、水菜、三葉、ゴボウ、ネギを数袋ずつ買う事にした。
何か鍋や天ぷらの野菜ばっかりな気がしてならないがまぁいい。ちゅるちゅるの人は鍋が大好きだし。
「はぁ、家庭菜園……出来るかなぁ。そもそもお世話をする時間とかあるかな? 小規模にちょこっとづつしてるとすぐ無くなりそうだし…………あ、庭師!」
「いや、庭師には庭の仕事をさせなよ」
「や、シュトラウト家の庭師さん、果樹とか畑も世話してたよ?」
「その人に投げる気なんだ?」
「いやぁ、専門家の方が安全じゃん? きっとウィンウィンのはず!」
話しながら店内を見ていたら、柚子の苗が売ってあった。
「っ、買うっ! 苗買う!」
何年掛かっても良い。柚子は欲しい。
「いや、苗って、持って行けるぅ?」
「キャリーに括り付けとくっ! 絶対持って行くっ!」
皆に飽きれ半分で頭を撫でられた。
更に色々と買い足して鼻歌ルンルンで車に乗り込んだ。
「あ、観覧車だ。やっぱこっちのは大きいねぇ」
「あっちにもあるんだ?」
「うん。移動遊園地みたいな小さいのが。テーマパークみたいなのは無いなぁ。機械系が結構遅いんだよね。バウンティがキャンピングカーとかスポーツカーに大興奮だったもん」
「キャンピングカーは持ってけないよね?」
「うん。かぁさんと乗ってた時は私と荷物だけだったし」
思い出すと未だに胸が痛い。
「あん時、アンタ馬鹿みたいに……『荷物は肌身離さず』とか言ってたお陰だよね! うははは!」
たぶんそうだろう。膝上のケーキまで転移していた。
「えっ? 奏多そんな事言ってたのかい? ははは。始めて聞いたよ」
「あれ? 龍太さんに話して無かったっけ? もー、あの日はいつもに増してアホだったのよ!」
「ふふふ。本当に旅行を楽しみにしてたんだねぇ」
しみじみと笑われた。否定は出来ない。
「さて、お嬢様方。次のご希望は?」
とーさんに聞かれて考える。やりたい事……髪の毛。
「髪切りたいかな」
「あ、アタシは染めたい!」
「えー。じゃ、私もちょっと切ろうかなぁ」
「はい、畏まりました。お店はどうする?」
まさかの行きつけとかでも無く、その辺にあるファミリータイプの美容室に勢いだけで入ってみる事になった。
「白髪染めで」
「毛先揃えて下さい」
「んー、あー……」
「何で言い出した奏多が迷ってんの? アンタも染める?」
「んーん。黒髪でいい。や、短くしたいけどバウンティがイジケるしなって……男の子はヤダって酷くない?」
ヘアカタログを見つつブチブチ言っていると美容師さんから提案があった。
「お客様ならこの髪型とか、いかがですか?」
カタログから指されたのは、ショートボブで毛先に緩くパーマを当てたものだった。
「パーマかぁ」
「お母さんが染めるのに二時間ほど掛かりますので、同じくらいの時間で出来上がると思いますよ?」
「そうなんですか? なら、コレでお願いします!」
早めに終わる葉子と、とーさんは雑誌や本が置いてある待合室で暇を潰してくれるそうだ。ありがたい。
二時間後、新しい髪型にルンルンで鍋を食べに行く。
「鍋美味しそう!」
「いや、あっちでも食べてたでしょ?」
「野菜が、豆腐が! 無いの! 苦肉の策でジャガイモとか入れてたんだから」
「まぁ、ジャガイモも美味いと思うよ?」
うん、確かに美味しい。思いの外、鍋にも合う。だがしかし、豆腐が無い鍋はいつも何かが物足りない。そんな感じだった。
「フハフハ……あぁぁ染み渡る……」
「どこのババァよ!」
友人や両親とぎゃーぎゃー騒ぎならか食べる。久しぶりでとても楽しい。そして、少しだけ寂しい。
「ん、そうそう。さっき雑誌見てて思い付いたんだけどね。明日、温泉旅館に一泊しにいかないかい?」
「あ、おっちゃんが旅行雑誌めっちゃ見てたのって、それで?」
「やー、懐石料理が美味しそうでねぇ」
「良いじゃん! 最近どこにも行ってなかったしねぇ」
お店は大丈夫なのだろうかと思ったら、店番を任せてるかぁさんの後輩さんが経営にもやる気を出してるので、その内譲渡するつもりらしい。
「最近、任せっきりでも大丈夫になったんだよ。今日も連絡一切無いから問題も起こって無さそうだしねぇ」
「なら、行く! 葉子は?」
「家族水入らずで楽しんで来なよ。私はタブレット受け取って設定したり、ダウンロードしといてあげるよ。明後日は昼上がりだから、また家に行くよ」
「うん! ありがとう!」
明日の予定も決まり、温泉旅館にワクワクドキドキだ。
そして、今日は葉子が床で、私がベッドで寝た。私が床で寝ると言ったが、キャリーケースの問題でベッドで寝ざるを得なかった。
朝早く起きて葉子と一旦お別れ。
「よぉーこぉー」
「いや、明日会うしね!? って、キャリーケースは置いていくんだ?」
「うん。持ち込むのは流石に無茶だろうなと……。だから、根性で飛ばない!」
「あ、うん。頑張れ?」
葉子をハグしてから車に乗り込んで出発。三時間程で温泉宿に着くらしい。
「お昼前に旅館に着くけど、その前にどこかで食べてから行こうか? 何が食べたい?」
「ちゃんぽん」
「えらくピンポイントだね……」
「自作してみたけど、スープが違和感あるし、もやしとか練り物が無いの! もやしたっぷりのちゃんぽん!」
「あのチェーン店で良いの?」
「うん! ちゃんぽん!」
ちゃんぽん専門店でついでに餃子も食べる。かぁさんは皿うどんだったので横からつまんだ。パリパリ麺が美味しい。
「はい、到着。ここが今日お世話になる『千樹亭』だよ」
少し山の中にある旅館に来た。春の終わりの少し温かい風と柔らかな日射し。自然豊かでとても長閑な場所だった。
「おぉ、日本家屋って感じ」
和風な建物だった。三階建ての木造旅館かと思いつつ、中に入るとエントランスはモダンな雰囲気で、囲炉裏の周りには洋風の革張りソファが置いてあり、そこが待合室になっていた。
「囲炉裏って始めて見たかも」
「洒落てんねぇ。あれ? バリアフリーなんだ」
「最近改装してバリアフリーになったんだって。部屋まで車イスで行けるってよ」
「おー、楽でいいね」
とーさんはそこまで考えていたらしい。ちょっと感動と愛を感じる。
「では、ご案内いたしますね」
「はーい!」
案内してもらった部屋はとてもお洒落だった。
八畳ほどのリビングには大型テレビと特大のソファ。そしてマッサージチェアも置いてあった。
寝室はベッドが二つと中二階みたいな場所は畳になっており、布団が敷けるようになっていた。
「私、畳で寝る! たたみー! スーッ…………ハァァァ」
「あははは。どんだけ飢えてんの」
畳、青い井草の匂い。全身に染み渡る。青臭いのがイイ。
「こちらがお風呂になります」
四、五人で入れそうな、広々としたお風呂だった。
「でっか!」
「こちらは温泉水を引いてますので、蛇口からは熱湯が出ます。八十度ほどありますので櫂で撹拌させて冷まされてください。手っ取り早くの方法としましては、効能は薄まりますが、水を足されて冷まされる方もいらっしゃいます」
「むー、もったいない……」
「クスッ。そうですね。なので、今は五十度に調節してあります。夜入る頃には少しぬるいかも知れませんので、温泉を足されるなどして調節されて下さいね」
「はい、ありがとうございます」
なんだかとても心遣いがされている旅館だった。
しかも、旅館内には部屋風呂のみでなく、家族風呂が六種類もあるらしい。鍵にプレートが付いており、それを外してお風呂のドアの外側に掛ける、その横のタイマーをセットして入るそうだ。タイマーは四十五分だそうだ。
全部入るかどれか厳選するかの話し合いをして、取り敢ず私とかぁさんは部屋風呂に入る事にした。
「じゃあ、僕はこの檜風呂に行ってみるよ」
「二人で入って来なくていいのぉー?」
――――ベチコン。
「親をおちょくんな! バーカ!」
「ぶはっ! 照れてる!」
かぁさんの顔が赤くて可愛かった。
結局、かぁさんと一緒に部屋風呂に入って、貸し出された浴衣に着替える。
――――パシャッ。
「ほぁっ、何?」
「いや、バウンティくんに送り付けて苛めようかなってね!」
どうやら、かぁさんとバウンティはメッセージサービスでやり取りしているらしい。私には連絡禁止と言ったくせに。
「アステルとイオは元気にしてる? 泣いてない?」
「ふん! 教えないよ! 帰って確かめな!」
徹底して教えてくれないらしい。
「あ、浴衣姿『スゴクカワイイ』だってさー」
――――それは教えてくれるんだ。謎だなぁ。
浴衣でお散歩したり、お土産売り場を覗いたりしていたら夕方の六時になっていた。
夕食は建物内にある食事処の個室で懐石料理らしい。ワクワクしながら食事処へ向かった。
「いただきます」
前菜、吸物、お造り、焼物、茶碗蒸し、揚物、ご飯物、止め碗、甘味を順序よく出された。
「サザエのグラタンって始めて食べたー。美味しい」
「茶碗蒸しに鯛の切り身が入ってる、豪華だね。奏多、銀杏いるかい?」
「いるー!」
とーさんから茶碗蒸しの銀杏をもらって幸せいっぱいだ。
「ん、海老の串揚げがブリッブリだよ」
「んー! ほんとだ。あぁ、幸せー」
「ふふふ。来て良かったね」
食後は部屋に戻ってごろごろしつつ、布団に入る。
まだ十時で、寝るにはちょっと早い気がするが、明日は早起きして朝風呂がしたい。それに、色々と話したい。
家庭菜園では生産が間に合わない自信があるカナタさん。




