閑話、テッサの豪運。
お久し振りの閑話。すっ飛ばしても大丈夫です。
七月のある日、カナタから呼び出しがあった。と言っても、新しくお手伝いに来ているケイナを経由してだったけど。
またお土産を買って来たから渡したいのと、相談したい事があるから出来ればノランも一緒に来て欲しいという内容だった。
「ついこの前、お土産もらったばっかりなのにね? あ、私は行けるけど。ノランは?」
「カナタさん、ほんと謎の人だよね。俺も狙ったように予定が無い日だよ」
ノランと話しつつ二人の予定を確認したら余裕で大丈夫だった。ノランも交えて相談って何だろうと少し不安になった。
そして翌日に、リズさんから他に呼ばれた人達の名前を聞いて、何だいつものメンバーか。どうせまた騒ぎつつのご飯会をしたいとかその程度だろうなと安心した。
「テッサちゃん、前に二人で住める家を探してるって言ってたじゃん?」
急にリビングの机でそんな話が始まった。
今二人で暮らしているアパートがとても狭いのと、キッチンが残念なのと、仕事場から遠いとか、そろそろ子供を……とかね。色んな理由があって、引っ越しを決めていた。
二人共働いて貯蓄をしていたし、月に金貨十枚位の家賃なら平気だろうと言う事で中町に面した通りで戸建ての家を探していた。が、甘かった。家賃が金貨三十枚とか二十枚とか、そんなんばっかりだった。今は中町に面した通りは諦めて中町に近い外町で、というザックリした範囲で探しているところだ。
「うん、なるべく中町に近いところで探してるんだけど、予算が合わないまでは話したっけ? 何かいい物件でも見つけたの?」
どうやら引越の事についてのようだ。結構グチっていたので、何か良さげな家を見かけたとか、そのくだりの話らしい。
「個人的にはいい物件だと思うけど……退去までに少し時間が掛かるかもなんだよね」
「へぇ。どのくらいですか? 俺達的にはあと半年が目安なんですけど」
ノランがそう言うと、カナタがニンマリして言い放った。
「ここ、どお?」
意味が解らない。「は?」しか言えなかった。私とノラン、二人共とてつもなく間抜けな顔をしていた。
「いやね、引っ越す事にはしたんだけど、この家をどうしようかって話しててね。売るか、そのまま空き家として保管していつか使うようにしておくか、で迷ってたの。で、二人が賃貸で探してるって言ってたの思い出してね!」
ニコニコしてどんどんと話を進めだす。こちらの状況とか置いてきぼりに。カナタの悪い癖だと思う。
「カナタ、その前にここ、中町だよ!? 私達カッパーは住めないよ!」
「大丈夫!」
何が大丈夫なんだと怒鳴りたい。カナタは地位とかの認識が緩い。当たり前の事が抜けている。また今回も常識を教えなきゃと思ったら、カナタのくせにちゃんと調べてくれたらしい。
現在、この家の家主はカナタである。その家主の許可があればどのような立場の人にでも賃貸可能なのだそうな。
普通は賃貸契約において、家主や借り主の信用問題もあるらしいのだが、カナタの地位なら百パーセント問題無いらしい。そのカナタが許可すると言えば私達でも借りれるのだそうな。
その事は知らなかった。が、爆弾発言は続く。
「家賃、月で金貨五枚で、いかがでしょうか?」
「「ハァァァァ!?」」
「カナタちゃん、ちょっと待って!」
「ちょ、俺もその話、参加したい!」
「え?」
ユーリとクリフに待ったをかけられた。そりゃそうだ。こんな好条件、絶対に誰でも飛び付く。
クリフとカナタが床に座り込んで内緒話をしていた。いつの間にやらジュドさんがカナタの横に座っていたがスルーのようだ。そして、暫くするとかなたが席に戻って来た。
「ほぼ聞こえてたけど内緒話終わったぁ?」
「さーせん、終わりました。あれ? ジュドさん議長な感じ?」
「俺が一番中立でしょ?」
ジュドさんはそう言うけれど、きっと只の野次馬精神だろうな。そして、何故か『この家を借りたい!』というアピール大会に発展した。
皆、一所懸命にアピールしていたのにカナタときたら「ふんふん。へー、ほー」と適当な相槌を打っていた。そして、おもむろに両手をパンと叩いて宣う。
「面ど……じゃなくて、決められないから、平等にジャンケンで決めよう!」
流石カナタ。何年経っても自由人。明らかに『面倒』だと言いかけてたよね?
そして、もう一人の自由人がニコニコして議長を勤める。
「そう言えば、家主は貸すにあたって何か注意や求める事は?」
「あー! ごめん言い忘れてた。家具はほぼ間違いなく置いて行くので気に入らなかったら処分してね? たぶん冷蔵庫と洗濯機も置いて行くかなー。あと、出来れば土足禁止を続けて欲しいかな? 別に強制じゃ無いけど」
「はい、えー、更に好条件が加わりました」
本当に好条件ばかりだった。カナタは「や、家具は元々備え付けだったし。冷蔵庫も洗濯機も中古だよ?」とかアワアワして言っていた。
賃貸の権利を得るための勝負の方法は、六人全員でサドンデス方式のジャンケン。
「おおっと、これはクリフ陣営は窮地に立たされましたねぇ。我が妹夫婦は情けなくも同時敗退です」
「そうですね、しかし勝負の方法はジャンケン。しかも、同チームでの相談は禁止しています。起死回生の可能性はまだまだあります」
「おっと、解説のカナタさん、そろそろ四回戦目が始まろうとしてますよ」
「……楽しいの?」
ジュドさんとカナタが解説者ごっこしていた。子供達の面倒を見ていたリズさんがドン引きしていた。
「「ジャンケン、ポン!」」
「だぁっしゃぁ!」
私、勝った! あまりにも嬉しくてガッツポーズした。
「なななんとぉ、初めから勝者は決まっていたかのようだぁ! 勝負の女神が微笑んだのはテッサ、テッサちゃーん!」
「流石、豪運の持ち主ですね。一時は娼館でも良いとか馬鹿な事を言った割にきちんと生計を立てて、慎ましく生活しているテッサちゃんが優勝ですか。なかなか感慨深いものです」
「ちょ、カナタ! ソレをネタにすんなって!」
カナタが良く言う『黒歴史』、初めは良く解らなかったけど、今なら解る。カナタとバウンティ様に出逢った時の私の言動は、丸っと黒歴史だ。
カナタの家で夕飯をごちそうになって、色んなお土産もらって、ノランと二人で暮らすアパートに帰った。
ベッドでノランに後ろ抱きにされながら話す。
「ほんと、カナタって読めない」
「俺はテッサが読めないよ」
「ハァ? 何が? アタシ、あんなに暴走しないだろ!?」
「あははは。口調戻ってるよ?」
――――チッ。
色々あって、シエナに言葉を教える事になった時に、口調を直した。だけど、興奮するとちょっと出てしまう。
「で? 何が読めないの?」
「ん? テッサって孤児で、働く場所無くしてて、ヤサグレてたんだろ?」
ノランには全部話している。勤務先で玉の輿に乗ろうとしたとか、娼館で働こうとしていたとか、バウンティ様を体でどうにかしようとしたとか、全部。爆笑された。そして「俺ならテッサの胸に釣られたね!」とバカな事も言っていた。
「そうだよ。人生投げてた」
「あはは。そんな子が異世界の料理を教えてもらって、お菓子職人になって、市内の超有名店の副店長になって、住まいは中町のお屋敷だよ? 豪運にも程があるよ。もちろん、テッサがいっぱい努力したからこその結果だけどさ。これから君は、いったいどこに行くんだろうねぇ?」
「さぁね。運は今日のジャンケン大会で使い果たした気がしてしょうがないけどね」
「あははは。……楽しみだね。暫く先だろうけど、引っ越せたら子供の事も考えようね?」
「うん…………楽しみ」
――――チュッ。
ノランは引っ越しは暫く先になると思ってる。
ノランはカナタをなめている。あのカナタなのに。一日で中町のあの家を買って、その日から住めるようにしたほどのバカだ。
今回も絶対に目を剥くほどのバカな事をするはず。
だから私は明日から引っ越しの為の荷物の準備に取り掛からないとと決心する。絶対に一ヵ月以内にはあそこに住むハメになる……。
運が良いのは自負してるけど、カナタに振り回されるのを考えると、相殺されてる気がしてならない。ほんと、これからどうなるのかな。人生って、こんなに楽しいものだったんだね。
テッサちゃんも孤児院からのお手伝いを頼むもよう。




