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15、予想外。

 



「――――」


 何となく呼ばれた気がして目を開ける。アステルとイオが私の顔を覗き込んでいた。


「ママ、おきたー?」

「パパね、すごかったの! あのね――――」

「――――ごめん、ママ眠いからあっちいっててくれる?」


 布団を被り寝直す。


「ママー、ねー、ねー、きいてって!」

「ママってばー、マーマー」


 ――――ユサユサ。ベチベチ。


 二人がベッドに乗って揺すったり叩いたりしてくる。


「っ……パパの所に行ってて!」

「ひっ…………ご、めん、なさい」

「……ママ、ムカつく! わたし、やっぱりママのこと、キライ!」


 イオは半泣きで、アステルは怒って主寝室を出ていった。一階から喚く声が微かに聞こえる。ソレさえも煩く感じてしまう。私はどうしたんだろうか。何がしたいんだろうか。感情がグチャグチャで良く解らない。

 暫くしてバウンティだけが主寝室に来た。


「カナタ、いつまでふて腐れてる! 八つ当たりは止めろ。アステルはまた不機嫌になったし、イオは泣いてるぞ。母親だろう? ちゃんとしろよ!」

「っ、ちゃんと……って何? もう、やだぁぁ! 私、頑張れない! 死ねなんて言われて……頑張れないよ!」


 ――――バスン。


 バウンティに枕を投げ付けた。


「ちゃんとって何? バウンティが『ちゃんと』すれば? ご飯も、勉強も、運動も、掃除も、洗濯も、お風呂も、全部バウンティが『ちゃんと』やればいいじゃん! うあぁぁぁ!」


 ――――バスン。


 叫びながらバウンティの枕も投げ付けた。いつもなら軽々と避けるくせに、今日はなぜか避けもしない。


「俺に子育てを全部させたいのか? 別にいいぞ? 俺の子だからな。するよ。で、お前は何するんだ? もう母親を辞めるのか? 嫌われたから、暴言吐かれたから、子供を捨てる気か? ……お前、最低だな。見損なった」

「っ……」

「おい、何とか言えよ! 子供を愛せないなら産むな。捨てられる身にもなれ。裏切るなよ! お前は母親なんだぞ。あいつらにとっては絶対的な存在なんだぞ! 我が儘言って無いで大人になれ!」


 解っている。解っていても、逃げたい時もある。なのに追い立てられる。


「母親だけど……私、私っ、乳母じゃない! バウンティの子供を育てる為の生き物じゃない! 感情は殺せない! 辛いっ!」

「あ、いや、そういう風には…………すまん……」

「うぅぅぅ。何で責めるの? 何で一緒に解決しようって言ってくれないの? …………私、もう疲れた。バウンティの側にいるのが辛いよ! しんどいよ! 一人になりたいっ――――」







******

******







 ――――ドサッ。


 急な浮遊感。そして、久し振りに感じるボヨンボヨンとしたスプリングの効いた……ベッド?

 見慣れているはずなのに、懐かしくもある部屋。小さい頃から好きなバンドのロゴのポスターが目の前の壁にドーンと貼ってある。二度と見ることは出来ないと思っていた――――。


「――――私の、部屋?」


 ボーっと部屋を見回す。見慣れてて落ち着く空間。部屋のドアを開けて、そっと廊下を見る。家だ。今井家だ。

 ゆっくり階段を降りてダイニングキッチンを覗き込むと、かぁさんがテレビを見ながらお煎餅を食べつつお茶を飲んでいた。

 普通の、日常のような風景。


 ――――バリン。ボリボリ。


「…………っ、かぁさん」


 小さな声で呼んでみた。バッと振り返ったかぁさんと目が合う。


 ――――ボリボリボリ。


「ゴホッ…………は? か、奏多?」

「……ぅん」


 ボロボロと泣きながら走ってかぁさんの胸に飛び込む。優しく抱き締めてくれた。暖かくて柔らかい。生きてる。本当に、本物のかぁさんだった。


「あんた、何してんの! どうやって!? は? 一人?」

「っ、うん…………どうしよう。飛んで来ちゃった? みたい……?」

「何があった!? 子供達は? バウンティくんは?」


 今日の事、バウンティがずっと無視し続けてた事など、ずっと溜め込んでいた愚痴を一気に吐き出した。ケンカ中に一人になりたいと叫んだら自分の部屋に飛んで来ていた。今まで色々とあったが、バウンティにしか飛べなかったのに、だ。

 かぁさんが真剣に話を聞いてくれて「辛かったね」ともう一度抱き締めてくれた。

 話して、慰められて、ホッとした途端に不安が込み上げる。ホーネストさんを呼び出そうとしたが、出て来てくれなかった。

 そして、バウンティにも飛べなかった。


「かぁさん、どうしよう! …………どどっ、しよう……」

「落ち着け! 深呼吸!」

「…………ん」

「電話! スマホは?」

「……家っ、あっちに、ある……」


 かぁさんのスマホを借りるが、手が震えて上手く操作できない。どうにかこうにかビデオ通話のボタンを押した。


 ――――プルルルル。プルルルル。


『ソウコ、すまん! 今、たてこ…………カ、ナタ?』

「バウンティ……」

『っ、カナタ? そこは…………どこなんだ?』

「……日本」

『何やってんだよ、馬鹿野郎! ふざけて無いで帰って来い! 馬鹿! 今すぐ帰って来い! 早く!』

「っ……バウンティ。バウンティ……ごめんなさい」

『謝るとかいらねぇよ! 逃げるなよ! 俺以外に飛ぶなよ……何で、飛べてるんだよ、クソッ! 帰って来いって! さっさと俺に飛べよ! カナタッ! オイ!』

「バウンティ…………怒鳴らないで。違うの……飛べないの……さっきからバウンティの所に飛べないの!」

『……嘘だろ? 怒ってるのか? 止めろよ、そういうの。お前の嘘はいつもクオリティが酷いな。ほら、目閉じて、ピョン。なんだろ? しろよ……飛んでよ』


 画面の中のバウンティが、エメラルドグリーンの瞳に涙を溜めて、微笑みながら首を傾げて聞いてくる。


「うん。ずっとしてるの。ピョンって、出来ない。ホーネストさんも出て来ないの……」

『っ……出来ないって何だよ。しろよ! アステルとイオはどうする気だ! 何て言えばいいんだよ。ママはいなくなったって……俺、言えない! こんなの、本当に現実になるなんて……っ』

『パパー? なにさけんでるのぉ。うるさいよ。ママがまたふきげんになるよー?』


 アステルの声だ。気付かせたくない。


『あー! グランマとおはなししてるの? アステルもするー!』


 ――――ヤバい。


「かぁさん! 替わって!」


 慌ててかぁさんにスマホを渡そうとした。


『へ? ママのこえ? ママ? グランマといるの? ねー、どこにいるの?』


 ――――間に合わなかった。


「っ……うん。グランマの所にいるの」

『え? でも、さっきおへやにいたでしょ? ちかくにいるの?』

『アステル、ママの秘密覚えてるか?』

『うーん? ほかのくにのことばが、ぜんぶわかる? あ、パパのところだけに、とべる! せいれいさんみたいに!』

『ん、ソウコの所に飛んだらしい』

『えー! なんで? いーなぁ。わたしもグランマのトコいきたい。ママ、わたしもつれてって!』


 深呼吸して話す。どうやったらいいのか、何を話していいのか解らないけど、なるべく傷付けないようにしたい。


「アステル、ママ以外が飛ぶと大変な事になるから駄目なんだよ。えっとね、カゼ引いたらつらいよね?」

『うん、ケホケホってね、きつい!』

「うん、そうだね。それよりも、もーっとキツくて、ベッドから起き上がれないくらいになっちゃうの」

『えー。ママだけずるいなー。あ、ねー、おなかへった! あとね、イオねちゃったよ? おこしてー。またよるねむれなくなるよ』

「うん、ご飯はね、シチュー用意してるから、それ食べてね? イオは……パパに起こしてもらうね」

『ママがおこさないと、またなくよ? イオ、うるさいんだよ』

「うん。泣いちゃう……よね。アステル……ちょっとパパと内緒のお話しがあるから、イオのところに……行っててくれる?」


 途切れ途切れで頑張って話した。


『はーい。はやくかえってきてね?』

「…………ん。愛してるよ、アステル。今日は怒ってばっかりでごめんね」

『ほんとだよー! おこるママきらいなんだからねっ!』

「……うんっ、ごめんね。気を付けるねっ……大好きだよ。ごめんね」


 吐きそうだ。スマホを放り投げて走ってシンクに行く。


 ――――ウゲェェッ。


『カナタ! カナタ?』

「あー、大丈夫。ゲロってるだけだよ」


 私が吐いてる間、かぁさんがバウンティと話していた。


「バウンティくん、子供が一番なのは当たり前なんだけどね……カナタ、結構ボロボロだよ。ちょっとは気にかけて欲しかった、かな?」

『っ、あぁ。ゴメンナサイ……キヲツケル。もっと愛して、大切にするから! だから、こんな別れ方嫌だ……カナタ! 戻って来てくれよ』


 少し離れてても聞こえるくらいに叫ばれた。


「っ、大きい声出さないで……二人が気付いちゃう」

『なら気付かれる前に戻って来い! お前の居場所は俺の腕の中だろ!』

「うぅぅぅ。戻……れなくても、愛しててくれる? 私の分もあの子達を愛してくれる?」

『止めろよ、何で戻って来ないみたいな言い方するんだよ!』


 ――――だって、何度やっても飛べない。


『おい、怒るぞ! ふざけて無いで帰って来いって!』

「バウンティ、ごめんね」


 あまりにも辛くてスマホをかぁさんに渡してトイレに駆け込んだ。胃液ばかりが出てきて、胃が引っくり返りそうだった。暫くトイレで泣き叫び、放心して、現実を受け止める。受け止めたくない。けど、深呼吸して上を向く。


 ――――取り敢えず、ダイニングに戻ろう。




「えっ……かぁさん…………かぁさんっ! ……何で黙ってたの?」


 吐き気を落ち着かせて、根性入れて、ダイニングキッチンに戻ってふと気が付く。

 かぁさんは、ずっと座ったままだった。少し違和感を感じていたが、興奮して気に留めていなかった。

 かぁさんの左足の脛から先が無くなっていた。


「いやね、そんなに不自由でも無いし? 奏多、気にしぃだし? 電話じゃ解んないかなってね。あははは!」

「っ……かぁさん、ごめんね。生きててくれてありがとう」

「そりゃ、あたしのセリフだよ。ほんと、無事で良かった」


 暫く抱き締め合った。

 バウンティは一旦落ち着いて考えて、子供達にご飯を食べさせて寝かし付けたら、また電話をくれるそうだ。


「戻りたい……」

「あぁ……何としても戻りな」


 不安に押し潰されそうでボソリと願望を呟いたら、かぁさんに真顔で言われた。


「今だから言うけどさ……あたし、あんたが消えて……死のうかと思ったよ。龍太さんに顔向け出来ない、申し訳ない、私だけ生き残ってるなんて最悪だ。ってね。龍太さんともケンカしたんだよ。『奏多を返して。何で奏多がいないんだい? どこに隠したの? 本当は……殺した?』ってね。……あははは。疑われちゃったよ」

「なっ! なんでぇ……とーさん酷いよ……かぁさんは守ってくれてたもん」

「そうかもだけどね。守れてなかったし、残された方はそう思うんだよ。だからね、あの子達がバウンティくんを責め出す前に、何としても帰りな!」


 とーさんと仲直りした時に言われたそうだ。

 自分は現場にいなかった、何も出来なかった無力感、妻は現場にいたのに娘が消えた理由を言わない。教えてくれない。そんなフラストレーションが怒りに変わっていき、一番簡単な方法を取ってしまったそうだ。


「理由も原因も解らないままより、犯人を作り上げた方が楽だったって。憎む相手がいれば、どうにか正気が保てたってさ。龍太さんは飄々として見えるけど、辛いのを隠すのが上手なだけなんだよ。責めないでやってよ」

「っ、うん。……かぁさん、撫でて?」


 かぁさんが狐に摘ままれたような顔をした後、笑いながら頭を撫でてくれた。


「私ね、帰って来れて……嬉しいの。アステルとイオとバウンティ置いて来たのに……今、物凄く安心してるの! 最低なの……」


 自分の部屋に飛んで来たと解った瞬間、心底ホッとした。ここは自分の場所だと、安全だと感じてしまった。私の家はローレンツにあるのに、バウンティと子供達がいる場所が私の家なのに、今井家が一番温かく感じてしまった。


「バカだねぇ。当たり前でしょが。小さい頃からここに住んでたんだから。安心出来なかったら、逆にヤバいでしょ!」

「んはは。ん、そうだよね! いひっ。かぁさんと話すと元気になるんだ! ありがと」

「何? 急に改まって。気持ち悪いなぁ」


 ちょっと笑ったら陰鬱な気分から浮上してきた。とーさんに連絡すると今すぐ帰って来ると言われた。「あと一時間くらいで終業なんだから、最後まで働いて帰っておいでよ」と言ったが、無視された。




 ――――バタン。


「奏多! っ…………」


 ダイニングキッチンに飛び込んできたとーさんが目頭を押さえて無言で涙を流していた。


「……とーさん、ただいま?」

「うん、お帰り……。帰って来てくれて嬉しいよ」


 そっと頭を撫でられた。ふと、思い出す。


「あの日以来だね。あの日も撫でてくれたね。とーさん、辛い思いさせてごめんね」

「謝らなくていいよ。生きててくれただけでいいんだよ」

「……うん」


 ダイニングで二人に相談した。流石にどうなるか解らないので、今は警察に届け出はしない事になった。


「奏多、僕等は大丈夫だから、あっちに戻ってあげなさい」

「うん。戻れるように頑張る……」


 取り敢えず、バウンティからの連絡を待つことにした。久し振りに食べるかぁさんのご飯は美味しくて、また泣いてしまった。泣いてばかりだけど、お腹は膨らんだ。お腹が膨らんだら少し元気が出てきた。根性入れよう。

 きっと、なんとかなる!




 大慌てで師匠達に連絡して、根掘り葉掘り聞かれて、真面目に答えて……中のバウンティ。


次話も明日0時に公開です。

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