148、旅館と温泉
以前も宿泊した『千樹亭』に来た。
「いらっしゃいませ、今井様」
「こんにちは」
とーさんがチェックインしている間にフロントの横にある浴衣コーナーを見る。女性客と子供は浴衣が選べるのだ。男性は紺色の作務衣一択。
「何色にしようかなぁ」
『これ、この前着てたやつか?』
「うん。選べるんだよ」
『ふーん……』
興味無さそうにしているが、チラチラ見てくるので実は気になっているんだろう。
アステルとイオもそれぞれ子供用の作務衣を選んでいた。
「水色にひまわりかぁ、可愛い。これにしようかな」
『……水色』
その隣には明るめの青緑色で白や白抜きの大柄な菊の花柄が入っている物もあった。
「こっちも可愛いなぁ。どう?」
その青緑色の浴衣を取って見せると、バウンティの眉がピクッと動いた。こっちがいいのだろう。黄色い帯を選んで借りていく。
『そっちにしたのか?』
「うん。バウンティ色だしね!」
サッと顔を背けられたが、耳が赤くなってるのは見える。たぶん嬉しかったのだろう。
それぞれの部屋に案内された。夕飯まで自由行動だ。
「どこかのお風呂に入る? お部屋のに入る? 少し外を散策する?」
『ぼく、ねむい……』
イオが目をコシコシと擦りながらベッドに乗り、布団の中に潜り始めた。アステルは眠くないらしく、畳の部屋で寝転がって図鑑を見るそうだ。枕をクッション代わりに使うように渡したので暫くしたら眠るだろう。
私とバウンティはリビング部分でテレビを小音声で見ながらだらっとすることにした。
『おれ、こいつが犯人だと思う』
「いやいや、執事も中々に怪しいよ」
『執事は裏切らないだろ』
再放送のミステリードラマを見ながら犯人探し。犯人はやっぱり執事だった。バウンティは執事は絶対に主人を裏切らないという固定観念が拭えないそうだ。「執事も人間です」と言ったら、雷に撃たれたような顔をしていた。
「あ、アステルも眠ったね。お風呂、二人で入ろうか?」
『……誘ってるのか?』
「さぁて、どうでしょうね?」
ニンマリと笑って首を傾げたら、バウンティがサササっと着替えの準備を始めた。
「ぷへぇぇ、あー、いい湯ですなぁ」
『ん、結構熱いな』
「源泉の温度が高いんだって。夜には冷めてるだろうから少し抜いて、継ぎ足すか、他のお風呂に行こうね」
『ん! このくらい大きな風呂、良いな』
あぁ、ソウイエバ話し合って無かったな。と思い出したら話したくなった。
新しい家に引っ越そう計画。
『今の家はどうすんだ?』
「うーん。売りに出してもいいけど、去年家中のカーペット張り替えちゃったしなー。執務室は子供部屋に改造してるし……誰かに貸すのも良いかもね」
『貸すかぁ……いいかもな。でも、あてはあるのか?』
「テッサちゃんがノランくんとの家を探して…………あ、カッパーの人って中町に住めないんだっけ?」
『いや、家主が別にいて、許可を出していれば住める。メイド達を近くや敷地内の別邸に住まわせる貴族もいるからな』
「ほほう。なるほど」
『だが、あの家は本来はメイドを雇わないと厳しい広さだぞ? お前みたいに全部こなすヤツは稀だからな?』
「ほら、そこは孤児院のお手伝いとかさ? 一、二時間でお掃除だけとか」
『あー、なるほど。いいんじゃないか? それで俺達の新しい家はどーすんだ?』
そこが悩み所なのだ。一から建てるか、買うか。まぁ、そこは帰って不動産屋さんと要相談だろう。
お風呂を上がって、バウンティに多少邪魔をされながら浴衣に着替えた。バウンティは作務衣を着たら涼しかったらしく嬉しそうだった。これは洋服屋さんで購入決定だろうな。
リビングの部分に戻るとアステルもイオも起きてアニメを見ていた。言葉は解らないけれど、楽しいらしい。
「夜ご飯はあと……三十分じゃん! 長風呂しちゃったね」
慌ててタオルドライだけしていた髪をドライヤーで乾かす。
バウンティの髪を乾かし終わると、程好い時間になっていた。
「いただきます」
『『イタダキマース』』
今回も前菜から始まり、ちゃんとしたコースになっていた。
「焼き肉はゴーゼルさんとバウンティくんは三人前で頼んでたけど、大丈夫だったかな?」
『おー、腹八分目で丁度良かったぞ』
多すぎたかなと聞いたつもりだったんだろうとーさんが言葉を失っていた。
バウンティは腹七分目らしい。恐ろしい子っ。とーさんが後でコンビニに買い出しに行ってくれるそうだ。
『パフェふつう……』
『おいしいけど、ふつーだね』
専門店程のクオリティーを求めないで欲しい。あと、それはパフェでなくてサンデーだ。何か小さいし。
夜ご飯から部屋に戻って、着替えの準備。着替えは子供達だけど。タオルは家族風呂に備えてあるらしい。ありがたや。
「鍵に付いてるプレートをここにかけて、タイマーを四十五分に設定して入るんだよ」
『ん、考えられてるな。面白い!』
子供達のたっての希望でミルク風呂に来た。ミルクとは言ってるが、飲めないからねと注意したらビックリしていた事にビックリした。飲む気だったのか。誰の子だと思っていたら『流石、カナタの子だな』と声に出して言われたのでおへそドシュッの刑。
『……何か、しっとりしてる?』
「うん、してるね」
『あまいにおい、するよ?』
「……飲めないからね」
『はぁい』
イオが残念そうだが、飲んだらきっとお腹を壊すと思われる。許可は出来ない。
お風呂から上がって部屋に戻ると入り口にコンビニの袋が置いてあった。とーさんからだろう。スマホを見たら『置いてるよ』とメッセージが届いていた。『ありがとー』と返しておく。
袋の中にはおにぎりとカップ麺と飲み物が四本入っていた。子供達にはジュース、バウンティにはスポーツドリンク、私には麦茶だろう。とーさんの気が利きすぎて怖い。
温泉には何回でも入りたいカナタさんと、何回も入る意味が理解出来ないバウンティ。




