14、賞金稼ぎ
役場で報告をしたら定期船のチケットを買いに行くことになった。久し振りに車でお出掛けだ。
「どっちの車で行くの?」
「……」
王様からもらったふかふかシートの車を指差された。
「ふかふかの方で行くって。二人とも後ろに乗ってー」
「「はーい」」
途中でトイレに寄りつつ、一時間ほどで港に着いた。
バウンティがチケット売り場で一等客室のチケットを二部屋分買っていた。
「あれ? バウンティ、一等客室でいいの?」
「…………師匠達に合わせる」
「ふーん?」
ちょっと機嫌が直ったらしい。それにしても、ゲロゲロは大丈夫なんだろうか。今回は乗る前から酔い止めの薬を用意しておこうかな。
「お待たせいたしました。五月十七日、日曜日の朝九時より出航です。八時までに港に来られて下さいね」
「はい、解りました。ありがとうございます」
「「ありがとー」」
チケットを買った後は港でお散歩。二人が砂遊びを始めたので海の方に近付く時は呼ぶように言って、少し離れた所の岩に座る。
「バウンティ、こっち向いて?」
「……なんだよ」
嫌そうにこちらを向いたのでゆるゆると頬を撫でる。
「ここの港、久し振りだね? もうすぐ……六年? 懐かしいねぇ」
「……」
「王都への出航前にお散歩したの覚えてる?」
「……ん」
相変わらず不機嫌そうに見詰めて来るけど、気にせず話を続ける。
「いっぱいキスしたね。あの時、バウンティとひとつになりたいってハッキリ意識したんだよ? あの時のドキドキとか胸の高鳴りとかはね……」
「……」
「バウンティ、こっち見てよ」
視線を反らされたので、バウンティの顔を覗き込む。
「今も、ずっと、同じ気持ちだよ?」
「っ……」
――――ペチン。
なぜか頬を軽く叩かれた。
「何で叩くの……」
「ほんと、お前は悪い子だ。完全に故意的に煽ってただろう」
「だって、初デートの場所なのに不機嫌なんだもん。手を繋いで散歩して、貝殻拾って……キラキラな想い出がいっぱいの場所なんだよ? 笑顔でいたいじゃん?」
「……今すぐトロトロにしてやろうか?」
「いえ、結構です」
「チッ。なら煽んな、馬鹿」
そろりと唇を撫でられた。
「……んっ」
撫でられただけだったのに声が漏れてしまった。ハッキリ聞こえたのだろう、バウンティの顔が夜の帝王に変わりだしてしまった。違う意味でヤバイ。
慌てて立ち上がり子供達の所へ逃げた。
満潮の時間なのか、波が近くなって来たので砂遊びは終わりにした。砂だらけの服や手足をはたいて靴を履かせる。
「おなかへった!」
「わたしもー」
「ん、途中の食堂で食べるか」
「「うん!」」
少し車を走らせた所にある食堂に来た。メニューを見ると魚料理が多かった。
「アクアパッツア……お昼からアヒージョもいいなぁ」
「……アヒージョは駄目だ」
「あー。はい」
「パパまだふきげんなのぉ?」
アステルがなんだか面倒そうに聞いてきた。バウンティがちょっとショックそうな顔をしている。
「違うよー。アヒージョはニンニク臭くなるから駄目だってー」
「なんでぇ?」
「んー? チューしたいんじゃない?」
「キャハハ! チューするー!」
アステルが楽しそうに私の頬にキスをくれた。何か違うが可愛いから良しとする。
私と子供達は何かの白身魚を丸々一尾使ったアクアパッツアを頼んだ。白身魚は骨が少なめで食べやすかった。たっぷりの貝とパプリカ、プチトマト、アスパラなど、カラフルな野菜は見た目も味も子供ウケが良かった。バウンティは魚のフリッターやホイル焼きをもりもり食べていた。
「ふー、お腹イッパイ」
「ごちそうさまでしたー」
「でしたー」
ご飯を食べて帰路に着く。
お腹イッパイになったからなのか、アステルもイオも帰りの車の中で寝てしまった。
「んーっ。可愛い」
二人を撫でていると、バウンティが車を路肩に寄せて停めた。
「どうしたの?」
「ん、もうすぐ着くが、そしたら起こさなきゃだろ? 休憩」
そう言うと助手席のシートをポンポンと叩かれた。前に移動して来いって事だろう。
素直に前に移動すると、運転席と後部座席の仕切りを上げ出した。
「ちょ……」
「少し上げるだけだ」
仕切りの上を五センチほど残して閉めてしまった。そりゃ、隙間があれば声が聞こえるから大丈夫だろうが、キスがしたいんだろうけど、それだけで終わるのかちょっと不安だ。
――――チュッ。
予想通りキスが始まった。胸にそっと手を伸ばして来るのでベチベチ叩きながら避ける。
「こら、止めろ」
「バウンティが止めぇい!」
何だか良く解らないイチャイチャを繰り広げた後は、少し王都行きの話をする。
「バウンティは行きたく無いんじゃないの?」
「ちょっと違う。お前を王都に連れて行きたくない」
「そっち? 何で?」
「…………馬鹿なのか? 行く度に傷付いてるじゃないか。二度と王都に行かせたくなかったのに。また何かあったらどうする気だよ」
「それは、私のせいじゃないし! 私が悪いの? 私のせいじゃない……もん」
「ハァ……泣くな泣くな」
「泣いてないっ!」
――――チュッ。
「落ち着け」
「うーっ……」
「ほら、愛しい旦那様からのキスだぞ? 笑え」
「愛しくないもん。アステルとイオの方が好きだもん」
「俺も。アステルとイオの方がお前より何倍も愛しい……」
「いひっ。だよね!」
笑って同意すると、スンっと真顔に戻っていた。何か駄目だったのだろうか。
「…………そこはイジケろよ。可愛くないな」
「えー、ヤキモチしてたの? 面倒だなぁ、もぅ」
「……ハァ。最近のカナタは可愛くない」
そう言うと目を瞑って運転席で仮眠を取り出した。何かムカつくからおへそをグリグリする。
――――バチン。
「いたぁぁぃ!」
本気で叩かれた。ジンジンするし、ムカつく。もう一度そっと手を伸ばすが、また叩かれた。その拍子に手がバウンティのバウンティな所に当たってしまった。
「っぅん……」
何の前触れもなく当たったせいなのか、思いの外大きな声で喘がれた。
「ふひっ。ふひひひっ。感じてやんのー。チョロンティさんは健在だね。あははは」
薄目を開けてギロリと睨まれた。ちょっと怖い。けど、ツボってしまい笑いが込み上げる。暫く笑い続けているとアステルが起きてしまった。
「ママうるさいー。もぉ…………うるさいのっ」
「ふはっ。アステルはカナタそっくりだ!」
否定は出来ない。
「ここどこぉ?」
「ローレンツの旧市街の手前で休憩中だ。イオが起きたら出発するか?」
「……ふーん? うん」
バウンティの説明が大人向けすぎて意味が解らなかったようだ。アステルが適当に返事してイオを起こし始めた。
「イーオー! おきてー!」
「ん、にゅっ……ママ……」
「いるよー?」
「……だっこ」
寝ぼけたイオに求められたので、いそいそと後部座席に移動した。
「お前も充分チョロいぞ!」
バウンティの罵りなんて聞こえない。グズるイオを抱き締めて背中を撫でる。
「イオー、もうお家に着くからね」
「おうちダメー! かえらないっ」
「えー。帰ろうよぉ。どこか行きたいの?」
「ママのバカァ! やくそくしたでしょぉー? ぼくおしごとするの!」
物凄く忘れてた。というか、イオも忘れてたよねって突っ込んだらいけないんだろうか。
「わたしたちこどもだから、おしごとできないよ? イオ、そんなこともしらないのー?」
「できるっ! ママとおしごとしたもん! じーちゃ、ばーちゃにナデナデしてもらったもん! ぼく、しょうきんかせぎになったの!」
――――なってはないのだよ? 卵だとは言ったけど。
「えっ……なんで? わたし、そのはなししらない! イオだけ? わたしは? ママァァ」
アステルがボロボロと泣き出してしまった。エメラルドグリーンの瞳から零れ落ちる涙には弱い。胸が締め付けられる。
「アステル、ごめんね。この前のラブラブ期間の時にイオと……そのぉ…………簡単な依頼をね、ちょこっとやっただけなの。賞金稼ぎにはなってないよ」
「ぼくなったもぉぉん、ママほめてくれた!」
「おほぅ。いや、そうだけどね……誉めたけどね……」
「うぁぁぁん! ずるいぃぃ! アステル、イッパイがまんしてるのに! ママは、いっつもイオばっかりかわいがる! もぅ、おねぇちゃんイヤ! イオもママもいらない! バカァ!」
ボロ泣きのアステルにグーでバシバシと叩かれる。
「アステル、痛いよ。ちょっ……痛いって!」
「あぁぁぁぁん……ヒグゥッッ……ママキライ。パパァ! たすけてぇ! パパァァ!」
アステルが後部座席から移動して助手席に乗り込もうとしていた。
「アステル! 運転中に動かないの! 危ないから!」
「うるさーい! ママはわたしのことキライなんでしょ? イオとふたりでいればいいじゃん! パパはわたしのみかただもん! パパはわたしがだいすきだもん!」
「アステル、危ないから。ちゃんと座れ。シートベルトもしろ」
「うん!」
バウンティがなぜかアステルを普通に助手席に座らせて、頭を撫でていた。
「バウンティ何してんの! そこは怒ってよ!」
「騒ぐな。取り敢えず話しは着いてからだ」
「ママー、だっこ!」
「イオっ! お願いだからちょっと静かにして! 座ってて?」
「っ……ゥエッ……うぁぁぁん、ママがおごっだぁぁぁ」
「っちょっとぉ、泣かないでよ」
「ふあぁぁぁん! ママキライ…………ボクもパパがいいぃぃぃ」
「ダメーッ! パパはわたしのなの!」
「うぎぁぁぁぁ! アステルもぎらいぃ」
「わたしもイオなんてキライだもん! しんじゃえ!」
――――しんじゃえって!
「アステルッ! なんて事言うのっ……どこでそんな言葉覚えてきたの! そんな事、言ったら駄目!」
「うるさいーっ。みんないってるもん! ママは、アステルとも、ともだちとも、はなさないから、しらないだけでしょ? きゅうにはなして、えらそうにするな! ママもしんじゃえ!」
助手席から叫ばれた。
「っ…………ア……ステル、っ……ママは…………」
何も言えなかった。何を言っても私が悪い気がする。泣きそうで、でも泣いたら駄目で、下唇を噛んで必死に我慢した。
「…………車庫に着いたぞ」
「パパ! だっこして! わたしもしょうきんかせぎの、おしごとしたい」
「ぼくも! パパ、ぼくもだっこ! だっこ!」
「……ん、ほら」
バウンティが車から降りて、二人を抱きかかえていた。
「カナタ、ほら行くぞ?」
「…………ん」
トボトボとバウンティ達の後ろを歩いてついて行く。バウンティが歩くのが早いので結構距離が出来ていた。
「カナタ、遅いぞ? もちょっと早く歩けよ」
「べつにママこなくていいし! 三人だけでいこーよー」
「パパ、はやく! おしごとするの!」
「こら、ママも一緒に行くんだよ」
――――私、邪魔?
「先に行っていいよ。何か依頼探してれば?」
「カナタ、態度悪いぞ? ちょっとグズってるだけだろうが。聞き流せよ」
「……っ!」
何かを、叫びたかった。聞き流せないくらい辛いのに。バウンティは『しんじゃえ』なんて言われてないからそんな態度が出来るんだ。
「私、帰る!」
「おい、カナタ……」
走ってバウンティと子供達を追い抜いて家に向かった。涙が流れている気がするけど、きっと気のせいだ。
後ろの方からバウンティが呼び止める声と、アステルとイオが賞金稼ぎ協会に行きたいと叫ぶ声が聞こえた。
――――ハァハァハァ。
久し振りに全力で走った。主寝室まで駆け上がり、ベッドに飛び込む。
枕に顔を埋めて泣き叫んだ。
私が悪いんだと思う。話さない事で色々と問題が出るのは解ってた。子供に我慢させて、辛い思いさせてるって解ってた。でも、訳の解らない機能のせいで二人が大変になるのはイヤだった。バウンティも大変な目に遭うって解ってたから、二人にはフィランツ語を母国語として認識して欲しかった。
そのせいで嫌われても仕方ない、我慢しよう。私はあの子達を目一杯愛そう。と思っていた。
現実は、違った。
子供に嫌われるのは辛すぎる。『しんじゃえ』その言葉が心臓を貫いた。もう頑張れそうにない。
――――もう、嫌だ。
「っ……私、もう…………頑張れないよ」
ボロボロと泣きながらベッドから起き上がりキッチンへ向かう。こんな最悪な気分でもご飯は作らないといけない。シチューを作り、パンをキッチンの作業台に置いて主寝室のベッドに戻る。三人はまだ帰って来ないので何か良さげな依頼でもあったのだろう。
ふとした拍子に涙が零れ嗚咽が止まらない。こういう時は寝てしまうのが一番だ。
――――寝て忘れよう。
結構なダメージを受けたカナタさん。




