125、一人晩酌。
――――ガチャッ。キィーッ。
「っ…………起きてたのか」
半月振りに見るバウンティは目の下に隈がうっすらと出来ていて顔色が悪く見えた。
「バウンティ、ちゃんとご飯食べてる?」
「……あぁ」
「ちゃんと寝てる?」
「……あぁ」
「何か荷物取りに来たの?」
「……」
「…………ごめん、話したくないよね。私、ダイニングに戻ってるね。出て行く時は鍵閉めてから行ってね」
「…………あ……っ」
――――バタン。
ダイニングに戻って、椅子の上で膝を抱えてカクテルをチビチビ飲む。ちょっとお行儀は悪いが、今は何となくこの格好の方が落ち着く。
久し振りに見たバウンティはやっぱり格好良かった。
ラフなシャツに綿パン、ゴツゴツした手、無造作に結んだ髪、薄い唇、長い睫毛、エメラルドグリーンの瞳。
心臓がドキドキしている。
バウンティだったからなのか、予想外だったからなのか、お酒を飲んでいたせいなのか、全くもって解らないけど、何だかポカポカするのはきっとお酒のせい。
――――ガチャッ。
バウンティがダイニングの入り口から顔を覗かせている。目が合った瞬間、瞳に怒りが滲んでいるように見えた。
「……飲んでるのか」
「うん」
「誰とだ」
――――誰?
そう言われて机の上を見るとコップが三個と色んなおつまみがある。数人分に見えなくも無い。コップは全て私の側だけど。
「一人だよ」
「…………コップが何個もあるのは?」
「カクテルの味が混ざるから……」
ズボラしてただけなのだ。今日はミルク系も飲んでいたのでキッチンまでコップを濯ぎに行くのが面倒だった。どうせ自分で洗うんだし。いいじゃんよ。
そう思っていると、バウンティがダイニングにズルリと入って来た。後ろ手に何かわさっとした物を持っている。ガサガサ煩い。取りに来た物だろうか。
「早かったね。帰るのに声かけなくても良かったのに」
「っ…………」
バウンティがチラリと時計を見た後、ズンズンと近付いてくる。正確にはワサワサガッサガサと音が出ていたけども。
――――チュッ。
「誕生日、おめでとう…………カナタ」
急にキスされ、後ろ手に隠していた物をバサッと出された。ピンク色の毬のような紫陽花のブーケで、確かこっちではハイドランジアだったかな。結婚式の時の花、久しぶりに見た。両手でそっと受け取り、抱き締める。自然と笑みが溢れてきた。
「……ありがと、バウンティ。覚えててくれたの?」
「っ…………あぁ」
鼻を寄せて嗅ぐと瑞々しくて、少し甘い匂いで思い出す。幸せだった結婚式、誓いの手紙、アステルとイオが産まれた日。今まで何度か結婚記念日や誕生日を迎えたけど、花を貰ったのは初めてだ。少しくすぐったい。でも平気なフリをしたい。
「子供達は?」
「……寝てる」
「ん、そっか。帰り道気を付けてね、おやすみ」
「――――んだよ」
「え?」
バウンティがボソリと言った言葉が聞こえなくて、聞き返した。
「何で、そんなに出ていかせようとすんだよ!」
「っえ? 別に……てか、バウンティが勝手に出てっただけじゃん」
「…………」
シンと静まり返る。バウンティの目を見ると少し潤んでいるようだった。
立ち上がりバウンティの正面に立つ。
――――チュッ。
「「ごめん」」
どちらともなく唇を重ね、どちらともなくポツリと謝った。
「バウンティ、頑張ってくれてたのに非難するような目を向けてごめんね。本当は解ってた。こういう世界だもん。こういう仕事だもん……嬉々としてやってるわけじゃ無いのにね……ごめん」
バウンティが私の腰の横をキュッと握り締める。少しゾワリとしたのが怖さからなのか、甘い疼きなのか解らないけど、甘い疼きであって欲しい。
「…………カナタを理解して、カナタの為を思って行動すべきだった。この前のは…………完全に俺の気晴らしも入ってたんだ。あと、カナタに『凄い』って『格好良い』って褒めて欲しかった」
そこで一呼吸置いてジッと見詰められた。
「もう二度と人の命は奪わない。無力化させて捕まえる」
「っ、それは…………危ない、よね? 凄く危ないよ? それでバウンティが怪我したりしたら……私…………」
「やりたいんだよ。ただ、俺が、やりたいんだ。どこまで出来るか解らないけど、そうしたい」
バウンティの瞳には何かを覚悟したような力強さがあって、吸い込まれるようだった。
「ふひひっ…………バウンティは格好良い、凄く格好良い。出会った時から…………ずっと、好き」
「ずっと?」
「うん、ずっと」
「喧嘩したりしても?」
「うん。喧嘩したりしても、ずっと好き」
「…………甘えても?」
「うん。甘えるバウンティ可愛いから好き!」
「ん、俺も。全身舐め回したいくらい愛してる。指の先、指の間、腕、脇、首、お尻だって、足の指だって舐め回したい」
――――ふおぅ。
「それと一緒にはされたく無いかも…………?」
「…………何で酔って無いんだ?」
なぜ急にそれが気になったのだろうか。
二日酔いは嫌だからアルコール少なめにして飲んでいたのだ。
「俺も一緒に飲む」
「え、うん」
取り敢えず、花を花瓶に活ける。長持ちさせるのは……酢だったっけ? 記憶に無い。明日調べよう。
バウンティがいつも飲む蒸留酒を割って差し出す。
「はい」
「ん」
たったそれだけのやり取りが何だか嬉しい。
時々おつまみを食べつつ、二人で静かに晩酌した。
******side:B
「どぅあーかぁーらぁー、何で殲滅しちゃうのって話なのぉ」
「いや、殲滅作戦だったけどな、全員……とかじゃなかったんだよ。ちょっと……やり過ぎたけどな」
「どぅあーかぁーらぁー、何でやり過ぎるのかって話なのぉ」
「だからな、苛ついてたんだよ。俺達の幸せな生活の邪魔、されたく無かったんだよ」
「どぅあーかぁーらぁってぇ、人を殺したらメッなのぉ。前みたいにぃ……色んな禍根がぁ…………ふえぇぇん。ばかぁ」
――――しまった。
絡み上戸からの泣き上戸になってしまった。いつもは笑い上戸からの甘え上戸だが、フルコンプする気なんだろうか。
エグエグ泣きながら更にカクテルを飲んでいる。
「カナタ、誕生日だろ? もう飲み止めよう、な? 誕生日に二日酔いは嫌だろ? もう深酒しないって決めてたろ? な?」
「うぅぅぅ。バウンてぇが悪いんらもん! ばうんてぇのしぇーで飲んでりゅのぉ」
呂律が回って無い。そして、鼻水ダラダラ垂らして、ポコポコ叩いてくる。
――――ん、可愛い。
「はいはい、ごめんな。ほら、片付けは明日にしてもう寝よう?」
「うん、明日すりゅ。だっこ」
「…………歩けないか?」
「だぁっこ!」
イスに座ったまま両手を伸ばして抱き上げろと言う。コイツは自分がどんな格好をしてるのか忘れているのだろう。
ノーブラでキャミソールと、ショーツと変わらない丈の短パン。しかもイスの上で膝を抱えた格好で座っているから色々見えている。
こっちはどれだけ平静を装ってると思ってるんだ、この馬鹿嫁は。
――――ハァ。お前のせいなんだからな。
まさかの絡み酒のカナタさん。
次話も明日0時に公開です。




