123、世界の常識。
昨日、バウンティ達が行ったのは悪い組織の解体だと思っていた。ただ、アジトを叩いて、建物を壊しただけなのだと。
「殺した……の?」
「ん? ん! いっぱいやっつけた!」
――――何で、笑ってるの?
「人を殺…………ヒュッ、ヒュッ……ウッ…………」
「カナタ! 深呼吸しなさい! バウンティは喋らないで!」
「何でだよ! カナタ、どうしたんだ? 気分が悪いのか?」
息が出来ない。吸おうとしても一瞬しか吸えない。……苦しい。
カリメアさんが横に来て背中を撫でてくれた。
「ゆっくり! ゆっくり吐いて、ゆっくり吸いなさい」
「んっ……ハァ…………ハァハァ」
何とか息は出来た。でも、目の前が真っ暗だ。
何十人も、バウンティが殺した。それなのに笑ってる。普通にキスして……愛し合って…………子供と接してた?
「…………平気なの? バウンティは……」
「何がだ?」
「バウンティ! 一言も話さないでって言ってるでしょ!」
「は?」
「やだ! 教えて!」
「カナタ! 好きでしている訳じゃ無いのよ! やらざるを得なかったのよ」
「でも……笑ってる! 笑ってた!」
何も気にしてないって事? 最小の被害で抑えたとかでもないはずだ。だってカリメアさんが怒ってたから。
「…………カナタ?」
「バウンティ……ごめんなさい。もう無理、かも…………」
バウンティが訳が解らないというような、寂しそうな、泣きそうな顔で私を見詰めてくる。
「カナタ、バウンティは貴方達を守る為に……」
「殺してって言ってない!」
「…………でも、考えれば解った事じゃない? 組織を潰すのよ? 犠牲は大なり小なり出るのは当たり前でしょ」
解ってる。解ってるけど、納得出来そうにもない。
「カナタ…………っ、あのな……二人で話し合いたい…………いいか?」
「……うん」
二人で主寝室に戻った。
テーブルで向かい合って座る。いつまでも沈黙が流れるのに耐えられず名前を呼ぼうとした。
「っ――――」
「カナタ、人が死ぬのは怖いか?」
そう言われて良く考えた。人が死ぬのは悲しい。が、怖い訳ではない。なぜバウンティがそんな事を聞くのだろうか。
どうやら、以前に元宰相が人を巻き込んで爆死した時の事を思い出して怖がっていると思ったようだ。誰にも報復はさせない、大丈夫だと言われた。
「違う。怖いのは……バウンティ。バウンティが怖い」
「…………俺か」
バウンティが目を見開いて、ピシリと固まってしまった。五分ほどしてやっと覚醒した。
「何でそう思う?」
「…………ねぇ、何で殺したの?」
「俺達を殺そうとしたから……」
「殺さずに捕まえないの?」
「…………意味あるか?」
「意味……? …………人を、殺すって……選択肢…………あるの?」
「普通だろ?」
普通。そうだったこの世界はそれが普通。バウンティも誰も、それが普通。とても軽い命。重たいのは地位だけ。
「バウンティは、人を殺せる…………」
「あぁ、出来なきゃ仕事に差し支えるだろ」
「人を殺して……直後に…………普通に笑いかけて来るの?」
「…………笑ったらいけないのか? 俺に笑う資格、無いのか?」
バウンティから出る空気が痛くて少し身震いしてしまった。
「俺は家族を守る為に、安全に暮らせるように、って思いだった。なのに何で責められてるんだ? 俺を責めてるよな? 何が気に入らないんだ。何なら満足したんだ?」
「っ……人が死ぬなんて、思って無かった! 人を死に追いやってまで守りたい事なん――――」
違う、これじゃぁまるで――――。
「――――なら、自分や子供が死ねば良かったと? 俺が死ねば良かったと!?」
「違っ! 違うの! ごめん、興奮しすぎて言葉の選び方、間違った……」
落ち着いて、なぜこんなに辛いのか、悔しいのか、怖いのか、伝えたい。もう、後の祭りだけど、でも伝えたい。
「私の国は――――」
何があっても人を殺したら罪だ。こちらの世界のように奴隷が主人の物を盗んだから『殺処分』なんて無い。
一人一人が人の命の重たさを理解している。踏み越えてはならない境界線を知っている。越えるのは例外的な極少数の人。
当たり前に尊重されて、当たり前に守られている人権。それを守るための組織。
…………とても平和で安全な国。
「確かにお前の国は、世界は平和だ…………だが、例外はいるだろ」
確かに、それは否定できない。虐待、殺人、悲しい事件や事故はある。
「お前がこっちに来た時も、故意的な事故が原因だったよな? 何人も死んだんだよな?」
「うん」
「犯人はどうなった?」
犯人は心神喪失で罪を償う能力が無いと判断された。精神病院に無期限の入院というか、収監らしい。
「……優しい世界だな。犯人を裁かないのか」
「裁いて、そういう結果になったんだよ……」
「それは裁いてるのか? 被害者の家族は? 残された子供や親や、愛する人はそれで救われるのか?」
「……」
「ソウコがあんな体になったのに?」
「っ! それは……」
「憎いんだろ?」
「…………」
「ここは、そういった者に確実に罪を償わせているというだけだ。そして、それを自分の手でやってもいいし、依頼を出して俺達みたいな賞金稼ぎに代行させてもいい。それでここの世界は回っている」
解っている。バウンティがソレが出来る人だと、何となくは解っていた。でも、怖い。とても怖いのだ。
「お前の世界には、犯罪者を捕まえる組織があるよな?」
「うん」
「そいつらは、犯罪者を生かして確保するのか?」
「私の国はなるべく。他の国はそうでもない」
現場で犯人を射殺した、などのニュースは見た事があるし。海外ドラマではソレが見所のモノもある。
「俺達もそういった立場だ、とは思ってくれないか? …………無理、か?」
とても悲しそうな目で見られた。なのに、何も答えられない。
「…………少し、距離と時間を置こう。警護を手配したら出て行く」
「っ、何で!?」
「俺は弱いな……。お前のその視線に耐えられそうに無い。……愛しい人からそんな目で見続けられるのは…………な。カナタ、愛してる」
――――バタン。
バウンティが部屋から出ていってしまった。私はどこで何を間違えたんだろうか。
それぞれの世界の当たり前。
次話も明日0時に公開です。




