12、天の邪鬼
――――チュッ。
「おはよう、バウン…………んっ、っはぁん」
「……ふはっ。エロッ」
おはようのキスは触れるだけと約束していたのに、腰が砕けるほどのキスをされた。バウンティは少し声が漏れたのが気に入ったのかニコニコとして続きをしようとしてくる。
――――ベチン。
「朝から何してんの! 二人を起こしに行きなよ」
「チッ。相変わらず可愛くないな」
「……知ってるし」
軽くビンタしてバウンティから逃げ出し、着替えていると悪態吐かれた。本当の事なので否定はしない。
「カナタ? イジケてんのか?」
「……」
「カナタ、こっちにおいで?」
ベッドに座ったバウンティに誘われる。無視していると後ろから抱き着かれた。
「カナタ、返事しろよ」
「っ……何?」
「何で嫌がるんだよ? アイツ等起こすにはまだ早いだろ? まだイチャイチャ出来るだろ?」
確かにいつもより三十分ほど早い。だが、たった三十分だ。
「……出来ない」
「出来る! ただ寝転がってキスするだけ、抱き締めるだけとか、出来るだろ」
「出来ない!」
「何で? カナタの天の邪鬼。馬鹿」
「バウンティが馬鹿! 朝から色々触るな! 変態!」
「……昨日、喜んでアンアン喘いでたくせに。俺の触って恍惚としてたくせに……エッチ大好きなくせに!」
全力では否定出来ない事をまた言われてしまった。悔しい、イライラする。色々叫びたい。色々言い訳したい。でもそうするとまた言い合いになる。またケンカになる。
「っ…………ケンカはやだ」
「じゃあ出来ない理由話せよ。納得させてみろよ。無視すんな……」
――――自分はずっと無視してたくせに。
「……すまん」
急に謝られたのでポカンとしてしまった。バウンティを見上げると、怖さで耳がヘタッと折れた犬の様な顔をしていた。ちょっと可愛い。
「俺が言うなってな。……昨日まで無視しててごめん。ちょっと報復もしてた。けど、カナタ気にせず話し掛けて来るから意地張って長引かせた」
「報復?」
「毎晩ラブラブ期間のはずなのに、一日目から拒否したじゃねぇか。それなら俺も無視してやる。話してもらえない辛さとか寂しさとか、身をもって体験すれば良い……って」
「あー。うん」
なるほど、と納得してご飯を作りに行こうとしたら腕を引っ張られた。
「まだ話は終わってない! 理由!」
「あー。うん」
――――ハァ。言いたくないのに。
「出来ない、したくない、のは……」
「のは?」
「……途中で止められなくなるから。…………いつも三十分じゃ足りないでしょ?」
――――チュッ。クチュッ。
「んっ……だから! 止めてって!」
「天の邪鬼! カナタの方が変態じゃないか。時間の計算もしてたなんて。もしかして、朝から盛ってたのか?」
満面の笑みで言われた。恥ずかしくてしゃがみ込んで顔を隠す。だから言いたくなかった。バウンティは子供みたいに大喜びして、突っついて、掘り下げて、私の羞恥心を刺激してくるって解ってたから嫌だった。
あまりの恥ずかしさに涙が出てくる。きっとバウンティは更に喜ぶんだろう。
「カナタ……泣いてる?」
――――ほら、来た。
「恥ずかしくて泣いてるのか?」
「っ……だったら……何なの? ほっといてよ」
「嫌だ。顔上げて? 見たい。カナタが泣くの好きなんだ。黒い瞳がキラキラして綺麗で、好きなんだよ」
――――変態じゃんか。
「いじめっ子のバウンティ嫌い。アステルとイオを起こしてきて! ご飯食べさせて! こんな顔見せれない……」
「どんな顔? 見せて?」
クイッと顎を持ち上げられてしまった。
「ふはっ! 真っ赤。真っ赤で蕩けてる。キスで興奮したのか。ほんと、天の邪鬼だな。落ち着いたら降りて来い。ご飯はグラノーラ食べさせとくからな」
「……うん」
――――チュッ。
バウンティに頭を撫でられ、おでこにキスされた。溜め息を吐きながらベッドに座ろうとしていたら、ドアから出ようとしていたバウンティが振り返った。
「カナタ、一人で処理したら怒るからな? するなら見せろ」
――――ボスン!
おもいっきり枕を投げたが避けられた。ドアに当たってボトリと床に落ちた。
「馬鹿! 大っ嫌い!」
「ふははははっ」
爆笑しながら消えていった。
暫くベッドに寝転がって目を瞑り深呼吸する。イライラ、グチャグチャしていた気持ちが落ち着いたので顔を洗う。鏡を見ると少し目が赤い気がした。
――――ハァ。
溜め息が漏れ出てしまう。朝から精神的に疲れた。アステルとイオに癒されたい一心で下に降りると楽しそうな声が聞こえて来た。
「キャー! あははは!」
「アステルわらったらダメー!」
「ふはっ。ほら、ティシューで拭け」
ダイニングを覗き込むとイオの鼻に鼻ちょうちんが出来ていた。くしゃみでもしたのだろう。
「あ、ママー! みてみて! イオきたないのー」
「きたなくないーっ」
「うんうん。可愛い」
「えー。ママへん」
「ん、ママはいつも変だ。気にするな」
――――お前が言うな。
アステルとイオを抱き締めて頬にキスをする。キッチンに行き私の分のグラノーラを用意し、リンゴとオレンジを切ってダイニングに戻った。
「パパー、仲直りしたのー?」
アステルがグラノーラをモリモリ食べながらバウンティに聞いていた。子供は時々こういうデリケートな事を堂々と聞いてくる。
どう答えるのかなと見詰めていると、バウンティが立ち上がり私の前に来た。
――――チュッ。
まさかの口にキス。しかも舌まで入れてくる始末。
「……ん。ラブラブだ」
「「キャハハ! ラブラブー!」」
――――ほんと、疲れた。
「……二人とも、果物も食べてね」
「俺は?」
「どーぞ」
「またイジケたのか。天の邪鬼め」
「うっさい」
「「キャハハ。うっさい!」」
その後は洗い物をして、いつも通りマシューくんを預かる。
「おはようマシューくん」
「カナタおはよー」
「んあー。可愛い、君は私の王子様だよ」
「あら、やっと仲直りしたのー?」
「……バレてました?」
「バレて無いと思ってたの? 逆に凄いわね」
モロバレだったらしい。反省。
リズさんを見送ってリビングに行くとバウンティがお出掛けの準備をしていた。
「あれ? どっか行くの?」
「ん、公園でまた鬼ごっこしたいって」
「ふーん。行ってらっしゃい。私、お昼の用意して、後から行くよ」
「……」
「……え? 何?」
「まだ不機嫌なのか?」
「さぁ? 良く解んない」
「また、後で話そう?」
そう言うとバウンティがまた軽くキスをして来たが押し退けつつ「早く公園に行け」と追い出した。
キッチンで今日の朝ご飯にしようと準備していた物をお昼ご飯に転用して、おやつの準備もする。
飲み物をバスケットに入れて公園へ向かった。
「あら。カナタ様、ごきげんよう。喉のお病気治られたのですってね」
「……こんにちは。はい、今までご迷惑おかけしました」
良く公園へ来る子、ビンスくんのお母さんで、カリメアさんの知り合いの貴族の人に話掛けられた。
病気のせいにしてたので、いきなり話してるから怪しさ倍増だろう。
私は気にしてないけど、ゴーゼルさん達は転移者なのは伏せておきたいらしいので素直に従っている。
「でも、おかしな治療法でしたわねぇ。数年話さなければ喉の病気が治るなんて……」
「えぇ……。王都の専門医にそう言われたので……」
「お薬はもちろん飲んであったのでしょう?」
「……そのー、細かい治療法は、秘匿する契約なんです」
って、言い逃れしろとカリメアさんに言われた。なんだか騙して申し訳ない。
「あらっ、私ったらそんな事にも気付かず……申し訳ありません」
「いえいえ、私も最近知りましたし。医療の情報は細かい取り決めが色々あってビックリしました」
「本当に、もう少し公開されても良いと思いますわよねぇ。そうそう、カナタ様の保健の教育は大人もとても勉強になりましたわ! 他の人の出産なんて見る機会ありませんでしたもの。やはり命の誕生は感動致しますわね」
「お役に立てたなら良かったです。公開出産してみたものの、羞恥プレイで辛かったんですけど……発端は私だったので」
アステル出産時、公開出産をやらざる負えなかった。
試験的に、という事で孤児院と貴族の学校の子供と、ゴーゼルさんとカリメアさんの知り合いや医療関係者などが手術室の上部にある見学スペースから見学していた。
初めの頃は協力してくれる妊婦さんが全くいなかったので、公開出産に謝礼を付けてみると、公開出産をしてくれる妊婦さんが増えた。
謝礼で現金を渡すと、それ目当てで出産して――――と、怖い事が起こりそうだったので『最長二週間入院費無し、専属医師と看護師の手厚い対応、食事は最高ランク、家族へのサポート有り』とした。
この国の出産時の入院は三日間。ヘロヘロで家へ帰されるのだ。絶対にキツい。
「ママー! おちゃ」
「あら、アステルちゃん。ウチの子はどこに行ったのかしら?」
「ビンスはねぇ、きのうえのむしがとりたいって、パパにかたぐるましてもらってるよー」
「あらぁ。また虫採ってるのね……」
「あはは。男の子ですねぇ。カッコイイなぁ。見に行きましょう?」
イオは虫を見ると『ヒッ』叫んでバウンティの後ろに隠れる。まあ、私ももれなく叫ぶが。
アステルにお茶を飲ませて、池の方へ歩いて行くとビンスくんが斑に光るカミキリムシみたいなものを捕まえて喜んでいた。
「バウンティありがとう! コイツ、カッコイイ!」
「ん」
バウンティがニコニコしてビンスくんの頭を撫でている。
「はぁ、あのバウンティ様がこんなに良く笑うなんて。親しみやすい方だとは思ってもいませんでしたわ……」
「あはは。笑うと可愛いでしょ?」
「……」
「あれ? 可愛くないですか?」
「まぁ、ギャップは物凄いですわね」
可愛くは無いらしい。可愛いと思うんだけどな。
「カナタ!」
――――チュッ。
「っ……外で!」
「っあ、すまん!」
私に気付いたバウンティが走って来て、バスケットのお茶を取りながら流れでキスしてきた。今日は朝からずっとキスしてくる。何なんだ。
お昼になったのでビンスくんとお母さんに挨拶して家へ帰る。お昼ご飯を食べ、子供達と少し遊んだらお昼寝の時間。
「カナタ、おいで?」
リビングのソファに座ったバウンティが掃除していた私を呼ぶ。
「掃除がまだ終わってない」
「おいで」
「皆が寝てる今しか無いの!」
「それは俺のセリフだ」
意味が解らないので、説明を求めると謎な答えが返ってきた。
「朝、オアズケにしただろ? だから機嫌悪いんだろ? 寝てる間にシよう?」
――――馬鹿なの?
サクッと無視して掃除を続けた。
二階から階段と廊下を掃いて拭き、一階からトイレを掃除していく。お風呂の掃除、部屋の掃除と換気までしたら完了だ。大体それが終わるくらいにはアステルが起きてくる。
「カナタ、終わった?」
――――って聞くなら手伝いなよ。
って言ったらケンカになる。誰も雇わないって言ったのは私。いつだったかバウンティが話さなければケンカにならないって言ったのは正解なんだろうけど、話さないのは寂しい。でも、話すとケンカになる。
「私達ってほんと、合わないね」
「は? え? どういう……」
「私ね、今日だけで少なくとも五回はバウンティにイライラしてる。バウンティも私にイライラしてるでしょ?」
「…………してない」
「んはは。バウンティの嘘は判りやすいね。はぁ、可愛いのになぁ。何でケンカ腰で話しちゃうのかなぁ。ごめんね」
ソファに座ったバウンティの頭を撫でる。キョトンとして瞬きをせずに私を見詰めている。エメラルドグリーンの瞳がとても綺麗だった。
「カナタ? 何か……決めちゃったのか? また、相談無しで何かする気か?」
「…………あー、うん」
「何をする気だ?」
「……お手伝いさんが欲しい」
――――怒るかな?
「なんだ。溜めて言うから何かと思ったら。いいぞ?」
「怒らないの?」
「ん? 楽になるんだろ? そうしたらカナタの気持ちに余裕が出来るだろ? 賛成だ」
「余裕…………。私、ずっとイライラして見えてた?」
少し小さい声になってしまった。バウンティが仕方無さそうに笑いながら抱き寄せてくる。ゆっくりと背中を撫でてくれた。
「ママはやることイッパイで大変だからな。イライラもするだろ。俺は……四六時中お前に甘えるしな?」
「っ、うん」
「カナタは全然甘えてくれないし?」
「……ん」
「明日、師匠達に報告しよう?」
「うん」
バウンティの体温が、腕が、暖かくてホッとする。背中を撫でられている内に徐々に眠気が襲ってきた。朝からイライラしてた理由が何となく解った。寝不足と疲労だったんだ。バウンティは余裕そうにゆったりとしているのに、私は時間に追われている気がしていた。
解決策が『お手伝いさん』で良いのかは不明だけど、少しでも余裕が出来るならそれがいい。
相変わらずチョイとゲスいバウンティ。
予約投稿のはすが……。




