118、作戦会議は終わったらしい。
ストック作りが一段落した十時少し前、リズさんとマシューくんが来た。
「おはよう。今日は遅番だから、夜七時少し過ぎそうだわ。大丈夫? ジュドに早めに迎えに来させる?」
「私は何時でも大丈夫ですけど、マシューくんは眠くならないかな?」
「マシューは九時過ぎまで起きてるから大丈夫よ」
元気だな。アステルとイオは八時には船を漕ぎ出す。船の時みたいにサーカスとか見ていれば興奮して起きているが。
「いってらっしゃーい」
「いってらっしゃ!」
マシューくんと一緒にリズさんに手を振って見送る。お迎えはジュドさんが暇だったら早めに、忙しかったらリズさんが終業後で話はまとまった。
キッチンに戻り、お昼ご飯のメニューを話し合う。
「何か決まった?」
「からーげと、みそしゅるとぉ、なんかおやさい!」
「ふーむ。八宝菜は?」
「すきー!」
子供達にお手伝いをしてもらいつつ、お昼をのんびり作った。
ケイナちゃんは必死にレシピを書いたり、お手伝いしたりと忙しそうだった。
そういえばと、レシピ帳があったなと思い出す。ほぼ使ってないけど。妊娠中に暇でノート何冊か書き溜めていた。
「シエナちゃん、ケイナちゃんに私のレシピ帳見せてあげていいからね?」
「……読めませんよ?」
「ふばぁぁ! …………自分では読めるからさー、忘れるよね? 仕方ないよね? ね?」
シエナちゃんに詰め寄ったが、ススススっと視線を反らされた。酷い。ヤサグレちゃうぞ。
「ケイナには私のを貸すので大丈夫ですよ」
「…………シエナちゃんは字が書けるようになったのかぁ。裏切り者ぉぉ!」
「あははは」
「シエナさんは字が書けなかったんですか? え? 親に習わなかったんですか? 何で?」
――――あ、しまった。
「ご、ごめん!」
「あははは。大丈夫ですよカナタ様。特に隠しても無いですよ」
シエナちゃんは元奴隷で、運とか知識不足とか勘違いとか、色々と重なって事件に発展して処分されそうになった。孤児院で買い取って保護した子だ。幼少時から奴隷だった為、文字も書けなかったし、聞き取りは出来たが、話し方が解らなかったので妙な片言で話していた。
テッサちゃんに言葉や文字を教えてもらいつつここで暫く働いていた。孤児院でも沢山の授業を受けられたらしい。
「凄いですね……そして、今はシュトラウト家の家令見習い……」
「そーなんだよ。凄いし、とっても頑張ったんだよ!」
「カナタ様に名前をいただいてからずっと幸せなんですよ。本当にありがとうございます」
シエナちゃんが深々と礼をした。
「むぅぅぅ。大きくなって……おかぁさん嬉しいよ! まっすぐ育ってくれてありがとうね」
シエナちゃんを撫でまくる。見上げないといけないのがちょっとイラっとするが、仕方ない。人種が違うのだ。仕方ない!
「カナタ様、顔に出てますよ! 身長はどうしようもないです!」
「ず、ずぇんずぇん気にしてましぇんよぉー?」
「ぷふふふ。ママはちんちくりん」
「ん、ちんちくりんだもんね」
誰だアステルとイオにそんな言葉を教えたのは! ちゅるちゅるのヤツしかいないけどな! 後でおへそドシュッとしとこう。
「はい、運ぶよ!」
「「はーい」」
ダイニングにご飯を運んで並べる。
ご飯、カボチャのサラダ、八宝菜、からあげ、色々なディップ、豆腐とワカメの味噌汁。
「「いただきます」」
モリモリ食べる。八宝菜にウズラの卵を入れたい派なのだが、こちらにはウズラの卵が無かった。いつも半熟気味の茹で玉子を一人一個入れているのだが、圧というか、存在感が半端ない。ドーンとお皿に乗っているのだ。
今度、日本に行ったらウズラの卵を買って来よう。茹でたものを串揚げにしても美味しいし、ハンバーグの中に入れても美味しい。
お昼に思い立って飛ぼうとしたら、子供達に自分も連れていけと駄々捏ねられた。そして、騒ぎを聞き付けてキッチンに来たバウンティに大反対された。
ちょろっと行って、ちょろっとで帰って来るのに。
「まだイジケてんのか?」
「べーつーにぃー」
「イジケてるな」
「イジイジしてるー」
「あーもう! はいはい、イジケてますよー。いーじゃんよ。ケチッ」
ふとアステルを見ると頬をぷくっと膨らませていた。可愛い。ツンツンしたい。
「おいていったら、ダメなの!」
「めっ! だよ?」
「はーい。ごめんなさい。だから、イオは八宝菜のニンジン食べようね?」
「ニンジン、かんけーないのー!」
「関係あるのー!」
「いや、ねぇだろ」
言うなや、バカンティめ。何か、たぶん、色々とあるんだよ。
ご飯が終わって、リビングでバウンティ達は再度打ち合わせ。私達はお皿洗いやストック作りに邁進する。
二時過ぎた頃、子供達がうっつらしだしたのでお昼寝させて、私とクラリッサさん、シエナちゃん、ケイナちゃんとでおやつのヨーグルトムースを作る事になった。
「先ずは生クリームを七分立てね」
ブレンダーを使うととてつもなく早かった。いままでの腕のプルプルは何だったんだと妙に凹む。
凹みながらもヨーグルトに砂糖を入れて良く混ぜる。ふやかしたゼラチンを軽くレンチンして溶かして、ヨーグルトに混ぜる。そこにレモン果汁も入れてよーく混ぜる。ちゃんと混ぜないと分離してしまってグズグズになるのだ。
良く混ざったら、生クリームと合体させて更に良く混ぜる。
後は容器に入れて冷蔵庫で冷やすだけ。
「結構早く出来たね。夜ご飯の準備しようかなー。バウンティに何食べたいか聞いてくるね」
――――コンコンコン。
「何だ?」
リビングをノックしたらバウンティが地を這うような声で返事した。ちょっと背中がゾワッとした。
「……ごめん、立て込んでた?」
「カナタ! いや、大丈夫だ! どうした?」
ドアをそっと開けて中を覗いたらバウンティが慌てて駆け寄って来た。眉尻がちょっと下がってソワソワしている。
「すまん! ちょっと殺気漏れてたよな……」
いや、殺気とか解りませんけどね。声は怖かったかなと伝えるとなぜかおでこにキスされた。じっと顔を見詰めるとフニフニと笑い返してくる。
バウンティを軽く押し退けて、夜ご飯の希望を聞いたら餃子が食べたいと言われた。皮が面倒だけど人手はあるし、アリだろう。
「了解!」
「手伝う!」
「話し合いは? 作戦は立てたの? 大丈夫?」
「ん! 完璧だ!」
自信満々に返事するバウンティの後ろで、アダムさんが半笑いで青褪めている。本当に完璧なんだろうか。「俺も手伝うよ」と諦め半分に歩き出したからいいのかな?
キッチンに戻って報告する。久し振りに餃子を大量に作ろう。
王都出発前、希望で言われても皮が面倒だったので、のらりくらりとかわしていた。が、王都でカンさんのモモを食べてから妙に自分の餃子が食べたくなっていたのだ。たぶんバウンティもなのだろう。
そして、これで暫くは『希望を聞くのに作ってくれない』とかボヤかれずに済む。
――――さ、コネコネするぞー!
久し振りの何となくのんびりした日。
次話も明日0時に公開です。




