11、バウンティの生態。
後ろからこっそり近付いて、囁いて来たバウンティにビックリして『ひっ』と声を上げてしまった。
振り返るとそこには夜の帝王。
――――マズい。
ニヤニヤしながら私を抱えようとするので必死に避ける。
「何で逃げてるんだ?」
「……身の危険を感じたもので」
「…………ふーん」
――――でた! 『ふーん』!
ジリジリと追い詰められて、キッチンの作業台を背にしてバウンティと睨み合う。両側を手で塞がれて逃げ場が無い。
「カナタ……」
――――チュッ。
バウンティがキスをしながら私の両脇に手を入れて持ち上げると、作業台にそっと座らせる。
「ちょ! 何すんの!」
「……やる事はひとつだろうが」
――――違う!
そもそも、キッチンはご飯を作る所だ。食材を扱う所で発情するなと怒ったら、まさかの私が悪いと言われた。
「キスし続けただろうが。その先がある事くらい解ってるだろう。俺だけが悪いみたいに言うな」
「っ……」
否定出来ない。が、肯定はしたくない。
バウンティを無視して洗剤を使って作業台を清掃した。
清掃中、バウンティは後ろから抱き付き色々と撫で回したり、首筋にキスをしたり、擦り付けて来たりと、かなりしつこかったが無視し続けた。
――――バタン。
主寝室に入った瞬間、寝間着を脱がされる。情緒も何も無い。
「……バウンティ、何かダサい。余裕無さすぎ。格好悪い。今のバウンティとしたくない」
「なっ……なんでだよ!? もう準備万端なんだぞ!」
一瞬見ただけで判るほどに元気になっている。一人で勝手に興奮している。
「夜の帝王さんは自分さえ気持ち良ければ良いんだよね? 自分だけスッキリしたいんだよね?」
「…………何が言いたい」
バウンティが睨み付けてくるが無視して寝間着を着直す。
「ムードくらい作ってよ」
「キッチンでムードをぶち壊したお前が言うな」
「あんなんでムードとか。はっ! どんだけチョロンティなの。思春期かっ!」
鼻で笑っているとバウンティがスンと真顔になってベッドに寝転がった。私の方に背を向けて寝ているので完全にイジケたようだ。
そのまま何も話さず、私も背を向けて眠りに就いた。
朝起きるとバウンティは既に起きており、チラリと私を見た後、何も言わずに子供達を起こしに行った。
キッチンでご飯を用意しダイニングに並べる。皆揃ったのでいただきますをして食べる。
「ママ、トマトもういっこ!」
イオがプチトマトを欲しがったのでアステルにも聞くと、アステルも食べたいと言うのでキッチンに取りに行く事にした。
「バウンティは?」
「……」
――――無視か。
まだご機嫌ナナメらしい。プチトマトを一人一個と、食後のヨーグルトを用意して配る。
ご飯と一緒にヨーグルトを出すと子供達は先に食べようとするので、いつも後から渡すのだ。
「きょうはイチゴあじー!」
ニコニコと食べてくれるので有り難い。
いつもは、食べ終わったらお皿洗いなのだが、バウンティはご飯を食べるとリビングに消えてしまった。
「あれ? パパは?」
「んー、リビングで休んでるんじゃないかなぁ? 二人とも今日はお皿洗い良いから、パパの所に行っておいで?」
「「……うん」」
二人とも少し不安そうな顔をしていたが、たぶん大丈夫だろう。バウンティは二人とは話していたし。私を無視してるだけだから、私がいなければ平和だろう。
マシューくんを預かった後は、子供達はバウンティに任せ、私はキッチンでお昼の準備や洗濯などをしていた。
「……ママー」
「ん? アステル、どうしたの?」
「ママ、おこってる? なんであそんでくれないの?」
いつもなら手が空いたらリビングに行って一緒に遊んでいるのに、今日はリビングの様子さえも見に行ってなかった。アステルは何か感付いてしまったのだろう。
「大丈夫だよ。怒ってないよ? 今日はちょっとご飯とか色々する事があるだけなの」
笑ってアステルの頭を撫でると、ホッとしたのか、納得したのか、弾けるような笑顔をしてリビングに戻って行った。
そして、結局一日中バウンティは私と話さないままで寝てしまった。
それから二週間経った。一日に一言か二言ほど話すだけで基本は無視されている。
気にせずいつも通りに話しかけてはバウンティが無視する、それを繰り返している内に子供達も流石に気付いてしまった。初めの数日は何とかしようとバウンティにお願いしたりしていた。
「パパ、おこってる?」
「ん? 怒ってないぞ? どうしたんだ? んっ……」
――――チュッ。
普通にニコニコと笑ってアステルの頬にキスして丸め込んでいた。
一週間経った頃には子供達は諦めたらしく、何も言わなくなっていた。たぶんアステルは我慢してくれているだけだろう。イオは……本当に気にしていなさそうだ。
無視され続けて三週間が経った。五月目前の夜、流石に色々とマズイ時期になって来たのでバウンティと話し合おうと決めた。
「バウンティ、ちょっとこっちに座って」
「……」
バウンティを主寝室の机に呼ぶが、チラリとこちらを見たものの、本を片手にベッドに寝転がってしまった。
「バウンティ! お願い、座って!」
「…………チッ」
ベッドから嫌そうにのっそりと起き上がり、向かい側に座ってはくれたが、横を向き足を組んで視線を一切合わせようとしない。
「バウンティ、もう五月になるよ? そうしたら、すぐに六月だよ? アステルの誕生日までこんな状態続けるの?」
「……」
「何?」
「…………お前、話すと可愛くない」
――――知ってるし。
「うん。それで?」
「……怒ったか? 傷付いたか?」
「別に。本当の事だもん」
「…………」
急に話して、確認してきたなと思ったら、また黙ってしまった。バウンティは何がしたいんだろうか。
「……お前の事…………大嫌いになった」
「ん、そっか」
「っ……もう、奥さん、い……いっ…………」
モゴモゴと話して聞き取れない。ちょっとイラっとしてきた。
「何? はっきり喋ってよ!」
「もう、奥さんいらない!」
『いらない』がぐるぐると頭の中を駆け巡る。胃の中で暴れ回る。吐き気がするけど抑え込んで平静を装った。
「そんなに怒ってたの? さよならしたいの?」
「……っ!」
――――ガタッ。
急にバウンティが立ち上がったと思ったら、首の後ろを掴まれて深く深くキスをされた。
「ん…………っ、ハァハァ……何でここでキス?」
「カナタなんて大嫌いだ! 馬鹿、鈍感、ちんちくりん!」
「……一体、何に怒ってんの?」
ムスッとしたバウンティがまたモゴモゴと話始めた。
曰く、私を怒らせて、イライラさせて、傷付けて、泣かせたかったらしい。
それだけで三週間も無視されていたのか。今、正に怒りが頂点に達した。
「はぁ? 馬鹿なの? それだけの為にこんな事…………子供達に心配掛けて、不安にさせて……本当に、馬鹿なの!?」
「っ……俺、あの日、凄く傷付いた! なのにお前は、全然気にしてなかっただろ? 俺はずっと待ってたのに。二年以上ずっと我慢してたのに…………また蔑ろだ! カナタなんて大嫌いだ!」
どうやら、バウンティの中でラブラブ期間は継続中だったらしい。
「あー、えっと……ごめん?」
「何だよそれ!」
何だか申し訳なくて謝ったら、なぜか余計に怒り出した。
「泣いて、愛してるって叫んで、抱き付いて、キスしろよ!」
「……」
――――それが欲しかったのか!
「……バウンティって、ちょっと特殊な趣味というか、特殊な性癖だよね」
「っ! もういい!」
イジケ顔のバウンティがベッド走って行き、うつ伏せになってしまった。たぶん泣いている。
そっと横に座りバウンティの頭を撫でる。
――――バシン。
わりと強めな力で手を叩かれた。
「泣かないで?」
「泣いてねぇし」
「本当に? 傷付いたんでしょ? 泣いてない?」
「……しつこい!」
「あはは。ごめんね、バウンティ」
あまりにも馬鹿なバウンティが可愛いくて仕方ない。何度叩かれても、頭を撫で続けた。
「ねぇ、バウンティ? 私の事、いらなくなった?」
「……もういらない」
「そっか。明日、役場に行ってくるね。離婚届でいいの? 書類をもらって来るよ」
「っ…………カナタの馬鹿!」
急に起き上がって罵られた。
「何? バウンティの言う通りになってるのに怒るの?」
「全然思う通りになってない!」
――――だろうね。
言って欲しい事も、して欲しい事も解ってるけど、絶対に折れてやらない。可愛いなと思うけど、同時に物凄く怒っているのだ。甘えさせてあげない。
「いらないんでしょ? もう、さよならでいいんでしょ?」
「アステルとイオはどうする気だ!」
「私が引き取る! けど、二人の気持ちもちゃんと聞く」
「っ……何でこんな話になってるんだよ。違うだろ……」
「何が?」
「……怒ってるのか?」
「まぁ、わりと」
「傷付いたのか?」
パアァァァっと光り輝くような笑顔で聞かれた。本当に馬鹿なのかもしれない。
面倒だし、希望通りの答えを出してみよう。
「うん」
――――チュッ。
頬にキスされた。それはもう幸せそうに何度も。
「カナタ、愛してる!」
「……そ。じゃあ、明日から普通に話してくれるよね? よろしく。おやすみ」
「カナタ!」
「今度は何?」
「…………何って……仲直りだろ?」
「うん。仲直りだよ? じゃ、おやすみ」
バウンティに背を向けて布団に入った。バウンティが揺すって起こそうとするが無視。
揺するのを諦めて、横腹をこちょこちょし始めた。
「んっ……んはっ! あはっ! んひひひひ、やめてよ! んあっ!」
身じろぎするが真顔でこちょこちょを続けられた。
「やはははっ! もー! んあんっ!」
「っ……」
仰向けで笑っていたら、バウンティがいそいそとシャツを脱ぎ始めた。また興奮したらしい。
「んっ、こそばゆい……ぁん。ちょっと! んんっ」
「ほら、手上げて?」
寝間着の裾を捲られ、脱ぐように促された。何となくバウンティのペースなのがムカつくので、バウンティの手を払い退けると、寂しそうに「駄目……なのか?」と言い、泣きそうな顔をされた。
――――あぁ、その顔は駄目なんだって。
結局、バウンティの思う通りになっている気がする。
バウンティが拗ねたので放置してみたカナタさん。
拗ねたら放置されて後戻り出来なくなっていたバウンティ。
次話も明日0時に公開です。




