10、賞金稼ぎイオ
イオと『冒険話をする』という依頼の為、老人ホームに来た。老人ホームは中町と外町の境目の道路に面しており、中町側に建っていた。
――――コンコンコン。
「こんにちは」
「こんにちはー!」
職員さんに多目的スペースに案内された。
「あちらのステージでお話し下さい。入居者さん達は聞きたい人だけ座るシステムになってます。その……途中で離席されるなど……色々とあると思いますが、広い心でお話しいただけたらと思います」
何故か妙に低姿勢。デレクさんが言ってたヤジなどが関係あるのかもしれない。
ステージと言ってもちょっと台の上に上がって教卓みたいな所で話すようだ。始まる前から座っているのは六人だった。他の入居者さんは編み物をしたり、本を読んだり、カードゲームのようなもの、リバーシーなど思い思いに過ごしているようだ。全入居者は四十人程らしい。
ステージの手前で座って待ってくれている入居者さんに挨拶をする。
「こんにちは! カナタ・イマイと息子のイオです」
「イオです! おじーちゃん、おばーちゃん、こんにちは」
イオがペコリとお辞儀をすると「あら、可愛い賞金稼ぎさんね」「まぁ! 私の曾孫もこのくらいかしらねぇ」など、少し場が華やいだ。
「えっと、ステージを用意してもらってるけど、お話しし辛いので、私達も座りますね」
座ってくれていた六人と私達で丸くなるように椅子を置き、もし増えた時用に後ろにも同じように半円状で椅子を並べた。
「ゴチャゴチャしとらんで、さっさと話さんか!」
「はーい。おじーちゃん、どんなお話しがいい?」
「そんなに話す事あるんか? どうせ賞金稼ぎのヤツは適当な話か、しょうもない話を適当に膨らませておるだけじゃろ!」
「えー。じゃあ、昨日のお話しからするね?」
確認したら、バウンティが熊を撃退したのはまだ広まって無かった。
身振り手振りで説明し、時々イオの合いの手でホッコリしながら話を進める。
「パパね、ピョンってよこにとんで、クマのあたま、ボコンってたたいたの! クマね、グワァオォォってほえててこわかったの!」
「あら? パパも熊の退治に参加してたの?」
――――あっ。失念してた!
「えっと、バウンティがパパです」
「えぇっ? バウンティ様は結婚されたの?」
「おー、何年も前に噂が何か……こう、何かなっとったろ!」
「あらまぁ、バウンティ様にこんな可愛い子がいたのねぇ。あら? 貴女、この子のママよね?」
のんびり雑談になっていたのでボーッとお茶を飲んでいたら急に話がこっちに戻ってきた。
「ふぇい! イオのママです。バウンティは旦那さんです」
「……ふふふっ、ふぇい! って。あははは」
何故かツボられた。
その後はバウンティの冒険話やこの前やった鬼ごっこ、ゴーゼルさんの滅茶苦茶な行動の話など色々とした。
「カリメアちゃんの話は無いんか!?」
「ちゃん……ありますよー」
バウンティに回し蹴りをして吹き飛ばしていた話をすると皆が大盛り上がりだった。
「カリメアちゃんが一番強いなぁ!」
「あら、バウンティ様だって凄いじゃ無いですか!」
「いやしかし、ゴーゼル様の自由さは貴族とは思えんのぉ」
ゴーゼルさんの話は、バウンティが髪を切って潜入先の面接を受けている瞬間に『バウンティ』と声を掛け、全てを台無しにした話が大爆笑だった。ついでに話した『歯磨き粉事件』も爆笑された。
気付いたら参加者が三十人くらいに増えており、何故か職員さん達も座っている。
――――仕事は良いのかな?
「他には無いのかしら?」
「んー、あ! バウンティが子供の頃の話でも良いですか?」
「あら、そんなお話しもあるの? 聞きたいわ!」
「おお、もっと話せ!」
雪山で万年筆を探す依頼で、上半身裸で雪掻きした話や、崖の薬草取りでロープをちぎって腕力だけで登れなどの無茶振りのやり合い、ジュドさんの指輪探しの話などをした。
時々トイレに行ったり、お茶を飲んだり、雑談していたら三時間も経っていた。
「皆さん、そろそろお昼の時間ですよ! 今日のお話し会はこれで終わりにしますね」
「なんじゃい! バウンティや他人の話ばっかりで、嫁御の話は全然無かったじゃねぇか!」
「あー、おじーちゃん、ごめんね。私の話……王族や秘匿義務やらに関わってるから、あんまり話せる事が無いの」
――――いや、ほんと。話せないよね。
おじーちゃんに謝っていたら、楽しそうに雑談していた声がビッタリと止んで、無音の空間になってしまった。
「ふあっ、ご免なさい! 私またいらない事言っちゃった!?」
「まぁなんだ、すまんな。嫁御も大変な思いしとるんじゃな……」
「えっ? いや、楽しく過ごしてるよ? 大丈夫だよ?」
何故かヤジって来ていたおじーちゃんに頭を撫でられた。
「ママだけずるいー! ぼくもおはなしした! ナデナデ!」
「あらあら、可愛い賞金稼ぎさんも撫でてあげないとよね」
それからは、何故かイオを撫でる列が出来た。イオが凄く満足そうだしいいのだろう。
職員さんに依頼完了証をもらい、老人ホームを後にした。
賞金稼ぎ協会に行き完了証を提出する。
今日はゼペットさんはお休みらしいので受付のお姉さんに挨拶して家に帰った。
「イオ、賞金稼ぎのお仕事出来たね? どうだった?」
「たのしかった! ぼくもパパとママといっしょの、しょうきんかせぎ?」
「うん。その卵さんだね」
「たまごなのぉ?」
「うん。随分大きくなったけど、まだまだ私の可愛いイオくんだもん」
――――チュッ。
イオの頬にキスをすると、イオの頬がプクッと膨れた。
「ぼく、かわいくないもん! かっこいいもん!」
――――ふぐぁぁぁ。可愛い!
「ん、むふっ、ふふふっ。うん、カッコイイよ」
「ママわらったらダメ! わらわないのっ!」
「はーい。ごめんよぉ」
イオに抱き着き頬擦りしまくった。
お昼ご飯を食べて、イオのお昼寝タイム。今の内におやつを作っておこう。
水切りヨーグルトや生クリームでフルーツサンドを造り冷蔵庫で冷やす。
起きてくるまで洗濯などをして待っていたが、昨日夜更かしし過ぎたのか、老人ホームで興奮しすぎたのか、三時間経っても起きて来なかったので起こしに行く。
――――ガチャッ。
「イーオー、お昼寝――――おぉぅ」
てれっと子供部屋に入ったら、イオがズボンとパンツも脱いで、プリップリのお尻を揺らしながらシーツを剥がしていた。
――――漏らしたのか。
「ママ……これね、ちがうの、あのねっ……あついからね、あせいっぱいなの」
――――うむ。まだ四月で寒いけどな!
イオの頭を撫でてしゃがんで目線を合わせる。
「イオくんや、本当に汗かい? 嘘は駄目だぞ?」
「ウソじゃないもん! あせなのっ!」
「うーん。ママ、別にお漏らししても怒らないんだけど? それより、嘘吐かれるのが悲しいな」
「……ウソついてないもん」
「…………そっか。それで、シーツとズボンとパンツをどうするの?」
「あせでぬれてるから、あらうの」
「うん。誰が?」
「……ママ」
――――でしょうね。
「でもね、ぼくもおてつだいしてあげるよ?」
「おっ、ありがとう。イオ、おしっこはまだ出そうなら先にトイレに行っておいで?」
「うん!」
――――うん。チョロい。
トイレから戻ったイオにパンツとズボンを穿かせて、洗濯場に行く。
「さ、お漏らしのを洗濯しようね」
「うん! ……ちがう! あせなの!」
「イオ? 本当の事を言って欲しいな」
「……ちがうの! ぼくうそついてないぃぃぃ、うぁぁぁん。ママがおこったぁぁぁ」
――――あら、泣いちゃった。
「うーん。ごめんね、怒ってないよ? 大丈夫。皆ね、イオくらいの頃はお漏らしするんだよ? ママも小さい頃はいっぱいお漏らししてたよ。言ってくれたらね、すぐお洗濯して綺麗に出来るんだよ? だからね、お願い。ママの為に教えて? 言ってくれたらね、ママは嬉しくてナデナデ攻撃しちゃうよ?」
「うぐっ……ひぐっ……おごづでない?」
「うん。怒ってないよ?」
「……あのね、おもらししたらね、アステルがね、わらうの。いやなの」
――――なるほど。だから言いたくないのか。
「そっか。じゃあ、後でアステルにはお話ししておくね?」
「……うん」
というか、アステルもお漏らししてるんだけどね。イオより早く起きて、妙に手際良く処理して洗濯場に持って行き『あらってください!』と張り切ってお願いしてくる。イオが知らないだけ。まあ、バラすと可哀想だから黙っておこう。
その後は素直に認めてくれたので、二人で洗濯して干す。
「夜には乾くかなー」
「かなー?」
「さっ、おやつにしますか」
「する! おやつなに?」
「今日はですねぇ、フルーツサンドでございます!」
イオが嬉しそうに叫んでキッチンへ走って行った。
「イオあんまり食べると夜ご飯入らなくなるよ?」
「もういっこだけ!」
「ん、もう一個だけね」
おやつを食べ終わったら、リビングでラブラブタイム。
お絵描きをしたり、ブロック天秤で遊んだり、家の前でボールで遊んだりした。
「ママー、パパとアステルは、いつかえってくるの?」
「んー? 呼べばすぐ帰って来ると思うよ?」
夕食後、ラセット亭に迎えに行こうかと思っていたが、寂しくなったのだろうか。
「お迎えに行って、夕食は一緒に食べる?」
「や! ママだけがいいのっ」
――――くっ。鼻血がっ!
溢れ返る興奮を抑え込み、緩やかに微笑む。
「二人っきりでご飯食べようね!」
「うん!」
お手伝いをしてくれるそうなので、一緒に夕食の準備をした。
今日はドライカレーオムライスだ。イオの好きなものの合体。
「いただきます!」
ハグハグと慌てて食べ始めた。
「逃げないから、ゆっくり、ちゃんと噛んで食べなよー」
「うん! ママ、おいしい!」
「そうだね。イオが手伝ってくれたから、凄く美味しくなったね」
「うん!」
誇らしそうに笑うイオがとても男の子っぽく見えた。まだ可愛い時期でいて欲しい思うけど、本人は格好良いを目指しているらしい。
ご飯を食べたら、お皿洗いをしてちょっと休憩。七時になったので二人のお迎えに出ようとした。
――――ガチャッ。
「ただいまー!」
「あら? 帰って来たね?」
「むー! アステルのバカー! まだじかん、ちがう!」
「パパがかえるって、いったんだもん! アステルわるくない!」
ギャーギャーと喚きながらケンカが始まってしまった。
ちびっ子の叫び声は耳鳴りがしそうなほど甲高い。結構辛い。
――――パンパン。
「黙らっしゃい! イオ、アステルとパパにおかえりって言おう?」
「……うぅぅー。ぼくのじかんっ……」
「また今度、ゆっくりしよう? ねっ?」
「……うん」
イオがボソリと「おかえり」と言ったので頬にキスして誉めていると、アステルが自分もして欲しいとイオの後ろに並んだので、アステルにもキスした。
なぜかその後ろにでっかいチュルチュルのヤツも並んでいたが無視でいいだろう。
――――チッ。
「寝かし付けたら……。覚悟しとけ」
――――ガチッ。
慌てて胸ぐらを掴んでキスしたら、歯がぶつかってジンジンした。
「っ……イッタァァ。折れてないよね?」
「……馬鹿」
バウンティに真顔で罵られてしまった。酷いと思うが、否定も出来ないのでスルーして子供達をお風呂に連れて行った。
「はい、肩までよーくつかってね」
「はーい」
イオがチラチラと私の胸を見てるので、また吸いたくなったのだろう。ただアステルの手前、弱味を見せたくない的な感じかな。物凄く悶えそうになったが、我慢!
よく温まってお風呂から上がる。
「さーて、髪を乾かしたら今日の絵本選んでパパに読んでもらおうね」
寝る前に二人で決めた本をバウンティが読んで寝かし付ける。私はその間に明日の朝ごはんの下拵えや、雑務をこなしておく。
「カナタ、寝た」
「ひっ!」
キッチンで洗い物をしていたらバウンティが音もなく現れて、耳元で囁いて来た。
「……傷付くなぁ。愛しい旦那様に『ひっ』? お仕置きが必要だな?」
ソロリと振り返ると夜の帝王なバウンティがいた。
ナデナデはご褒美だと思っているイオくん。




