本心
眩しさを感じて目を開ける。
窓から日差しが差し込んできて僕の顔を照らしていた。カーテンを閉めようとするが、身体がうまく動かない。
自分の身体を見ると、腕に針が刺さっていてチューブが液体の入った袋につながっていた。
自分の状況がよくわからない。
まだ上手く働かない頭で、ゆっくりと考える。
腕に刺さっているのは、点滴のようだ。気がつくと部屋も自分の部屋ではない。
ここは、病院?
まだ考えがまとまらないうちにドアが開く音がして誰かが入ってきた。
「うわ⁉︎ 葵! 目が覚めたの⁉︎」
「涼、さん? どうしたの?そんなに慌てて。」
「いいから!ナースコール‼︎」
その後、涼さんの押したナースコールで看護師さんが来て、ナースに呼ばれた医師も来て少しの質問と簡単な検査をされた。問題はなかったようで、今日は安静にしているように僕は指示を受け、まだうまく考えられない僕の代わりに容態の説明は涼さんが聞いてくれた。
「倒れたときにぶつけた頭、問題ないって、よかったね。葵のお母さんすごい心配してたよ。」
医師からも話があったが、僕は階段で倒れたそうだ。初めはよく分からなかったけれど、だんだんと思い出してきた。
あの時、屋上から逃げるように走り出し、目の前が真っ暗になった。きっとそのまま倒れてしまったのだろう。
「倒れた原因は、疲労。あんた、まる一日そのまま寝てたんだよ。」
「え⁉︎ そんなに?」
「そう、極度の疲労だって、マジどんだけ疲れてんの?」
「あはは、ちょっと頑張らないといけなくて、」
だけど、
だけど、僕はダメだった。結局残っていた点も最後に減点。そして僕は、あの場から逃げたんだ。
「聞いたよ。葵、屋上から走ってきて階段で倒れたって、屋上には委員長もいたっていうのも聞いた。何があったの?」
「そ、それは…」
言ってもいいのだろうか、お試し期間のことを…
少し言葉に詰まっていると、手があたたかく柔らかな感触に包まれた。
涼さんが、僕の手を握ってくれていた。
「話しなよ。葵は昔からそうだね、自分だけで何とかしようとして無理して、あんま心配させないでよ。」
まっすぐに僕を見つめて、そう言った涼さんの目から涙がこぼた。
そんな涼さんの顔を見ていたら自然と口が開いた。
「実は、織江さんと付き合ってたのは、まだお試し期間だったんだ。」
「お試し?」
「そう、お互いのことをよく知らないから、まずはお試し期間だった。十日間のうちに、合わないと思うことがあれば減点されていって、期間を過ぎても持ち点が残ってたら正式に付き合うって、そういう話だったんだ。」
「一日目は楽しかったな。織江さんと仮でも付き合えたんだって、喜んだよ。」
「けど、すぐに現実に引き戻された。夜に減点メッセージが来てね、授業で発言しない、学食の席を取ってない、他の女子と話しをしていたとか、いろんなことで減点されてた。」
「それからはもう必死に減点されないように寝ずに頑張って、それで疲労が溜まったんだね。最後は倒れちゃった。」
話し出すと自然に言葉が続いて、僕は一気に話し続け、涼さんは僕の言葉が途切れるまで静かに話を聞いてくれた。
「それで、委員長とはどうなったの?」
「最終日までは頑張ったんだけど、結局最後に減点があってダメだったよ。屋上でそれを言われて、僕は……」
僕はあの時、
「付き合えないことが嫌で、逃げ出しちゃったんだ。それで階段で倒れるって、すごいカッコ悪いね。」
「本当に?」
「…え?」
「本当に、減点されて付き合えないのが嫌で逃げ出したの?」
「…そうだよ。だってそう思わなかったら逃げようとしないよ。」
「葵、私には隠さなくていいよ。あんたは変なとこ気にするから、無理に溜め込まないで、本当は…」
「本当は、自分が嫌で逃げたんじゃないの?」
「……。」
「葵、屋上で委員長に、もうダメなことを言われたときどう思った?」
あの時、僕は
「そう、これで持ち点はなくなったの。お試し期間を乗り切れなかったね。残念だけど、これでお終い…」
乗り切れなかった。そう、僕はダメだった。これで僕は織江さんとは付き合えない…
よかった。これで解放される。
そう思ってしまった。
「僕から付き合ってくださいってお願いしておいて、最悪だよね。認めるよ。僕はそう思ってしまった自分に気付いて逃げ出したんだ。」
本当に最悪だ。情け無くて涙が出てくる。僕がこんな人間だって知ったら、涼さんだって、もう心配はしてくれないだろう、そう思っていたけど、
涼さんは握る手に力込めて、僕の手を離さなかった。
「やっぱり、変なこと気にしてると思った。そんなこと気にしなくていいんだよ。」
「でも⁉︎…」
反論しようとする僕を遮るように涼さんが話し始める。
「葵はさ、知らなかっただけでしょ。委員長がどんな人なのか、だけど告白した。それはきっと好きっていうより憧れのような、そんな感情。」
そうだ。僕は織江さんがどんな人なのか告白する前はよく知らなかった。いつも、遠くから眺めているだけで関わろうとしなかったから…
「委員長の見た目とか、ステータス、能力に憧れた。自分にはないものをたくさん持ってる委員長にね。だけどそれは、委員長という人そのものじゃなくて、うわべだけの彼女しか見ていなかったってこと。」
「だから、付き合い始めて委員長を知って行くと、理想との違いにどんどん気持ちが冷めていく。葵はそれに気付いてたんじゃない?そんな自分が恥ずかしくて余計に頑張った。」
「けど、やっぱり気持ちも限界で、振られたときによかったって思っちゃった。葵は委員長から減点されてきたけど、葵も委員長のことを減点してたんだと思うよ。」
「…涼さんの言う通りだよ。自分のことだけど聞けば聞くほど最悪だね。」
ぐぅの根も出ない。
涼さんの言ったことは恥ずかしくて認めたくないけど、事実だ。減点のメッセージが来る度に、またか、わがままだ、なんて内心は思っていて、辛い思いをする度にもう頑張りたくないと思っていた。
「何回でも言うけど、そんな気にすることじゃないって。」
「え⁉︎」
「だって、その為のお試し期間でしょ。お互いの相性を知るためのさ。」
「それは、確かに織江さんはそう言ってたけど、それでも僕から言い出したことなのに…」
「その気持ちを抱えたまま付き合い続ける方がお互いに不幸だよ。」
「ッ…」
涼さんの言うことはいつも正しい。
これは、ただの僕の意地。恥ずかしい自分を隠そうと、良く見せようとするくだらない見栄。
僕は昔から彼女にはお世話になりっぱなしだ。また大切なことを教えてもらった。
「…そう、だね。ありがとう、涼さん。この気持ち本当に認められそうな気がするよ。」
「それはよかった。今度からは倒れる前に早めに頼るように!」
「あはは、善処します。」
僕は織江さんのことを何も知らなかった。
それなのに勝手に自分の理想を押し付けて、その理想と違うからと勝手に幻滅して、今回の経験と涼さんのおかげで、僕はそんな最悪な自分を知ることができた。
またこんなことをしないように、僕は今回の事を一生忘れないようにしようと思う。
それと同時に気になることが一つ。
「涼さん、聞いてもいい?」
「ん?何?」
「涼さんはさ、何で昔からこんなに優しくしてくれるの?」
「それは…」
「葵は昔から手がかかる弟みたいで、私的には目が離せないわけ。」
「えぇええ、手がかかるなんて酷い!」
「疲労で倒れて心配かけて言えること?」
「う、すみません。」
目が合い、ふたりで笑いあう。
一瞬、言いよどんだ涼さんは、何か別のことを言おうとして、本心を隠したようにも思えた。
でも結局、彼女の本心を僕は知らない。
こんにちは美濃由乃です。
"キミは何も知らない"七瀬葵視点完結となります。同時に織江汀視点も完結していますが、新しく藤宮涼視点の"キミは何も知らない"を投稿していますので、そちらもお読み頂けると嬉しく思います。どうぞよろしくお願い致します。