限界
織江さんと付き合えるか判断するお試し期間も残りは最終日のみとなった。
僕の残りの持ち点は一点。明日をそのまま乗り切れたら、晴れて織江さんと付き合えることになる。
ここまで九日間。死に物狂いで織江さんの理想になろうと頑張ってきたが、それも明日で終わりだ。今日の夜も勉強をして明日の最終日を乗り切るんだ。
最終日に向けて気合を入れていた時、織江さんからのメッセージが届いた。
「いよいよ明日で最終日だね。頑張って!」
僕はすぐに返信を送り、勉強に戻った。
疲れているからか、織江さんからのメッセージで、あまり嬉しさを感じなかった。
最終日の朝、いつものように織江さんに連絡をして駅まで迎えに行く。
「おはよう!七瀬君!」
「織江さん、おはよう。」
「ふふ、いつも迎えありがとうね。」
「いいんだよ。僕が一緒に登校したいだけだから。」
「そうだ、今日の放課後、どこか寄ってかない?私甘い物でも食べに行きたいな。」
「いいね。放課後一緒に行こう。」
今日の織江さんはいつにもまして元気なようだ。以前から織江さんのことは見ていたけど、こんなにテンションが高いところはめったに見たことがなかった。あるとすれば、親友の涼さんと話している時くらい、今日は何かあったのだろうか。
少し疑問に思ったが、あまり頭が働かない、余計なことはいいや、僕は考えることを止めた。
学校についてからも僕は織江さんの理想になることだけを考えて行動する。
授業ではどんな問題も挙手して答え、休み時間は織江さんのために過ごす。
そういえば、最近はみんなも気を遣ってくれているのか、クラスメイトたちから話しかけられることがなくなった。僕としては余計なことを考えることが減ってありがたい。女子と話をしただけで減点になってしまうから、その危険がなくなったことを考えると、すごくやりやすかった。
そつなく午前中の授業と休み時間を過ごした僕は昼休みのチャイムが鳴るとともに席を立つ。あと半分、午後の授業を乗り越えたら正式に織江さんの恋人になれるんだ。
そうなったら、今までのように毎日徹夜で勉強して、織江さんの望むような行動を心がけて、織江さんの望む理想の男性として過ごすんだ。
それで、何になるんだ?
気が付くと、食堂に向かっている途中で足が止まっていた。
まずい!このままだと席を確保できなくなってしまう。
慌てて走り出そうとすると、ギュッと袖を誰かに掴まれた。
「目の下。クマすごいよ。」
「…涼さん?」
僕の袖をつかんだのは涼さんだった。振り向くと真っすぐに僕を見ている涼さんと目が合う。
「涼さん、ごめん。僕急いで学食に行かないと席が確保できないんだ。」
「なんでそんなに頑張って席取るの?」
「それは、そうしないと…」
減点されて、織江さんと恋人になれなくなるから。
「そうして頑張った先に何が待ってるの?」
付き合えることになったら、きっと幸せな日々が待ってるんだ。毎日徹夜で勉強して、織江さんの望むような行動を心がけて、織江さんの望む理想の男性として過ごす、そんな幸せな毎日が…
「葵、 今幸せ?」
僕は、涼さんに答えることができなかった。
結局、僕が学食についた時には人気の席は埋まってしまっていた。これで残りの1点も減点になるのだが、不思議と焦りはなかった。もう諦めたのかもしれない。ただ、申し訳ないと思い、席が取れなかったことを素直にメッセージで送り、空いていた席を確保して織江さんを待つ。メッセージに既読はついたが、結局織江さんが昼食に来ることはなかった。
午後の休み時間も何かと用事が出来た織江さんとは話すことはできず、そのまま放課後を迎えた。減点されたことはわかりきっていたが一応朝にした約束がある。僕はすぐに織江さんのもとに向かった。
「…ちょっとついてきて。」
それだけ言うと織江さんは教室を出ていく、僕も無言でそれに従った。織江さんについていくと、そこは屋上だった。
僕が彼女に告白した場所。
きっとここで減点されたことを伝えられるのだろう。ここから始まって、ここで終わるんだ。
屋上で二人きりになり、現実を実感すると急に心臓が痛いほど早くなっていることに気が付いた。
息が苦しい。
屋上の真ん中まで歩くと、織江さんが振り返って話を始める。僕はもう真っ直ぐ織江さんを見ることができず、自分の足元を見ていた。
「七瀬君、なんでここに着いてきてもらったか、わかる?」
「…予想はついてます。昼休みの件だよね。」
「そう、昼休みのこと。ちゃんとわかってたんだね。」
もちろんだ。これまで減点されたことは全部覚えている。
「前に学食の席を取れなくて減点したよね。今日も七瀬君はそれができなかった。前と同じことなのに減点しないのはおかしいから、今日も一点減点ね。これで…」
「僕の持ち点は、」
「そう、これで持ち点はなくなったの。お試し期間を乗り切れなかったね。残念だけど、これでお終い…」
乗り切れなかった。そう、僕はダメだった。これで僕は織江さんとは付き合えない…
「だけどそんな七瀬君にチャンス…」
「……あ、」
織江さんの言葉を聞き終える前に僕は走り出す。
認めたくなかったから。
後ろから織江さんの声が聞こえる。何と言っているのか、まではわからない。
構わず階段を走り下りる。
三階への階段を下りきるところで、
視界が急に真っ暗になった。
平衡感覚がなくなる。自分の身体がどうなっているのか分からなくなって、僕の意識はそのまま暗闇に落ちていった。




