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現実


「今日は三十点の減点。昨日よりは頑張ってたみたいだけど、満足したら進歩しないよ。」


何度も読み返したが、文面は変わらない。


何度も何度も、読み返した。


文面は変わらない。


今日も減点されたという事実が書かれているだけ、何度閉じて開いても、その事実は変わらない。


僕はもう言葉が出なかった。今日の減点で、僕の持ち点は残り二十点という事実だけが重くのしかかってくる。まだお試し期間の二日が終わった段階で、もう残りは少ない。このペースだと間違いなく一週間持たない。


なんとか落ち着こう。相手はあの織江さん。綺麗な容姿に学年トップの成績、抜群の運動神経と僕にはないものをたくさん持っている存在だ。ちょっとやそっとで認められるわけない。昨日と一緒だ。またダメだったところを聞いて直せばいいんだ。


そう思ってメッセージを作ろうとするが、手が震えてうまく操作できない。自分の手なのに言うことを聞いてくれなくてもどかしい。それでもなんとか文を作って送信する。


「本当に申し訳ないです。満足なんてせずに頑張ります。なので、今日ダメだったところを教えてください。よろしくお願いします。」


返信は何時間も後になったが。昨日より早く返ってきた。今回も今日のダメだったところが箇条書きで書かれている。


・朝、私への連絡がない

・授業での発言が少ない

・学食の席がよくなかった

・他の女子と話をしていた


………


・放課後、委員会が終わるまで待っていなかった


思わず、それは!と反論したくなるようなことも書いてあったが、自分を納得させるように、ゆっくりと目を閉じる。僕の立場は?チャンスをくれたのは誰?自分は今試されているんだ。それを忘れないようにしないといけない。

このメッセージは織江さんが好きな人には、こうして欲しいという願望だ。彼女がそれを隠さず伝えてくれている今は、まだ僕に望みがあるということだ。


目を開き、送られてきた減点箇所を一つ一つ読み返し、今から自分がするべきことを確認する。好きな人のために、理想の男性に近づくために、今日も僕は寝る気はなかった。



翌日も僕は朝早く家を出る。

だが、昨日よりは少し遅めにした。ギリギリまで家で勉強をしてタイミングを計り、学校に着く前に織江さんにメッセージを送る。


「おはよう!もしできたら一緒に登校したいなって思いました。大丈夫なら駅まで迎えに行きます!連絡待ってます。」


すぐに返信が来るとは思ってない。鞄から参考書を取り出して近くの公園のベンチに座る。大丈夫なら学校には行かずに駅まで織江さんを迎えに行き、ダメでも先に学校に行ってギリギリではないことをアピールする。昨晩、勉強しながら考えた作戦だ。


返信は思ったより早く来た。きっともう登校中だったからだろう。


「おはよう。」

「大丈夫だよ。」

「迎えありがとう。」


「改札前で待ってるね!」


手早く返信して足早に駅に向かう。

改札で待機しているとすぐに織江さんも出てきた。ギリギリだった。明日からはもう少し早い方が安全かもしれない。


「おはよう織江さん!」

「おはよう、七瀬君。朝から気合入ってるね。」

「もちろん、織江さんに早く会いたかったから!」

「ふふ、ありがと。 じゃ行こっか。」


織江さんと歩く通学路は思っていたより楽しいものだった。笑いながら話をする織江さんは減点のメッセージを送ってくる時とは別人のようで、本当にこの人があんなダメ出しをしてきたのだろうかと考えてしまう。



あれ、思っていたよりってなんだ?


楽しいのは当たり前だ。好きな人と一緒に登校してるんだから。


「? どうかした?」


悩ましい顔をした僕を見て心配そうに覗き込んでくる織江さん。


「なんでもないよ、大丈夫。」


そんな彼女の表情を見て思う。こんなに優しい人を好きになってよかった。



学校に着いてからも行動を徹底する。授業では、全ての質問に挙手をして当てられたら発言していく。休み時間はなるべく織江さんのところに行き、他の女子とは相づちをうつくらいで話はしない。彼女が何か用事があるときは勉強する。

正直勉強の時間はまったく足りなかった。毎日進んでいくいくつもの授業。その全てを完璧にしようとすればするほど時間が足りないことを実感する。

昼休みもしくじらないように昨日よりも急いで学食に向かう。その甲斐あって僕がついた時にはまだ誰も来ていなかった。喜び勇んで窓際の人気の席を確保し織江さんに連絡をする。後からやってきた先輩たちの視線が痛かった。きっといつも早く来て独占している人たちだろう。ただ、その視線も織江さんが来るとなくなった。


「凄い!ここの席眺めが良くて、すぐに埋まっちゃうから滅多に座れないんだよ。よく取れたね。」

「えへへ、さ、注文しに行こう!」


うまくやれている。何かしらの減点はあるかもしれないが、昨日の減点箇所は今のところしっかりと直せている。この調子で行こう、午後一は体育でマラソンだったはず、僕は予定を確認して今日何本目かの栄養ドリンクを飲み干した。


普段なら疲れるのが嫌で、それなりのペースで流すマラソンを全力で走り切る。運動が得意じゃない僕が全力を出したところで、たかが知れているけど、誰もただの体育の授業で真面目に走り切ろうとする人はいなく、なんとかみんなより早く走りきった。しばらくは疲労で身体を動かせなく、じっとしていたが、次の授業の準備と織江さんのところにも行かないといけない。

立ち上がり校舎に向かおうとすると、

一瞬、視界が真っ暗になった。ビックリして少しよろけるが、すぐに視界が戻ってきたからあまり気にすることなく歩き出す。時間は待ってくれない。


その後もうまくやれていたのだが、最後の授業で落とし穴があった。織江さんに告白するよりも少し前にやった小テストの返却があったのだ。しかも僕の苦手科目の英語だ。まだ今みたいに勉強はしていなかったこともあり、点数は六十点とかなり微妙な点数だった。


「七瀬君はどうだった?」


授業が終わり放課後になると、予想はしていたが織江さんのチェックが入る。手元に答案用紙がある以上、下手に誤魔化すこともできない。減点を受け入れて正直に答えないと、余計な減点をまねくかもしれない。


「恥ずかしいことだけど、六十点しか取れなかったよ。」

「平均って感じだね。次頑張ろうよ。」

「うん、ありがとう。」


優しい言葉をかけてくれる織江さん。だけど、もう安心なんてしない、きっと今日送られてくる減点箇所に間違いなくこの件は載っているはずだ。だって、こんな点数じゃ釣り合わない。


「そうだ七瀬君。私、今日もクラス委員の集まりがあってね。今日のはかなり時間がかかりそうなんだ。だから帰ってていいよ。」

「そうなんだね。やっぱり大変だね。でも僕も今日は残って勉強するから終わるまで待ってるよ。」

「え、いいの?けっこう遅くなるよ?」

「うん、それでも織江さんと一緒に帰りたいから!」

「そっか、無理はしないでね。」


同じ轍を踏むようなことはしない、只得さえ残り少ない点数を無駄に失いたくはなかった。

そうして放課後は一人、教室で勉強した。眠気が出てきたら持ってきた栄養ドリンクを一気飲みして勉強を続ける。




気が付くと集中して勉強していたせいか、外はすっかり暗くなっていた。


「お疲れ。」

「え⁉ 涼さん?」


いつの間に来ていたのだろうか、隣の席で涼さんがスマホを見ていた。そのことにも気が付かないくらい周りが見えていなかったようだ。


「涼さん、どうしたの?こんな時間まで。」

「まぁたまたまね。そっちこそ熱心に勉強してたじゃん。」

「う、うん。これくらいしないとね。」

「委員長が厳しいの?」

「い、いや!そんなことないよ!僕が織江さんにつり合うように努力してるだけで!」



「そっか、 ねぇ葵は今、幸せ?」


自分の身体がビクッと震えた。なんでだろう?前にも同じことを聞かれた時と何かが違った。

涼さんを見ると、真面目な表情で真っすぐに僕を見ている。


「…そ、それは」


幸せだよ。


と答えるはずが、すぐに言葉が出てこない。しっかりしないと!


「もちろん、幸せだよ。」

「……そう。」


僕の答えを聞いた涼さんは、前の時のようには笑ってはくれなかった。


「あんま無理すんな。それと栄養ドリンク飲みすぎ体壊すよ。」


それだけ言うと教室を出ていく涼さん。

心配してくれたのかと思うとなんだか少し心があったかくなった。でも、これくらいしないと、もう持ち点がなくなってしまう。


僕はそのまま織江さんの委員会が終わるまで勉強を続けた。

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