理想の恋
放課後。
僕は誰もいない屋上で一人、待ち人を待つ。
直接会って、伝えたいことがあります。よければ放課後、帰る前に屋上に来てもらいたいです。七瀬 葵
放課後になってすぐ、教室を飛び出し、そう書いた手紙を委員長の下駄箱に入れてきた。初めは手紙に全てをしたためて渡そうとも考えたが、それだとしっかりと伝えられないかもしれないと思った。
緊張するけど直接告白したい、手紙には最低限のことだけを書くことにした。名前は最後まで書くか迷ったけど、自分に差出人のわからない手紙が来たらどうするか考え、結局は書いてきた。
少しずつ過ぎていく時間に、心が段々と不安に覆われていく。
もし、委員長が来てくれなかったら…
もし、手紙が他の人にも見られてたら…
嫌な想像をかき消すように頭を振る。もう決めたじゃないか、今更怖気づいたって遅い。しっかりしないと。頬を挟むように叩いて自分に気合を入れる。段々と気持ちが落ち着いてきた頃、後ろで屋上の入り口が開く音が聞こえた。一瞬にして落ち着いてきていた心臓の鼓動が早くなり、僕はゴクリッと生唾を飲み込む。
ゆっくり振り返ると、
僕の待ち人である委員長、織江汀さんが、そこにいた。
「どうしたの七瀬君?こんなところに呼び出して?」委員長は自然な様子で、僕のいる屋上の真ん中あたりまで歩いてくる。こんなシチュエーションにも緊張することもなく、いつもの様子で微笑んでいる。きっと、これから僕が告白しようとしているなんて微塵も考えていないのだろう。それもそうだ。そんなに接点のない相手から呼び出されたところで、告白されるなんて考えるはずもない。自分でもそう思うのだ。告白することが、どんなに無謀なことか、でも、ここまできて辞めるわけには行かない。
「ありがとう、来てくれて。」
「うん。なんか大事なことみたいだったから。何かあった?」
「えっと、実はね…」
緊張で、口がカラカラだ。一度閉じた唇がくっついて中々開けず言葉につまる。委員長が来てくれてから早くなっていた心臓の鼓動は、もう痛いくらいに大きくなって、うまく息をすることもできない。
委員長はそんな僕をじっと見ている。表情に出ているのは純粋な疑問だけ、何を言われるのか考えているだけで、緊張なんて微塵もない。
早く言わなきゃと焦るほどに言葉が出ない、僕は一度大きく深呼吸する。早まる心臓の鼓動を押さえつけるように、一言ずつ、はっきりと言葉にしていく。
「急にこんなこと言われて困るかもしれませんが、好きです!僕と、付き合ってください!」
頭を下げ、最後の方は勢いに任せて言い切る。自分の顔が熱い、きっと今は見たこともないほど赤くなっているに違いない。
顔を上げて委員長の目を見る。彼女はじっとこちらを見ていた。同様も驚きもなく、ただ言われたことに対する返事を考えているような、そんな表情をしていた。そんな委員長の様子に少し疑問を感じたが、彼女のことだ、僕のように親しくない相手から告白されることも珍しくないのかもしれない。緊張でいっぱいいっぱいの僕は深く考えずに委員長からの返事を待つ。
「告白してもらってなんだけど私、キミのことよく知らないからさ、」
「そ、そうだよね…」
一瞬で気持ちが沈んでいく、覚悟はしていても耐えられないような悲しみが襲ってくる。俯いてそれ以上何も言えなくなる。だけど、委員長の言葉はまだ終わってはいなくて、
「だから、十日間のお試しはどうかな?七瀬君のことを知ってから決めるっていうのでもよければ、私はいいよ?」
「…え⁉ ホント⁉」
「本当は断ろうかと思ったんだけど、七瀬君がどんな人かよく知らないのにしっかりした返事をするのも変だと思って、七瀬君が素敵な人だったら、私だって好きになっちゃうからその後も付き合いたいしね。でも、七瀬君のことを試すみたいになっちゃうけど、それでもいいなら、だよ?」
「いいです!むしろお願いします!」
いいと言う他ない、むしろ僕にとってはラッキーだ。普通なら断られているところをチャンスをもらえたことになる。ここで、頑張れば本当に付き合える可能性だってあるんだ!
「僕、頑張ります!」
「そう?じゃ、期間は明日から十日間でいいかな?」
「うん、その十日間を過ごして、委員長が僕のことをどう思ったかで最終的な返事をもらえるってことになるんだよね?」
「そうなるかな、ただ、そんなあいまいな感じでも納得できる?もっとわかりやすい方がいい?」
「わかりやすい方が、いい、とは思うけど、そんな方法あるの?」
少し考えた委員長は、これはどうかなと話を始める。
「点数で表すのはどうかな?七瀬君は最初、百点持っています。もし、ちょっと合わないことがあればその点数から減点されていくの。十日間のうちに持ち点が無くなっちゃったら、私たちは合わなかったってこと。どう?わかりやすくない?」
つまりは減点方式、僕が酷いことやヘマをしなければ点数は減らない。
「点が残っていれば、そのまま付き合えるって考えてもいいの?」
「そうそう、なんか本当に試すみたいになっちゃうけど、わかりやすいとは思うんだよね。」
試されるのは当たり前だ。僕からお願いして、委員長はチャンスをくれたんだ。これを受けなかったら、なんで告白したのかわからなくなる。委員長にとって減点したくなるような行動をしなければいいんだ。
「その方がわかりやすくていいね。十日間よろしくお願いします!」
「わかった。今日は私、用事があるからごめんね、明日からよろしくね、七瀬君。」
「うん!えっと、織江さんでいいかな?」
「もちろん、仮とは言え付き合ってるんだから、委員長はなしだよ。それじゃあね。」
校舎に戻っていく織江さんを手を振って見送る。
やった、やったんだ!
段々と今起きたことを理解していく、僕は委員長に告白して、仮とはいえ付き合えることになったんだ。
この時の僕は最高に浮かれていた。天にも昇る気持ちとはこのことに違いない。
明日から、織江さんとの楽しい学校生活が始まる。
そう、思っていた…