いつもの朝
もうすっかり寒くなった朝、暖かさを求めて通学路を足早に歩く、学校まではもうそう遠くない。
昇降口に着き、靴を履き替えるために自分のクラスの下駄箱に向かうと、そこには先に来ていた一人の女子生徒がいた。
織江 汀さん。僕のクラスの委員長だ。
「あ、おはようございます。」
「おはよう七瀬君。先に行ってるね。」
爽やかに笑って委員長は教室に向かっていった。僕はしばらく、その場で立ち尽くす。
今日は朝からラッキーだ。委員長に挨拶できたし、笑いかけてもらえた。心が幸せな感情に包まれていく。僕は委員長が好きだ。一目見た時から心奪われた。そんなに大した理由もなく、一目惚れというのが、なんとも情けないような気もするが、それでもやっぱり好きだった。挨拶をするだけで、笑いかけてもらえただけで、顔が真っ赤になって立ち尽くすくらいには委員長のことばかり考えていた。
しばらくして我に帰り、慌てて靴を履き替える。幸いにもボケっとしているところは誰にも見られていなかったみたいだ。こんなことじゃ、今日の放課後も上手くやれないと気合いを入れ直す。
クラスに着くと先に行っていた委員長がクラスメイトたちに囲まれていた。綺麗な黒髪にモデルのような体型、成績優秀、運動神経もいい、それでいて気さくな委員長は、みんなから頼られる人気者だ。男子はもちろん女子からも信頼されている。
今も沢山のクラスメイトたちから話かけられているが、一人一人に笑顔で応えている。
僕も挨拶をして教室に入るが、みんな委員長に夢中で僕には気付かない。まぁ元々目立つ方じゃないし、これは仕方ない。委員長に注目するみんなの気持ちはとてもわかる。
一人、自分の席に着いて教科書などを出していると「はよ〜」と眠そうな声の挨拶が聞こえてくる。
顔を上げると、隣の席の藤宮 涼さんが登校してきたところだった。
ウェーブがかった長い明るめの茶髪が一際目を引く、女性らしさに溢れる彼女だが、眠そうにしながら、前髪をかきあげている姿は整った顔立ちもあり、男の僕から見てもイケメンに見えた。
彼女とは中学が一緒で、高校になった今も仲良くしてもらっている。引っ込み思案の僕は高校入学当初、クラスになじめるように大変お世話になりました。出会った頃はギャルっぽい見た目が怖かったけど、今ではクラスメイトの中でも一番話しやすい人が彼女だった。
「涼さん、おはよう。今日は眠そうだね。大丈夫?」
「ダメかも、葵ぃ〜私が授業中に寝たらバレないように起こして。」
「え、どうやって?」
「優しく私の肩を触って、耳元で囁くの、涼さん 朝ですよ。って!」
実際にやってみたことを想像し、恥ずかしくなって頭を振り妄想をかき消す。
「りょ、涼さん!そんなことできないよ!」
「ふふっ、かわいいヤツめ。…葵と話してたら目覚めてきた。あんがと。」
「そ、そう?それならよかったけど…」
そう言って涼さんは持っていたホットココアを机に置いて席についた。
「あ、それ美味しいよね。僕好きなんだ!」
「…飲んでもいいよ、はい。」
「え⁉ でも、それもう涼さんが飲んでるよ⁉」
「私と間接キスすんのやなの?」
「ちょ⁉ りょ、涼さん‼」
「葵は初心すぎると思うなぁ。気にしないって、これくらい。」
「そ、そうなのかなぁ。」
葛藤のすえ、結局ホットココアは飲まなかった。
そうして、涼さんと話をしているとクラスメイトの人だかりがこちらに向かって移動してきた。どうやら中心にいる委員長がこちらに来ているようだ。
「涼!おはよう、来てたんなら声かけてよね。寂しいなぁ。」
「あぁ、あの人ごみをかき分けて行く気力がなくてさ、後から行こうと思ってたよ。委員長。」
「もう、委員長じゃなくて汀って呼んでって何度も言ってるでしょ。」
「ごめんって汀、委員長って言いやすいからついさ。」
「そんなに言いやすいかなぁ?」
涼さんと楽しそうに話す委員長。他の人たちへの、しっかりとした対応とは違い、砕けた様子で、心を開いているように見えた。
委員長と涼さんは、かなり仲がいい。見た目は正反対の位置にいる二人だが、涼さんも成績優秀、運動神経抜群と委員長に引けを取らないスペックの持ち主で、すごい人同士引かれ合うものがあったのかもしれない。高校からの知り合いのはずが、もう大親友のように委員長は涼さんにべったりだった。
「言いやすいって!ね、葵もそう思うでしょ?」
「…え⁉︎ そ、そうかもね!」
ボーっと二人の会話を聞いていた僕は、涼さんにいきなり会話を振られて慌てながらもなんとか同意した。
「ふ〜ん。まぁ涼がそう言うなら、そうなのかもね。」
僕の意見にはあまり興味のない様子の委員長。
少し悲しくなるが、今は仕方ない。実は委員長とは、ほとんど話しをしたことがない。委員長からしたら、僕はあまり印象に残らない、ただのクラスメイトだ。
今までは、それでよかった。
見ているだけで充分だった。
だけど、それだけじゃ、やっぱり嫌になった。それだけでは満足できなくなったのだ。
毎日見ているだけで、僕の気持ちは、どんどん大きくなっていく。
もっとお話しをしてみたい、僕にも笑いかけて欲しい。
そうなるためには、自分から積極的に行かなきゃ行けない!僕みたいなのは待ってるだけじゃ何も変わらない。今みたいに、仕方ないと、勝手に落ち込んでいるだけは、何も進展はない。
だから、
僕は織江汀さんに告白することを決めた。
すっかり寒くなった十二月。クリスマスは好きな人と一緒に過ごしてみたい。そんな淡い期待を胸に、僕は放課後を待った。