茶番劇
「ズルい!」
そう声高に叫んでペリオンを指さしてるのはアリンさん。
サティさん、ケシェラさんの二人は静観してるけど面白くはなさそう。
というのも、まぁ仲良くおててつないで、って感じで戻ってきた僕たちに、おはようのちゅーが無かったアリンさんが、駄々っ子もかくやという感じで暴れ、宥めながら朝ご飯してたんだけど、この後はどうするのか? という話になった時に、ペリオンと気晴らししてから帰ります。という話をしたら、それってデートじゃん! アタシもしたいしたいしたい! と、まぁよくそこまで欲望に忠実にいれるなと少し感心するくらいアリンさんが拗ねた。
「騎士がさ〜、主をデートに誘うとかさ〜、矜恃はないのかな、ペリオンちゃん!」
「主に気分よく過ごして頂くのも周りにいる者の責務ですから」
「これみよがしに付けてるそのリボンだって、絶対にユウトちゃんからのプレゼントだよね〜」
「あげませんよ」
「いーもーん! アタシ、ユウトちゃんからちゅーしてもらうし〜! ね!?」
「えと、ごめんなさい?」
「即答! じゃあアタシともデートしてよ〜」
「いや、お前、今日も仕事あるだろ……」
「そんなの知らないもん」
「どう思うよ、ユウト。仕事投げ出して遊びに行こうとか言う女」
「お仕事は、その、ちゃんとした方がいいと思います」
「うぐっ!」
「およよ? ユウトくーん? 家出してる子とは思えないな? 真面目かっ!」
「(ぷぃっ)」
「ユウト君はいいんですよ。いつも頑張りすぎなのでたまには羽目を外して」
「あんまりガキを甘やかしてもいい事ねえぞ?」
「こんな我儘するの初めてなんですからいいんですよ」
「は? 初めて?」
「いやそこはお前ユウト、もう少し子供らしくしろよ」
「そうだよ〜。おねえちゃんのおっぱいぽよぽよ〜! とかしていいんだからね〜」
「「黙れ」」
「ひゃい……」
「ノノが口ごもったのは貴女が理由でしたか。ユウト君、ご飯終わったらすぐに出ますよ」
「そこは、マジですまん」
「代わりにあたいらが謝るぜ」
「ユウトちゃーん! みんながいぢめる!」
「アリンさんは少し無防備過ぎるので、もう少し自分がですね、凄い綺麗なんだって理解しないとダメだと思います」
「やーん! 綺麗だって口説かれちゃった〜! 愛人からでいいよ〜?」
「よくねえよ」
「バカリンの言う事は気にしなくていいからな」
「ユウト君、昨夜は本当に大丈夫でしたか?」
「え? うん。ぐっすり寝たよ?」
「着衣の乱れとか」
「僕、寝相はいいから」
「そこは安心していいぜ、あたいが見張ってたからな」
「……ありがとうございます」
「???」
よく分かんないけど、ペリオンが安心したならいいや。
というか、ケシェラさんは何を見張ってたんだろう。
……あれ?
じゃあ、僕が起きた時も寝てなかったって事?
寝相悪かった訳じゃなかった?
じゃあ、なんでギシギシしてたんだろう?
二段ベッドが建付け悪いとか?
「ま、あれだ、保護者も来たんだから、ユウトはちゃんと家に帰れ」
「うん……そだね……」
「むぐー! むぅー! んんー!!」
「お前が暴れると話進まねえから大人しくしとけって」
「では、わたし達は失礼しますね。この度の礼は後日させて頂きますので」
「要らねえよ。飯代も宿代も十分貰ってんだ。これ以上貰ったら義母さんに顔向けできなくなる」
「……分かりました。では、お返しはお店を利用することで返します。それなら構いませんよね?」
「そりゃご自由に。ユウトもペリオンさんも常連になってくれるならあたいらも安泰だよ」
そうして、ヒラヒラ手を振るサティさん、アリンさんを羽交い締めしながらウインク飛ばすケシェラさん、捨てられた子犬みたいな目をしたアリンさんに見送られて外に出た。
「泊まる場所、貸してくれてありがとうございました」
「またなんかあったら来な。もう場所は覚えただろ?」
「あはは、そうならないように頑張ります」
「程々にな。んじゃな。店に来たら客としてもてなしてやるからご贔屓に」
「うん、また食べに行くよ」
ペリオンと二人で歩き出せば、なんか、そう、風通しがいいみたいなスッキリ感。
メノにも謝ってないし、屋敷の他のみんなにも心配掛けたままだけど、何が変わったんだろう。何か変わったのかな。
たった一日、というか、半日も経ってないけど、ただの誰でもない僕として扱ってくれたみんなには、とても感謝してる。
僕は会えてないけど、ノノさんも夕陽亭で働いてそうだし、会えたらちゃんとお礼言いたいな。
「そういえば、ノノさんってどんな人?」
「え……ノノ、ですか?」
「うん。ベッド借りたし、昨日はペリオンと飲んでて僕とは会えてないけどし、お礼言いたいから、誰か分かるようにしておいた方がいいよね?」
「あー……そ、そうですね……」
そこで、目を泳がせたペリオンがたらりと汗を流した。
なんで?
「えー……と、そ、そうですね……艶のある茶色の長い髪をした女性で、綺麗な翠玉みたいな瞳をした美人さんです、よ?」
「茶髪の美人さんかぁ」
なんか変なこと聞いたかな?
僕には言いたくない理由とかって、何かあるかな。
でもお礼言わないとかはないし。
知らないけど、男嫌い、とか?
それなら、僕からお礼言わない方がいいのかな。
でもそれも失礼な気がするし……。
「ペリオンと一緒に行った方が早いかな……」
「そ、うですけど、わたしも今は休暇扱いみたいな面もあるのでこれからしばらくはご一緒は出来ないかも、みたいな……?」
「そっかー、まぁ、サティさんかケシェラさんか居れば教えてくれるよね」
「そうですね、えぇ。そうして頂けたらわたしもありがたいですね」
「ペリオンがありがたいの?」
「いえ、その、ありがたい、のかな、ちょっと複雑なんですよ! 説明はしづらいんですけど!」
何か事情はあるみたいだけど、困ったみたいな、でも否定的というか、罪悪感というか、なんだろうね、確かに複雑そうではあるんだけど、ノノさん、僕には心当たりはないんだけど、どこかで会ったかな。
ノノリさんなら知ってるけど、あの人は王女様付きの侍女してるし。
あの人も栗色の髪した綺麗な人だったけど。
そんなこと考えながら大通りに出るところで、横合いから走り込んできた小さな子にぶつかりそうになって慌てて身を引いた。
「わ!」
「っ!?」
「ユウト君!」
目をパッチリ開いた緑色の髪をなびかせた女の子が、ぶつかりそうになった僕と視線を合わせる。
危ないところだった。
こんな子とぶつかって転んだら怪我させちゃってたかも。
女の子もそれに気づいたのか、急ブレーキをかけるみたいに右足でつっかえ棒みたいにズザーっとやると、ぶつからないように体を引っ込めた僕の方に直角に曲がって突っ込んできた。
「えぇ!?」
「わ、わぁー!」
「っ!」
なぜか僕にぶつかりに来た女の子に意味がわからなくて避けられない! と思った。
その瞬間、僕の体が後ろに引かれて、間にペリオンが割り込んできた。
ただ、その時、ペリオンはいつもの護衛する時のパンツルックと同じように動こうとしたみたいだけど、今日は町娘的な、端的に言えばスカートだったから、足が上手く捌けなくて動きがもたつく。
だから、その女の子の前に割り込みきれなくて、更に踏み込んだ女の子が僕に迫る。
真剣に、そして、冷徹に細められた瞳に射抜かれて、僕の背筋にヒヤリと冷たい汗が流れる。
だってまさか、あの襲撃から今度はこんな女の子を使ってくるなんて考えもしないじゃないか。
刺されたりしたら、どのくらい痛いんだろうと、体を強ばらせた僕を押し倒すように体ごとぶつかってきた女の子に、為す術もなく転がされて、それで、それで
「わぁー! おにいちゃんにぶつかっちゃったー!」
「は……?」
「こ、この! 離れなさい!」
「おにいちゃん、あのね、ごめんなさい。ゆひぁね、あのね、いそいでたから、ぶつかっちゃって、ゆ、ゆるして?(うるうる)」
「えー、えっと……?」
「ユウト君! そんな棒読みに騙されたらダメです!」
混乱してる内にペリオンが僕を抱えて女の子と距離を取った。
女の子は首を傾げて困った顔になったけど、僕も凄く困ってるんだ。
困った僕と困った女の子と、真剣に僕に怪我がないかを見るペリオン。
そのペリオンが、キッと女の子を睨みつけた。
「何が目的ですか?」
「ゆひぁ、わかんない! えへ」
「そんな幼児みたいな喋り方をしても騙されませんよ! 先程の身のこなしは訓練をした者のそれです!」
「え……えっと、その……」
「そんなへらへら笑っても誤魔化されません」
「うぐっ!」
「大人しくするならば、こちらも手荒な真似は控えると約束します。こんな子供に暗殺の真似事をさせるなんて……っ!」
子供、と言われた瞬間、女の子が泣きそうな顔になった。
「違う! 自分は子供ではないっ!」
「……それが本性ですか?」
「あ」
「残念ながら、逃げ場はありませんよ? 周りには優秀な影がいますから、逃がしたりしません」
「知ってる!」
「なら、諦めて投降しなさい。今なら悪いようにはしません」
「え……あ、任務失敗? 何もしてないのに、失敗? ま、待って! まだ、やり直せるから!」
「この期に及んで何を……」
「貴様じゃない! まだいける! まだ何もしてないぞ!」
「白々しい……っ!」
そうは言いつつも、まさかまだ他に仲間がいるのかと警戒を強めるペリオンと僕。
だけど、なんかこう、敵意とか殺意とか悪意を感じないから、凄く変な気がする。
女の子も普通に泣きそう。
僕に突撃してきたのは事実なんだけど、詰問するペリオンすらもう視界に入ってない感じで、どこともしれない場所に弁明みたいな何かをしてる。
と、そこに急に三人現れて、僕たちはいやがおうにも警戒感が高まる。
新たに出てきた三人は、男の人が二人に女の人が一人、どこにでもいそうな平凡な格好をした三人は、女の子にゴミを見るような視線をくれた後に心底申し訳なさそうに土下座をした。
「「「大変申し訳ありませんでした」」」
「えぇー……?」
僕もペリオンもドン引きだよ!?
大通りじゃないけどこんな往来で大の大人三人に土下座される僕たちって、周りからどう見られるんだろうか。
慌てて周りを見れば、まさかの誰もいない───?
「や、本当に申し訳ない。人払いはしてありますから、人目は気にしなくても大丈夫です」
「……謝罪するくらいなら、どこの者かを聞きたいのですが」
「そちらの坊ちゃん付きなんですわ、そこのバカ含めてですがね」
「影は非接触が原則だったはずですが?」
「や、それもごもっとも。なんですが、少々事情がありまして、このマヌケを接触させたんですわ。ところがご覧の通りの有様でして、このままでは良くないと思いまして、説明と謝罪に出ざるを得ない感じになりまして」
「つまり、貴方方は影と」
「や、そうですね、こんな事になりまして配置換えですわこりゃ。とそんな事はいいんですわ。この偽幼女はですね、小人族なのでこんなナリしてますが大人なんですわ。で、事情は置いときまして、自然と顔繋ぎしようとしてたんですが、この挙動不審ぷりでして、こちらも頭抱えてたんですわ。このままだと方々に支障が出ますんで、謝罪に来まして、ご理解頂けましたかね」
「……それが本当なら、ですね」
「あちゃー」
ちらりと見上げたペリオンは凄い不信感たっぷりな感じ。
確かに、今話してるどこにでも居そうな男の人の格好してる人は、身振り手振りが激しめで……動きがなんかチャラくて、今も顔に手を当ててたはーって困った感じ出してるけど、多分、演技だよね。
ペリオンが気付いてるかは分からないけど、信用出来ないという意味では変わらないのかな。
ユヒァだっけ、あの子はちょっと可哀想だけど、安易に手は出せない。
僕が勝手をしたらペリオンの負担になっちゃう。
「……その様子だと符丁もご存知ない?」
「先日、話を伺ったばかりですから」
そう言いながら男の人が後ろをチラリと見ると、もう一人の男の人が首を横に振った。
符丁!
なんかスパイっぽい!
そう思って、よく思い出してみれば、大袈裟に身振り手振りしてる男の人の後ろにいた人の手がなんかウネウネと動いてたのが分かった。
これが、符丁なんだ。
そっか、話をしてる男の人がやってる事って手品師とかのやり方と同じなのか。
「や、それなら仕方ないですわ。後で上から話を通して貰いますんで、一度退散させて貰っても?」
「貴方方が影だと言うなら、わたしには四人を制圧するだけの力はありませんから」
「や、これは有難い限りで。という事なので、ユヒア、お前の我儘に付き合った結果がこれです」
「……分かった」
「という事で」
パン! と手を打った男の人に目を向けるとペリオンに小さな紙を渡した。
「や、こちらはせめてものお詫びということで」
「なんですか、これは……ぁあ!?」
「や、や、喜んで頂けたようで何よりですわ。では、自分もこれで失礼します」
自分も?
と思ったら、他の三人はもう居なくなってる!
さっきの手を打った時だ。
それでもそんなにすぐに人がいなくなるなんてとキョロキョロしてたら、最後の男の人もいつの間にか居なくなってた。
……うわ、凄い、視線が引き寄せられたと思ったら、その外でその瞬間にふっと物陰に隠れてくんだ。
歩いてても音を出さないからこそ出来るんだろうけど、最後の男の人とか、思い返してみても意味が分かんない。
【既知情報閲覧】で見ても分からないとか。
「……それで、ペリオンは何貰ったの?」
「観劇のチケットです! さ、行きましょう!」
「え? 行くの?」
「コレを見ないなんて有り得ません! 見るべきです! 見なくてはなりません!」
「でも……」
これ、日付今日だけど、そんなの用意できるの?
「……偽造……? 偽造ですか? え、嘘ですよね? だってこの押印は……」
「うん、まぁ、さっきの男の人だと本物かもしれないけど。お詫びとか言って、偽物渡すとか、バレたら大変だし」
「そうですよね? お詫びですもんね、ならコレは本物ということで行きましょう!」
おぉう、ペリオンの鼻息が荒い。
そんなプラチナチケットなのか、ペリオンが見たい劇なのかは知らないけど───
「このかっこで行っていいの?」
「あぁぁぁぁ!? そ、そんなのダメです! ユウト君もわたしもこんな格好じゃ、たとえ本物でも疑われます! ど、どうしよう? どうしましょう!?」
「お、落ち着こう?」
「で、でもだって、これ、勿体ないですよ!」
僕にほらほら! って見せつけてくるチケットだけど、近い! 近くて見えない!
「あっとと、すみません……」
「いや、いいけど、でも、なんか個室のペアチケットみたいだし、大丈夫だったりしないかな? 他の人から見えなければ少しくらいかっこがアレでも……」
「そう、個室なんですよー! わたしまだ個室とか入ったことな……ペアチケット?」
「え、だって二枚あるよね?」
「いえ、個室は特に人数制限とかありませんし……??? あ、これって、服飾店の紹介ですね……!?」
「……全部お見通しとか」
「さ、せっかくのお詫びですし、行きますよ、ユウト君」
「あ、行くんだ」
「だ、だめですか……?」
「いや、いいよ。勿体ないし、予定もないし、ちゃんとした舞台とか見たことないからどんな感じかも気になるし」
「初めてですか! それならこれは良いものですよ! ラオレッタ歌劇団は有名どころですからね!」
にこにこしたペリオンが、グイグイと手を引くのに着いていく。
ペリオンの中ではさっきまでの事はもう完全に水に流してるみたいだ。
うん、いいけどね。
でも、観劇かぁ。
ペリオン程じゃないけど、少しワクワクするね。
せっかく出てきたのにもう退場するユヒアちゃんドンマイ☆