二人の散歩道
おはようございます。
二段ベットの上の人の寝相が悪いとギシギシ煩い事を知りました。
そっか、ケシェラさんは寝相が悪いんだもんね。
夜中もなんか煩かった気がするけど、誰か寝言でも言ってたのかな。
まだ外は薄ぼんやりとした感じで部屋の中は結構暗いけど、外からは人が出歩いてる感じもするし、もう活動してる人がいるんだなと思った。
気になってそっと窓を開ければ、すでに炊事の煙みたいなのも見えるし、もうご飯作った方がいいかな?
みんな起きてきてから作ったんじゃ遅いもんね。
音を立てないように台所まで行けば、夜は気づかなかったけど、薄く光が差してるところがあって、手探りでゴソゴソしてみたら、小さな窓が開いた。
「おぉー」
丁度台所の辺りに光が入るようになってるとか凄い。
それでも暗いけど。
でも、暗いのに慣れた僕の目には少し眩しく感じるからこれくらいでいいのかと思った。
さて、朝ご飯だけど、どうしよ。
パンは朝買ってくるって言ってたから、焼きたてがあるんだよね。
どうなんだろう、スープくらいしか作れる気がしない。
ちょっとアレだけど、窓からクンクンしてみてもそんな感じの匂い、だと思うし、スープでいいよね。
パンのいい匂いもお酒の匂いもするけど、朝から?
お肉が焼ける匂いがしないのはきっと朝からは食べないってことなんだろうな。
とりあえず火を熾しつつお鍋にお水、というかお湯を入れて、やかんにもお湯入れて、後は玉ねぎでいいや。
そういえば、茶葉みたいなの無かったけど、お茶とかは無いのかな。
「う〜、はよーす……」
「ケシェラさん、おはよう」
「おう……」
そうこうしてる間にケシェラさんが起きてきて、顔を洗ってようやくシャキッとした顔になった。
「ユウトくんは早いな」
「僕も少し前に起きただけだけど」
「いやいや、じゅーぶん。やかんの湯、貰うなー」
「あ、うん。熱いのと辛いから気をつけてね」
「あん……? おー? 玉ねぎ入ってんのかこれ」
「後、唐辛子もちょっと」
「へぇ……ん、なんか腹ん中がぬくくなっていいな」
そうニカッと笑うと、僕の頭をポンポンと撫でてから、鍵を開けた。
「んじゃ、ちょっくらパン買ってくっから二人は適当に起こしてくれ」
「はーい」
そう言ってドアを開けたケシェラさんが、うぉ! と声を上げた。
「?」
「マジかよ……」
「おはようございます」
「! ペリオン……」
「ユウト君、おはようございます」
「お、おはよう。えと……」
こんな朝から待ってたんだ。
とは思うけど、まだ中では二人寝てるし、ケシェラさんも少し苦々しい顔してるし、中に入れてもいいのかな。
「こちらは差し入れです」
「あー……分かった。とりあえず二人まだ寝てるの起こすから後少しだけ待っててくれ」
「分かりました。その間、ユウト君をお借りしても?」
「こっちに聞かれてもな」
「……うん。大丈夫」
「ま、顔見知りなんだから大丈夫とは思うが、ヤな事あったら逃げちまえよ?」
「ありがと」
ペリオンからパンを預かったケシェラさんが一歩引いて場所を開けてくれたから、やかんからお湯を貰って外に出る。
「はい、これ」
「わ、ありがとうございます」
「………………」
「……ふぅー……ふぅー……」
「……怒ってないの?」
「……ふぅー……何がですか?」
「家出……」
「怒りませんよー。あちち」
「なんで? って僕が聞くのは変かなぁ」
「それは私も聞きたいですね」
「え?」
「ユウト君は、なんで頑張ってくれるんでしょう?」
「だって、僕、その、勇者、なんでしょ?」
「それは私たちが言ってるだけじゃないですか。ユウト君が受け入れる必要なんかないですよね。お城に居た時ならともかく今なら逃げ放題ですよ」
「そんな、の、無責任だよ……」
「いえいえ、ユウト君が負う責任なんてないですから。なんなら、私が手伝いましょうか?」
何を?
なんて、無意味な問いかけだよね。
コップをぐいっと傾けて飲み干したペリオンが、僕に優しい顔を向けてくれる。
透明で、静かな、顔。
「なんならお屋敷のみんなでどこかに行ってもいいと思いますよ?」
そういって僕をギュッと抱きしめたペリオンは、暖かくて
「お酒臭い」
「あはは、朝までノノと飲んでましたから」
「ノノさん?」
「ええ、なんと私の顔見知りだったので、ちょっと羽目を外してきました」
「じゃあ寝てないの?」
「寝てませんが、まぁ、訓練では一週間ほどほぼ寝られない状態とかありますし、全然平気ですよ!」
ここでの一週間って、要は十日くらい寝なくていいとか。
騎士の訓練って凄い。
いや、そうじゃない。
それはそれ、これはこれだよ。
「ちゃんと寝ないとダメだよ?」
「えー? ユウト君が心配かけたのに? なんて、いいんですよ、たまにはね」
「なんで……」
なんでなんだろう?
昨日の夜だって、僕の事、見てもいないのに帰るし、違う、僕が隠れたからだよね。
それでも、怒ったりしてないのは、変だよ。
「少し、散歩しませんか?」
「うん」
後ろ、うるさいしね。
朝からみんな元気だね。
ちょっとドアを開けて、中を覗けば、もみくちゃになってるケシェラさんとアリンさんの横にサティさんが立ってて、ドアを開けた僕にどうした? と聞いてきた。
「ちょっと散歩してきていいですか?」
「おう、こっちは今取り込み中だから行ってこい」
「アリン離せ!」
「ちゅーするまで離さないから〜!」
「あたいはユウトくんじゃねー!!」
「ちゅー!」
「あはは……行ってきます」
「はいよ」
部屋の中が暗くて良かった。
なんか凄いことになってた気がするし。
「えっと、じゃあ、行こっか」
「はい」
言うなり、僕の前に立って歩くペリオンを見て気づく。
普段は騎士として、護衛として、ペリオンが前に立ってたこと無かったなと。
アデーロとオッソは、前に立つ。
何かあったら先にそれに対処する為に。
ボラは後ろだったり横だったり、割と自由。
護衛騎士の四人の中でペリオンが一番年下で、一番若いから、目を離さないようにしているのだと、前に少し聞いた。
そのペリオンが今、僕の前に立って歩く。
それは、普通の街の人のような服装をしているのを見れば分かる。
僕の護衛として来ているのではないって事。
逃げたかったら逃げていいよ、と言ってくれている事。
でも、僕の前で歩くペリオンの頭で、僕がプレゼントをしたリボンが揺れている、その意味も分かる。
まだ朝早く明るくなっていない時間で良かった。
きっと、僕はとても情けない顔をしているから。
「ユウト君」
呼ばれて、ペリオンを見上げても、前を向いているペリオンの顔は見えない。
「ユウト君は偉いですよ。わたしだったら、きっと蹲って立てないです。わたしだったら、耐えられないと思いますね」
「ボラにあんなに扱かれても頑張ってるのに?」
「分かりますからね。ボラ様がわたしのためになると思って下さってるのが」
「僕もみんなが優しくしてくれてるの、分かってるよ」
「でも、わたしと違って、代わりはいません」
ピタリと僕の足が止まった。
ペリオンの足も止まった。
「替えの効かない人の為に、期待されるのはちょっと重いですよね」
メノは、僕に迷惑を掛けたくないと言った。
僕が勇者で子供で、だから、向けて貰える親愛は水の流れみたいに一方通行。
誰にその水を注ぐのかは僕には決められないけど、注がれた水の分を僕も返したいのに返させてくれない。
僕の持ってる水は僕が飲めと、メノの喉だって乾いてるのに。
「甘いのかなぁ……。僕とメノの、みんなの事が同じじゃいけないのかなぁ」
「わたしもですか?」
「そうだよ」
「ふふ、それは嬉しい事ですね」
「ほんとに?」
「えぇ、勿論です。でも、それはいけません」
振り返ったペリオンはとても悲しそうな顔をしている。
「何かあれば、わたし達はユウト君を優先します。それはユウト君がわたし達よりも子供だからで、勇者だからで、希望で、未来で、縁で、そして幸せであって欲しいと願っているからです」
「……それにペリオンもみんなも含まれてるのに?」
「そうあれと望む事は良いことです。ですが、勝手な事ですが、パンの数に限りがあればおなかを満たせる者には限度がありますから」
「それが僕なの?」
「わたしも見送る側になりますけど、そうですね、いざとなれば」
何の為の勇者なんだろうね。
王様だって、国民が誰もいなくなったら国なんてある意味がないのに、みんなを守る為に喚ばれた僕の為にみんなが僕を守ろうとするのは、本末転倒じゃないんだろうか。
あの□で、誰もが僕を厄介者だと除け者にしてひとりぼっちだった。
ここでは、みんなが僕を見てくれて、だから僕はひとりぼっちじゃないのに、僕じゃない僕を見てるみたいで、苦しい。
「と、ユウト君は、頭がいいので、悪い事にも色々と目が向いてしまうと思いますが、そんな事にならないように今頑張ってるんじゃないんですか?」
「……え?」
いつの間にか僕の前でしゃがみ込んだペリオンが僕を上目遣いに見ながら悪戯っぽく笑った。
そして、僕の両脇に手を入れると、僕を持ち上げてペリオンも立ち上がった。
「よい……しょっ!」
「わっ、わっ! な、なに!?」
「ほら、まだ一ヶ月くらいしか経ってないのに、もうこんなに筋肉も付いて、身体が大きくなってますよ!」
「えぇ!? そ、そう、かな??」
「そうですよー。元々が少食過ぎたんですから、もっと食べられるようになりませんと、大きくなれませんよ!」
「いつもおなかいっぱい食べてるんだけどなぁ」
「そんな事言って、エニュハの方が食べてるじゃないですか」
「そ、そうかな〜」
「とりあえずは丸パンを残さず食べられるようになりましょうね」
いやでも丸パンって僕の頭くらいのサイズ感なんだけど。
みんなよく食べるよね。
エニュハも食べてるし。
なんなら、空いたお皿を寂しげに見てたりするし。
ペリオンに降ろしてもらってから、ちょっと自分の腕で力こぶとか作ってみる。
筋肉、ついてるかな……?
「まぁ、そういう事は帰ってからにしましょう」
「帰ってから?」
「あれ? それともわたしと愛の逃避行でもしますか?」
「あ、うん、帰るよ?」
「その返しはそれはそれで傷付くんですけど」
「それはごめんだけど、そうじゃなくて、帰ってからって、なんかまだ帰らなくていい、みたいに聞こえたから」
「今日一日くらいまでなら構わないってボラ様から聞いてますから、どうせなので、ゆっくりしませんか?」
「いいの、かな……」
「わたしもユウト君とデートしたいですし」
「ペリオンもってなに!?」
「アデーロさんとはした癖に。後、レアさんでしたけ、お泊まりしたんですよね、二人きりで」
「アデーロとはデートにならないし、レアさんとは冒険者のお仕事だからね!?」
「毎日毎日、とっかえひっかえメイドを寝室に連れ込んでますし」
「人聞きが悪いよ!?」
「という冗談はともかくですね、ユウト君のお役目も今は逃亡中ですし、わたしはわたしで久々に割と自由ですし、少し息抜きをしましょう」
そうして僕に笑いかけるペリオンにどうしようかと思う。
ボラのお墨付きはあるみたいだけど、それでメノが我慢できるかは分からないし、きっと気に病んでるから、ちゃんと謝りたい。
今回のがメノだったからってだけで、テリアもリリも、状況が少し違ったら同じ事になってたと思う。
だから、きっと、他の誰でも似たような事になったんだろうなと分かるけど、それで、時間を置いて頭冷やすのに遊んでたりしていいのかな。
気分転換にはなると思うけど、それなら先に謝ってそれからの方がいい気がする。
それとも、そんな風に考えてる今がダメなのかな、分かんないや。
分かんないけど、今僕に伸ばされてる手は、それでいいと言ってくれてるから、僕はその手を取るよ。
「でも、ペリオンはもう息抜きしたんじゃない?」
「うぇ!?」
「朝まで飲んでたんでしょ??」
「それは、えー、その、アレですよ。別口です、えぇ」
だらだら冷や汗かいたペリオンに吹き出す。
「僕がまだだから、付き合ってくれる?」
「もう! 分かりました!」
とりあえず、散歩は終わりで、一旦戻らないと。
きっとサティさん達も心配してるから。
設定にようやく神様関連の項目が増えました。
まだ1ページだけですが!
本編とズレがないか確認するのが少し大変(笑)
誰だ11柱も作ったのは!