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こども (side アイリス)

 

「物事は重なって欲しくない時に限って重なるとは言うけれど、少しやりすぎではなくて?」


 全く、頭が痛くなってきますわね。

 流石にイシュカも苛々した気配を滲ませておりますし。


 メノの事前の根回しはいいでしょう。

 これは元々頼まれていた事だもの。

 それにユウトさんの助けになると思えば喜んで手を貸しましょう。


 そこに、ユウトさんの外泊。

 一冒険者の仕事としてですから、これも問題ありません。

 いえ女性と二人きりなのは問題ですが、許容範囲です。

 お相手がどなたなのか、身元調査が必要になりましたが、これも軽くなのでさほどの手間ではありません。


 そこでゲスの横槍があって、このゲルニフとかいう男の身元が貴族家という事で面倒が増えました。


 とはいえ、貴族であるなら貴族のやり方が通用しますから、いざとなればお父様の手を借りればいいだけとも言えます。

 申し訳ないところですが。


 そこにユウトさんへの襲撃とあって手駒の配分に気を遣いましたが、ユウトさんの安全の方が大事なので手を割きました。


 ようやく屋敷におかえりになってほっとしていた。

 気が緩んだものです。

 あたくしも屋敷なら問題ないでしょうと思いました。


 だから、見失うという失態は目を瞑りましょう。

 あたくしも耳を疑いましたもの。

 ユウトさんが、家出をなされるなんて、ね。


 影には面倒をかけておりますが、恩恵は使えば他の慮外者に察知される危険もある為に使わせていなかったのが仇になりましたわね。

 影ゆえのしがらみではありますが、歯痒い部分です。


 ようやくユウトさんを補足したと胸を撫で下ろせば、女性だけのお家に保護されていると言うではありませんか。

 あたくしだってユウトさんとお泊まりした事もありませんのに、一体どういう事なのでしょうね?


 今度、絶対、ユウトさんとお泊まり会をします!


 小さな幸運と言えるのは、保護された場所がノノを任せた方の用意された場所だったということでしょうか。


 それにユウトさんの家出を同居人から聞かされたノノも慌てて報告に来ましたし、確認が取れたという意味でも良かったと言えるでしょう。


 それにそのおかげでノノに付けていた影をペリオンに任せられたことで、多少余裕が持てました。


「ともあれ、状況はこれで落ち着いたと見ていいのかしら」

「これ以上の問題が起きなければ、ですが」

「考えたくありませんわね」


 全く、ユウトさんはあたくしの心を掻き回してくれますね。

 それが心地よいのも問題と言えば問題でしょうか。


「さてと、それじゃあ問題を一つずつ解いて行きましょうか」

「はい、お嬢様」

「じゃあお願いね」


 ペン先にインクを乗せて筆を執る。

 まずはイシュカからの報告を記さねば。


 まずはメノの親族の救出。

 こちらは問題はあるけれど、何とか収められた。

 隠し通路から逃げ出そうとしていたアーディン家の馬鹿息子を捕まえられたのがとても大きい。

 これから今までのツケはしっかり払ってもらいましょう。

 アーディン家の甘い汁を啜っていた家も、これから震えるがいい。

 樹精の事を隠せたのがメノ達の功績となるだろう。

 これは後にメノを召し抱えていたユウトさんの功績にもなるから、褒美も出るでしょう。

 ユウトさんは嫌がるかもしれませんが、配下の功績は家の功績なのですから。


 次にレアという女は特に問題はない様に思えます。

 ただ、現在所属している場所からは離しましょうか。

 巻き添えは可哀想ですしね。

 ファルトゥナ家でお抱えにしましょう。


 というのもゲルニフという男はリュリュの手綱を握るハルペロイ家の直系の出らしく、どうせなのでこれで黙ってもらうつもりだからです。


 知らぬこととはいえ勇者を襲ったという事はそういう事です。

 レア、ゲルニフの所属である星辰会は近日中に不幸なことになるでしょうが、ゲルニフの所業を放置したのは周りにも責任がありますし、貴族の権威に縋るばかりのろくでなし達なので、一掃出来れば喜ばれる事でしょうね。


「ふふ……」

「お嬢様、悪い顔になっておりますよ」

「あら、仕方ないでしょう? これで膿をたくさん出せるのだもの、あたくし嬉しくなってしまいますわ」


 そうしてハルペロイ家の発言力が弱くなれば無理を通しづらくなりますし、そうすれば、人の苦しむ姿に興奮するという当主のケスセスは堪えきれずにやらかしてくれそうです。

 それまでにはいくらか周りのもの達がとばっちりを受けてしまうかもしれませんが、そこまでは踏み込めませんから仕方ありません。

 あたくしの手にも掴める量がありますからね。


「それでは、後はユウトさんが屋敷に戻ればそれで問題ありませんね?」

「そうなのですが、罰を受けたいとユヒアが申し出てますが、どうしましょうか?」

「ユヒア? あの子はそういう所が自罰的でいけませんね」


 まぁ、目を灼かれて護衛対象を見失うというのはそれだけで見れば失態ですが、今まで特に問題もなかった対象であるユウトさんからの暴挙ですから特に罰を与えたりするつもりはないのですよね。


 勿論、それでユウトさんに何かあればそうは行きませんが、結果的には問題が無かったのですから、次から気をつければいいのです。


「それでは納得しませんでしたか」

「仰る通りで」


 とはいえ、必要以上の罰は好みませんし、ここで罰を与えて他の者にあたくしが無意味に苛烈だと思われるのもそれはそれで宜しくありませんね。


「お嬢様の考える罰ですから、そのような心配はないかと」

「あら、あたくしだってたまには酷いことくらい考えるのですよ?」

「まぁ、否定は致しませんが」

「じゃあ、ユヒアには幼子の真似事でもさせてユウトさんの近くに居させておきましょうか」

「……畏まりました」


 小人族なユヒアはもういい歳した大人ですから、それはもう屈辱でしょう。

 普段から大人っぽく振る舞うあの子にあえて子供の振る舞いをさせるなんて中々あたくしも悪いですわね。


「では、ユヒアを呼びなさい」


 先程の事をまとめつつ退室させれば程なく戻ってきました。

 イシュカと共に室内に入ってきたのは、ユウトさんよりなお低い背をした一人の少女。

 見た目だけで言うならば、完全に子供ですがこれでも大人でなんと子供もいるらしいというから驚きです。


 彼女ユヒアはイシュカに背を押されると、胸を張った状態から、がばりと頭を下げました。


「姫様! 申し訳ございません! 我が身の至らなさが招いた事態、申し開きもございません!」

「はぁ……イシュカから罰は必要無しと伝えられたかと思うのだけど」

「はっ! 寛大なご裁断に感謝の念が絶えませんが、失態は失態と愚考致します。また、信賞必罰を旨とするならばやはり相応の罰は必要かと思われますれば、何卒、罰を賜りたく!」


 頭が痛くなるわね。罰は賜るものではないでしょうに。


 平伏する小柄な身体と、足まで伸びた長い緑髪が広がり散らばる様を見て、こめかみを揉む。


「このあたくしが必要無いと決めた事が不満ということでいいのかしらね?」

「いいえいいえ、姫様のご厚情には慙愧の念を覚えますが、己の戒めの為にも、何か償いをさせて頂ければと思います!」


 慙愧の念は違うのだけど、本当にこの子は難しい言い回しが好きね。

 間違ってるから意味が無いのだけど。


「それならば、あたくしは罰を与える用意はあるわ」

「! (まこと)でございますか!」

「……何かとても間違ってる気がするのだけど、まぁいいわ。但し、ユヒアにはとても屈辱的な事をお願いしたいのだけれどいいかしら?」

「それが罰であるならば」

「そう……なら、ユウトさんの身辺警護をお願いするわ。期限はユウトさんが屋敷に帰られるまで」

「……は」

「影としてではなくよ? ユウトさんの滞在されている家の近所に拠点を置いて、そこから顔を出しつつ付き合いを持ちなさい。よろしくて?」

「そ、それは、この自分が顔を晒してユウト殿と付き合いをもてと言うことでしょうか」

「そうね、もちろん、怪しまれない様に子供の振りをして貰うわ」

「つまり、自分に、子供の様に振る舞えと」

「そう言っているわ」

(なり)は小兵なれど、自分はれっきとした大人であるのですが」

「知っているわ」

「自分が子供扱いされる事が嫌であるのですが」

「そうね、次に罰を求めたらもっと頑張ってもらうわね」

「以後軽重に注意します」

「そうね、厳重に注意してちょうだい」


 やがて、のろのろと顔を上げたユヒアは、ぷっくりしたほっぺたを更に膨らませて不満げでしたが、必要ない罰を求めてきて自分の嫌なことだから不満を感じるって一体どういう神経をしているのでしょうかね、この子は。


「あ、それと、言葉遣いなども気をつけなさいね」

「はい? 言葉遣い、ですか?」

「ちゃんと子供らしく。変な言葉も使わず、感情優先で話す感じですからね」

「いい機会ですから、お嬢様の前で練習してみなさい」

「えぇそうね、あたくしの前で出来ないなら、ユウトさんの前でも出来ないでしょうから」

「…………承知しました」


 泣きそうになったユヒアですが、これはもう自業自得というよりは自縄自縛ですわよね。


 あたくしは罰を与えようとはしていなかったのだもの。


 喋り方が堅い。

 表情が子供らしくない。

 動き方がキビキビし過ぎている。

 受け答えが丁寧過ぎる。


 などなど、ほぼ全体に渡ってダメ出ししてしまいましたが、どこの世界に、遠い場所の話をされてポカンとするでもなく真剣な返しをする庶民がいるというのでしょうか。


「昨年に起きたダハルオッド山の山崩れは酷かったですわね?」

 と聞いて

「急峻な山岳地帯ですから、事故は付き物ですが、痛々しい事ですね、はい」

 と返す子供はいません。

 子供はそんなことを先ず知りません。

 後、痛ましい、です。


 四つん這いになってプルプル震えておりますが、この子はやる気があるのかしらね。


「子供らしくするだけがどうして出来ないのかしら」

「自分は子供の頃から仕込まれておりましたから」

「その、自分、というのはお止めなさいね」

「で、では、私? それとも僕? でしょうか」

「イシュカ、お前がやって見せなさい」

「はっ。───いしゅか、わかんなーい!」

「こうです」

「〜〜〜! ゆ、ゆ、ゆひぁ、わかんない……っ!」

「はいそこで、笑顔!」

「笑顔!? 分からないのに笑顔になるんですか!?」

「子供は大人の会話に混ざれるとそれだけで自身が大人になった様に錯覚してしまうのですよ」

「そ、そういう、ものでしょうか……?」

「ちなみに大人の会話が続くとつまらなくなります」

「なんて我儘な!」

「それが子供ですよ?」

「付け加えるなら、あのね、それでね、などを連呼しますね」

「話が進まないではありませんか!?」

「それが子供です。さぁ、イシュカ、何かを自慢したい子供の真似を」

「はっ。では、父親に料理の手伝いをした事を褒めてもらいたい娘で。───あのね、あのね、きょうのね、ごはんね、ナイショだけどね、おとーさんには、おしえてあげよっかなぁ、ききたい? だめだもん、おとーさんにはナイショ! ぜーったいナイショ!───コホン、この様な感じで如何でしょうか」

「褒めて貰いたいのでは無かったのですか!? 手伝いをした事を何も言っておりませんが!?」

「母親から内密に聞いているものですよ」

「そして、父親は今日の料理はとても美味しい! と大袈裟に褒めるのです」

「そこで娘は自分が作ったと自慢げに言いますね」

「なんと回りくどい!」

「子供とはそういうものです」

「いいですか? 子供は、明朗快活、理路整然、などとは無縁です。何故そうなったのかはその子にしか分かりません。そういうものです」

「……つまり情緒不安定になれば良いと」

「それだとただの危ない子でしょう。感情の制御が出来ていないだけですよ」

「好き、嫌い、つまらない、楽しい、の四つくらいで全て判断すればいいですよ」

「情報の精査とか」

「何を言ってるか分かりません」

「我慢とか」

「知らない言葉ですね」

「配慮とか」

「聞いたことありません」

「それでどうやって生活していけるんですか!?」

「生活はしてませんよね?」

「そうですね、子供ですから」

「甘えすぎでは!?」

「子供の特権ですよ」

「私にはありませんでしたが!?」

「早く大人になれて良かったですね」

「ちびっ子ですけどね」

「小人族なだけですよ!」

「まぁ、いいですから、そんな感じで子供やって下さい。罰なんですから拒否権は認めません。監視役には面白可笑しく報告する様に通達しておきますからなるべく愉快な振る舞いを心掛けてくださいね」


 にっこり笑顔で宣言してイシュカに手を振れば、ユヒアの首根っこを掴んで外に連れていきました。


 これで明日明後日は楽しみが出来ましたね。




というところで、ついにストックが尽きました(21/5/1)ので、頑張って行きたいです。


みんながおやすみ〆してる中でおやすみにならないアイリスさんよ……

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