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大人のちょっと悪い遊び (side ノノ)

ちょっと寄り道感

 

 通りに出てきたペリオン様に近寄って声をかける。


「どうでしたか?」

「会えませんでした。明日またお伺いします」

「そうですか……」

「それで、ノノ、さん、貴女はどうするんですか?」

「連れ込み宿にでも泊まります」

「え……」

「え、あ!? 違いますよ!?」


 ペリオン様が誤解されてる様なので、手を振って弁明する。

 そんな場所に殿方を引っ掛けて入ろうとは思っておりません。

 待ち合わせだと言っておけば、一人でも問題ないと。


 まぁ、私が男にすっぽかされた可哀想な女になりますが、傷物になる訳でもありませんし、フードで顔を隠せば私だとは気付かれないでしょうから、問題ないと思います。


「危険ですよ、そんなの」

「でも、顔を隠せば分かりませんよね?」

「育ちの良さは隠しきれませんよ……」

「そうでしょうか? 私、今は酒場で働かせて頂いてますが、そんなに浮いてはいないと思います」


 運ぶのはお茶やお菓子ではないですが、やっている事は給仕と同じですし、忙しくはありますが、問題はありません。


 そう思っているのですが、ペリオン様からは可哀想な目で見られてしまいました。


「いいですか、ノノさん、いえ、ノノリ様。淑女というものはすべからく所作が洗練されていて、歩き方一つでそれと分かってしまうものなんです」

「はい」

「そんな方が顔を隠して一人で泊まりに来る。お相手は現れない。するとどう思われると思いますか?」

「振られてしまった、とか」

「違います。詐欺師に騙され、そうとは知らずにノコノコ出てきた箱入り娘。今なら攫ってもバレやしないな、と思われます」

「そ、それは、飛躍し過ぎでは、ありませんか?」


 真剣に話してくださってますが、教養のある娘がそんな簡単に騙されたりはしませんし、もしも恋をしたとしてもその方が詐欺師かどうかは分かりませんもの。

 最悪の最悪な場合にはあるかもしれませんが、そんな馬鹿な事はそうそう起きないと思うのですが。


「そんな馬鹿な事滅多にないと思ってますね?」

「……はい」

「騎士二年目の若輩の身ですが、わたしはその間に三件、そういった事件があったと耳にしています。何も珍しいことではないのです。ですから、連れ込み宿に泊まるなどしてはなりません」


 呆然としました。

 まさかそんなに……。


 というか、まさか、私の事は、酒場の皆様にはバレておりませんよね? そう問えば


「いえ、まず間違いなくどこかのご令嬢だとバレています。何か誘いを受けたりしておりませんか?」


 確かに何度かデートに誘われはしましたが、そんなもの酒場の娘にはよくある事だと聞いてますし、おしりも狙われてますが、未だにどなたともお近づきにはなっておりませんし、脈ナシだとそろそろ気づかれると思うのですが。


「一度詐欺師に騙された娘なら、どんなにお高く止まってても懐に入れさえすれば情婦に出来るって思ってるんですよ……」

「そんな……」

「別にその酒場の方達が悪い方だとは言いません。多分、大事にされると思いますよ。それこそお姫様の様に扱われる事も珍しくないと聞きます」

「つまり、詐欺師に騙されはしても、情に深い女だとは思われていると」

「ええ。ご令嬢には気の弱い方も多いですから、押しに押されて絆されるんだそうですよ」


 というか、ペリオン様、お詳しいですね?


 チラリとペリオン様を見れば、どんよりとした瞳をされていらっしゃいました。


「女癖の悪かった父とその父の知り合いの話です。実話ですよ、つまり」

「それは、なんとも……」

「いえ、それはいいんですよ。別に父の事はしょうがない人だとは思いますが、嫌いではありませんし、母も幸せそうでしたから」


 そういう意味では私の父は、その逆だとも言えます。

 女運が悪い、とでも言いましょうか。

 継母からは疎まれておりましたし。


 どこにでも似たような話はあると言うことでしょうか。


「そういう訳で、どうせなので、今夜はわたしと過ごしませんか?」

「それは?」

「ユウト君の邪魔にならないようにですが、お傍にいなければなりませんし、一人は少し不安ですし、ノノリ様の安全にも役立てますよ? これでも騎士の端くれですから」

「ふふ、では、ノノとお呼び下さるなら、エスコートをお願いします」

「では、わたしの事もペリオンとお呼びくださいお嬢様」

「いいわ、ペリオン。これでよろしくて?」

「はい、ノノ。では、少し夜遊びにお付き合い下さい」

「悪い遊びはダメよ? 私の身は安くないのよ?」

「夜遊びは少し悪い遊びですけどね」

「少しだけなら良いでしょう」

「その少しが大きくなるんですよ」

「気をつけるわ」


 そうして少し笑いながら二人で夜の町を歩く。

 もちろん、フードは被って、だけど、盛り場に出ればどうしても酔った男が寄ってくる。

 小柄だから女だとバレているのでしょう。

 もしかしたら、歩き方でバレているのかもしれませんが、私の騎士様は酔漢のあしらいも慣れたもので、時に躱して時に殴りつけて私をエスコートしてくれました。


 そして連れてこられたのは、なんとも中途半端な感じのお店でした。

 粗野な冒険者が騒ぐ店ではない。

 しかし、貴族やそれに類する方が利用する店でもない。

 誰が使う店なのか、よく分かりません。


「ここは、下級官吏や、騎士の見習い、小間使いの方などが多く利用する店です。愚痴の言いやすい息抜きの店なんですよ」

「そんなお店が……」

「素性の詮索は無し。ここの仮面を付けてください」

「まぁ! 仮面舞踏会みたいですね!」

「ふふ、ドレスは無いですけどね。ちなみに紹介制で、今回はわたしの紹介という事になりますね」

「へぇ……」

「後、ノノの呼び名を決めないといけません」

「呼び名? ですか?」

「わたしは、ここでは““屈服飼い犬””です。そう呼んでください」


 ニヤリと笑ったペリオンが、何か、とても面白そうな顔をしていて、私の背中にヒヤッとしたものが、流れました。


 だって、自分の呼び名でわざわざ“屈服飼い犬”だなんて、付けるでしょうか?


「察しが良くて助かります」

「え……」

「ここでの呼び名は紹介者が付ける決まりです。わたしのお友達ですから、“屈服飼い犬”の友達としていい名前を付けてあげますね?」

「で、出来れば、変な名前は……」

「大丈夫です。ここのわたしはペリオンではないですから」

「ごくり」

「道すがら考えてたんです。ノノは、どんな名前にしようかと」

「…………(ふるふる)」

「ノノは、ここでは“高嶺の駄猫”です、いいですね?」

「ちょ!? な、なんですか、駄猫って、私が馬鹿みたいじゃないですか!? 孤独の騎士ロンダみたいじゃないですか」


 阿呆な事をロンダだけは真面目にやってて、周りに馬鹿にされる、そんな話です。


 それでは私が馬鹿みたいじゃないですか!?


「連れ込み宿に一人で泊まろうとか浅はかな事考えてたのはどなたでしたっけ?」

「うぐ、それは……っ!」

「さ、入りますよ、“高嶺の駄猫”」

「ま、待ってください、ぺ……“屈服飼い犬”!」

「いいじゃないですか、わたしなんて要は負け犬と呼ばれてる様なものですよ?」

「それは、その……ご愁傷さまですが……」

「わたし達、もう友達ですよね? 仲良くしましょう」

「お友達でもやっていい事と悪いことが……」

「今夜は少し悪い遊びするって言ったじゃないですか」


 そ、そんな意味だと分かるわけないじゃないですかぁ!?


 しかし、現役の騎士様に腕力で勝てるはずもなく、ズルズルと悪魔の巣窟に引きずり込まれました。


「おや、“屈服飼い犬”じゃないか、久々だね」

「“アホ男爵”は今夜も来てたんですね、お久しぶりです」


 諦めて店の中に入れば、そこは外観とは違って随分と落ち着いたいい店でした。

 そして、私達と同じように仮面を付けた派手な格好をした男性が大仰な仕草で近寄って来たと思ったらなんて名前を……。


「ふふ、アホだからね、ボクは。出来れば毎日来たいものだよ。ところでそちらは?」

「あぁ、すみません。わたしが連れてきました。“高嶺の駄猫”です。世間知らずな駄猫なので、お手柔らかに。“高嶺の駄猫”、こちらは、“アホ男爵”です。名前の通りよくアホなことをしますので、奇行があってもそういうものだと諦めてください」

「え、ちょ……!」

「やぁ、“高嶺の駄猫”! よろしく頼むよ! 挨拶代わりに自慢の毛並みを梳かしてもいいかな?」

「………………“アホ男爵”、よろしくお願いします。伯爵くらいになってから出直して下さい」


 初対面の方になんて紹介をしてるんですか!?


 と思いつつも、二人がにこやかに話をしているのを見て、そういうものだと、理解したので、ちょっと毒を吐く感じで、振ってみましたが、こんなこと言っていいんでしょうか!?


 心臓がバクバクしてます。


「アッハハハ! いいね! その調子でいいよ!」

「心臓が、止まるかと思いました」

「それなら、“屈服飼い犬”の腹でも撫でてやれば尻尾を振ると思うよ。じゃあ楽しんでくれたまえ」

「へえ?」

「撫でますか?」

「抓っていいですか?」

「痛いのは訓練だけでいいです」


 手を振って笑いながら去っていく“アホ男爵”を見送って、“屈服飼い犬”の後についてカウンターに座ります。


 これ、“屈服飼い犬”の後ろにつくって私、“屈服飼い犬”よりも更に下のような……いえ、呼び名だけですから。

 でも、名は体を表すともいいますし、なかなか悩ましいですね。


「マスター、久しぶりです」

「やぁ、“屈服飼い犬”、元気そうで何より」


 あ、こちらのマスターはマスターなんですね。


「こちらは“高嶺の駄猫”です。世間知らずなので、良くしてあげてくれると有難いです」

「た、高嶺の……だ、駄猫、です」


 くっ、この自己紹介は中々心にきますね!?


「“高嶺の駄猫”だね、よろしく」

「とりあえず、軽めで一杯お願いします」

「銀貨20枚」

「はい」

「は!? ぎ、銀貨20枚!?」


 ぼったくりも良いとこじゃないですか!?

 それなのに、“屈服飼い犬”は当然のように返事をして、マスターはお酒を作り始めました。


「ち、ちょっと、“屈服飼い犬”! 私そんなに払えませんよ!?」

「あぁ、大丈夫です。ここの払いはわたしが持ちますから」

「あ、いえ、ですが……」


 何故、余裕な表情なのか、銀貨20枚なんて、高級なお店でもなかなか出せないお酒ですよ!?


 そして、マスターが出したお酒は見た目は綺麗なカクテルでしたが、いいとこ銀貨一枚で、それでも少しお高めの値段に私には見えました。それを二杯!


 いくら払いが私になくてもさすがに黙っていられません。


「“屈服飼い犬”、出ましょう」

「はい? あぁ、大丈夫ですから、よく見ててください」


 心配している私の前でにこりと笑った“屈服飼い犬”が、銀貨を取り出しました。


「こんなお酒で銀貨20枚とは、よく言えたものですね」

「! そ、そうです! ぼったくりですよ!」

「こんなもの銀貨一枚で十分でしょう? ほら、お金が欲しかったら、拾いなさい、銭ゲバ」

「そうで……は?」


 ポイと、銀貨をほおり投げた“屈服飼い犬”。

 それをサッと拾う、マスター。


「うっへへぇ、金だ金だ! オラ、二杯なんだから、後一枚寄越しなぁ!」

「くっ! この、金の亡者めっ! 欲しければワンとか言ったらどうですか?」

「ワン!」

「全く、すぐに言うなんて尊厳とかないんですか?」

「それよりも金に決まってんだろ!? オラ言ったぞ! 金を出しなぁ」

「まぁ、言ったら上げるとか言ってませんし、二杯で銀貨一枚でいいですよね?」

「く、クソ! 足元見やがってぇ!!」


 地団駄を踏むマスター……いえ、銭ゲバ、でしたか、金の亡者でしたか、ちょっと可哀想な気もしますが……。


 そこでくるりと私の方を向いた“屈服飼い犬”がニヤリと笑いました。


「と、ここまでがお約束ですので」

「……はい?」

「銭ゲバには常に銀貨一枚です。いくら言われてもそれ以上の払いをしてはなりません。相手に合わせて色々やってくれるので、どうしても払いたくなったらお捻りをあげてもいいですが、お捻りをあげると、お返しが来ますので、オススメしません」

「……はぁ……」

「日頃の鬱憤をぶつけていい相手だと思って下さい」

「えぇー……」


 そんな馬鹿な……と思いましたが、マスターを見ればさあ来い! と言わんばかりに良い顔をされていて、いえ、仮面で隠れてますけど。


 それからは戸惑いつつも、少しずつ周りの方とも交流してみれば誰ともつかない方々ではありますがそれはそれで気が楽なものだと分かりました。


 “屈服飼い犬”は女性限定とはいえおなかを撫でられ犬の鳴き真似をしたり、“アホ男爵”が引けもしないピアノを引いて他の方から怒られたり、代わりに“口下手”がプロ顔負けの演奏をしたり、“絡み上手”が“小器用貧乏”に愚痴を零していたり、取り留めもない事ばかりでしたが、遠慮ない場というそれは、人の裏などなくて気持ちの良いものだと感じました。


 そして、今はまた指し向かいでお酒を口にしながら二人でのんびりとしています。

 良いのでしょうか、こんなにゆっくりとしていて。


「酷いと思いませんか? 人のおしりで賭けをするなんて……」

「酒場で騒ぐ男なんてみんな同じですよ。スケベでだらしないんですよ」

「貴族の方のネチネチしたのも嫌ですが、あぁも隠さずに欲望全開でこられるのも嫌ですし、私男性不信になりそうです」

「“高嶺の駄猫”は気になる方とかいないんですか?」

「これでもあの方付きでしたから、むしろ遠ざけてたくらいですよ。あの方を狙う方も、私を籠絡したい方も、裏を考えねばなりませんから」

「まぁそれでも言い寄られないよりはマシな気もしますが」

「そんな……“屈服飼い犬”は可愛らしいのに一度も?」

「年配の先輩方に子か孫のように可愛がられましてね。指導は厳しかったですが。その内同性の先輩方にも妹のように可愛がられまして。指導は厳しかったですが。わたしは年下の妹みたいな女の子らしいですよ。20歳の女捕まえて」


 その割に、可愛らしいリボンで髪をまとめてらっしゃるんですね、お似合いですけど。


 そんな私の視線に気づいたのか、照れるように笑った“屈服飼い犬”がリボンを撫で付ける。


「これは……坊っちゃまが、初めてのお出かけの際に買ってきて下さったものなので」

「まぁ!」

「仕事が仕事ですから、その間でも使えて、オシャレにも使えるものをと」

「今、10歳でしたか。末恐ろしいまでの気遣い上手ですね」

「えぇ、なので、今回の事も少し好きにさせる様にと」

「そうでしたか。それでしたら私の同居人達は……あ」

「え、なんですか?」


 サティとケシェラは、子供のあしらいも慣れてますし大丈夫だと、思いますが……アリンは、大丈夫でしょうか?


 いえ、アリンはそもそも夜はよく居ませんし……

 大丈夫……? ですよね?

 いつものネグリジェ姿とか、いくら相手が子供でも男の子のいる前でそんな破廉恥な事はなさらないでしょうし。


「いえ、大丈夫です。なんでもありません」

「本当に? 今、思い出してはいけない事を思い出したみたいな顔されてましたが」

「えぇ、常識的に有り得ませんから」

「わたしの傍には蛮族も裸足で逃げ出す様な悪鬼羅刹なお嬢様が居ますが」

「……例外ですよ、あの方は」

「そう……ですよね」


 それから、私たち二人は何かを忘れるようにお酒を飲み続け、朝方に私は部屋を取らせて貰いました。

 “屈服飼い犬”は、少ししたら顔見せに行くとの事ですが、徹夜で飲んでたのにお強いですね。

 さすがは騎士様、という事でしょうか。

 私には真似できそうにありません。




ここが変態の寄り合い所なんですね……


ちなみにマスターも普段は他の仕事をしてたりと別の顔がありますので交代制です。

開店時間は予定表がありますが、あくまで予定表なのでたまにズレたりします。


いつでも開いているお店ではありませんが、夜は比較的よく開いています。

宿も併設。

宿屋業務は懐の深い老夫婦が行っております。


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