ウサギ カム ヒア! (side サティ)
「はぁ……」
とマスターの仕入れに便乗させてもらって買った荷物を担ぎながらため息をこぼす。
いやいや、不満があるわけじゃない。
ちょっと最近お肉祭り感があったから寂しくなった気がしてるだけで、元に戻っただけだし。
そう、だから、お豆の煮込みスープとか、普通だし。
お肉様は贅沢、たまにだからいいのだ。
そのたまにが続いてたからちょーっと勘違いしてるだけ。
とはいえ、お肉様に爛れきったあたい達にはお肉様離れが必要にしても苦痛だ。
「ウサギの、ウサギのお恵みをーっ!」
なんてね、ウサギの子だっていつまでもウサギ狩りばっかはしないでしょ。
「あれ?」
「……あ」
そう、やれやれと溜まったものを吐き出してたら、ウサギの子が目の前にいた。
あれ? 神様?
ウサギ呼んだら、ウサギの子が来ましたけど?
というか、ウサギの子って貴族出のお坊ちゃんだから、お昼すぎには仕事終わらせるんじゃなかったっけ?
ノトン? 今もう夕方なんだけど。
あ、でも、楽な格好してるから仕事帰りじゃないのかな。
それはそれでなんでこんな時間に1人歩きしてるんだって事になるけど、お供はいないのかな。
「う……あー、ユウトだっけ? こんなとこでどうしたのさ?」
「サティさん……。あー……えっと、ちょっと散歩……?」
「散歩」
「のような、何か……みたいな……あ、はは……」
うわやべー!
何がやべーって、これチビ達が拗ねてる時の顔と同じじゃん!
つまり、厄介事!
貴族の厄介事なんて絡むもんじゃない!
とは、分かってんだよ。
でも、これ放置してじゃあなー! ってさよなら出来るか?
した後で何かあったらあたいはどう思う。
というか、貴族相手だと分かってて放置して、睨まれたりしたら生きて行けない。
あーくそ! ノトンお前、これで睨まれたら恨むからな!
「……なんだ、家出でもしたのか?」
「あ、えと……その…………ハイ……」
「行く宛てはあるのか?」
「あはは……レアさんて人のとこに行こうかなって思ってたんですけど……」
「迷惑になるって?」
「まぁそれもありますね……。でも、そもそも僕、レアさんの家知らなかったの思い出しまして……」
「はぁ?」
マジかよ、このお坊ちゃん、そんな考え無しな感じはしなかったんだが、いや、そんなお坊ちゃんが、家出したくなるような事があったって事か?
レアとかいう名前も聞いた覚えはねえし……連れてってやれれば良かったんだが、どうする? もう放置って考えはないけど、宿に連れてくにしても、ここらは連れ込み宿だらけだから子供一人置いてくとか無しだし、あたいと一緒に入るなんてそれはそれで駄目だし、飯作らないといけないし、こんな子が泊まる様な場所はここからはちょっと遠いし、家出してんのにそんなとこに泊まるとか見つけて下さいって言ってるようなもんだし、どうすんのが正解なんだよこれ。
「あ、大丈夫ですよ!」
「いや何が」
「ここらへんに宿がいっぱいあるのは知ってますから」
「いや、何の宿か知ってるのか?」
「え……なんの宿……? ご、ごめんなさい、宿にも種類があるんですね……」
「あ、や、うぅん、あー、まぁ、良いとこの坊ちゃんが泊まるような宿じゃないんだよ、うん」
「でも、背に腹はかえられないですし、あそことか、綺麗そうだから一泊くらいなら大丈夫だと思うんですよね」
と指さした方は、そういう目的込みの兼業とも言える酒場併設の宿屋だ。
泊まりは、女付き前提。
確かに見た目は綺麗だが、それだけで一人で入っていい店じゃない。
「ダメだ」
「え……」
「アンタみたいな世間知らずのお坊ちゃんが行ったら出来心持つやつが絶対に出るぞ」
「えぇ!?」
という事にしておかないと、他でも大差ないし、泊まらせるわけにはいかないんだよ。
仕方ない、のかね、ウサギの神様のお導きって思っとくか。
「仕方ないね……ウチで良ければ来るかい?」
「え、でも……」
「迷惑なんて考えんじゃないよ? 家出なんてしてんだから、そんなのは置いときな。顔見知りに後で何かあったと知ったらあたいも気分が悪い。だからこれはあたいの為でもあるんだ。あたいはユウトに恩が売れて嬉しい。ユウトはあたいに宿を借りられて嬉しい。それじゃダメかい?」
「いえ、えっと、じゃあ、お世話になります」
「よっし、決まりな」
そこでつい、チビ達と同じように頭をワッシワッシ撫でてしまってちょっと慌てたが、ユウトが笑ってたからまぁいいだろ。
つか、男のくせになんでそんなサラッサラの髪してんだ。
貴族だからか! こんちくしょう!
ま、んな事は置いといて、軽く雑談しながら、近くにあるあたい達の部屋に着いた。
「同居人にはあたいから言っとくから、ユウトは気にせず寛いでていいよ。いらっしゃい」
「他の方も、本当に大丈夫ですか?」
「いいんだよ、気にすんな、ほらいらっしゃーい」
「じゃあ、えと、お邪魔します」
「はい、お邪魔されまーす」
とりあえず、椅子にでも座ってて貰うとして、流石に貴族のお坊ちゃんに豆の煮込みじゃまずかろう。
仕方ない、ちょっと買い出しに行くか、ついでもあるし。
「じゃあちょっとまってて」
「え?」
「いや、ユウトの分の飯も作んないとだからね、ひとっ走り買ってくるよ」
「え、そんな」
「悪いとかはナシだよ。世話するって決めたのはあたいだから大人しく世話されときな」
「……分かりました。あ、じゃあせめて」
「何気にしてんだい。お金なんていいんだよ……と言いたいところだけど、正直助かるから宿代として貰っておこうかね」
「ありがとうございます。じゃあこれ」
「はいよ。んじゃ、時間はそんなかからないけど、ちょっとまってて」
「行ってらっしゃい……あ」
「行ってきます。なに?」
「あの、料理してていいですか?」
「は?」
「料理好きですし、暇なので……ダメですか?」
「んー……まいっか。じゃあ頼んだ。キッチンにあるものは使っていいから」
「はい!」
ユウトに手を振られて部屋を出た。
なんなんだあのお坊ちゃんは、料理出来んの?
いやまぁ、手持ち無沙汰でも、良くないか。
最悪、食べられればいいし。
と、ユウトに渡された宿代の銀貨を見て頬が引きつった。
「あのお坊ちゃんめ! なんで水晶銀貨だよ、貴族だとこれが普通なのか? これ貰っていいのかよー」
普通の宿なら10回泊まって釣りが出るぞ!?
思わず出た悪態にちょっと周りを見て、走りながらこの危険物を厳重にしまう。
いや、そこまでは治安は悪くないけど、心の準備が無さすぎてビビる。
さっきまで働いてたマスターの店に裏口から駆け込んで、マスターに声をかける。
「マスター!」
「あん? どうした……何かあったのか?」
「すみません。ちょっとノノを借りたいんですけど、いいですか!? 埋め合わせは今度しますから!」
「……分かった。気にするな。ちょっと待ってろ」
そういって、空いた皿を下げに来たノノにマスターが一声かけてノノが裏口から出てくる。
「サティ? どうされたのですか?」
「悪い。ちょっと厄介事でノノを頼りたい。マスターには言ったから上がってきてくれる?」
「分かりました。少々お待ちください」
そういうと一度中に戻ってブーブー言われながらもすぐに出てきた。
アイツら……あたいが早引けしてもあんなにならない癖に……今度覚えてろよ……!
「それで、何があったのですか?」
「ユウトを保護した。どうしよう?」
「はい?」
「ユウトを保護した。ノノどうにかして」
「ちょ、ちょっと待ってください。意味が……」
目を白黒させるノノに、ユウトが家出したらしい事、行く宛てがない事、見過ごせなかったのとノノがいるならなんとかなる気もした事、を説明する。
それを聞いてノノが頭を抱えた。
「とりあえず、とりあえずですが、事情は分かりました」
「良かったぁ……じゃああたいはユウトの分の飯の材料買いに行くから後は任せていいか?」
「いえ、私はツテを使ってその事を知らせなければなりませんから……後、ユウト様に顔向け出来ませんので、今夜は帰りません」
「なんでやねん」
「ちょっとこちらも事情が……」
「あーくそ! 仕方ないか……拾ったのはあたいだからな。貴族絡みのいざこざを避けられるならそっちのが有難いけど!」
「すみません。おそらく迎えが出されると思いますから、それまではくれぐれも丁重に持て成して下さい」
「家出した子を持て成せってか……あの部屋で?」
「き、気持ちの問題ですよ」
「なぁ、本当に大丈夫? こんな所に連れ込みやがってー! ズバー! とかないよな?」
「……ないですよ、多分」
「断言しろよー!?」
「絶対はありませんから……でも、ユウト様はお優しい方ですから、そんな事を許されたりはしません」
本当だろうな?
信じるからな?
人助けしてズンバラリンとか、シャレにならないぞ?
あ、後、この金どうしたらいいか聞かないと……。
「後よ……そのユウトから宿代代わりにコレ貰っちまったんだけど、どうしたらいい?」
「! 水晶銀貨ですか……」
「貰いすぎだよな? どう考えても」
「……いえ、そのままで問題ありません」
「本当か? 騙して巻き上げたとか思われない?」
「ユウト様の身の安全を買うとするなら金貨でも足りませんから」
「聞きたくなかった!」
「聞いたのはサティじゃありませんか」
「マジかー。じゃあ、下手なもん食わせられないな」
「いえ、あまり目立つべきじゃありませんから、普段通りにして下さい」
「……肉は、いいよな?」
「お肉ですか……ま、まぁ、そのくらいなら……」
肉なんて普段買わないけどな!
別に理由付けて肉が食いたいわけじゃないし。
ユウト用に買う肉が、ちょっと多くてあたいらにお零れがあるだけだし。
疑わしそうな顔になったノノの肩を軽く叩いて、解体屋に走る。
もう露店は手仕舞いしてるからな。
向こうは店仕舞いにはちょいと早いから、お邪魔させてもらって、少し肉を買って、部屋に戻る。
「悪い! 待たせたか?」
「あ!? サティさん! た、助けて!」
「サティちゃんおかえり〜」
そこには顔を赤くして半泣きになったユウトと、半裸でユウトに後ろから抱きつくアリンという名のサキュバスもとい同居人がいた。
次回はユウト視点でアリンとの邂逅です。