帰ってきた黒歴史 (side ペリオン)
ちょっとした暴力表現があります。
普段はメイドの誰かが呼びに行くところを、申し訳なさそうなテリアに頼まれてユウト君を迎えに行った。
まぁ、わたし達大人はそう、分かってる。
分別がつく、とも言えるかもしれない。
自分に出来ること、出来ないこと。
知るべき知識や情報、そのまた逆と。
弁える事を覚える。
そして、ユウト君はとても子供らしくない子供で、とても聞き分けが良いから、みんな見誤ったという事でしょうか。
ドアをコンコンと叩いて呼びかけても返事がない。
「ユウトくーん? ご飯ですよー」
しばらく待って、それでも返事がなくて、失礼します、と声をかけて室内に入る。
少しだけ、嫌な予感がした。
だって、部屋の中には誰かがいる気配がない。
寝てたりするとわたしには分からないから、確実性はないけど、それでもそれは想定の範囲外の事だった。
カチャリとドアを開けて、誰も寝ていないベッド、開け放たれたままの窓、寒々とした部屋を見て、まさかと呆然とする。
慌てて窓に駆け寄って外を見回せば、正面玄関の方から少しざわめきが聞こえるが、今は後回し。
心臓が早鐘のようになる。
耳の奥がキーンとして、目眩にも似た揺らぎに冷たい汗が出る。
どう、どうすれば……?
勘違い、であってほしい。
そう縋るわたしが部屋を忙しなく見てみれば、一枚の紙がベッドにある事が分かった。
ゴクリと喉が鳴る。
どっちがマシだろうか?
誰かに攫われた、と、自分から出て行った、と。
何を馬鹿なことを!
自分からならまだ事件じゃない!
むしり取るように紙を拾い上げて、中を読めば、口惜しさに歯噛みした。
『少しだけ時間を下さい。 ユウト』
もう日が落ちる。
夜になったら、探しづらくなる。
早く、早くしなければ、と思うのに足が根を張ったように動かない。
「ペリオン!」
そこにアデーロさんの声がかかってビクリと振り向く。
獣のような鋭い目をしたアデーロさんの表情に怖気が走った。
「あ……あの、これ……」
「貸してくれ!」
「は、はい!」
「…………クソ! やられた……っ! ユウト殿に出し抜かれたな。やはり言うべきじゃなかった……」
なんの事か分からない。
分からないけど、アデーロさんは、この事をどこかから知ったという事だろうか。
だって、わたしがここに来て初めて発覚した。
そしてわたしはそれに呆然とするばかりでまだ知らせていない。
なら、わたしの知らない情報があるってことだ。
「アデーロさん、ユウト君は? 誘拐ではない、んでしょうか?」
「……あぁ。つまりは家出さ。もう隠す意味が無くなったから言うけど、裏の護衛がいたんだよ、ここには。それを知ったユウト殿が逆手にとってそれも振り切ったんだ。出て行ったのはつい先程だ」
「影が……分かりました。すぐに捜索に出ましょう!」
「ダメだ!」
「な、何故ですか!?」
「ユウト殿が家出したなど周りに気付かれれば、良からぬ事を考える輩が動いてしまう」
「そんな!? で、でも、そのままになんて……」
「分かってる! ボラ様がもうすぐ帰られるはずだから、対応を相談しよう。それまでは動くな」
「……分かりました……っ」
「すまない。僕も気持ちは同じだよ。だから、ユウト殿の為にも今は我慢しててくれ」
「はい……」
泣きそうになるけど、泣いている場合じゃない。
影がいるなんて知らなかった。
でも、居ても不思議じゃない。
それに気づかなかったのはわたしの落ち度だ。
そんな事にも気づかないから、わたしには教えていただけなかった、ただそれだけ。
経験の浅さだけ、周りが見えていなかった。
大丈夫、分かってたこと。
悔しいなんて思ってる場合じゃない。
対応はボラ様が帰られてからだ。
今は、まず状況をまとめないと……。
「屋敷の他の方にはお伝えして良いのですか?」
「ユウト殿が家出した事、それだけだよ。捜索は禁止だ。守れない子が出るなら絶対に止めてくれ。いいね? 絶対だよ?」
「分かりました。アデーロさんは?」
「僕は影から状況を聞く。確認を先にと思ったからここに来たんだ。騒がれると困るからね」
そこから、ボラ様が帰って来られるまではとても大変だった。
後悔に泣くメノさん、外に行こうとするリュリュさん、テリア、不安そうな奴隷の子達。
それをなんとか宥めて留め置いた。
帰って来たボラ様は見るからに機嫌が悪そうで、泣いているメノさんを殴りつけてた。
「うるっせぇぞ! 何泣いてんだテメェ! テメェのやった事だろうが! 泣いて済むと思ってンのか!? あぁ!?」
「も、申し訳……」
「謝ってんじゃねぇ! 泣くな! 縁起でもねぇ! ユウトは自分の足で出てった! 家出くらいでピーピー泣くんじゃねえ!」
「で、ですがっ!」
「男あげてんだ! 分かれ! クソが!」
その剣幕に誰もが凍りついている中に、アデーロさんのぱん! と手を打つ音が響く。
「はい、注目!」
「チッ」
「まず、状況を整理するよ。ユウト殿が自分の足で出て行った。事件に巻き込まれたわけじゃない。だから、落ち着いてね。家出ではあるけど、帰りたくないわけでもないみたいだから、ちょっと長い散歩みたいなものだよ? まずは、それを理解して欲しい。分かったかい?」
「悠長……」
リュリュが睨みつけるように噛み付く。
「君たちも原因の一つなんだけど、分かってるのかな?」
「っ!」
「まぁ、誰が悪いとかいう話しは良いんだよ。そんなことしてる場合ではないからね? それで? リュリュリエリ。ユウト殿が居なくなったと騒ぎ立てて状況を悪化させたいのかな? 外に出てどうするんだい? 声を上げて王都中を駆け回るのかい? 守るべき相手を危険に晒したいだけの馬鹿は黙れ」
「……分かった。ではどうするの?」
「ご飯を食べる」
「は?」
「僕たちは今何もするべき事はない。そういった事の専門家が動いている。迷惑になるから、動かない。カノン、ご飯の用意を」
「は、はい! わかりまして」
慌てて動き始めるカノンがエニュハの手を引いて厨房に引っ込む。
「ご飯なんて……食べてる場合なんですか!? ユウト様を探しに行かせて下さい! 声を出したりしませんから! それなら良いんでしょう!?」
「テリア。そうやって焦ってる君を外には絶対に出さない。外に情報を漏らすだけだからね」
「ペリオン!」
「……駄目です。ユウト君を思えばこそ、今は落ち着かないといけないの。分かって、テリア」
「ユウト様が心配じゃないの!?」
「そんなわけないでしょう!?」
「黙れ、テリア」
「ボラ様!?」
「お前らのその浅はかさがユウトを折ったんだと分かれ馬鹿が。アイツの為だと檻に閉じ込めようとしたツケだ。いい加減ユウトの意志を尊重してやれよ。まぁ家出なんぞすぐに見つけてやる。だから、まずは飯だ。万が一なんかあった時に力が出ねえんじゃ困るだろが」
そうして始まったご飯の時間はここに来てから初めて、重苦しい中での食事となった。
まるで砂でも食べてるかのようで、現実感がない。
いつもの、楽しかった食事がこんな事になるなんて夢にも思わなかった。
「よし、食ったな。じゃ、悪ぃが奴隷達は下がってくれ。くれぐれも外に出るな。出ようとしたら俺が殺す。ユウトの為を思うならじっとしとけ。いいな?」
「わ、分かりまして」
「大人しくしてるでありんす」
「あ、あの……! ボラ様っ」
「なんだ、エニュハ」
「わ、わた、わたし、アフォス様の、御加護が、それで、ご主人様の、場所、分かる、かも……」
「大丈夫だ、場所くらいは分かってんだ。ありがとな。大人に任せてお前は寝とけ」
「は。はい!」
頭を下げて部屋から出て行った奴隷達を見送って、それから声が上がった。
「ユウト様はどこに居るんですか!?」
「俺は知らねぇよ。ペリシー」
「はっ! 西の三番街の辺りにいらっしゃいます」
「何故?」
「追跡に適した恩恵があるからだ」
「では、すぐにお迎えに上がらねば……!」
「それで? 迎えに行ってどうすんだ? あ? 連れ戻すのか?」
「当たり前です!」
「そんなんだから家出すんだろが。分かれよ」
「っ!」
「いーか? メノ、テリア、リュリュ。お前らは過保護過ぎんだ。ユウトはお前らの人形じゃねぇ。場所は分かった。状況は今確認させてる。だから……アデーロ、知らせが来た、聞きに行け」
「分かりました」
「だから、待つことを覚えろ。お前らの主人で勇者のユウトを信じろ。追いかけっこは無しだ」
そういってアデーロさんが帰ってくるのをむっつりとした顔で待つボラ様。
わたしはただ、何も出来なかった。
身動きも取れず、さりとて役に立つ訳でもなく。
何のために、ここに居るのか?
わたしは、ユウト君の護衛なのに、騎士なのに、何も出来ていない。
それが、とても悔しい。
「戻りました」
「おう、どうだった」
「ユウト殿は、知り合いの平民の方に保護されてる様です。危険はないと思って頂いて宜しいかと」
「だ、そうだ。ユウトも馬鹿じゃねえんだ。向こうは向こうで頭冷やしたら帰ってくんだろ。お披露目まで時間はそんなにねえが、二日くらいやってもいいだろ。商売の方の詰めは勝手にやってもらえ」
「分かりました」
「お前らも分かったな。勝手は俺が許さねぇ」
「「「……はい」」」
「ペリオン!」
「は、はい!」
「顔があんまり割れてねえお前が適任だ」
「は?」
「お洒落でもカマして変装してユウトを確認してこい」
「え!?」
「なんだ? お姫様くらい慣れたもんだろ? あの調子で頼むわ」
「な、な、な、な……!」
「ドレスはダメだからな。今度はちゃんと平民ぽくしろよ? そんでユウトの気の済むようにさせてやれ。期限は二日までだ。それ以上は時間かけられねぇ」
「な、なんで……!?」
「場所が男子禁制になってる区画だからだ。まぁ入れねえ訳じゃねえが、目立つからな。そうじゃなきゃ平凡顔のベンドでも送り込むんだが、男ってだけで目立つからな、クソ使えねぇ」
「酷いっすよ、お嬢……」
「で、切っ掛けのメイドは使えねぇ、俺は目立つ、ペリシーはダメだ。ならお前しかいねえだろが」
「で、でも……わたしなんかが、そんな……」
「やれるかやれねえかは聞いてねえんだよ、やれ」
「わ、分かりました」
「詳細は影から聞け」
「あ」
「あ?」
「詳細は、影ではなく、その、他の方からですね」
「細けえ事はいい。ペリオン、お前しか出来ねえんだから腹ぁ括ってお前がやれ」
「待たせてるからお願いするよ」
「はい!」
テリアに目を向ければ、縋るようなそんな目でわたしを見つめていたから、頷いて、任せて、と伝えてから玄関に向かった。
わたしだけに任された、初めての仕事。
消去法だったし、なんなら渋々だったけど。
ちゃんとしなくちゃ。
そう思って玄関を開けた。
あれ? 誰もいない?
いや、オッソさんは門の辺りにいらっしゃいますけど。
影じゃない人は一体どこに……?
キョロキョロとしても誰も見当たらない。
と、そこで、オッソさんが、わたしに指し示してくれた。
それを辿れば、リビング……?
あ
影の人でもないのに外に待たせておけないですもんね!?
慌ててリビングに向かったけど!
リビングにいるならそう教えてくださいよぉっ!!
で、ペリオンの変身はどうなるのかとかありますが、その結果とかは予定では3話くらい後になります。
話がごちゃごちゃしてしまい申し訳ないですが、家出が落ち着くまでは視点、シーンがガンガン切り替わりますm(_ _)m