妖精の中の妖精のホニャララさん
てちてち
てちてち
と顔の辺りに軽い衝撃があって、ふと目が覚めた。
「レアさん……?」
えっと、夜中の見張りはレアさんがしてくれてて、それで、僕は何かあったら起こすよって言われてたから、何かあった、とか?
ぼんやりする頭で考えてから、起こされたってことは何か起きたんだと一気に覚醒した。
慌ててテントから顔を出したら、物音に気づいたレアさんと目が合って、レアさんの瞳が光ってて、いや、そうじゃなくて。
「あ、あれ?」
「何? 悪い夢でも見た?」
「……レアさん僕の事起こした?」
「何もしてないよ? 寝付けないなら子守唄でも歌おうか?」
「それは、大丈夫だけど……」
「そう? なら朝まで寝てていいよ」
そうにこりと笑ったレアさんの瞳が相変わらず光っててちょっと怖い。
むしろ僕の夢見が悪くなったらレアさんのせいになりそう。
「……レアさん、その目……」
「あ、ごめんね。流石にこれは怖いか。……はい、元通り」
パチパチと瞬きをすれば薄暗い中に困った感じのレアさん。
聞くところによると【猫目】という夜中でもよく見える恩恵だそうだけど、瞳が光って見えるのが難点と言われた。
ほんとにびっくりした。
「なんか、目が冴えちゃったけど、レアさんは眠くなってたりしないの?」
「私は眠くならない薬飲んだからね。むしろ寝ようとしても寝られないよ」
「そうなんだ」
「日が昇るまで後4時間くらいだから、子供は寝ておきなさい。明日が辛いよ」
「……そうする」
「おやすみ」
まぁ、抵抗したって結果は変わらないんだしそれなら後で迷惑にならないように寝ておいた方がいいよね。
大人しくしとこ。
そう思ってテントに戻ったら、枕元にぼんやりと光る小さな人型が仁王立ちしてた。
「………………んん?」
目を凝らせば、それは、いわゆる妖精のような……人形みたいな手のひらに乗せられそうなサイズに、淡く光る羽根みたいなものも背中から生えてるし。
「妖精……?」
『そうよ! 愛し仔! 妾は妖精の女王も超える妖精の中の妖精! 名をマーナラーヤニウェテッフィーオティーナという妖精の中の妖精よ! 愛し仔には特別に妾の名を呼ぶ事を許すわ!
感謝なさい!』
「……えっと……」
いきなりで混乱してるけど、つまり、さっき起こした? のは、この妖精って事でいいのかな?
何かドヤ顔で僕の返事を待ってるけど、偉い妖精? でいいのかな?
「ええと、さっき僕を起こしたのはキミ?」
『キミ、ではないわ! 妾の名はラーヤマーナニウェテッティーオフィーナよ! 名は正しく呼びなさい!』
「ご、ごめん。えっと、ラーマヤーナニエテチーオフィーナ……?」
『何かしら? 質問を許すわ!』
なんか間違ってる気がするけど、ご機嫌でスルーされたからそのまま質問しちゃっていいよね?
「さっき僕の事を起こしてくれた?」
『そうよ! 感謝なさい、愛し仔! 臭い人間が近寄ってきてるのよ! 危ないから逃げなさい! 妾は女王を超える妖精の中の妖精だから早く教えてあげられたからまだ時間に余裕はあるわ! でも、油断はしない方がいいのよ! 妾には油断なんてないけどね! 妖精の中の妖精だから!』
「え……っと、臭い人間? 悪い人が来るってこと?」
『そうよ! さっきからそう言ってるわ! 愛し仔は頭が弱い子なのかしら?』
えぇ……?
妖精の言い回しが独特で分かんないよ。
でも、危ないのを教えてくれたんだよね。
どっちから来てるのかを聞けばあっちよ! と王都の方を指さされた。
王都から、悪い人が来てるの?
盗賊とかとは違うのかな……?
「ユウト? さっきから一人でブツブツと何を話してるの?」
「あ、レアさん!」
僕がいつまで経っても寝ないからってレアさんがテントを覗き込んで来た。
逆に良かったのかな?
「えっと、そこの妖精が、危ないから逃げろって教えてくれてて……どうしよう?」
「妖精……?」
「はい、そこの……」
『愛し仔! その女には妾の姿は見えないわよ! 何せ、そこの女は徴がないから! 妖精の中の妖精である妾の姿が見えるのは特別な事なのよ!』
「……レアさんには姿が見えないみたいです」
「……私には聖痕がないからね。見えないのは仕方ないよ。じゃあ、さっさと逃げよう」
「信じてくれるんですか?」
「ユウトを疑わねばならないなら、私は誰も信じられないと思うよ。テントを片付ける時間はあるかな」
『まだ少し時間はあるのよ! さすが妾は妖精の中の妖精でしょう? 褒めていいわよ!』
「ありがとう。まだ少しは時間あるみたいです」
「なら、ユウトに荷物を収納して貰って避難しよう。私は火の後始末をするから」
「はい!」
『出来るだけ早くするのよ!』
妖精に急かされつつ、雑にテントを畳んで収納していく。
他にも出していたものを片っ端から収納に突っ込んで、レアさんが火の始末とかを終わらせるのを待つ。
「ユウトは夜目は効く?」
「はい!」
「じゃあ、しばらく移動は任せるから私の手を引いてくれるかな。わたしの【猫目】は目立ってしまうから」
「……分かった。妖精さん、ごめん、どっちに行けばいいか教えてくれる?」
『妾の名は』
「な、長くてまだちゃんと覚えてない。ごめんね!」
『頭の弱い愛し仔ね! でも、妖精の中の妖精たる妾は寛大だから、許してあげるわ! 着いてきなさい!』
「レアさん、行きます」
「お願い」
今は暗闇が見えないレアさんの手を引いて、妖精の先導でその場を離れる。
勿論、試作品の囲いは避けて。
危ない事なんてない、なんて、なんてバカだったんだろう。
向こうとは違うんだ。
よく考えれば、分かった事なのに。
女の人と子供が、森の中で泊まりがけで簡単な仕事をする。
子供の方は身なりが良さそう。
となったら、変な人に目をつけられる可能性が高くなるなんて、考えたら分からなきゃいけなかったんだ。
心臓がバクバクしてうるさい。
レアさんに、妖精に、そして姿の見えない人に聞こえてしまうんじゃないかと思うと恐ろしさに身がすくみそうになる。
止まりそうになる足を、杖を支えにするように、何とか前に出して、レアさんと二人、妖精の後に続く。
『ほら、ちょっと退きなさい。妖精の中の妖精の妾はともかく愛し仔の足が根にとられたら転んでしまうでしょ!』
『その枝を引っ込めて! 邪魔になるでしょ!』
妖精がそんな事を言いながら前を飛んでいると、ガサガサと音を立てながら木が動く。
根は土に埋まるし、枝は万歳をして僕たちの通り道を作ってくれる。
『よくやったわ! 褒めてあげる!』
その度に胸を張りながら上から目線な感謝をして妖精が労う。
それは妖精が、妖精の中の妖精だという凄さよりも、何か、孫を甘やかすおじいちゃんおばあちゃんみたいな雰囲気だけど、ありがたい事だよね。
程なく、小川に出ればほのかに月明かりが注いでいて光があるという事にほっと息をつく。
『人間は歩かないといけなくて面倒ね!』
「キミは飛べるからね。それで、ここからどうするの?」
『怖い人間が来るから待ってるわ!』
「怖い、人間? な、なんで待つの!?」
「何か、来るのね……」
何故か得意げな妖精をそのままに、レアさんと周囲に目を走らせる。
月明かりしかないから、よく見えない。
けど、怖い人間というのが来るらしい。
臭い人間とは別の人なんだろうか。
それに、怖い人間なのに、なんで待つの? 逃げないといけないんじゃないの?
目が回りそうな緊張感の中、ふいに背後に気配が現れて、レアさんに声をあげようとしたら
「むぐっ!?」
口を塞がれた。
「ユウト!?」
それに気づいたレアさんが、短杖を僕たちの方に向けながら突きつける。
「ユウトを離しなさい!」
「その気概は嫌いではないが、声を抑えろ。この私が主様に危害を加えるわけがないだろう」
あるじさま?
「ぷは、ペリシー!?」
「はい、主様」
「……ユウトの知り合い……?」
「そ、そう。だから、大丈夫! ペリシーも大丈夫だから離して」
びっくりした。
びっくりした。
びっくりしたっ!
「なんで、ペリシーがここにいるの!?」
「万が一の保険と考えて頂ければ」
抜けそうな腰をなんとかしつつペリシーを見れば、黒装束って感じの服に身を包んでいて、隠していた口元を緩めてくれてようやく顔が見れた。
「み、味方でいいの?」
「あ、うん。レアさんごめん。なんか隠れて護衛してくれてたみたい」
「それで、こんな深夜に何故急に移動をされていたので?」
「なんか悪い人が近づいてきてるって妖精が教えてくれて」
「妖精が……? 怪しい気配は感じませんでしたが……」
『ふふん。妖精の中の妖精たる妾だから分かった事よ! 人間には分からないでしょうけどね!』
「……人には分からない感覚があるっぽいよ。それでペリシーが来るのを待ってたんだ」
「手間をかけさせてしまい申し訳ありません」
「それで、ここからはどうするの? 妖精はなんて?」
『逃げるだけなら妾の世界に連れて行ってあげてもいいわ! でも、愛し仔は帰して貰えなくなるかもしれないから、そこの怖い人間にやってもらえばいいんじゃないかしら!』
「……妖精の世界に逃げてもいいけど僕が帰れなくなるかもしれないから、ペリシーが頑張ればいいんじゃないかって……」
「ふむ……相手の人数はどのくらいでしょう?」
『いっぱいよ! でも、その怖い人間の方がずっと強いわ! 妖精の中の妖精である妾ほどじゃないけどね!』
「いっぱいとしか。でもペリシーの方がずっと強いって」
「数が多いと、回り込まれる危険がありますね……私はお世辞にも防衛戦は得意ではありませんので、取りこぼしが出る可能性があります。ベンド・バローズを返すべきでは無かったですね、役立たずめ……」
「僕も……」
「ダメです。許容できません。主様でなくても殺人はその歳ですべきではありません」
殺人、とさらりと言われた事にギクリとする。
そして、僕はそうなるなんて欠片も本気で考えていなかったと愕然とした。
命を奪うという事を、その重さをウサギを絞める時に学んでいたはずなのに、全く考えていなかった。
ペリシーなら勝てると言われて、じゃあそれならと安易に考えていたんだ。
それは、ペリシーに人を殺してと頼むのと何も変わらないと言うのに!
「主様……」
「あ、ごめん、ごめん、違うんだ……僕、そんな、つもりじゃ……」
「良いのです。それを負うべきではありません。少なくとも今は。お前、レア、と言ったか」
「……はい!」
「私が全て対処する。その間、主様を連れて逃げ続けろ」
「分かりました。お任せします」
「だ、ダメだよ! それでもしペリシーに何かあったらどうするの!?」
そうだ。
ペリシーだって無事に済む保証なんてない!
だから、ペリシーも一緒に逃げよう!
そう言いたかった。
「時間がありません。必ず、戻ります。私からすると主様にもしも傷がついたらと気にしながらの方が集中出来ませんので、私の事を思うならどうか、先に」
「……っ」
言えない。
ここで、言ったら、ペリシーに負担をかけちゃう。
でも、それでいいの?
僕は勇者なのに!
足でまといになるのが分かってて残る?
出来ない。
ペリシーを残して逃げる?
出来ない。
迷ってる時間はなくて、迷うほどに状況は悪くなるのに、決断が出来ない。
どうすればいい。
どうすれば──
『妾が怖い人間の手伝いをしてあげるわ!』
「え?」
『愛し仔は怖い人間が大切なんでしょう? 妾が見えなくても、妾がいるのが分かれば、問題ないわ! それだけでなんとでも出来てしまう妾はさすが、妖精の中の妖精ね!』
「……いいの?」
『手伝いだけよ? 妾は人間を攻撃したりは出来ないからね! これは妾が妖精だからよ? 妾が弱いわけじゃないの! そこは間違えたらダメよ!』
「キミは危なくないんだよね?」
『妾が危なくなるなんてありえないわ!』
襲って来てるかもしれない人達が、なんで僕達を狙ったのか、本当のところは分からない。
分からないけど、出来ることは限られてて、ここにいる中できっと僕が、何を置いても守られる立場なのは変わらない。
その僕がここに残るのはみんなの足を引っ張るだけ。
だから、みんなの為に僕が逃げなきゃいけないんだ。
「……ペリシー」
「はい」
「妖精が手伝ってくれるみたいだから、無理はしないで」
「……分かりました。主様もお気をつけを」
「レアさん行くよ。僕が、僕達がいたら邪魔になるから」
「分かった」
「主様を頼む」
「分かった」
振り返らない。
瞳を光らせたレアさんと一緒に走る。
振り返らない。
妖精の先導もない暗闇の中走る。
振り返らない!
レアさんが指さす方へ、森の中に飛び込む。
絶対に、逃げ切る。
どこまで行けばいいかなんて分からないけど。
それでも。
それでも!
きっと妖精の中の妖精は偉いから名前で呼んじゃいけない。
ちなみに本当の名は人間には発音出来ないので、どれでもありません。
まぁ、名前とか、妖精にはどうでもいいんですよ。
だから、自分だと分かれば何でもいいまであります。