真お姫様(仮)
シャーっと何かの軽快な音がして、明るくなった目蓋の裏で明るさから隠れるようにゴロンと反対に向く。
「ユウト様、おはようございます」
「ん、んんー」
ゆさゆさと肩を揺すられて、渋々目を開けると、目の前にはリリさんの端正な顔がある。
「んー……」
「早く起きる。予定詰まってる」
「ん、起きるよ、起きたし」
起きたから、ほっぺたツンツンしないで、欲しい。
「ユウト様、お顔を洗ってサッパリしましょう」
「うん、わかったぁーふぁ……」
いつもはもう少し頭の中スッキリしてるんだけど、なんかふわふわする。昨日、メノさんに魔法で寝かせて貰ったからかな。
ベッドの端っこに腰掛けてぼーっとしてると、見かねたのか、メノさんが、あったかいタオルで顔を撫でてくれた。
「お目覚めになられましたか?」
「ん、ありがと、後は自分でやるから大丈夫だよ」
「畏まりました。タオルはこちらに」
ぁー……ちゃんと起きないと。
顔をちゃんと洗ってようやくサッパリすると、メノさんが、洗面器とかをいそいそと回収してくれる。
「ただいま、テリアが衣裳をお持ちしますので、少々お待ちくださいね」
「どんな服なの?」
「それは見てのお楽しみですよ」
あんまり変なのはヤダなぁ……
こっちの人達の感覚も分からないけど。
「ただいま戻りました。ユウト様、おはよーございます」
「テリアさん、おかえりなさい」
テリアさんはにこっと笑ってから後ろへ振り返り手招きすると、衣裳をかけた棚を押してメイドさん……メイドさん? が更に二人室内に入ってきた。
みんなとは違うメイドさんなのは、違う場所で働いてるメイドさんの制服なのかな。お針子さん的な。
「「失礼します」」
揃って頭を下げた二人に僕も頭を下げてから、持ってこられた衣装に目を向ける。
「……これをぼくがきるの?」
「はい、そうですよ?」
「ほんとに?」
少しくすんだ落ち着きのある水色の上着に、真っ白のズボン。
下に着るだろうシャツは濃い青で、スカーフっぽいのも白。
縁どりに銀色で刺繍が入っててそれが派手な感じ。
上着は、なんだろう、コートみたいに後ろの裾が長いから、早歩きしたら、ひらひらしそうだね。
「いっそシャツを白にして、ジャケットとパンツを黒にした方がユウト様の黒髪に映えるかなー、と思ったのですけど、お披露目ですからね。空のような爽やかな配色で行きましょう」
「派手じゃない? 僕に似合うかな??」
「大丈夫ですよー! 赤とかもありますけど、ちょっと主張が激しいのと、ユウト様の気質と合いませんし、あまり注目集めすぎると後が怖いので」
「うん、青でいこうね」
赤もあるって……赤だよ!?
他にどんな色があるのかわかったものじゃないけど、落ち着きのある青ならそこまで浮かないよね。
テリアさんとついてきた二人の手で、あれよあれよという間に着替えさせられた。
「うわ、ピッタリだね」
「うーん……」
というかいつの間にサイズを計ったんだろう。
こんなにピッタリなんて、計りもしないで出来ないとおもうんだけど。
「腕を上げて下さい」
「あ、はい」
「はい、そのままで」
「これですと、肘の辺りは如何ですか?」
「うん、ちょっと突っ張る感じがするかな」
「わかりました」
そんな調子で、お針子さん達に言われるままに身体を動かしては、感触を聞かれ、微調整をしていく。
「勇者様は線が細くていらっしゃいますわね」
「でも、成長期でしょうから、すぐに新調していく事になりますわね」
「マナリス殿下も大人になってしまわれましたしね」
「これからまた楽しくなりますわね」
おしゃべりしながらだけど、テキパキと手だけは動いて、あっという間に調整は終わったみたい。
「うわぁ、すごいね! 動いても全然気にならないよ」
「有難う御座います」
「お褒め下さり感謝します」
身体をひねっても、しゃがんだりしても、突っ張る感じが全然しないってすごいよ!
まぁ、派手なのはこの際諦めておこう。
僕の為にこんな服を作ってくれたのが嬉しいな。
「では、これから謁見の際の作法を簡単にですが覚えて頂きますので、こちらへ」
「服はこのままでいーの?」
「はい。違和感はないと思われますが、慣れていただくためにもそのままが宜しいかと」
「わかった」
お針子さんの二人は、さっと部屋から出ていき、テリアさんもそれに続いていなくなって、メノさんと二人で謁見の作法を一から教えてもらう。
「はい、その様に片膝ついたところで、右手を胸の前に……はい、宜しいですよ。左手は軽く拳を作って下について下さい。左腕は真っ直ぐに、はい、そうです。背筋もその様に伸ばしていてくださいませ」
簡単ってなんだっけ?
片膝つく時に上着の裾がぐちゃっとならない様に払うとか、指先まで神経使う様なメノさんからの指導。
こんなのをもっと細かく言われたらそりゃ、ボラさんなら逃げ出しそうだな。
それから、細かく修正されつつ、及第点を貰うまで何度も謁見の作法を教えこまれた。
簡単って一体……
「メノ、そろそろご飯」
「そうですね、では、もう一度だけ確認してから朝食に致しましょう」
「はーい」
ワゴンを持って待機していたリリさんからのナイスアシストによって、僕の特訓はようやく終わりを迎えた。
「また僕一人……」
「どうかされましたか?」
「ご飯、みんなと一緒に食べたいよ」
「申し訳ございません。後日、調整しますので、今日のところはお許し下さい」
「うん、お願いね? 一人でご飯食べるの寂しいから」
「畏まりました」
やっぱり、壁があるのかな。
僕が勇者だから?
それともこういうのに慣れないといけないのだろうか。
「ユウト様」
「何?」
「これからの事で、とても大事な事」
ご飯を食べながらでいいと言われたのでそのまま聞いてみると、それは僕の地位について。
まだ子供だと、侮る態度を取る人が絶対に出てくるみたいだけど、僕は仮にも勇者。権力もないし、何かを命じたりとかも出来ないけど、その逆も同じなんだって。
王族からの頼みはその限りじゃないけど、他の貴族からの無理な願い事や無茶な命令には従わなくて良いと言われた。
もちろん、聞いてもいい。
だけど、腹黒さを隠して近づいてくる人もいるから十分に警戒して欲しいとの事。
「私達も気をつける。けど、ユウト様も気をつけて?」
「うん、わかった。みんなとかダスランさんとかに聞けば大丈夫だよね? 護衛の人達は?」
「ボラ様なら何も問題ない。オッソ様も大丈夫。ペリオン様は少し不安、でも何か対策してるはず。アデーロは、仕事なら問題ない」
大丈夫って事だね。アデーロさんだけ呼び捨てだけど。
「おはようございます! ユウト君をお迎えに上がりました」
そんな事を話しながらしばらくしてると、ペリオンさんがやってきた。後ろにはオッソさんもいるけど、軽く頭を下げただけで、やっぱり声には出してくれなかった。
「おはよーございます。今日はお二人で護衛してくれるんですか?」
「私とオッソの二名でお傍に付かせて頂きます」
「ボラさん、アデーロさんはおやすみなの?」
「いぇ、お二人も別件ですが、動いてますよ。……あの、私では不安でしょうか? 初日ですし、もしそうであれば、代わるように言われておりますので、遠慮なく仰って下さいね」
「いえ!? 違いますよ!?」
ペリオンさんが、すっごい不安そうに聞いてくるけど、むしろ僕なんかに着いてもらって申し訳ないくらいだし。
「護衛に着いてるみなさんは、いつおやすみ貰うのかなぁとか、思いまして……メイドのみんなは付きっきりみたいだし、護衛のみなさんもそうなのかなーって」
「そうでしたか。ふふ、ご安心下さい。今日は総出ですけど、交代で休日は与えられますので」
「そうなんだ、良かった」
「ふふ、ユウト君は心配性ですね。あ、外ではユウト様、もしくは勇者様、と呼びますのでご承知下さいね」
「うん、わかった。でも勇者様は止めてほしいなぁ」
「わかりました、勇者様」
ヤダって言ったのに!
そっちがそう来るなら僕だってからかうんだからね。
「そーゆーペリオンさんは、今日はオシャレしてないんだね」
「こちらは制服ですから」
「髪くらい下ろした方が可愛いと思うけどなぁ」
「かわっ……! く、訓練の邪魔になりますので!」
「今は訓練じゃないよ?」
「護衛だからこそ、です!」
「今度ダスランさんに聞いておくね、護衛中に髪下ろしたらダメか」
「止めてくださいね!?」
「じゃあ、僕の事も勇者様って呼んだらヤダからね」
「わかりました、ユウト様」
勝った!
なんて、お馬鹿な事をしてても謁見はどこかに行ってくれるわけでもないので、二人に付き添われて控え室に歩いていく。
リリさんは、ずっと付いててくれるわけじゃなくてメイドさんとしての職務もしながら、ちょこちょこと顔を出してくれるみたいで、スケジュール管理とかはその時にしてくれるんだとか。
何も分かってない僕だけが、流されるままな感じで居心地が良くないけど、最初だし仕方ないよね。
「勇者様をお連れしました」
「ハッ、伺っております、新緑の間でお待ちください」
「新緑の間、ですか? 事前通達では大樹の間ではありませんでしたか?」
「申し訳ありません。私共はその様にしか伺っておりませんので、事情はなんとも」
「……分かりました」
なんか予定とすでに違うらしくて、ペリオンさんが少し悩む素振りを見せた。
「ユウト様、少々手違いがあったみたいですが、控え室で何かあるとは思えませんのでそのまま向かいますね」
「うん。僕はよく分かんないから、ペリオンさん達の言うこと信じてるから」
「有難う御座います」
それでも、何かを警戒してるのか、ここに来るまでは後ろに控えてたオッソさんが前に立って控え室まで先導していく。
(予定外の事には対応力のあるオッソ様が前に立ってくださるんですよ)
(お城の中でも?)
(要人警護ですから、いつでも気を抜きすぎることはありません)
そんな事をオッソさんの後ろでボソボソしゃべってるとすぐに着いたみたいで、オッソさんが止まった。
けど、なんか戸惑ってるみたいな?
と思って脇からひょこっと顔を出すと……
また、メイドさんだ。しかも、またなんか衣裳違うし、お城の中のメイドさんは何種類に分けられるんだろう。
「あれ……あの人、ファルトゥナ家の侍女ですね」
「見ただけでわかるの?」
「はい、大体は覚えさせられましたから。ファルトゥナ家がいるって事はアイリス様が手を回されたのですね」
「アイリス様?」
「私の前任? と言うと少し語弊がありますが、元々ユウト様の護衛につくはずだったお方ですよ。少々……行き違いがありまして私が代わりになりましたが、顔を合わせる事もあるでしょうし、先に面通ししておきたかった、のですかね? とりあえず大丈夫みたいですね、行きましょう」
そう言うとメイドさん……じゃなくて侍女さん? 違いがよくわかんないけど、そこに声をかけに行って部屋の中を検めた。
そして、中の人と少し話したかと思ったらすぐに僕を呼んでくれたので、新緑の間? に入った。
「失礼しま───」
うわ、すごい綺麗な人だ。
薄いピンクから鮮やかな赤にグラデーションするドレスを着たすごい美人さん。
腰くらいまでありそうなストレートの金髪が、キラキラしてて、アイスブルーの瞳が、柔らかく表情を変えて、僕の事を見ている。
「くすくす、どうかなさって? 勇者様?」
「アイリス様、分かっててお聞きになるのは趣味がお悪いですよ?」
「あら、あたくしが自分から口にするの? そちらの方がはしたなくはなくて?」
「はぁ〜……ユウト様! しゃんとして下さい!」
「は、ひゃいっ!」
うわ、うわぁ、僕、すっごい失礼な事!
女の人をじっと見て固まってるなんて、挨拶もちゃんと出来てたか怪しい! とゆーか、してない? した?
「ごめんなさい! 挨拶も忘れて! 僕は、ユウト、ユウト・フタワです」
「アイリス・ヴァン・ルーティエ・ファルトゥナと申します。小さな勇者様。どうぞ、アイリス、とお呼びくださいませ」
「はい! アイリスさん」
「ユウト様に一応お教えしますと、アイリス様のお家であるファルトゥナ家は公爵家といって、王族の次に偉い貴族家だと思って頂けるとわかりやすいかと思います。それと、血統として、カリスマ性が非常に高い美男美女が多く、民からの人気もとても良いですね」
「へぇ……だから、アイリスさんは妖精のお姫様みたいに綺麗なんだ」
「まぁ! 妖精のお姫様だなんて、お上手ですわね」
「うん、薔薇が人になったのかと思ったよ」
「そんなわけでして、口さがない者たちからは、悪魔だの魔女だのとも呼ばれています」
「人を惑わす毒婦なのですわ。さ、小さな勇者様、こちらにいらして? 謁見までのお時間をあたくしに少し下さいませ」
アイリスさんに手招きされるままに隣に座って、手ずからお茶を淹れてもらう。
メイドさん達に負けず劣らずの美味しさでびっくりした。
出来る人っていうのは、ほんとに色々な事が出来るんだね。
「そういえば、アイリスさんは元々は護衛になる人だったんだっけ?」
「そうですわね。とはいっても、あたくしはペリオンやオッソと違って、身体を動かす方ではなく、魔法使いとしての側面が強いですけども。あとは……勇者様を繋ぎ止める端女の役割も期待されておりましたわね」
「アイリス様っ!」
「そう怒らないで? ですから、ね? 小さな勇者様、あたくしが魅了の魔法で絡めとらなくてもいい様にご注意なさいませ」
そういって儚げに微笑むアイリスさんは、さっきまでの咲き誇る花のような素敵な笑顔じゃなくて、とても寂しそうな、哀しそうな、消えそうな感じで、ひとりぼっちで泣いてる子供みたいなそんな顔をしていた。
ペリオンさんは、気づいてないみたいだけど、それはきっと僕も同じだから理解ったんだ。
僕は誰にも必要とされてなかった。見て貰えなかった。
アイリスさんも、その綺麗な見た目だけしか見て貰えなかった。きっと、努力しても、それをちゃんと褒めて貰えなかった。
「アイリスさんはそんな事しなくていーよ」
「勇者様?」
「僕、アイリスさんが綺麗だと思ってるもん。それにお茶も美味しいし、魔法だって、他のことだって、頑張ったのはそんなことする為じゃないでしょ?」
「あ……」
「絶対にさせないからねっ! 僕が頑張ったら、アイリスさんはそんなことしなくていいんでしょ?」
「そう、ですわね」
「じゃあ、僕も頑張るから、アイリスさんも頑張ろうね」
頭がいいから、とか、顔がいいから、とか、そんなの努力してない事にはならないんだ。
きっと綺麗で苦労なんて言葉とは関係ない様に見えるアイリスさんだって、今出来ることを最初からなんて出来ない。
綺麗なだけで中身は何もない。
そんな事を言わせない為に勉強して。
綺麗なら何でも思い通りになる。
そう思われたくないから自分で出来るようにして。
その評価がアイリスさんの思ったことと逆になる。
どうやっても、綺麗だから、が先に来ちゃう。
悔しくて泣いても、きっと、周りが助けてくれる。
綺麗だから。
何をしてもしなくても綺麗なアイリスさんは上手くいく。
上手くいく様にして貰える。
それじゃあ、アイリスさんはいてもいなくてもいい事になってしまうんじゃないだろうか。
それはとても怖い事だと思う。
「勇者様は……いえ、ユウトさんは、それが出来ますか?」
「分かんないから、ダメなときはアイリスさんに助けてって言うよ。だから助けてね? 僕もアイリスさんが助けてって言ったら頑張るから」
「……えぇ、分かりましたわ。お互いに頑張りましょうね」
そう、最初みたいに綺麗に笑うアイリスさんは、本当に綺麗で、謁見に呼ばれるまでの少しの時間だったけど、緊張も忘れて、楽しくおしゃべりが出来た。
本物のお姫様はもう少しお待ち下さいm(_ _)m