一つ星冒険者と初仕事
「はい、こちらが正規の冒険者票ですよ。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
受付のミーニャンさんに手渡された新しいタグを受け取ってお礼を言えば、微笑みながら頑張って下さいねと言われた。
二枚で一つのこのタグには、一枚が自分の名前などが書かれていて、何かあった時にその証拠としても使われる。
だから、大事にしないといけない。
そしてもう一枚が、僕の冒険者としての格を表すもので、タグの上部に小さな穴が空いている。
この穴の数で、〇つ星の冒険者などと呼ばれるんだとか。
なので、僕は一つ星冒険者と言うことになる。
見習いからは上がったけど、一つ星も正規の冒険者としては見習いみたいなものらしくて、一般的な冒険者、となると結局二つ星になるんだそうだけど。
ただ、一つ星冒険者になると勧誘しても良くなるからか、パーティを組んだりして一気に冒険者らしくなる。
まぁ、僕にはあんまり関係ないけど。
貴族のお坊ちゃんとして見られてる同じ一つ星冒険者からは距離を置かれてるし、僕の事を見定めに来ていた人達は、格が違うからパーティにはなれない。
もっと大きな集団のクランなら入れなくはないけど、貴族の僕は扱いが面倒な事になるので歓迎はされなそうだと聞いた。
で、真っ当な貴族は自分の家の家臣団みたいなものや、元々付き合いのある人で周りを固めるから、僕の入る余地はない。
エランシアは貴族と平民とで軋轢があるってことも無いけど、壁はある感じだから、そのどちらにも繋がりがない僕は、とっても面倒くさい感じになる。
僕の立ち位置が微妙なバランスの上にあるから仕方ないんだけど、心の奥がシクシクする。
ノトン達と一緒に冒険者出来たらいいんだけど、ノトンはともかく他の子には歓迎されてなさそうだし、ノトンと仲がいいからって押しかける訳にも行かない。
つまり、僕は、ぼっちなわけだよね。
屋敷でのみんなの過保護っぷりと、外での扱いの差に溜息をつきたいけど、みんなを不安にさせたくないし、相談したところでじゃあどうするか、となれば、アイリスさんやボラ、後はダスランさんに話を持っていくしか出来ないわけで、そうすれば結局は貴族のゴリ押しになりかねない。
というかならざるを得ない。
勇者という肩書きも使えない。使いたい訳じゃないけど、こうなると勇者ってなんだろうって思えてくる。
お披露目の日ももうすぐだし、そういう布告もされてるからチラホラと話を聞くようにはなった。
けど、僕の事を話されてるはずなのに勇者というものを誰も見た事がないからか、僕の事とは到底思えない。
曰く
筋骨隆々たる偉丈夫である、だとか。
見目麗しい青年である、だとか。
話もごちゃごちゃしてる。
物理で殴る系なのかと魔法で殴る系なのかも分かれてて、もう何が何だか。
こんなので僕が勇者です、と言ってみんな納得するのかとても不安になる。
とはいえ、僕に出来るのはそんなに多くないから、今は勇者としての実力を上げるために冒険者を頑張るってことだけなんだけどね。
一つ星冒険者用の依頼はカウンターのところで受付さんにお願いされる形じゃなくて自分で決めてこれやりたいです、って持っていく形になるから、そこはなんかワクワクする。
自分で決めてやる仕事ってそれだけで僕でもしっかりした大人になった気分がする。
そう思って依頼票を見てるんだけど、あんまりパッとした感じに見えない。
これはもっと早い時間か遅い時間かに来ないとダメな感じなのかな。
あ
ウサギ肉の依頼票だ。
これなら僕にも出来るよね。
一匹で銅銭二枚なら良さそうだけどなんで残ってるんだろう。
と思ったら、皮剥ぎとかまでちゃんとやって、更に10匹以上かぁ、一匹でもいいなら見つけた時に片手間でいいけど、まとめてだと割に合わない、のかな。
上限はないみたいだから、多い分にはいいんだろうけど、どうしよう。10匹も見つけられるかな……。
期限は明後日までになってるね。もう少し時間あればいいのに、やっぱりお肉が腐っちゃうからかな。
「ねぇ、ソレ、やるの? やらないの?」
「わ……」
ひょこりと横から覗き込まれて一歩下がる。
そうして見れば、金髪で綺麗なエメラルドグリーンの瞳をした女の人が僕を軽く睨むようにして腰をかがめていた。
ローブみたいな服を着てるから魔法使いの人かな。
「ちょっと……聞いてる? そのウサギ肉の依頼、やるの?
やらないの?」
「あ、えと、どうしようかなって、思ってまして。ウサギを捌くのは出来るんですけど、10匹見つけるのが問題かなって」
「捌く、って、あー、ホントだ。10匹とか書いてあるからそこまでは求めてないと思っちゃってたわ」
「そうなんですか?」
「そりゃ……ってキミ新人か。んー、つまりね、10匹って普通はすぐに食べられないわけよ。お店やってるならともかくね、そこは分かる?」
「はい」
魔法使いのお姉さんが色々と説明してくれて分かった。
確かに。
お店やってるなら、こんな期限切らないで定期依頼という方に出すんだとか。
それを期限切りして出してる以上、腐らせないようにするなら、生け捕りとかにするのかと思ったそう。
ウサギ一匹で銅銭二枚は高めだから、面倒な事があって嫌厭されてたのではないかと、そういう事らしい。
お姉さん、生け捕りは出来るんだ。
そっちの方が難しそうだけど。
「んー……ねえ、キミって捌くのは得意なの?」
「はい、多分? 50匹くらいなら訓練でやった事あるので大丈夫だと思います。ウサギさえあるならですけど」
「ごじゅ!? そ、そんなには必要ないけどね」
「そうですね、10匹でいいですし」
「そ、それだったら、なんだけど……キミさえ良かったら、ね、私と一緒に、やるのは、どうかな?」
「お姉さんと、ですか?」
「そ、そう! 私、ウサギ捕まえたりは出来るから、キミはそれを捌く役って事で、ダメ?」
なんか、お姉さんも凄く必死な感じがあるけど、僕にとっても渡りに船だから、とてもありがたい。
「僕で良ければ、よろしくお願いします」
「ほんと!? じ、じゃあ、さっそく受付しよっか!」
パッと笑顔になったお姉さんが依頼票を剥がして、一緒に行こうと僕に手を伸ばした。
「レア〜? おっまえ、新人のガキを誑し込んでまぁた寄生でもすんのかァ? アァ?」
そこに粘つくような声がかかって、お姉さんの手がビクリと止まり、さっと顔色も悪くなった。
僕は殊更ゆっくりとした動作を意識して横を向き、隣に立った男を見上げる。
そこには、厭らしくにやつく顔を隠しもしない魔法使い風の男が居た。
お姉さんと同じ様な服装だから、もしかしたら何か学校みたいなところの制服なのかもしれない。
その赤毛をざんばらにした男が、馴れ馴れしく僕の肩に手を置いて、まるで僕の味方かのようにして、お姉さんを責める。
「お前さァ、大した魔法も使えねェからって何度もパーティから追い出されたからってなァ。不慣れな新人にまでメイワクかけようだなんてよォ、悪いと思わねェの? しっかもちゃっかり有能だってウワサの新人に声かけるたァ……はー、お前そこまで寄生根性座ってるとか、終わってね?」
「ち、ちが……私は……そんな……っ」
「なァ、お前ユウトだろう? お前、この愚図が今までどれくらいパーティにメイワクかけてきたか、知ってるかァ? 全くよォ、こういう恥知らずがいるから魔法使いのイメージっての? そーゆーんが悪くなるんだよ。誰からもパーティに誘われないどころか、断られててそれでも齧り付いてみっともねェったら。な、オレが親切に教えてやるけど、コイツとは組まねェ方がいいぞ」
「………………」
そう忠告してくるこの男は、何なのだろうか。
形としては親切ぶってるつもりなのかもしれないけど、お姉さんを貶めて悦に入ってるのがよく分かる。
きっとここで、僕がこの後に起こる面倒を嫌ってお姉さんから離れたら、それで終わるんだろう。
僕にとっては。
それでお姉さんはどうなるかなんて、お姉さんを見なくても分かる。
諦める。
俯いて、ギュッと握っていた拳からふっと力が抜けるのが分かった。
仕方ない、とそんな声が聞こえてきそうだ。
「そうですか……忠告、ありがとうございます」
「オゥ、いーぜ、気にすんな、オレはいたいけな冒険者にたかろうって根性曲がった奴をそのままにしておけねェだけだからよォ! ハハハ!」
「っ……」
「じゃあ、レアさん、行きましょうか」
「……え?」
「はァ!? て、てめぇ、話聞いてたのか!?」
「聞きましたけど、僕が見たわけじゃないですし、親切にして下さって申し訳ないんですけど、僕が気にしてませんので。それ以上何か必要ですか?」
「……チッ」
ギロリと睨みつけてから足音高くギルドから去って行く男を見送ってから、まだ青い顔をしたレアさんの手を取った。
緊張に汗ばむレアさんの手は酷く冷たくて、それを少しでも温められたらとギュッと握ってから、意識して笑いかけた。
「ね、行きましょう?」
「あ……あの、ね? 騙そうとか、思ってた訳じゃないの……」
「分かってますから大丈夫ですよ」
「でも、私が色んなパーティから追い出されてるのも、ホントの事だから……だからね、えっと……」
「僕はレアさんが良いなって思いましたから、それじゃダメですか?」
「うぅん……あ、ありがと」
泣きそうな顔でぎこちなく笑ったレアさんと受付に行けば、ミーニャンさんが、ニコニコ……じゃないね、ニヤニヤしながら手を出してきた。
「依頼票を承ります」
「……はい」
「お仕事はデートじゃないですからねー」
「今の見てたでしょ!?」
「悪い魔法使いから可憐なお姫様を護る騎士様の勇姿なら拝見させて頂きましたが」
「……悪い魔法使いをギルドでは放置するんですか?」
「口喧嘩にまでは関与しませんよ。そこまで暇ではありませんので」
「あんな風に他の人をバカにする言動も自由なんですか?」
「自由ですよ。まぁ、その責任は何処かで取る事になるとは思いますが」
「……いいんだ。私がダメなのは事実だから」
「レアさん、それは違いますよ!」
自嘲したように疲れた笑みを浮かべるレアさんは、きっとここに来る前の僕と同じなんだ。
何をしても変わらないと、藻掻いて、足掻いて、それでもどうにもならなかった僕と。
僕がここに来て、みんなに優しくして貰ったのを僕が返せるなら、返さないといけないと思う。
「僕はレアさんの事はほとんど何も知りません。でも、もしもあの男が言った事が事実でも、それで人を傷つけていい事にはなりません。例えは悪いですけど、ハゲてる人に事実だからってバカにしてハゲとか言うのは悪い事だと思いませんか? 言われて当然だと思いますか?」
「それは、違うと思うけど……私のは他の人に迷惑がかかっちゃうから……」
「じゃあ尚更問題ないですね! 僕はレアさんに迷惑かけられてませんから!」
「はーい、イチャつくのは外でお願いします。受理したからお仕事へ行ってくださいねー」
「「イチャついてません!」」
「じゃあ、その手を離したらどうですか?」
「「!」」
そういえば手を繋いだままだった。
少し前まで顔を青くしていたレアさんが顔を真っ赤にして慌てて手を離そうとするのをあえて握り直しておく。
「ちょ……っ!」
「僕達はもう仲良しですから!」
「はいはい、程々にね?」
「はーい」
「は、離してっ!」
「さぁ、行きましょうレアさん」
「い、行くから、離してっ!」
「行ってらっしゃい」
そうして、ギルドから外に出た僕達は、仁王立ちするマジモさんと、冷たい笑顔のリリに出迎えられた。
「よぅ色男。で、ハゲってのは誰のことだ?」
「マジモさんのことだなんて一言も言ってませんけど!?」
「ユウト様、なんでぽっと出の女とデート?」
「デートじゃないよ!? お仕事!」
「よしよし、詳しい話はそこで聞いてやろう付き合え」
「そこの女も来て?」
「は、はいぃっ!」
マジモさんの頭については申し訳ありません。
どこかで言及してるつもりでしたが、どこにも無かった気がします!
折を見て修正入れるかもしれません。
マジモさんがハゲマッチョなのは私の中で確定的に明らかだったのですっぽ抜けたんですね。
気をつけます!
看板娘のエルシーちゃんはこのハゲオヤジのどこに……(酷)