黒毛ウサギに感謝 (side サティ)
夕方になってあたいの仕事は終わった。
仕事仲間にお疲れーと声をかけて外に出ると、ほうと息を吐く。
独り立ちして、なんとかやっては行けてる。
あたいも大人になったもんだと思いながら、足早に下宿先に向かう。
今日は懐かしい顔が綺麗な顔を引っさげてやってきた。
格好を見るに冒険者になったんだと分かる。
本当にノトンは馬鹿だ。
世話になった義母さんを悲しませる事にならないといい。
毎年、巣立った中の誰かが居なくなったと聞く。
その事を知る度に義母さんが人知れず泣いている事をあの馬鹿は知らないんだろう。
だから、あたいは危険な仕事はしないと決めた。
夜の仕事も義母さんはいい顔をしないだろうから、やらない。
女が一人で生きていくのは中々苦しいけど、義母さんに嫌な思いをして欲しくないから頑張れるんだ。
あたいは、義母さんと自分自身に誇れる自分でいたい。
身寄りのない孤児のなけなしの意地だけどね。
でも、ノトンみたいにあたいの働く店に来てくれる奴は嬉しくもある。
ままならないけど、これもあたいの選択の結果だから、成長したチビ共が稼いでるんだと分かっても笑って応援してやれる。
だからどうか、死なないで欲しい。
冒険者で立派になれなくてもいい。
五体満足でちゃんと大人になって、それでちゃんと誰かを幸せに出来る男になって欲しい。
ところで、今日連れてきた貴族の子とはどういう繋がりなのか。
何かノトンが感謝していた感じもあるけど、貴族の子、ユウトだったかも感謝していた感じもあった。
お互いに感謝しているというのはなんなのか。
仮にもこちらは孤児、向こうは貴族だ。
何があればそんなことになるのだろう。
「ただいまー」
「おかえりー」
「……くんくん」
「なに? どしたの?」
「またお肉あるの?」
「あるよー」
「「ウサギ」」
いや、贅沢を言うつもりは無い。
お肉はどうしても高いし、いつもは豆なんだから。
チラッと見ればお鍋でくつくつと煮られた野菜の中にコロコロとお肉が入ってるぽい。
数日前に新規の貴族様の冒険者が顔見せをしてたというそのお零れが、こうしてあたいらにまで回ってくるとはなかなか。
「マスターもお店で出しちゃえばいいのにねぇ」
「「貰いもんで金は取れねえ!」」
「だもんねー」
「ま、あたいらにしてみればありがたい限りだよね。貴族様様ってね」
「そうそう。とゆか、アイツらもウサギは飽きたとか仮にもお肉様に対して何たる侮辱」
「そーだそーだ! いいぞ、あたいらが食う!」
「もっと飽きていいね!」
「……あ」
というか、あの子がまさかそうなんじゃ……?
明らかに貴族っぽい仕立てのいい服着てたし。
なんか頼りない感じだったけど、そんな話じゃなかったっけ?
「どしたの?」
「ケシェラ。ウサギの子ってどんな子だったっけ?」
「え? なに?」
「あたい話あんま聞いてなかったけど、どんな子だって話だった?」
「え〜? 何だったかな。頼りない感じだけど優秀で……黒髪の男の子じゃなかった? 可愛い感じだって言ってた気もする」
「マジかー……」
「なになに?」
「……その子、今日ウチに来てたかも……」
「……は?」
ノトンに気を取られすぎてたなぁ。
あの子がそうか。ウサギの子。
ポカンとした顔のケシェラに今日の昼に来てた貴族っぽい子の話をすれば、胡散臭そうな顔になった。何故。
「そもそもマスターには悪いけど、ウチは貴族様が来るようなお店じゃないでしょ」
「そうなんだけど……でも、服にツギハギもないし、どう見ても新品で仕立てた服なんだよね」
「それだけ?」
「背格好もエルシーと同じくらいだったと思う」
「それで艶々の黒髪」
「そう」
「「…………」」
本当の本当にそうだとしたら、ますますノトンとの繋がりが分からないけど、アイツ後で絞めないと。
まさか貴族だと分からずに付き合ってるなんて事は流石にないと思いたいけど、ノトンは馬鹿だから。
いやでも、パーティは孤児仲間で固めてるだろうし、揃って馬鹿ってことは無い、はず。
えぇと、ノトンと同期くらいだと、カナロ、マイ、ジャザ辺り?
見事に馬鹿揃いな気がしてきた。
キナ、タタタがいればいいんだけど、どうかな。
今度顔見に行かないとダメな気がしてきた。
「すっごい不安になってきた……」
「いや、決まりじゃないし、大丈夫だよ、多分」
「ほんとにそう思う?」
「思う思う」
「本音は?」
「お願いだから面倒なことにならないで」
「この正直者ー!」
「わぁ! 危ない! 危ないからっ!」
「ただいま戻りました」
「「おかえりー」」
「何をされてるので?」
台所でわちゃわちゃとしてたらノノも帰ってきた。
ついこの前からあたい達の下宿に転がり込んできたノノもどう見ても良いとこのお嬢さん。
まぁ、あたいらは過去とかどうでもいいんだけど。
何とか馴染もうと苦心してるぽいからまぁ、暖かく見守ってる。
だって、良いとこのお嬢さんがこんな場末にいるんだ。
何かあったに決まってるし、それがいい事なわけもない。
女は何かといえば面倒なことに巻き込まれやすいんだから、固まって生きていくしかないんだ。
「仲良しなのは良いですけど、ご飯ダメにしないでくださいね」
「その時はサティが肉買いに行くから」
「あたいは潔く諦めるよ、悪いねウサギ」
「反省しろよ」
「あたいは過去に縛られないオンナだから」
「サティの隠してたお菓子を食べたのはアリンだよ」
「やっぱり! 今度シバくかあの猥褻物」
「過去に縛られないんじゃないのですか?」
「甘いものの恨みは忘れない!」
「自由だなぁ!」
そうやってケシェラと笑えば、口に手を当ててくすくすとノノも笑った。
お上品か!
まぁ、笑えるのはいい事だよね。
泣いてたって何の役にも立たないんだから、何か些細なことでも笑顔になれるなら大丈夫。
ほどなく、ウサギ肉の入った豪華なスープと少し固くなったパンで夕食を摂る。
アリンは娼婦の仕事もあるから、夕食は大体三人。
ちゃんとしたお店で働いてる訳じゃないから日によっては居たりするけど。
「そういえば、ここ数日やたらと私のおしりが狙われてるんですけど何か知りません?」
「ノノが鉄壁だから」
「はい?」
「賭けになってるよ! だれが最初にノノのおしりに触れるかで」
「バカなのですか……」
「バカなんだよ」
「止めて欲しけりゃ誰かに触られると良いよ」
「お断りします」
「ちなみに失敗したら銅銭積み立てらしいから、今結構いい感じだよ」
「つまり、私が狙われるのはもう仕方ないんですね?」
「そうとも言う」
「減るもんじゃないんだからいいじゃない」
「安売りは致しませんので」
「勝ったやつがデート出来るって噂になってるから、諦める時は相手選ぶんだよ?」
「え……それ、お断り出来るのですよね!?」
「お店の迷惑にならないようにしてね」
「えぇー……」
「イケメンならいいじゃん」
「顔で殿方を選ぶつもりはありませんので」
「ほぅ……つまり何ならノノはいいと」
「誠実な方でないと」
「じゃあこれからも積み上げ続けないとね」
「面倒な……」
「高嶺のしり、ノノ」
「それだと私の価値がおしりにしか無いみたいじゃないですか」
「まぁおっぱいは──」
「ありますから」
「いや、なくはないけど」
「ありますから」
「え、おっぱい狙われたいの?」
「指を折りますね」
「「うわぁ……」」
「乙女の体は安くないんですよ」
「アリンに聞かせたいセリフだ」
「アリンは楽しんでるからなぁ」
三人でため息をつく。
別にあたいらだってそんなに悪くないんだけどね。
ケシェラは、少し日に焼けた健康的な肉体にワイン色のみたいな波打つ髪が色気があるし、少しキツめの顔つきも笑うと途端に緩むから愛嬌があるし、人気がある。
ノノはもう、これぞお嬢様! みたいな感じだし、その割にお高くとまってるわけでもないし、客のことをよく見てて気遣い上手なもんだから日は浅いけど結構な人たらしだし。
あたいはまぁ、気安い感じ、だと思うから割とみんなと仲良いし、女と見られてなさそうなのは癪だけど、この三人の中では多分一番体型は男好きする、はず。贔屓目じゃなくて。
それなのになんであたいが一番女に見られてないのかは納得いかないけど。
しかし、アリンにはみんな負ける。女として。
真似できるかと言われると出来ないけど。
どうやったらあんなに育つのか、肩こるぅ、とか言いながらそこらに乗せるアレはあたいらと同じものなのかと。
そのくせクビレはしっかりあるし、腰の位置高いし、手足もスラッとしてるし、なんなのか。
それで高飛車ならなんの呵責もなく妬めるものを本人はどう考えてもいい子で、男女の境なく優しさ全開。
しかし夜の仕事は好きでやってるという。
ほんとにどうやったらあんな育ち方するのか。
まぁ、そんな事は置いといて、だ。
あの子、ユウトが最近冒険者になった貴族の子だとしたらウサギの事に感謝しなくちゃ。
知らなかったならともかく知っちゃったらそのままにしとくのはなんか悪いしね。
次来たら何かサービスしてあげないとなぁ。
いや、いくら何でもそんなホイホイ来ないか。
来ない……と思うけど、毎日お肉食べておいて何も言わないのはダメだよなぁ。
あたいがいつもいる訳でもないし。
「ノノー」
「……なんですか?」
「さっきさ、ケシェラにはちょこっと話したんだけど、このウサギの子がさ、ウチに来てたっぽいんだよね」
「はい? ウチは貴族の子息の方が来るお店ではないと思うのですが」
「そーなんだけど! 来てたんだってば」
「はぁ……」
「それで、また来るかは分かんないけど、もし来たら何かサービスしてあげて? あたいらのウサギ肉はそのユウトがくれたものだからさ」
「サービス、と言いましても……ユウト様は食が細いですから大盛りにしても困ってしまわれるのでは?」
「あ、そっか……確かに……でも、まだ子供だし酒って訳にも行かないしなぁ」
「いやまてサティ。ノノがなんでユウト? の食が細いこと知ってるかを疑問に思おう?」
「……ホントだ!」
「あ……」
気まずげにつーと目を逸らしたノノにあたいらはニヤァと顔を崩す。
「そこんとこ!」
「くわしく!」
「「聞かせてもらおうかっっ!!」」
あんなお坊ちゃんとどこでご飯してたのかなぁ?
詰め寄るあたいらにさっと手を顔の前に掲げて隠れるノノだけど、隠してたとしてもわざわざ見せられたら突っ込ませてもらおうかなぁ!
「い、いや、その……昔の事はあまり聞かない感じじゃなかったですか?」
「そりゃ、わざわざ根掘り葉掘り聞いたりはしないけど、ねぇ?」
「そのユウトの情報はうちらも聞いておかないと対応困るし、ねぇ?」
「「いいからそこだけ話せ」」
「あぁ……私の馬鹿っ……」
ガッシと両脇を固めれば、諦めた様に肩を落とした。
まぁ、あれよ。
少しは吐き出せってね。
溜め込んでてもいい事ないんだから。
話せる事は話しといた方がいい。
「というか、本当にユウト様が来られたんですか?」
「ノトンはユウトって呼んでたよ」
「でもって、黒髪の可愛げのある男の子だって」
「そうですか……なら、ユウト様の可能性が高いですね」
「それで、ノノはどーしてユウトとお食事なんてしたのかなぁ」
「……縁がありまして、一度だけ、食事を同席させて頂く機会があっただけですよ」
「ほんとにそれだけ?」
「……? それだけ、とは?」
「デートじゃなくて?」
「で!? 全然違いますよ! そんな事はしてません!」
「なぁんだ……」
「つまんねー……」
「聞いておいて酷いですよ……」
ジロリとあたいらを睨んでから苦笑して酒に手をつけるノノ。
それを挟んで、あたいらも苦笑した。
何かあったのはそこら辺じゃなさそうだ。
でもって、おそらくノノは城務めだったんだろうね。
貴族相手で、偶然に食事を一緒出来る場所。
ノノは、貴族ではなさそう。
もしくは力のない貴族。
とすると、ユウトは騎士家かな。
騎士家だと家名聞いても分からないかなぁ。
アリンが前に騎士様と遊んだ時に、騎士達も使う食堂は立派とかそんな話してたし。
で、ノノが何かやらかして城から出たとすると、誰かの侍女か、それに近い立場ってとこかな。
このうっかりでノノが言った通りだとすると、だけど。
でもなぁ……
ノノの態度が、なんか気にかかるかなぁ。
ユウトがそこらの貴族様だとするとちょっと、恐れ多い的な態度が分かんないなぁ。
かといって大貴族と食事するなんて偶然には出来ないだろうし。
なんかちぐはぐな感じがする。
大貴族がウチの店で食べる?
うぅん……?
騎士家に対して凄く敬う?
むむむ……
何か恩があるとか?
人生激変しても忘れない恩て何よ?
なんか、逆に謎な感じになった気がする。
ただ、扱いの難しそうな感じなのは分かったから、ノトン達にもそこらへん言っておいてあげないと。
貴族だとまでは分かっても、どこまでが許されるかは家の規模で全然変わるんだから。