親友は肉で出来る
「ほら、坊主。これ持ってきな」
「わっ、とっとっ……」
親方さんから割符という半分に割った板を貰って、というか投げられて何とかキャッチ。
その慌てた感じをみんなに笑われつつ今日のお仕事も終わった。
最初は、僕みたいな子供が仕事に来たって言っても邪険にされないかな、とか思ってたけど、僕みたいな冒険者の見習いしてる少年少女の他にも、おそらく孤児な気のする僕よりも小さい子まで細々とした雑用とかをしてて、考え方が甘かったと分かった。
どこの場所に行っても、何の仕事をしに行っても、大抵は僕みたいな子供が混じってる。
僕は冒険者見習いだから、割符を持って帰ってギルドでお金を貰うけど、そうじゃない子達はその場でお小遣いみたいに手渡しされてる。
僕には僕の事情があるけど、他の子にも当然他の子の事情はあって、僕が考え無しに冒険者の見習いにはならないのかって聞いたら、口を尖らせてお前みたいな金持ちな奴じゃないとお金が無くてジリ貧なんだと言われた。
専門で仕事を請け負ってる人達はプロ。
僕達みたいなお手伝いは当然オマケだから。
プロになるには、それこそ才能が必要だし、努力も同じように必要。
だから、住み込みの仕事が許されるレベルまで認めて貰えないとそうそうちゃんとは雇ってはくれない。
雑用ならまだしも。
後ろ盾がないという事はそういう事。
そして、見習いの仕事は、仕事を真面目にやれるかどうかを見る為の仕事で、本業は街の外に出たり迷宮に潜ったりする事だから、そのための準備を自分でしないといけない。
当たり前の事だった。
何もかも、屋敷のみんなに用意されて教えて貰うままに道を歩いてきたのが僕だ。
僕は甘い。とても甘かった。
みんなに支えてもらうばっかりだった。
仕方ないとは言いたくないけど、仕方ないところもある。
それでも、僕は少なくともこの世界では基本的な立ち位置がとても恵まれている事に気付けなかった。
もちろん、他の子は僕みたいに訳もわからず見知らぬ場所で勇者をやれなんて言われてはいないけど、とりあえずの生活は保証されてて、みんなに優しくして貰って、それが恵まれてることをちゃんと分かってなかった。
僕に馬鹿な質問をされて、むくれつつ答えてくれたあの子に僕は何も言えなかった。
恥ずかしい。
もう一度会えたら謝りたいけど、謝るのが正しい事なのかも分からない。
モヤモヤとしたものを抱えつつも、僕は自分にやれる事をやるしかなくて、今日も二つ貰った割符を渡しにギルドの扉を開けた。
「あ! ゆうちゃん、おかえりなさぁい。お仕事ちゃんと出来たぁ?」
「はい。ミルルさん、これお願いします」
「はぁい♪ 今日も割符二枚だねぇ。ゆうちゃんは頑張り屋さんだねぇ」
「あはは……どうでしょうねー」
にっこにっこと笑う受付のミルルさんは、この世界でも初めて見たピンクヘアーなお姉さん。
すごい色だけど、愛嬌のある人だから、とても人気があるみたい。主に男の人に。
いつも甘ったるい香水付けてて、これが大人の女の人の魅力なのかなと思った。
同じところ探すのが難しいくらいだけど、そんなところが、ちょっとお母さんに似てる、かもしれない。
「はぁい、じゃあ手を出して♪」
「はい」
「お疲れ様ぁ。後いっこで見習いは卒業になるからねぇ。おねーさんおーえんしてるからぁ、頑張ってネ!」
「分かりました」
ミルルさんが優しく両手で渡してくれた銀貨2枚をポーチに入れて、ブンブン手を振るミルルさんに頭を下げてギルドから外に出る。
本当はもう少し、出来れば銀貨3枚貰えるまで仕事を続けたい所だけど、アイスとゼリーの販売に向けて殿下の遣いの人とか、プジョリさんの遣いの人とかが来るからってお昼を回ったくらいで仕事を終わらせるのが僕の日常になってる。
これも、僕と他の子との間に壁が出来る原因かもしれない。
貴族の道楽をしてるみたいに見えてしまうらしい。
本当は違うんだけど、販売前に商品の事を話す訳にもいかないし、誤魔化さないといけないから、どうしても距離が詰められない。
それが、分かるから、腫れ物扱いされちゃう。
少し懐かしい感じすらするけど、やっぱり気分は良くない。
でも、このままじゃこの先やって行けないから、何とかしようって事で、僕はお昼ご飯は外で食べる事にした。
資金は稼いだお金だけ。
まぁ、それでも余裕はあるから、実際は食べ放題みたいなものだけど。
ここ何日かで随分と色々歩き回ったから、僕も入ってみたいお店はいくつか候補あるんだけど、どこにしようかな。
「あれ? ユウトじゃん。何してんだ?」
「ノトン?」
「よお。そっちは相変わらず順調そうだな」
「あはは、うん、まぁそこそこ?」
「なーにがそこそこだよー。オレはまぁユウトのおかげで助かったから許してやるけどよ」
先に行っててくれと、パーティメンバーに言うとこっちに来たノトンは、最初の仕事で色々教えてくれた子だ。
それでやり方を知った僕が、事情があって少し離れないと行けなくなったノトンの代わりに仲間だと言ってその分の仕事を受け持った。
帰ってきたノトンは仕事をサボったと謝りに来たけど、仲間の僕がやったからとお目こぼしをされた事でそれを律儀に感謝してくれてる。
僕の方こそ助けられたんだから、そんなに気にしなくていいんだけど、嫌厭されがちな僕にとってはとても嬉しい繋がりだと思う。
「みんなの方はいいの?」
「あぁ、これからチビ達に土産持ってくだけだからな。そしたら今日は休みって事になってるから大丈夫だぜ。そっちは?」
「僕も終わり。これからご飯にしようかなって」
「かー! いいねぇ、お前はそこらへん楽で!」
「あはは……」
ニカッと笑いながらだから本心で妬んでるわけじゃないのは分かってるけど、ちょっと胸が痛い。
そう思っていたらゴツンと頭を殴られた。
「いたぁ!?」
「何、気にしてんだ。んなもんみんなそれぞれだろ?」
「そ、そうだけど、何も殴らなくてもいいじゃない」
「オレには出来ないね。家の為に冒険者になるなんて。家族の為になら頑張れるけどな」
「同じだよそれ」
「ちげえよ。そっちはイザとなったら逃げられんだろ。オレ達は逃げらんねぇからな。なのに逃げねえんだもんよ。お前の方がすげえよ」
「みんなそれぞれ、なんでしょ?」
「いうじゃんか! はは、いいぜ」
少し驚いた様な顔をしたノトンが笑うのに釣られて僕も笑顔になる。
そこではたと気づいた。
「あ」
「なんだ?」
「ノトンさ、良いお店知らない?」
「なんだ、昼飯のか?」
「そう。出来れば僕が知らなそうなとこ」
「いーのかよ。貴族が、んなとこで飯食って」
「今の僕は冒険者だからね。教えてくれたらご飯奢るよ」
「マジか! よっしゃ、任せろ親友!」
「安いなぁ、ノトンはー」
「いいんだよ、そんくらいで」
そうして案内されるままに連れていかれたのは、気にはなってたけど入ろうとは思ってなかったお店の一つだった。
人の出入りの多いところは人気があるって事だもんね。
だから、気にはなってたけど、ここ十日くらいですでに乱闘騒ぎが二回も起きてるお店だったから遠慮してた。
ともあれ、ここエランシアで人気が出るという事がどんな事なのかを僕はもっと深く考えないといけなかったと気づいた。
いつもはお店の中で食べても、比較的大人しいお店を選んでたから分からなかったけど、ここの人達は基本的によく食べる。
体が資本の人が多いからだけど、つまりは、ノトンがヨダレを垂らさんとするご飯というのは、まず、量から入る。
そして、お肉だ。お肉なんだ。
ノトンの肉定一つ! という声に何も考えずにじゃあ僕もそれで、と答えたのが間違いだった。
ウェイトレスさんのやるじゃん、みたいなニヤリとした顔をもっとよく考えておけば良かったと思っても後の祭り。
「おまちどおー!」
「待ってましたー!」
「おぉ……」
ゴン! と置かれたお皿には肉塊とその上にこれでもかと盛られた屑野菜の炒め物。スパイシーな香りが、食欲をそそるけど、ボリュームがちょっとオカシイ。
他の人たちも食べてたけど、コレの事だとは思わなかった。
そこに丸パンまで持ってこられて僕は食べきることを諦めた。
「ノトン、これ食べられるの?」
「ばっか、お前、こんなのいつ食べられるか分かんねえんだから、食べるに決まってんだろ!」
「僕、半分くらい残しちゃいそう」
「マジかよ、残りは任せろ!?」
「任せた」
おお神よ! と言わんばかりに目をキラキラさせて僕を拝むノトンにそういうの良いからと食べてみれば、味は濃いめだけど、凄く美味しい。
二人で無言で夢中になって食べれば、あっという間に食べ切った。
ノトンが。
「美味かったー!」
「いや、ノトン、ちゃんと噛んで食べたの?」
「噛んだ噛んだ。いや、腹いっぱいだわ」
「ほんとに食べきるんだ」
「なんだよ、お前、まさかもう食べらんねえのか?」
「僕としてはよく食べた方だよ」
スっと皿をノトンの方に押しやれば、目を輝かせてフォークを構えた。
「ほら、坊ちゃん、水でも飲みなー」
「あ、ありがとうございます」
そこに先程のウェイトレスさんが来て、苦笑しながら僕に水の入ったコップを渡してくれた。
「ったくもう……ノトン、こんな場所に良いとこの坊ちゃん連れてくんじゃないよ」
「サティ姉、んな事言ってもオレここのメシ食いてえし」
「バカだね、あんたは。もうちょっと相手で店選びなって事だよ」
「僕が頼んだことなので……」
「っても、食べきれなかっただろ。丸パンは持って帰って良いけど、どうする?」
「ノトンのお土産でいいよ」
「やりぃ!」
「あんたは遠慮ってもんを覚えな! 悪いね、世話になってるみたいで」
「僕はノトンに助けられたのでお礼みたいなものだから」
「へ〜ぇ、よく出来た子じゃないか。あたしはサティってんだ。ここで何かあったらよくしてあげるから、気が向いたらまたおいでよ?」
「はい、是非」
「ごっそさーん! はぁ……腹いっぱいだ」
「あいよ」
そういえば、ノトンはサティさんを姉だと言ってるけど、血の繋がりはない、んだよね、多分。
ノトンは赤銅色のツンツンヘアで、サティさんは白茶色? とでも言えばいいのか、薄茶色よりももう少し白っぽい感じだし、肌の色もノトンは浅黒い感じだけど、サティさんは小麦肌な感じ。
姉弟感は全くない。
だからってわけじゃないけど、近所のお姉さんかもしれないしね。
でも、何となく分かった。
ノトンとサティさんは孤児院出なんだろう。
きっと苦労する事も多かったはずだけど、遠慮もなくやりあう二人が少しだけ羨ましかった。
屋敷のみんなは優しい。
他にも良くしてくれてる人も多い。
でも、みんな大人だった。
ピエレは同じくらいだけど、滅多に会えないし、会えても周りに注意しないといけない。
だから、家族でもなく、ただの友人なわけでもないけど、気の置けない関係がある事が、とても眩しくて、胸が締め付けられる程の羨望を感じた。
贅沢なことだ。
前はほとんど何も無くて、今は恵まれてるのに、それじゃあ足りないと思うなんて、僕は欲張りになった。
だからといって、ノトンに羨ましいなんて、言えない。
そんな事を言ったら、馬鹿にしてると思われても仕方ない。
今、対等に近い関係で付き合える顔見知りなんて、ノトンくらいしかいないのに、そこが拗れちゃったら、今の幸せを知った僕は耐えられないかもしれない。
上手く笑えてるかな。
ノトンとサティさんと別れた後は、足取りも重く屋敷に帰った。
少し心配させたけど、疲れただけだって言っておいた。
こんな下らない事で心配させた事が申し訳ない。
だから、明日からは気持ちを切り替えていこう。
大丈夫。