足りないもの、必要なもの (side メノ)
「ユウト様、遅くないでしょうか」
「まだそんなに時間は経っていないぞ。メノは本当に心配性だな。主様なら何も問題はない」
そうは言いますが、ユウト様が外に出てお金を稼ぐなど、怪我でもしたらどうするつもりでしょうか。
歯痒いと、この身の弱さに忸怩たる思いが募ります。
わたくし達が求められている役割は、ユウト様のしがらみになる事と、集約すればそこに尽きるわけですが、テリア、リュリュとは立ち位置が違います。
テリアは、その明け透けな性格で懐に深く入り込む事を。
有り体に言えば、恋人、は言い過ぎにしても愛人くらいは狙う形ですね。
リュリュは、その隔絶した美貌で虜にする事を。
有り体に言えば、鑑賞用、そして欲望の沼に引きずり込む事を狙う形ですね。
そして、わたくしは、樹精の力で傀儡にする事を。
勿論、そんなことをするつもりは欠片もありませんが、このまま状況が動かなければ、役立たずとしての処分や他の手を使う事は目に見えています。
その前に何としてもユウト様自身のお力を高めねばなりません。
次善としては、現状維持、最悪でもユウト様の自由を確保出来るくらいは立場を固めないとなりません。
「もう少し、ボラ様を信じてはどうだ」
「はい?」
「あの方は己を曲げたりはしない。なんの為にオルトレート卿が勇者の側仕えにボラ様をねじ込んだと思っている。政の道具にさせない為だぞ」
少し意外な感じがしてペリスイテス様を見やれば、こちらを見るでもなく、ユウト様のいらっしゃる方を見ながら紅茶を啜っていた。
「お前達が、何を思っているかは知らぬが、ボラ様ほど高潔なお方はそうそう居られまいよ」
「ボラ様は裏表のない方だとは思いますが、高潔さはちょっと」
「ふ、やはり見えぬものか」
「いえ、そうではなく……」
「あぁ、皆まで言うな。分かってる」
絶対に分かってないのはペリスイテス様だと思います。
ボラ様は本当にやりたい様にしているだけで、高潔とは程遠い悪童みたいなものだと思うのです。
人間離れしてると言わざるを得ない最終兵器なので、誰もが文句を付けられないだけで。
「それにしても、わたくし、そんなに分かりやすいでしょうか?」
「いや、お前達単体であれば、分からんかもな。三人揃うと怪しい」
「あぁ、それは盲点でした」
ユウト様を巡って恋の鞘当てなどというつもりはないです。
烏滸がましいですから。
しかし似たような何かですからね。
「ファルトゥナ家の御令嬢もボラ様と立場は遠くないぞ」
「そちらはすでに」
「ならば良い。いや、良くはないな。何故ボラ様を差し置いて先に話が通ってるのだ」
「えぇ、と……ボラ様は、その、余人には計り知れぬお人なので、恐れ多いと言いますか……」
何するか分からないのですよね、特に売り言葉に買い言葉などで口が滑りそうで。
今はそこまでは思ってはいませんが。
後ちょっと、ガサツなので、ユウト様の教育に良くないと。
お風呂の後にあられも無い姿で平然と歩かれているのを見ると、本当の本当に貴族の一員なのかと思います。
アデーロも目も当てられないといった感じですし。
もう少しだけ、女として、人としての恥じらいを持ち合わせていらっしゃったら良かったのですが、無理な話なのでしょうね。
しかし、ダスラン様がそこまでユウト様を守る為に手を回してくださっていたとは思いませんでしたね。
いえ、いえ、確か、ペリオン様が選定された理由の一つに貴族らしさがない事が、というものがありましたね。
となりますと、元々ユウト様に限らず勇者の傍には貴族に屈しないだけの何かがある方を、という事でしょうか。
アデーロは噂聞きですが軍規を意に沿わなければ破りますし、操るには不向きです。
ペリオン様は、どうでしょうか。
上からの指示があればあえて歯向かう事は無いでしょう。
しかし、犯罪の片棒を担がされる時に唯々諾々と従うかと言うとそれは断りそうな善性はあるのではないかと。
後、一番よく分からないのはオッソ様でしょうか?
喋れない訳では無いそうですが、お言葉をお聞きした覚えがない気がします。
ただ、わたくし達のことをどなたかに報告もなさっておられる様子はありませんし、芯を持った方なのだとは思います。
そう考えると、ダスラン様を含めてこれはどなたかからの強い要望があったと見るべきでしょうか。
騎士団団長に内密に指示を出せるのはそう多くはありません。
総長 ディルフロウレ・ヴァン・クロスタリア卿。
ボラ様と並んで武神と名高い諸国に名を轟かせる傑物です。
それ以外となるともう陛下を筆頭に王族方しかいませんが、軍部に顔が利くのは陛下とアグレシオ殿下くらいです。
その上で性格を鑑みれば殿下は有り得ません。
この御二方のどちらか、となるとやはり陛下でしょうか。
クロスタリア卿は武を尊ぶ方ですから、ユウト様の可愛らしさに絆される事は恐らくありませんし。
「来たぞ」
思考に耽っているとペリスイテス様の声がして、知らずに下げていた顔を上げれば、ユウト様がこちらに歩いてこられる姿が見えました。
「……で、あのむさ苦しい方は誰でしょうか?」
「あの馬鹿め……私の主様になんて馴れ馴れしいっ!」
ペリスイテス様のユウト様ではありません。
大体、ユウト様との交流が最近少ないのですよね。
わたくし達の為にもと頑張っておられる姿はそれはそれで嬉しくも思いますが、野営訓練の折には添い寝も出来てませんし、全く足りないと言わざるを得ません。
わたくし達にはユウト様成分が不足してます。
そこにユウト様を差し置いて知性の欠片も感じられないだみ声がかかりました。
「よう! スローター! お前さんいつからそんな熱心に子守りをするようになったんだ?」
「主様の警護は子守りではない。訂正しろ、この肉達磨が」
「そう言うなよ、お前さんはギルドは出禁だろう? だからこの俺様が目をかけてやるってんだよ、いい話だろ?」
「誰が出禁だ。私はそのような措置はされていないぞ。いい加減な事を言うな」
「出禁って、なんかしたの? ペリシー」
「少々気を張りすぎて狩りすぎまして、他の者にも配慮をしてくれと昔に注意を受けた事があるだけです。その後に私はギルドに出向けなくなりまして、その様な噂がまことしやかに流れたという事です」
角突き合わせる様に口喧嘩している二人はこれが普通のやりとりなのだと理解されたのか、ユウト様がわたくしの隣に座られました。
「えーと、とりあえずみんなも座ってね。隣の人がウチでメイドしてくれてるメノです」
「ご紹介に与りましたメノです。皆様ユウト様をよろしくお願いします」
本当は座って挨拶などするべきではないのですが、ユウト様が座られて、他の方も座られましたので、こちらも座ったままでの挨拶とさせてもらいました。
冒険者の方であれば堅苦しい挨拶など面倒だと思われる方が多いでしょうから。
「で、こっちのみんなが、左からコーニーさん、ナジカさん、ウェスティアさん。銀の斧のパーティの人達。向こうのマジモさんがリーダーさん」
それぞれに手を挙げたり頭を下げたりと挨拶をされる中で、よくよく見ればかなり熟練の方々なのだと分かりました。
蜂蜜色の髪を少し長めに流した優しげな風貌の神官のコーニー様、短く刈り込んだひよこ色の髪をした弓手のナジカ様、しっとりした波打つ肩口までの黒髪で片目を隠した魔女のウェスティア様、そして、暑苦しく肌色の頭をされた戦士のマジモ様、ですね。
「すみませんね、いきなりお邪魔してしまいまして」
「いえ、ユウト様に良くして下さる方がいらっしゃると分かりましたから、安心しました」
「ユウトも隅に置けねえなぁ。こんな美人さんに世話して貰ってるなんて」
「あら、ナジカは私に世話されてないつもりなの?」
「ウィアは、仲間だろ? 俺もメイドさんが欲しいぜ」
「そういうのはユウ君みたいな貴族になってから言いなさいな」
「僕もちゃんとした貴族じゃないよ?」
「あら? そうなの?」
「ユウト様は振興の貴族ですから。でも、ちゃんとした貴族位はお持ちですよ」
「そこらへんは僕達が聞いても大丈夫なんですか?」
「はい、特には問題ないと。根掘り葉掘り聞かれても困ってしまいますが、そうでなければ隠し立てする程でもありませんので」
そのうちに嫌でも知る方が増えるのは明らかですからね。
むしろ、今の内に好意的な方を増やすのも良い事となるでしょう。
「まぁ、俺らは気にかけるくらいしか出来ねえけどな」
「上位の方に目をかけて頂けるのは有難い事だと思っておりますよ?」
「やっかみの対象にならない様にはするわ」
「どこにでも足を引っ張りたがる人は居ますからね。嘆かわしい事ですが」
「ま、そこも含めて楽しめるようにならなきゃな」
「うん。まずはこれを返せるようにしないとね」
そう言いながらユウト様が手に取った認識票は、見習いの証です。
皆様も懐かしそうに見ておられます。
「真面目にこなしていればすぐだから、頑張るといいですよ」
「そうそう」
「そうなんですか?」
「ソレは、冒険者を勘違いしてる子達を躾けるのが目的だから。ちゃんと分かってるユウ君なら大丈夫よ」
「勘違い、ですか?」
「アレだアレ」
ナジカ様の指差す方を見れば、明らかなマジモ様のお姿が。
つまりは粗暴さがあれば、失礼、腕っ節があれば何とかなるみたいな印象でしょうか。
「戦闘で役に立たないのは駄目だけどね、遺跡探索とかでは教養もいるし、学者や貴族の護衛とかもあるから礼儀は最低限ないと務まらないんだよね。アレはちょっと悪い例だけど」
「アレはアレで人の懐に入るのが上手ではあるのよね。人によって好き嫌い激しいけれど」
「憎めないんだよな、アレ」
「マジモさんは、少しガサツに見えますけど、よく見てますよね。メノとかは苦手そうだと思ってるからこっちに来ないんだと思いますし」
「おー! すげえな、ユウト。お前、本当に10のガキか?」
「さて、どうでしょう?」
「いやいや、ユウト君は大人だね。マジモはもう少し見習った方がいいですね」
「大人、かぁ。僕としては早く大人になりたいなとは思ってるんですけど……」
そうポツリと零したユウト様に胸が苦しくなります。
貴方が大人にならねばならないと強くある姿に惹かれはしても、それが歪なものである事が哀しく、そしてそう思うこととは裏腹に大人になるように仕向けなければならない事に目眩がしそうです。
勇者という重責。
家を背負う重責。
そしてこれから先は、民衆の期待に応える事、期待を裏切らない事、結果を示す事───。
これはどれほど間違っても幼い子供に背負わせても良いものではありません。
それも期限は一年。
それまでに勇者として貴族、民衆の一定の支持を得て、また、何も無い地盤を固めなければなりません。
不可能、と現実的な見地が断じます。
ですが、だから諦めるのかと問われれば、首を縦に振る訳にはまいりません。
安易に勇者ならばそのくらい出来るだろう、などという屑は囀るだけの愚物。
ユウト様の往く道に艱難辛苦があると言うなら、わたくし達が礎となりましょう。
その為に啜る泥など、苦くも不味くもない。
とはいえ
「じゃあメノ、話終わったみたいだから帰ろうか」
「はい」
少々お疲れな様子のペリスイテス様がマジモ様を追いやって、それに皆様が続いて席を立ったところで、わたくし達も屋敷に足を向けました。
屋敷には今日も活気があります。
この熱を絶やさず燃やし続けるには燃料が必要だと思われます。
「……メノ? どうしたの?」
「少々ユウト様が不足しておりますから補充させて下さい」
執務室に入ったところで、ユウト様を後ろから抱きしめてしまいました。
今夜はわたくしの番ですから、ちょっとオマケです。
わたくしの腕の中でもぞりと身動ぎされるユウト様に、もしかしてあのユウト様に反抗期が!? と思ったのも束の間、体を反転させたユウト様がわたくしを抱きしめ返して下さいました。
「僕も、補充していい……?」
「存分に──」
「ユウト様、おかえりなさぁぁぁあーっ! 何してんの二人で!」
チッ、邪魔が入りましたね。
「テリア、ノックくらいしたらどうです?」
「あ、うん、それはごめん。いや! そうじゃなくて何してるの!?」
「ユウト様と親交を深めていただけですが」
「そんな恋人みたいな深め方があるわけないでしょ!?」
「あら……そんな風に見えてしまいましたか?」
「くぁーっ!! 見えないし! むしろ、えっと、親子みたいだったし!」
「恋人を通り越して家族に見えるだなんて、わたくし達そんなに夫婦の様に仲睦まじく見えてしまいましたか。照れてしまいますね」
「メノ、ずるい」
そういうとリュリュがテリアの横をすり抜けて、わたくしと挟み込むようにユウト様に抱きつきました。
「ちょ、さすがに苦しいよっ!」
「あー!!」
「ユウト様、足りないのはメノだけ?」
「……え? い、いや、そんなことは、ないけど……」
「わたしも! わたしもやる!」
「えぇ!? これ以上は無理だよ!?」
「無理じゃないでーす! そりゃー!」
あぁ、こんな日が、いつまでも続けばいいのに。