ウサギの森
世の中には、知らなくてもいいことっていっぱいあるよね。
知らないといけないこともあるけど。
これはどっちかなぁ。
知りたくなかったなぁ、って思ってるってことは、知らないといけないことな気がするけど、どちらにせよ僕はやらなきゃいけないんだよね。
お腹減ったし。
「で、さっきと同じようにここにナイフ刺してぐっと」
「ぐっと」
「そうそう、上手いっすよー、若旦那」
ここエランシア王都から僕の足で歩いて半日もかからない場所に野営というかキャンプというかしに来てもう五日。
ウサギを捌くのに慣れてきました。
慣れてきちゃった。
今は火の番をしつつ辺りを警戒してくれてるペリシー達からちょっと離れた川の近くで、今日も今日とてウサギのお肉をザクザク捌いてます。
最初は、ホントにキャンプな気分で来てたけど、甘かった。
ご飯は自分で捌いたりしたものだけ。
お肉食べるならお肉は自分で捌かないとダメなの。
捌くお肉、というかウサギはとりあえず捕まえてきてくれるんだけど、生きたまんま。
なので、ベンドとペリシーにどうするのか教えて貰いながら頑張ってるんだけど、初日は何も出来なくて、ご飯無し。
おなか空いてたけど、二日目もご飯無し。
二人は美味しそうにウサギを食べてた。
余ったら食べられるかなって思ってたけど、通りがかった冒険者の人達にあげて、僕にはくれなかった。
冒険者の人達の表情から、こういう訓練みたいなのはよくあるんだと分かった。
食べたければ自分で何とかしろって事だよね。
三日目についに捌いた。
おなかペコペコで凄く美味しかった。
二人によく頑張ったって頭を撫でられた。
生きるって事はこういう事だって。
そうしてその日は慣れるためにってウサギをたくさん捌いた。
どう絞めたら苦しませないか。
内蔵や血の処理の仕方。
毛皮の剥ぎ取り方。
たくさん余ったお肉は、通りがかる冒険者の人達に次々お裾分けされていき、ご飯を食べながらそんな冒険者のみんなの冒険譚を聞いたりしながら四日目までは過ぎていった。
そして五日目の今日は、冒険者の人達から持ち込まれたウサギを捌いてる。
「……ところで、ベンド」
「なんすか、若旦那」
「冒険者のみんなって、どこまでが仕込みなの?」
「な、なんのことすか?」
ついっと目を逸らしたベンドだけど、絶対におかしいからね。
いくら何でもこんなにここだけ冒険者の人達が通りがかるとか変だからね。
街道沿いとかならまだしも、川が近いけど、ちょっと奥に入ってさほど見通しの良くないここに、たまたま人が通りがかる確率が高いわけないもん。
それにみんなちょっと面白そうな顔してるし。
じーっとベンドを見てると、降参しましたと両手をあげてきた。
「相変わらずよく人を見てるっすねー。まぁ、どこまで、と言われるとほぼ全部ってとこっすかね」
「やっぱり……」
「まぁ、アレっすよ。貴族様の軽い面通しも兼ねてるんすけどね。平民相手にはこんなことしないっすけど」
と、ベンドが話してくれたことには
貴族とはいえ、三男とかになると冒険者になる人も少なくないらしく、そこで、トラブル回避するために先に顔見せみたいな事をある程度しておくんだとか。
平民と違って、万が一行方不明になったときに捜索しやすくする為とか、関わったら面倒がありそうかとか、色々とあるみたい。
後は、誰が後ろ盾なのかとか、全員を助けられない時の優先順位とか。
そういうことの為に、ギルドにそれとなく情報を流しておくんだそう。
で、冒険者の人達はそれとなく観察したり、ちょっかいかけたりして調整役になったり、比較的近くのモンスターを間引きしたりしてくれて、その見返りがウサギのお肉だったり毛皮だったりする。
もちろん、自分達のお仕事もあるからあくまでついでらしいけど、ご飯の用意は僕たちが基本的にやってくれるわけで、面倒が無さそうなら寄っていってくれるみたい。
「じゃあ、僕はみんなに大丈夫って思って貰えたってことかな」
「まぁ、そーゆーことっすね」
「そか、良かった」
「主様」
「あれ? ペリシーどーしたの?」
「追加です」
ウサギを持ってきたペリシーにキャンプ地の方を見れば、こっちに軽く手を振る冒険者の人達がいたので、僕も振り返しておいた。
「主様を小間使いのようにするなど、奴らは遠慮というものを知らぬと見えますね」
「まぁちょっと大変だけど、色んな人達に気にしてもらえてるのはいい事だよね」
「まぁ、そうですが……おい、ベンド・バローズ。ここは私が見るからさっさと肉を持っていくがいい」
「へいへい」
戻ったベンドに何故かブーイングが起きてたけど、お肉足りないのかな。
早く捌かないと。
「主様、焦るとブレてしまいますよ」
と思った瞬間に指摘されて苦笑が漏れる。
「ペリシーには全部お見通しだね」
「いえ、そのような事は」
改めて丁寧にする事を頭に入れて、すでに慣れつつある作業に没頭していく。
「もう一人前ですね」
「そっかな?」
「えぇ、勿論です。基本的な薬草類の判別も覚えられましたしね」
「【野草図鑑】のおかげだよ。【キノコ全集】もだけど、なんか教えて貰ったらこれこれこーゆーものだとかすぐに分かるのって変な感じ」
「そんなものです。今度、調合屋に行って希少な薬草類の知識も仕入れてしまいましょう」
「そんなことしてもいいの?」
「薬師はともかく錬金術師などは外にあまり出たがりませんから、他の方が拾ってきてくれるなら歓迎してくれますよ」
色々あるんだね。
程なく終わったウサギのお肉を持ってキャンプ場に戻れば、お肉の焼けるいい匂いと、お酒の匂い。
そして、たくさんの冒険者の人達。
「お、ようやく戻ってきやがったぞ」「坊主も疲れただろう? ほら、肉食え肉!」「オイ! ベンド、肉を焼け!」「へいへい」「こらそこぉ! ユウト君を囲うなー!」「ペリシーさん! こっちで食べやしょう!」「断る」「馬鹿だな、ペリシーさんはこっちで飲むんだ」「断る」「ベンド、肉だ」「へーい」「ほーらこっちおいでーおねーさんとごはんしよ?」「誰だ!? マヌエラに飲ませた馬鹿はっ!」「見るだけなら、見てるだけなら」「子供には大人のイロハってもんを教えてやらなきゃいかんよな」「やめて! ユウト君はそのままでいいの!」「肉がねえぞ! ベンド!」「もう自分で焼けって」「こらこら、無理強いは良くない」「黙れ童貞」「は?」「ア?」「もうちがうもんねー?」「ちょ」「マヌエラ……お前ほんといい加減にしろよ?」「ちょっと! ユウト君に変なこと聞かせないでよ!」「お前らここが外だって分かってんのか?」「ウサギの森で何を警戒しろって?」「ビビり過ぎ」「ウサちゃん怖いでちゅか?」「ゆーとくん、おねーさんとおひるねしよ?」「主様から離れろ猥褻物」「ユウト君逃げてっ!」「マスター、ウサギ肉一つ」「誰がマスターだ」「漢ってのはな、要は筋肉よ、分かるか?」「うわ、脱ぎやがったぞコイツ!」「いーぞ! マジモー!」「ねぇ、汚いもの見せないでくれる?」「見ろ! 俺様の筋肉をっ!」「死ね」「ハッ、すみません!」「ていうかお前ら集まりすぎ」「この、バカヤロウ!」「すみません!」「謝るんじゃねえ!」「黙れ」「ハッ、すみません!」「……え?」「よっわ……」「ユウト君、あっちは危ないからこっちおいで」「肉食わねえで何食えってんだ」「にーくにーく!」「焼けばいいんでしょ?」「あ、まて!誰が魔法で焼けと」「あ」「あーー!!」
なんでこんなことになってるのかな。
どこかの焼肉パーティーにでも来てる気分なんだけど、ここは森の中です。
来る前には色々と厳重に注意されてきたんだけど、そんな雰囲気はもうどこにもないよね、これ。
「不思議かな?」
「うん、ちょっと? かなり?」
今は比較的安全そうな神官さん達が固まっているところに強制避難させられてるけど、何でこんなことになってるんだろう。
「お祝いだからね、許してあげて?」
「お祝い??」
神官のお兄さんお姉さんが笑いながら言うには、今日で僕のキャンプ生活も終わりになるんだとか。
つまり、最低限、冒険者として出来ないとダメな事は教わったってことみたいで、そりゃまだ足りないところだらけだけど、何も出来ないお坊ちゃまから、ポーターっていう荷物持ち専門の後方支援の真似事が出来るくらいには思ってもらえるんだとか。
まぁ、僕は荷物持ちの役には立てない気がするけど、例えばテント張ったりとか、野営の準備くらいの事は任せても大丈夫って思ってもらえるくらい、かな。
要は冒険者してても大丈夫ってことみたい。
「じゃあ、ミラルさんとかコーニーさんとかとお仕事しても役に立てそう?」
「うちは遠征多いからなぁ、ペリシーさんに睨まれたくはないんだけど」
「調子に乗ったらだめよ? まだ始まったばかりなんだもの、ゆっくりね?」
「うん……」
そうだけど、僕に残された時間はどのくらいなんだろう。
ウチのみんなは何も言わないけど、ゆっくりしてて大丈夫とは思えないんだよね。
駆け上がるくらいの気持ちでいないといけないと思うんだ。
「あちゃ、失敗したかな……」
「引っ込み思案過ぎても駄目だからね、どうかな」
「いい子と組めるといいんだけど」
「お導きがあるといいね」
ようやくおんぶにだっこですが外に出てきました。
最後の方のセリフ垂れ流しはしつこかったらすみませんm(_ _)m
大したことではないですが、木を隠すなら森の中的なアレコレしてたら大変な事に。
と、次はついに時間軸が少しだけ戻って更に新キャラとゆー暴挙に出ますw
なるべく時間は前後させたくなかったのですが、仕方ないです。
過去の情景とかでは出来なかった……