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内緒話とハチミツ

決してやってはいけません。

 

 さくさく行こうという殿下に促されてまたハシゴを降りて地下通路を歩きまたハシゴを昇る。


 これ……後何回かやったら疲れそうだなぁ。


 そんなことを思いながらやってきた原っぱには、アフェルと同じ姿で今度はサフェル。


「ご案内致します」


 と手を引かれながら歩いていくと、ポツンと白い壁に赤い屋根の一軒家があって、ノッカーでコンコンした後すぐに出迎えてくれたおばあさんに歓迎された。


「ユウトちゃんいらっしゃい。さ、どうぞお入りになって」

「えと、お邪魔します」


 見たことのない家の中の情景、それなのに、何か懐かしくて、ほっとする空間。

 案内されたリビングには暖炉があって、暑くも寒くもないけど、火が踊ってる。


「さぁさ、座って? 今お茶を出しますから。お茶請けは何がいいかしら? ユウトちゃんは男の子だから、甘いお菓子よりもお腹にたまるものの方がいいかしらね。「あ、大丈夫で……」でも、ケーキを用意してあるんだわ。どうしましょう。あ、確か、クッキーのカンカンがあったと思うんだけど、そっちの方が良いかしら? ねぇ、サフェル、どちらがいいと思う? 「クッキーでよろ……」それとも今からお肉でも焼いた方がいいのかしら。成長期だもの、お肉、好きよね? 「あ、はぃ……」牛と豚と鳥と、どれでも良いけど、ガツンと行くにはやっぱり牛か豚がいいわよね。でも、フライドチキンにしたら簡単に摘めていいかもしれないわねぇ。あらいやだ、アタシったら、先にお茶よね。お茶、お茶……ユウトちゃんはハーブティーよりも紅茶の方がいいわよね? まだ10歳ですもの、ハーブティーの美味しさはまだ分からないわよねぇ。そうそう、紅茶に入れるミルクはこれって決めてるのだけど、お砂糖はハチミツにも出来るのよ。せっかくユウトちゃんが初めて来たんだもの、ちょっと奮発しちゃおうかしらね。サフェルー? ちょっとそこの戸棚からハチミツお出しして。「かしこまり……」戸棚の中にね、いーっぱい瓶があるから、その中から好きなものを出して頂戴ね。貴方のじゃないわよ? ユウトちゃんの好きなものにしてあげてね? あ、嫌だわ、アタシったら、ユウトちゃんの好みなのにサフェルに選ばせるだなんて、ユウトちゃんが選びたいわよね? 「いえ、僕は……」ほらほら、サフェル! ユウトちゃんが選ぶからそこ代わってあげて? 「かしこまり……」さ、ユウトちゃん、好きなものを選んでいいのよ。アタシのオススメでもいいんだけど、こういうのは一期一会ですもの、出会いは何でも大事にしないとね」


 こ、これがマシンガントーク。


 この後もネジュン様が、途切れることなく話し続け、お茶の用意が出来るまでに一時間くらいかかった。


 途中から、サフェルも僕も、割と適当に相槌打ってるだけだったけど、ネジュン様は終始楽しげだった。


「そういえば、恩恵の事を話に来てたのよね? いやだわ、歳をとると忘れっぽくなって、嫌ねえ」

「【生活魔法適性】でお願いします。ユウトもそれがいいですよね?」

「そうなの? 他にも、色々あるのよ? 例えば……」

「【生活魔法適性】がいいです! サフェルともそれがいいねって、ここに来る前に話してました!」

「そうなの?」

「「はい!」」


 サフェルからの鋭いアイコンタクトによって、これからの長い長ーい話を終わらせた。

 もちろん、そんな話はしてないけど、これ以上はさすがに不味いと判断して咄嗟に貰う恩恵を指定したサフェルにちょっと感謝した。


「そう、わかったわ。じゃあ、【生活魔法適性】をあげましょうね」

「お願いします」


 そういってネジュン様がぎゅっと抱きしめてくれた。

 日向みたいな暖かい感じで、僕からもありがとうって抱きしめ返した。


「あら、ありがとう。優しい子ね。そんな優しいユウトちゃんにアタシから、取っておきの恩恵もあげるわ」


 これで終わった、と思ったのに、僕のおバカ!


「この恩恵はね───」


 ……………………

 ………………

 …………


 結局、ネジュンおばあちゃんにご飯を用意され、お風呂に入り、寝物語を聞かされ、丸一日しゃべり続けた。

 神様の世界だからか、時間は気にしなくていい事だけは、良かった。みんなを待たせなくて済むもんね。


「騙されてはなりません。時間経過しないからこそ、下手すると延々と帰れないところでしたよ」

「うん……ごめんね」


 サフェルが気を利かせて、ネジュンおばあちゃんをお風呂に誘導して、今のうちに寝ますよ。と、二人でベッドに潜り込んで寝たフリをしてなかったら朝まで寝物語を聞くことになってたかも、と思うと、サフェルには感謝しかない。


「では、また次回の機会をお待ち申し上げます」

「うん、またね」


 ぺこりと頭を下げたサフェルに見送られて、聖堂に戻る。


 そこにはすでにこのやりとりを楽しんでる殿下がいて、さぁ次はなんだと目を輝かせていた。

 けど


「おや……?」

「あ、やっぱり、分かるんですね?」

「と、いうことは……そんな恩恵を貰ったって事でいいのかな?」

「はい。【観衆の内緒話】と言うそうです」

「観衆、ね。それはまた皮肉が効いてるね」


 ネジュンおばあちゃんから聞いた、長くて寄り道しまくった話をまとめると、要は、聖痕から神気が漏れるのは、僕に宿ったたくさんの聖痕、つまり神様の徴同士が、聖痕を持ってる他の人も含めた僕らの事を話題にしてるから。

 という事で、それを内緒話、秘密のおしゃべりにして他の人に聞こえなくする。

 って事みたい。


 漏れる神気って、おしゃべりが聞こえるのと同じなんだね。


「確かに先程まで感じられた神気は、全くといっていいほど感じられませんね」

「そうなんだ。僕はどっちも全然分かんないけど」

「いや、好都合だよ。モク、偽装はここで終わりでいい。みなには後で酒でも振る舞ってやってくれ」

「分かりました」

「偽装?」


 何かやってたのかと思ったら、アデーロが言うには、クシァンテの聖堂を封鎖してたのに、ゾロゾロと入っていった僕達が出てこないのは変だから、代わりに外で僕達の身代わりをしてくれてる人達がいたらしい。


 一応、地下通路の事は秘密のことなんだとか。


 へーって感心してたけど、こういう秘密の通路とかは割とどこにでもあるみたいで、やらないよりはマシくらいなんだそうだけど、だからって大っぴらにしていいわけでもないから、隠せるものは隠すんだそう。


 うん、でも、僕にとって大事なのは


「じゃあ、もうハシゴは使わないんだよね?」

「そうですね」


 ということ。


 外に出るまで、神官の人達が跪くことはなかった。

 こうやってみると、本当に神気が漏れてたんだなと分かって、納得した。すごく納得した。


「ほんとに神気漏れてたんだね」

「信じてなかったんですか?」

「だって、僕には何も感じないもん」

「そういうものですかね……」


 それで、次はフェゼットだっけ。

 自然の神様でお酒が好きなんだよね。


 目の前に迫った不自然な感じの小さな小さな森。

 砂漠のオアシス、みたいな感じで急に樹が生えてて、そこの奥に続く道がひっそりとあった。


 他と違って、そこには神官の人とか居ないんだけど、いいのかな。

 迷いなく進むみんなに置いていかれないようにちょっと小走りになりつつ、森の中に入れば清涼な風に撫でられた。


「わ、気持ちいい……」


 壁みたいに連なって生えてる樹木のアーチの中は適度な日陰になっててそこを涼しい風が吹き抜けてく。


 深呼吸すれば、森の中の緑溢れる空気が肺の中に満たされて、これが森林浴っていうのかなと思った。


 心が洗われるってこんな気分なんだろうか。


 心持ちみんなもゆったりと歩く中、小さくて深い森の中を歩いていくと、あちこちに鹿がいる。


 僕達を見つけるとこっちの方にちょっと歩いてきて、近くで草を食んでる。

 でも、触れるかなと思ってこっちから寄るとさささっと逃げてく。

 それで、追いかけて来ないのが分かると、さっきと同じくらいの距離でゆったりする。


「むぅー……」


 なんか毛並みもツヤツヤしてるし触ってみたいんだけどなぁ。

 僕の下心が見えちゃうのかな。


「子爵、ここの鹿はフェゼットの遣いだからね。人に触られたら駄目なんだ。許してあげてくれ」

「神様の遣い?」

「そう。人と触れ合うと俗世に堕ちてしまうから、触れ合えないんだ。もう少し奥に行けば静謐の泉っていう祭事場があってね、そこであれば、禊が出来るから触る事も出来るよ」

「へぇ、楽しみだなぁ」


 そうして、歩く僕達の後ろをチラチラとこっちを見ながら付かず離れずでついてくる鹿を気にしながら、奥へ奥へと進む。


 そうして、しばらく歩いた先には、鏡みたいに綺麗な泉と、そこに集まる動物たち、そして、どんちゃん騒ぎする神官だった。


「えぇー……?」


 イッキ! イッキ! イッキ! イッキ!


 囃し立てる神官たちに囲まれて、翠ヘアーのメノみたいなお姉さんが、腰に手を当ててワインボトルを咥えてゴッキュゴッキュと飲み干した。


「ぷっはーーーっ!!」


 それを受けてやんややんやと喝采する神官。


「フェゼット様、かっこいいー!」

「さすが神様っ!」

「よっ! 我らが酒神!」


 ウソでしょ?


 みんなの方を向いたら誰も目を合わせてくれない。

 後ろからついてきてる鹿も何故か後ろを向いてる。


 あれが?

 フェゼット様?

 というか、なんで、原っぱじゃなくてここに居るの?


「あら、来たのね! 遅いわよー!」


 にこーと満面の笑顔で僕達を呼んでるお姉さんが、フェゼット様なのは、その後ろでげっそりしてる……ラフェル? で何となく理解した。

 理解したくなかった!!


 ところでなんでみんな、僕の肩をポンポン叩きながら、宴会場と化した広場の方に行くのかな。


「子爵、神様の思し召しだからね。仕方ないんだ」

「ユウト、これは不可抗力というものだから」

「ユウト殿、神に逆らってはなりませんぞ」

「坊や、これも神の試練というものよ」


 いやまって、なんかみんな戦争に行くみたいな悲壮な覚悟してるみたいな雰囲気出してるけど、足取り軽いよね!?


「駆けつけいっぱーい!」

「は、頂戴します」

「頂きます」

「有難く」

「ありがとうございます」


 渡されたジョッキサイズのコップにフェゼット様がダバダバとワインをいれて、それを神官たちの声掛けでみんなが飲み干していく。


 イッキ! イッキ! イッキ! イッキ!


「「「「ぷっはぁーーー!!」」」」


 おぉぉぉーーー!!


 拍手喝采、空になったジョッキを掲げて、神官たちに迎え入れられたみんなは誇らしげだ。


 どーしたらいいんだろう。


 あそこに僕は入らないといけないんだろうか。


 少し前にネジュンおばあちゃんと別れて、今度会うのは時間置いてからでいいかな、とか思ってたのにすでに戻りたい僕がいた。


 そうして躊躇ってる僕の背中がグイと押されて肩越しに後ろを見れば、鹿が鼻で僕のことを押していた。


「え、ちょ、まって」


『諦めなさい、人の子よ』


 諦観に染まった鹿のつぶらな瞳が、そう語りかけてくるような感じがした。


 そうやって抵抗しながらも広場に押し込まれる僕をみんながケラケラ笑いながら引きずり込んだ。


「あらあら、ゆうちゃんは私のお酒が呑めないってゆーのかしら」

「ぼ、僕はまだ子供なので!」

「だーいじょーぶよー、私のお酒は赤ちゃんでもなければ呑めるようになってるものー」

「フェゼット様、ダメだから。オード様に言いつけちゃうよ!」

「えー? ラフェルのけーち!」

「ケチでもなんでもいーですもん! ユウトにお酒は駄目なんだから!」


 ずずいと迫ってきたフェゼット様から奪う様に僕を抱き抱えたラフェルが、シッシッと追い払う。


「ぶーぶー! おーぼーだー! そーやってゆうちゃん独り占めして如何わしい事するつもりなんでしょう!」

「こんなとこでしないもん!」

「こんなとこで?」

「じゃあ、どこでならするんですかー!」

「ユウト? なんで今そこに突っ込んだの、ねぇ?」

「ご、ごめんなさい」

「ゆうちゃんは悪くないよー。ほら、こっちにおいでなさい?」

「あー! もー! サヌカー!」

「あ! ちょっと、それはズルいで……」


 ドゥン!


 何かに慌てたフェゼット様が顔を引き攣らせる中、轟音と共に茶色の巨大な毛玉が落ちてきて、さっきまでへらへらと呑んでいた神官が、酔っ払いとは思えない素早さで、蜘蛛の子を散らすように広場から逃げていった。


「貴方達、待ちなさいよー!」

「仕事がありますので! 失礼します!」

「フェゼット様、万歳!」

「私もつれてけー!」


「グルゥ……」


 のそりと立ち上がった……クマが、声を上げると、びくぅん! とフェゼット様が背筋を伸ばしてだらだらと汗を流しながら、クマに語りかけた。


「さ、サヌカ? さっきのは、その、違うのよ?」

「グガゥ!」

「はいっ! お酒は好きなものだけが呑めばいいですよね!」

「ガゥ!」

「すみませんすみません! ミノムシの刑は、ちょっと……」


 ガシッと。

 サヌカ……さんが、フェゼット様の頭を鷲掴みにしてプラーンと持ち上げる。


「ガゥゥガゥ!」

「痛い痛い痛い! 私は仮にも眷属である貴方の神ですよ! 離しなさい! はーなーしーてー!」

「グルゥゥ」

「すみませんごめんなさい反省してますもうやりませんから許してください」

「ガグゥガゥ」

「え? 新しい罰を考えたから感想が聞きたい? いえ、別に私じゃなくてもいーかなーとか」

「ガフゥ」

「水切りの刑ってなんですか、それ。いや、聞きたくないです言わなくていいです」

「ガッ」

「ちょっとなんで泉の方に行くんですか? まってまってまって、いやで……アッーー!」


 のっしのっしと泉の前まで歩いていったサヌカさんが、やけに熟れた仕草で掴みあげたフェゼット様を振り回すと、泉に向かって豪速球を繰り出した。


 パシッ パシッ パシッ パシッパシッ


 華麗に泉の上を飛び跳ねたフェゼット様が、遥か彼方で水しぶきを上げて泉に沈んでいくのを、誰もが無言で見送った。


「グフン」

「サヌカ、ありがとう」

「ガル」


 ラフェルがサヌカさんに礼を言えば、気にするなとばかりに返事をして、こっちに来た。


 大丈夫だと分かってても自然と強ばる身体は、後ろからラフェルがぎゅっとして大丈夫だと教えてくれる。


「ユウト、サヌカが酔っ払いに代わって恩恵くれるって、サヌカからでもいい?」

「だ、だいじょぶ」


 僕が怖がらない様にゆっくりと伸ばした前足に僕も手を触れて恩恵を貰う。


 おぉ……なんか今僕とてもファンタジーしてる気がする。


 えっと……?


「今度ハチミツ持ってこいって言ってるよ」

「えっと、分かりました」

「フン」

「じゃあな、だって」


 そうして、サヌカさんは僕に興味を失ったみたいにしてのっしのっしと去っていった。


「良かったね、ユウト」

「良かった、のかなぁ」

「フェゼット様だと、【酒造】とかになると思うから」

「あ、うん。それはいらないかな」

「じゃあボクはフェゼット様を回収しに行くから、またね」


 そう言ってラフェルは、泉の水面を軽やかに蹴りながら、ずっと向こうで溺れてるフェゼット様を拾いに行った。

 おー! すごい! 忍者みたい! 僕もやってみたい!


「聖獣サヌカ、か。珍しいものが見れたよ」

「聖獣、ですか? 鹿は違うんですか?」

「鹿はね、うん。アレはフェゼット様が好きだから、かな。鹿肉が」

「食べるの!?」

「そりゃあ食べるさ。牛や豚、鳥なんかと同じだよ」


 何言ってるんだって呆れた顔の殿下に、反論は何も出来なかった。

 うん。

 ウサギだって、食べるところでは食べるし。

 うん……。


「で。恩恵は何を貰ったんだい」

「あー、えっと……【ハチミツ探知】と【野草図鑑】と【キノコ全集】です」

「……そりゃあ、ハチミツは献上しないとね」

「です」


 ハチミツ、どこで見つかるかなぁ。


 後この誰もいなくなった宴会場跡は、誰が片付けるんだろう。






イッキコールをしてはいけません。

お酒はペースを守って楽しく。

後、当然ながら、飲んだ後に激しい運動も身体に良くないです。


更に当然な事に子供にお酒を飲ませてはいけません。

オトナになるまで我慢ですよ。

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