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水面下の一歩 (side イシュカ)

ちょっと……ちょっとだけエグい表現が出てきます。


ファンタジーな陵辱ものにありそーな感じ……?


 

 馬車の扉を閉じて、出して下さいと一声かけ、勇者殿のお屋敷から離れ、結わえていた髪をバサリ解く。


 お嬢様と一緒に頂いたものですから、顔を見せるのに使わないというのもないでしょう。

 侍女であるからさほどのお声掛けはされていないが、私がリボンをしていると表情が柔らかくなりますし、しない理由はありません。

 が

 これからの仕事にこれは不要なものです。


 覗き窓にカーテンがかかっているのを念の為に確認してから、侍女服を脱ぎ捨て、身に余る漆黒のドレスを身にまとい、そして、そのドレスに合わせた華美な仮面に似合わぬ無骨な手甲を装着する。


 軽く声を出して、嗄れた老婆の様な声になっている事を確認。

 問題ない事に一つ頷くと、外套を身に付けてフードを下ろせば、着替えが完了。


 ほどなく着いた一件の家屋にするりと入り、勝手知ったるその場所を迷いなく進み、地下へと潜る。


 隠すことも無くカツコツと響かせていた足音に油断なく構えていた番の者に外套を剥いで姿を見せ、そのまま外套を預ける。


「様子は?」

「素直なもんです」

「縁者の保護は終わってるな?」

「すでにナズカの片田舎に」

「偽装も問題ないな?」

「滞りなく」

「よろしい。誰も通すな」

「いつもの通りに」


 投げ渡された鍵を掴み、二度三度と角を曲がり、ガチャコと重い音をさせて室内に踏み入れば、ぼんやりとした娘が一人。


「あ……」


 足音と鍵を開ける音で分かってはいたのだろう。

 こちらに注視していた娘は私の異様な出で立ちにも怯えることなく、声を漏らし、頭を下げた。


「構わん。頭を上げろ」

「……はい」


 他に何もすることがないからだろう。

 明かりの灯された狭い室内で、テーブルには茶器と本が載せられていて、そこに座って持て余す時間を何とかしていた事が伺える。


「すまんな、私にも一杯貰えるか」

「はい。畏まりました」


 さすがに王女付きをしていただけあって、このような場所にあってなお洗練された所作で淹れられた紅茶に、ホッと一息つく。


「では、まずお前の懸念から払拭するとしよう」

「………………」

「お前の弟妹、そしてお父上は護送した。私の方で護衛も可能な限りしてある。まだしばらくは安全の確保に時間を要するだろうが、直近に危険はない。預かった手紙を渡そう」

「……っ!」


 中身は、すでに確認済みだ。

 娘を心配する言葉、自分達が良くしてもらっている事、落ち着いたら顔を見せて欲しい、などの他愛もないものだ。


 だが、それは彼女にとってどれほどの力になるだろうか。


 何度も、何度も、読み返し、零れるものをそのままに、唇を噛み締めるその姿には、ひとかどの決意が伺える。


「……ありがとう、ございました」

「構わん。奴らにとって困る事は私達にとっては喜ばしい」

「私も、ええ、嬉しく思います」

「だが、私はお前に今少しの苦労を頼まねばならん。許せ」

「いえ、王女殿下を謀り、幼い勇者様を危険に晒したとあっては、この身の不甲斐なさに呆れこそすれ、何を躊躇いましょうか」


 身命を賭すのは当然と胸を張る娘に、目を瞑り、息を吐く。


「お前も被害者側であることを忘れるな。結果がどうあれ、王宮には戻してもやれない。その上で王家の為に尽くせと言わざるを得ない私を恨んでくれて構わん」

「何も問題ありません。どうぞご随意に」

「……では、ベッドに横になれ。暴れるだろうから四肢は拘束させてもらうが、お前の口から出る。舌を噛まぬ様に布を噛ませる事は出来ん。心の芯を強くもて」

「……はい!」


 一人で寝るには大きすぎるベッドの中央に横になった娘に枷をはめる。

 なるべく傷がつかぬ様、布を間に挟んだ上で、だが、身を拘束され、大の字に磔にされるというのは、根源的な恐怖に苛まされる。


 血の気の引いた顔で、気丈にも不安を口にすることなくされるがままの娘に、敬意を。

 右手に握りしめた手紙がこの娘の心を強くする。


 鉄鎖に弛みが無いことを確認し、娘の顔を撫でる。


「これから、お前の肉体を強化し、精神を不安定にさせた後、お前に取り憑く邪魔者を引き剥がす」

「はい」

「大丈夫だ。私は失敗などしない。確実に成功させる。お前はちょっと苦しくなって、気付いた時には解放されている」

「はいっ」

「では、始める」

「お願いします」

「任せろ。……フィジカルブースト……マインドブレイク」

「……ぅ、ぁあぁっぁっ」


 ガシャン!


 と、鎖が音を立てる。

 理性の喪失により溜め込んでいた不安、恐怖、自責、様々な押し殺していた感情に揺さぶられて、目を見開き、溢れる涙と、苦鳴に満ちた慟哭。

 そして、それを正しいものだと誤認させる邪法によって冒される倫理観、善悪の境界のズレ、自身を冒涜するその暴虐に拒絶反応を起こした肉体がどうしようもなく、暴れようとする。


 ガシャッ! ガッ! ガシャン!


「あァぅ! がっぁっ!」

「耐えろ。ここからだ。……マインドフォール」

「ギぁァぁおァっ! ぐギゃ! がフぶッあっ!」


 ガシャガシャと耳障りな音を鳴らし、血走った目で私を睨み、とても人とは思えない様な形相をした娘が唐突に、動かない身体でそれでも首を伸ばし、私に噛み付こうとでもするのを見て、私は迷いなく娘の口に右手を突っ込み、舌を噛みちぎらない様に噛ませる。

 手甲を通してギリギリと噛まれるのを酷く冷静に眺めながら、左手を娘の腹に置き、希う。


【数多の生命の母にして父 大地に芽吹く幾千幾万の産声に慈しみと惜しみなき愛情を注ぐ 森の管理者たるフェゼットに乞う 偽りの胎仔(はらこ)に冒されし愛し子に慈悲 そしてクシァンテの安寧を ロロの正しき円環を 言祝ぎ(ことほぎ) 寿ぎ(ことほぎ) (ことほぐ) 祖は生命の正しきを 流るる命脈のあるがままに 澱みを祓い給え】


 淡くも力強い新緑の光が娘の体内に浸透し、一瞬、弛緩したその瞬間に喉奥に手を突っ込み、清浄なる神気に喘ぐように顔を出した芋虫を掴み取り、引きずり出す。


「ぐ、げぁぁぁっ!」

「ギュー!」

「何がギューだ、この蛆虫めが」


 ヌメる芋虫が手の中から逃れようと藻掻く様を眺めるでもなく、握り潰し、穢らしい汚濁を撒き散らして果てるのを確認すれば、ようやく手甲を外して、懐から聖水を取り出すと、その汚濁と、手甲に振りかける。

 残していては、瘴気を吐き出すことになるのはわかっている。

 遠慮なく全てをかけて、しゅうしゅうと白い煙を上げる様を見て、問題ない事を確認。


 もう一つ、今度は回復の霊薬を懐から取り出して、荒い息をつく娘に飲ませる。


「……サニティ」

「かひゅ……かひゅー……ん、んぐ、ゴホッ」

「頑張って飲みなさい」

「コホッ、ん、んん……ふは……」

「よく耐えました。意識は戻りましたか?」

「は、は、は……ぁぁ、もど、戻り、ました……」


 正気を失っていた瞳に光が戻り、私の方に疲れた笑みを浮かべる顔をそっと撫でる。


「ちょっと、って言っておられたじゃないですか……」

「ん?」

「死ぬかと、思いました」

「ん……まぁ、その、覚悟決めてるところに死ぬほどキツいとは言えないでしょう?」

「そうですけど……あの、終わったのですよね?」

「もちろんです。さぁ、貴女の名前を言ってご覧なさい」

「ノノリ、ノノリ・フラスヘルト、です」


 これで、一先ず、となるがノノリの安全は確保出来た。

 取り付けていた枷を外し、手首足首に赤みはあるものの痣になりそうなものは無いことに安堵の息を零した。


「もうしばらくは、様子を見させてもらいますが、問題ないと判断されたなら、一度、家族に顔を見せて差し上げなさい」

「ご配慮に感謝致します。ですが、私のした事の結末が分かるまでは家族の(もと)に行くつもりはありません」

「そう、ですか? ここからはノノリの出る幕はないと、こちらとしては考えておりますが」

「一介の侍女ですから、武力ではお役に立てませんが、皆様の下支えくらいのお役には立てますし、それに、このまま去るはあまりに無責任かと考えております」

「ノノリも悪意に晒されたのですから、別に恥じることはありませんが、それでしたら、ええ、何か仕事を頂けるようにお伝えしておきます」

「感謝致します。あの……ところで、お顔を拝見させて頂けますでしょうか?」

「あぁ、これは失礼しました」


 盗み見られることも無くなった。

 そっと、仮面を外して、素顔を晒せば、ノノリはやはりと、納得の様子を見せて、顔を綻ばせた。


「イシュカ様にお助け願えたなどと、友人に自慢出来そうですね」

「私はそんなに大層なものではないですよ」

「エランシアの荒人神が大層なものでなかったら、どなたなら大層な御仁になられるのですか」

「さて、どなたと比べるのが適当かと、そこから考えねばなりません」


 下らない事に意識を割きながら、手早く身支度を整えさせ肩を貸して、再びテーブルにつけば紅茶で気を落ち着ける。

 この部屋は今日でおしまい。

 いくら何も心配なくなったとはいえここに居たいとは思えないだろう。


「ノノリの縁者は、ナズカの片田舎に向かって貰いました。クセドとの国境にほど近い長閑な場所です。今後、もし私達と連絡が取れず、指針がなくなった時の参考になさい」

「分かりました」


 簡易な地図を渡せば、宝物のように扱う様に少し笑みがこぼれる。


「何でしょうか?」

「いえ、笑顔が出ると言う事は良い事だと思っていました」

「私、笑っていましたか?」

「とても良い笑顔でしたよ」

「それは恥ずかしいところをお見せしました。ところで、こちらはお預かりしますが、私、向こうには行きませんから」

「あまり危険な事はさせませんよ?」

「向こうだと、土いじりとか沢山あると思うのです」

「それが?」

「あんなのに住み着かれていましたのに、土いじりでばったり再会したら気を失ってしまいます。私、平民出なのに、畑仕事の出来ない身体にされてしまいました」

「それは、半分とはいえエルフの私からすると、何とも身を切られる思いですね」

「ですから都会で暮らせる様にこちらでお仕事の斡旋をして頂かなくてはと思います」

「ふふ、それでしたら隣国にでも場所を用意しましょうか?」

「見知らぬ都会で女がお金を頂こうと思ったら、身をひさぐしかなくなってしまいます」

「あら、元王宮侍女なら引く手あまたですよ?」

「厄介事を背負った下女なんて扱いに困るもの、真っ当な方なら致しませんよ」

「では、ウチのお嬢様は相当な捻くれ者ですね」

「それがファルトゥナ一族の矜恃でしたと思いましたが、違いましたでしょうか」


 クスクスとお互いに笑いながら話せることのなんと素晴らしい事でしょうか。

 それが今、上辺のものでしかなくとも、そうあれるというのは女の強かさであろうか。


「まぁ、ノノリには悪いですが」

「?」

「実は、今日こちらに来る事が嫌で嫌で堪らなかったのですよ」

「まぁ……私を一日でも早く自由にすると仰っておられたのは本音ではなかったのですか?」

「とんでもない。本音ですよ? でも、今日は勇者殿が新しいお菓子をお披露目されるというので、どんなものが出るかと楽しみにしていたのですが、ノノリのせいで私だけこちらですよ」

「それは大変失礼致しました。アイリス様が来られていないのはそれでですか」

「勇者殿にも聖女殿にも、どちらにもご迷惑になりますから」

「私はお菓子に負けそうになっていたのですね」

「お土産を頂けることになっておりますから、問題ありません」

「お土産を渡そうとして下さいました勇者様のご配慮に、感謝しないとなりませんね」

「それならば、貴女の記憶を読み取らせて貰う代わりに私からお伝えしておきますよ」

「そこはやはり私自身がお伝えするのが肝要ではないでしょうか」


 そう小首を傾げるノノリは、改めて見れば、軟禁生活によって多少やつれてはいるものの、肩下までの指通りの良さそうな栗色の髪に、たれ目気味の優しそうな顔、やつれたことで危うい色気も出している。

 特に髪質が良くない。

 勇者殿の髪へのこだわりはなかなかのものですから。

 視線を下に向ければ、王宮の侍女に選ばれるだけあって、均整のとれた肉体に、安産型の腰部。いや、安産型とは、今は何も関係ないですが、エルフは総じて身が細いですからね。

 私はハーフですけど。


「……いえ、結構ですよ?」

「今なんで私の身体を舐めるように見ておられたのでしょうか」

「勇者殿も、そろそろお年頃ですからあまり若い娘を気軽に近づけるものではないですから」

「そりゃあ、イシュカ様にしてみれば……ヒッ」

「何か、誤解があると、思いませんか?」

「勇者様も、これから大変でしょうから、気を回しすぎるという事はないとは思います」

「でしょう」

「勇者様、お優しそうでしたね」

「まさか私がハーフエルフだと知っても憧れるかのような眼差しをされるとは思いませんでした」

「まぁ……それで」

「えぇ……それで」


 そう、勇者殿のいうエルフは耳の長い妖精種の事だ。

 あの絶世の、という言葉では足りぬ美貌を持った者達をエルフと想像されていた勇者殿からすれば、普通の純粋なエルフですら劣る。

 それなのに、中でもとりわけ半端なハーフである私などの瞳を見て、星のようで綺麗だと仰られた。

 それどころか、私を通してエルフに想いを馳せられた。


 森に住まうエルフが聞いたらどう思うだろうか。


 侮辱されたと思う者が半分。

 ハーフよりもよほど美しいだろうと自慢する者が更に半分。

 ハーフをエルフと思う事の勘違いを正そうとする者が残り。

 まぁ、それはそれで良い。他を知らないのだから。


 外に出てきたエルフは融通の効く者が多いが、それでもエルフの価値観を捨てられない者もいる。

 どちらにしても積極的に接してくる者はまずいないが。


 そこに来ての勇者殿の混じり気なしの憧憬の眼差しはなかなかに堪える。

 異世界から来られた者だからだろうか。

 それとも勇者殿が特別なのだろうか。


 言っても詮無いこと。

 何にしても、私にとって得難い存在である事には違いないのだから。


「さて、そこらへんの話は他でしましょう。まずは、傀儡蟲の呪縛から解放されましたし、覗かれる心配も無くなりましたから、ノノリから話を聞かねばなりませんね」

「分かっております」


 引き締めた顔でお互いに頷き一つ、害虫駆除に向けて足を踏み出しましょう。



大丈夫でしたか、ね?

一応、さささっと流した感じですけども。


ところで、前に、ボラの腕が吹き飛んだ時にシュラーさんが回復魔法を使う時に癒符陣なるものを使ったのに、今回は使わないの?

と、疑問を持たれた方への回答を置いておきます。


回答になってるかはともかく!


えっと、傀儡蟲など、邪法になるようなモノは特に、自身に直接作用する魔法に抵抗するように作られています。

これはそーゆーものだと考えて下さい。

で、陣を使ったりすると、臆病で警戒心の強いこれらの蟲は気づいてしまう。

ので、一気に畳み掛ける為に使っていません。

神殿に連れていくのも同様な感じです。


とゆー設定があります。



とゆーことですが、相変わらずそこらへんは主観視点ゆえに語られないとゆーorz



後、ノノリって誰ですか?

となった方へ

女王様のお茶会の時に最後に出てきた侍女です。

それと、食堂でユウトとお食事の権利を勝ち取った人です。

異世界じゃんけん、ソアマー。


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