練武場にて
世の中は大変ですけど、暇潰しにでもなれば良いですねっ
「ベンド・バローズと言います! 気軽にベンドとお呼びください勇者様!」
かかとをカッと揃えてビシッと右手を胸に当てる敬礼っぽいのをしながらそう言ったこの人は、ボラ曰く、帰りの護衛だそうで、この後もちょっと他にやる事があるボラに代わって屋敷まで着いてきてくれるんだって。
「えっと、ユウトです。よろしくお願いします?」
「ハッ!」
え……っと、これが体育会系、かな?
「おい、ベンド。ユウトがビビるから普通にしろ」
「これが普通であります!」
「嘘つけこの野郎。まぁ、すぐに分かる。スマンが帰りはコイツで勘弁してくれ。いざとなったら肉盾にしていいからな。帰りは寄り道してもいいが、あんま遅くなんなよ? テリアも分かってると思うが、変なとこに行くなよ」
「大丈夫ですよー」
じゃ、後は任せた、と殿下の部屋に戻ったボラと別れて、ベンドの先導で城の中を歩く。
「ベンドさんは、騎士の人なの?」
「へ? いえいえ、ワタシは、しがないそこらの雑草みたいなものでありますよ!」
「雑草なんですか? ボラ様からベンド様なら問題ないとお伺いしてますが……」
「い、いや〜。俺、ワタシなんてですね、お嬢に、あ、お嬢様からすれば雑魚も雑魚ですから、で、あります!」
「「へぇ〜」」
先を行くベンドさんがカクカクと歩く中、テリアと二人、目を合わせる。
この人、無理してるんだなぁ。
「でも、ボラの下で働いてるんでしょう?」
「まぁ、そうです、で、あります!」
「それならベンド様はやはり優秀な方ですよ、ね? ユウト様」
「うん。あのボラの下にいれるってだけで凄いと思うな」
「そうで……なんて事はないであります! あんの歩く非常し……コホン、世に囚われない方ですからね、お嬢、様は」
なんかちょっと面白い人だなぁ。
さっきから、本音の漏れっぷりが。
「ベンド様は、エメベール家にお仕えされてるんですか? それともボラ様の直属でいらっしゃいますか?」
ん?
「一応は、お嬢、様の直属ですね、で、あります! 家を出られてからは随分気を抜ける……穏やかな日々を過ごさせて頂いてあります……? 頂いてます!」
「……あの、ほんとに喋り方、普通でいいですから」
「これが俺の、ワタシの普通であります!」
「ほら、俺って、ベンドさん。僕は勇者だけど、子供だから気を遣われると困るなーって」
「まぁ、ここまでユウト様に言わせた時点でダメですけどね」
「テリア! そーゆーの言っちゃダメだよ。ベンドさんだって、それで怒られちゃうかもなんだし」
本気じゃないから、くすくす笑いながらなんだけど、緊張してるベンドさんからすれば、気が気じゃないんだよ。
「えーっと……? ホントに?」
「はい」
「後でお嬢に告げ口しません?」
「しないですよー。と言うか、ボラもそんな事で怒ったりしないと思うけど。結構優しいですからね、ボラ」
「はァ!? 勇者様は目が腐ってるんですか!? あの暴虐が服を着て歩いてるみたいなアレが、優しいって!」
「そ、それは言い過ぎじゃ……」
アレ扱いなんだ。
まぁ
「確かにボラは口が悪いし、態度も良くはないけど、ちゃんと気遣いも出来るし、結構周りのことよく見てると思うけど。テリアだと違うのかな?」
「そーですねー。私も噂からするともう少し怖い方かと思ってましたけど、そうでもないですよね」
「こっちゃ実体験なんですけど! お二人共騙されてるんですよ、あの悪魔に」
そこから、ベンドさんによるボラの悪逆非道ぶりが出るわ出るわ、止まることなく吐き出される呪詛みたいなボラの過去の暴虐っぷり。
「分かりましたか!? アレは人間じゃないんですよ!」
唾飛ばす勢いで熱弁奮ってたベンドさんだけど、急に口を噤んだ。
後ろにボラが来たとか?
と、思って後ろを見てみたけど誰もいないし。
「まぁ、ボラもきっと何か理由があったんですよ」
「勇者様は被害にあってないからそーゆー事が言えるんですよー!」
「でも、僕もいきなり投げ飛ばされたりしたよ?」
「そーゆー奴なんです! どうですか、その時死ね! とか思ったでしょう?」
「えーっと……このままだと怪我しそうだな、とか、痛いのヤダな、とか、誰かにぶつかったりしないかな、とかは考えたけど……うぅん?」
「天使かっ!?!」
「そうです」
「違うからね? 何言ってんのテリア」
頭を掻きむしってるベンドさんは、なんで分からないんだ! と嘆いてたけど、でも、僕、そんなとこ見てないしなぁ。
まぁ、あれだね。
不満溜め込むのって良くないし、ちょっと発散した方がいいと思うんだ。
「あ、ベンドさん、訓練場? みたいなところに案内してもらうのは大丈夫?」
「訓練場? あぁ、練武場ですかね?」
「前に、騎士の人から一緒に訓練やりましょうって言われてたから、ついでに行ってみたいなって。ダメ?」
「あー……大丈夫ですかね?」
「城壁内ですし少しくらいであれば構いません」
それならと歩く先を少し変えて、練武場に向かった。
そこでは、何十って人が、剣だったり槍だったりを持って、訓練をしていた。
「おー」
そのまま中に入る訳にも行かないし、ちょっと外側で待機だね。
今、テリアが訓練に参加してない人の方に行って、話を付けてくれてる。
「勇者様は、訓練がそんなに珍しいですか?」
「うん。初めて見たもん」
「初めて?」
「前にも来たことはあるけど、その時は朝だったから、人少なかったし」
「じゃあ、今までは道場で鍛錬されてたんですか?」
あ、そっか。
僕が勇者になる前の事とか知らないんだ。
言っても大丈夫かな。
まぁ、ボラのとこの人だし大丈夫だよね。
「僕、ここに来るまで剣とか握ったこともなかったから」
「はい? 勇者様なのに?」
「ここに来るまでそんなこと知らなかったもん」
「マジですか」
「マジだよー」
あんぐりと、って言葉が似合う感じでびっくりしてたけど、僕がそういうのした事ないって、きっとすぐに分かっちゃうから隠しても意味ないし。
「ユウト様ー!」
テリアがおいでおいでーってしてくれてるから、僕もようやくそっちに向かう。
「お初にお目にかかる。ネジンと申します。以後お見知り置きを」
「初めまして。ユウトです。無理を言ってすみません」
「ははっ、構いませぬ。勇者様に御観覧頂けるとなれば、誉れであれ、何も悪いことなどありませぬよ」
「あっと……ちょっと訓練に参加したいんですけど、ダメですか?」
「む……参加ですか……ふむ」
「無理にとは言わないですけど、ここにいる人かは分からないけど、前に時間あったら訓練しましょうって言われたので」
「そうでしたか。それでしたら、少し時間を設けましょう」
「あ、ちょっと身体を動かしたいなってだけですから。それに僕はまだ下手くそなので、みんなに見られながらはちょっと」
「で、あれば、そうですな……もう少ししたら組手を始めますので、そこに混じる形では如何ですかな?」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたらちょっと怒られた。
貴人の頭は安くない。と。
ベンドさんも参加させていいかと言ったら当のベンドさんから待ったが掛かった。護衛だからと。
でも、今ここには騎士がいっぱいいるし、一度くらいならいいんじゃないかって、押し切った。
まぁ、一度だけでも、訓練に参加して身体動かせばスッキリするよね。
「生憎と、勇者様の身体にあったものがこれくらいしかありませぬ。御容赦を」
そういって差し出されたのは、多分短剣、かな。
他の人たちが使ってるのはもっと長いから、多分。
でも、まぁ、参加することに意味があるってやつだからこれでいい。
普段、屋敷で使ってるのは、もう少し長いけど、細いやつだから、こっちの方がリーチは短いけど、こっちの方が重い。
まぁ、大人の人が使う用だから、仕方ないね。
さすがにこのままの格好だと動きづらいから、テリアに上着とか、手袋とか、預かって貰って、ちょっと素振り。
ネジンさんの止め! の声で一旦、休憩に入った騎士のみんなからちょっと注目されつつ、身体を解していく。
「貴様ら! 有難くも勇者様が、我等の訓練に御付き合い下さるとの事だ! 無様な真似は晒すな! より一層の気合いを持って臨め!」
「「「ハッ!」」」
うわぁ!?
何言ってるの!?
ネジンさんの、言っておきましたよ! みたいなイイ笑顔に引きつった顔しか返せない。
本気でやられたら死んじゃうよ!
いや、手抜きして欲しいわけじゃないけど!
そんなわけで、あれよあれよと、真ん中辺りまで連れてこられて、大注目の中で向き合ってる。
いや、みんなはみんなで組手するんだよね!?
「……勇者様、緊張されんで下さい。身のこなしで分かります。こちらは受けに回りますから、ご存分に今の全力でお願いしますよ」
「で、でも……」
「みんな分かってます。それでも、勇者様がここに来てくれて、一緒にやろうってそれだけで嬉しいもんなんです。だからかっこいいとか悪いとか、そんなもん気にせずに、どうぞ」
始め!
と、かかる声になんだかんだと周りの人達も打ち合い始める。
僕の方にいくらかの意識が向いてはいるけど、それでも、手抜きしてる感じはしない。
ここに来たのは、僕の意思だ。
僕の前で構えて、さぁどうぞ、と、促されて、まだ未熟な僕を、恥ずかしがってるだけじゃダメだと思った。
そうだ。
僕は、まだひよっこで、剣も習いだしたばっかり。
魔力が高いと身体が動かしやすくなるみたいで、日に日に良くはなってるけど、それでも、身体の動かし方はぎこちなくて、拙い事が僕にだって分かる。
それでも、ここに僕がいるのは、みんなに、僕を知ってもらえるからだ。
ベンドさんのなんだかんだは、そりゃそうだけど、それだけじゃない。
歓迎会の時にみんなは歓迎してくれてたろうか?
表面上は、そうだった。
でも、内心はどうだろう?
こんな子供がって、思ってなかったわけない。
剣も握ったことがないのに勇者ってだけで持ち上げられて気分いいわけない。
それでも、たくさんの人が笑顔で話しかけてくれた。
僕が未熟な事なんて、みんな知ってる。
だから、それでも、僕が頑張ってるんだよ!
って、みんなが頑張ってる中で、急に出てきた僕が、みんなの期待を裏切るだけの存在じゃないって。
そう分かってもらうには、今の僕を見てもらうしかない。
右も左も分からない子供が、一ヶ月で、これだけ成長しましたって、見てもらうんだ。
魔力の扱いも少しは分かってきた。
ちゃんとした魔法はまだ使えないけど。
伊達にボラから毎日の様に体術を学んでない。
身体の動かし方を少しは分かってきた。
だから、僕の、努力があったと、そのテストなんだ。
「行きます!」
「おうさ!」
グッと腰を落とす。
身体のバランスを取るには、腰が高いとダメだ。
深呼吸して、肩の力を抜く。
余計な力みは、ただでさえ良くない身体の動かし方をより悪くする。
右手に持った短剣を、軽く握り直して、一歩。
身体を倒して、更に一歩。
まずは、スタートの合図と、剣を後ろに引いて、相手の顔を見る。次の一歩。
そして、剣だけに視線を集中する。もう一歩。
剣道なんかで、竹刀の先を軽く合わせるみたいに、でも、僕なりの精一杯の、踏み込む一歩。
構えられた木製の鐘に、狙いを定めて、踏み締める一歩。
身体を捻るように、全ての力を乗せるだけ、乗せられるだけ、乗せた、振り上げる一閃が、木剣を強かに打ち据える。
カァーーーン!
短い、いつもよりも少し短い短剣が、ガッチリと打ち合わせるつもりの打ち込みを滑らせて弾く。
上に逃げる剣閃に、いつもよりも重い短剣に、身体が引っ張られて流れる。
構えた騎士の剣は、衝撃を逃がすように少し持ち上がるけどそれだけ。
ちゃんと構えて、力も乗り切らなかった一撃なんて、大したことはない。
受けに回るって言ってはいたけど、あからさまな僕の隙に、咎めるように流れいく身体の先に剣を置かれる。
ぶつかるだけで斬られるぞ。
と、教えられる。
でも、僕は腰を落としていた。
だから、身体が伸び切る前に、まだ踏みしめていられる足を使って、置かれた剣を避けるように蹴って距離をとる。
ただそこに置かれた剣を避けるだけの無様な回避。
それでも、それだけの事で、回避は出来た。
手加減もいいところ。
だけど、これすらも最初は出来なかった。
僕の小さな成長。
もちろん、ここで止まっていたら、それで終わり。
初撃を打って、回避して、精一杯。
それじゃ、オッソにも届くわけない。
届かせるなら、一撃じゃダメだ。二撃、三撃、と続けなければ、こじ開けなければ、届くはずもない。
振り抜いた剣に引きずられるように伸びた身体に、腹筋に力を入れる。
蹴った事で宙に浮いた身体を、伸びたバネが戻るみたいに戻して、そのまま二撃目を打ち据える。
当然のように弾かれ、距離を空けた。
後ろに弾かれた身体を足で踏ん張り、その反動を使って、初撃よりも深く前に身体を倒して、横殴りに太もも辺りに一閃、弾かれる。
その勢いで、ぐるりと身体を回して、遠心力も乗せた一撃を逆に打ち込む。弾かれる。
低い場所へと、上から押さえつけるように返された力を溜めて、ボールが跳ねるように切り上げ。
一歩引かれる。
でも、僕はまだ前に進んでる。
追いすがって、切り上げて重さのある短剣に引っ張られるのに逆らわず、更に追いかける様に力を入れて、身体をさっきと逆に回す。
短剣の重さと、僕の身体が全部乗った横薙ぎ!
カァーーーン!!
それも、当然のように止められて、無理な体勢になっていた僕はつんのめるようにして地面に転がった。
勢いのついた身体はころんと一回転して、そのまま立ち上がる。
そこで、ようやく、息をついた。
「はぁ〜。やっぱりダメですね! ちょっと訓練したくらいじゃ全然届きません」
「何を仰いますか。まだひと月、それでここまでよく打ち込まれてきました。最後の一撃など、力の乗った良い打ち込みでした」
これで終わりますか。
と、そう目で聞かれて
もう一度お願いします。
と、改めて構えて、また向かっていく。
そうして、何度か打ち込み続けて、少し息が上がったところで、反省会。
僕のどこが悪いか。
どこが良いか。
どうすればより良くなるか。
それを実際に見せてもらって、動きを反復。
そして、次の人に交代。
途中、ボラがベンドさんを連れて行って、もうしばらく続ける事になったけど、いつもと違うって事がとても楽しかった。
「ありがとう、ございましたー!」
「お疲れ様でした!」
五人目が終わったところで、僕の体力がキツくなったのを見逃さなかったネジンさんに終わりだと言われて、いつの間にかテリアに用意されていた椅子に沈むように座り込んだ。
「ユウト様、お疲れ様でした。お茶をどうぞー」
「ありがとー」
むぎ茶みたいなのを渡されるままに一気飲みして、すかさず注がれた二杯目にちょっと口をつけて、ほうと息をつく。
「やっぱりダメだねえ。全然抜けないもん」
「そりゃあ、そうですよ。いくらユウト様が凄くてもまだまだ身体が出来てませんからねー。でも最後の方は相手方もヒヤヒヤしてたと思いますよ」
「そうかな?」
「そうですよー」
そうだといいな。
本当に、魔力って凄い。
毎日、どんどん身体が良くなっていくのが分かるもん。
身体をどう動かすかって、ボラに色々言われながらやっていくと、ちゃんと出来るようになる。
普通にやってたら、それこそ身体の成長を待たないと伸びないと思うのに、ここでは魔力が馴染めば馴染むほどそれに応えてくれる。
ちょっと怖いくらい。
「勇者様、お疲れ様でした」
「ネジンさん、こちらこそありがとうございました」
そこにネジンさんがやってきた。
すかさずお茶を用意したテリアからカップを受け取って一気に飲むと、おかわりは断って、僕に頭を下げた。
「勇者様を軽視した己が恥ずかしい。お許しください」
「えぇ!? 何で、そうなるんですか!? 僕、ネジンさんに軽視なんてされてませんっ!」
ネジンさんが言うには、ごっこ遊びでもしに来たくらいに思っていて、適当に遊んでやれば満足するだろうと思っていた。
でも、そこはネジンさんも騎士で、僕が全力でやっているのが分かった。
それで、そんな僕に偏見を持ってあたった事が許せなくなったそうだ。
「ダスランの目も曇ったかと思っておりましたが、曇っていたのは己の目でした。御容赦を」
「……謝られる事なんて何もないです。僕は今日とても楽しかったので、それしか覚えてないです。なので、次に来た時にも楽しいといいなと思ってます。また、遊びに来てもいいですか?」
「是非もなく」
「次来る時は、絶対にみんなに一撃入れますから、覚悟しておいてねって言っておいて下さいね!」
「勇者様の成長ぶりだとうかうかしておれませんな。ははっ。よく言っておきましょう」
そうして握手をしてから、練武場を後にした。
うん。
これなら、制限付きのオッソにも当てられるかな。
大丈夫。
そしたら、僕も一端の剣士みたいなもんだもんね。
頑張ろう!
皆様もコロナにお気をつけて下さいねっ!