フタワ子爵
お菓子どこ行った
「これでいいの? ホントに変じゃない?」
自分の身体を捻ったりしながら見下ろしてみて、やっぱり派手なんじゃないかと不安になるけど、みんなは良くお似合いですよ、と絶賛するだけだから、逆に心配になる。
白のスラックスに淡い緋色の上着……これなんて言うんだろう? 燕尾服みたいな後ろにしっぽが生えてる感じのヒラヒラがある。
というか、赤は派手だから止めようって言ったのに!
絶対似合ってないと思うんだけど……チラッと見ればウチのメイド達はうっとり。
諦めて姿見に映る僕を見る。
最近、少し太くなってきたけど、まだまだ細い身体を包むのは、明らかにゴージャスな礼服。
緋色が濃くなくて本当に良かった。
淡い、あんまり主張の強くない緋色は、着ているのが僕なのが勿体ないくらい綺麗で、自然と目が引き寄せられる感じ。
そこに縁どりに金糸で刺繍がしてあって、派手だけど、やっぱりそこまで派手さを感じないのは、控えめな感じだからかな。
それに白のスラックスに白の手袋。手袋!
寒くもないんだけど、これも服装の嗜みなんだとか。
それで、スカーフみたいなのを首から垂らしてそこに見慣れた僕の顔が乗っかってる。とても困った顔をしてる。ホント困ったね。
これでお城に行くんだ……。
「そんなに心配しないでいーのに……ねぇ?」
「そうですね、とてもお似合いですよ」
「ユウト様、かっこいい」
べた褒めだけど! どうしたって服に着られてる感じがするんだよね。
というか、みんなは、僕がかっこよく見えてるから当てにならない。
もうどうしようもないし、諦めてリビングに移ってお茶をしながら今日の予定を確認する。
コルモ殿下に会うだけのはずだった僕のお城行きは、丁度いいからと、バーレンティア国王陛下からの叙爵もやっちゃおう、みたいな話も絡んで急に慌ただしくなった。
そう、僕はお貴族様としての地位も付いてくる。らしい。
まぁ、勇者ってだけじゃ、よく分かんないもんね。
打診があったのは、子爵、貴族の位としてだけみれば高くもなく低くもなく、だけど、どこでも同じで、上に行くと人数も減るから、実際にはかなり上の方になる。
まぁ、上の方になっても、貴族の知り合いなんてほとんどいないし、貴族としての地位はお飾りだから、あんまり価値はないと思うけど。
「ユウト、そろそろ行くぞ」
「あ、うん。分かった」
今日の登城は、予定が変わって叙爵がメインの、コルモ殿下へのお願いがサブになっちゃったから、貴族の付き添いというわけでボラが僕に着いてくる。
少し前までは護衛は二人だったけど、僕もあと少しで半人前卒業だからか最近は一人になってる。
半人前卒業しても一人前には程遠いから勘違いはしちゃいけない。
御者役にいつもの様にオッソと、お茶汲み要員でテリアも連れていざお城へ!
なんて
気合いを入れてたんだけど、叙爵はなんか割と雑というか適当というか、最初に謁見した時と違って、人も少ないし、陛下からお言葉貰って、頑張りますって感じの返事して、終わり。
控えに戻ってボラに聞いてみたら、まぁ納得だけど。
「一々子爵の叙爵なんぞで時間使ってられるか。みんな忙しいんだからな」
とはいっても、上の貴族の方で異動があったりすると大変みたいだけど、滅多にないみたいだし。
でも、それなら僕はこの服じゃなくても良かったんじゃ……?
「ユウト、お前の考えてる事は分かるが違うからな?」
「え?」
ニヤッと笑ったボラが得意そうに言う。
「あそこにいた奴らは雀って言ってな。お前の叙爵を他の奴らに伝える役目も持ってんだ。だから、人がすくねえからってあんま気を抜いてっと、バカにされんだよ。だから服装も態度もちゃんとしてねえと知らねえ間に広まって大変な事になんだよ」
なにそれー!?
「そ、そーゆーのはちゃんと教えてよ!」
「先に教えたらダメなんだ。これは、ユウトの人柄なんかを見極めるのにも使われるから、事前知識は持たせない。これはエランシアの貴族家の裏の法だな。お前が謙虚な性格で良かったぜ」
そういって頭をグリグリされたけど、なんか納得行かない。
抜き打ち検査みたいな感じだもん。
「すねんなよ。女はドレス着ていい男捕まえるのが仕事だけどな、男は家を守る必要があるんだ。人がすくねえからってテキトーする様な奴は後で痛い目を見る。人が居なけりゃサボりますって言ってるようなもんだからな。上に立つ奴がバカだと下が苦労すんだ。バカは要らねえんだよ」
「……ボラもこれやったの?」
「……お前にゃ俺が男に見えんのか? えぇ?」
「え……じゃあドレス着て男の人捕まえたの?」
「んなわけあるか」
ぺしっと頭を叩かれた。
でも、そうじゃないならボラは何したんだろう?
「俺は騎士だからな、礼装だ。ドレスなんぞ着てられっか」
心底嫌そうに言うけど、ドレスって僕はあんまり見ないんだよね。
いや、アイリスさんのは僕からしたらいつもドレスみたいなものなんだけど、普段着みたいだからドレスとは違うみたい。
最初の謁見の前に会った時のがギリギリドレスといえるくらいだそうな。
後はシャロハナ様のお茶会の時の二人はドレス、だと思うけど、アレはどっちなんだろう。アレも普段着くらいなのかな。
まぁ、確かにひらひらふわふわしてるからボラにはああいうのは似合わないかもだけど、チャイナドレスみたいなシュッとしたのなら似合うと思うんだけどな。
「ここにはひらっとしたドレスしかないの?」
「は? ドレスがひらひらしてねえと、それはドレスじゃねえだろうが」
「や、あのね? 僕のとこには……えーっと……ん、よっと……こーゆードレスもあってね?」
魔力操作で光の線を浮かべて、僕のイメージを中空に描く。
まぁ、輪郭をなぞるくらいだけど、形が分かればいいし。
「……随分器用になったな。というか、これもドレスなのか?」
「僕のとこではチャイナドレスって言われてるよ。武闘家みたいな人が着たりするのもあるし、そこまでは描けないけど、本当は刺繍とかもいっぱいされててすっごく綺麗だよ」
「ほーそりゃいいな。俺もこういうのならまぁ悪くねえ」
ふんふんと感心しながら見てるボラだけど、僕は気づいてるからね。
ドレスそのものより、武闘家が着てるという点で感心してるのは。
「それでしたら、今度仕立ててみたらどうですか?」
「だな。ドレス作りてえとか言ったら泣いて喜ばれそうだ」
お茶のおかわりをとぽとぽ淹れるテリアも、何だか興味があるみたいで一緒になって話し始めた。
「ユウト様、これ、後で紙に描いて下さいますか?」
「いーけど、僕もそんなしっかり覚えてるわけじゃないから、適当になるよ?」
「そこはこっちで何とかしますから」
そんな事を話しながら、コルモ殿下のお使いの人が来るまであーだこーだと話していた。
「やぁ、フタワ子爵、よく来てくれたね」
案内されて来たのは、コルモ殿下の執務室。
「で、出来ればユウトの方がいいです」
向こうじゃ苗字が普通だったけど、こっちに来てから苗字呼びされてなかったから、なんか、ムズムズする。
「分かったよ。ユウト殿、これでいいかい?」
「はい、すみません……。なんか変な感じで……」
「構わないさ。いきなり爵位付きで呼ばれても座りが悪いだろう?」
その通りです。
ちょっと待っててくれ、というのに返事をしてソファに座る。
部屋に通されてはいるけど、コルモ殿下は何か書類みたいなのを読んではカリカリと書いたりしつつだから、なんかお邪魔なのかとも思ったけど、周りの人は普通にしてるから、これがいつものことなのかと思った。
やることも無くて周りを見れば、そこは壁の一面が本でいっぱいになってて、ちょっと読んでみたいと思った。
まぁ、お仕事で使う用の本だろうから、僕にはつまらないかもだけど。
しばらくして、椅子の軋む音に、本に向けていた視線をコルモ殿下に戻すと、僕の方に歩いてきて苦笑いを浮かべた。
「すまないね、待たせて」
「いえ、大丈夫です。僕こそ、急に変なお願いしてすみません」
「構わないさ」
ひらりと手を振って僕の前に座ったコルモ殿下にお茶が置かれて、一口つけると、さて、と呟き僕に顔を向けた。
「あー、その前にだな、コルモ殿下、わりぃけど人払いしてもらっていいか?」
「……構わないけど、トスキアの戦姫が随分と肩入れしたものだね?」
「ま、ちょっとな」
「ふぅん? まぁ、いいけど、信用は出来るから。でも、副官のケリッヂだけは許して欲しいね」
「あぁ、そんくれえは構わねえさ」
さっと手を挙げたケリッヂさんに従って部屋にいた他の人達が外に出ると、改めてとこちらに促す様に口を開いた。
「で、僕に協力して欲しい事っていうのは?」
協会にスキルを貰いに行きたい事。
しかし、向こうの司祭がちょっと怖くて信用出来ない事。
ツテのある司祭の資格を持ってる人でお願い出来そうな人がほとんどいない事。
それで王族なら持っているというコルモ殿下にお願いしたいという事。
それらを話すとコルモ殿下はそうかと言いながら笑った。
「随分と熱心に勧誘されたといったところかな?」
「はい。それでちょっと困っちゃって」
「彼らの気持ちも分からなくはないが、そういう事か。ふむ」
何でも、現在、協会には聖女はいても聖人はいないらしくて、あの人たちの中ではそれが問題なのだとか。
それで勇者な僕がありえないくらい聖痕を持ってることから、取り込もうとしているみたい。
「その、よく分かんないんですけど、勇者が聖人でもいいの?」
「勇者は、そうだね……分かりやすくいうと称号みたいなものなんだよ。大っぴらにはそんなこと言えないけどね。だからユウト殿には爵位が与えられただろう? 面倒だとは思うけどね、それでようやくユウト殿の立ち位置が決まったようなものなんだよ」
勇者という存在には、明確な立場が無かった。
だから、僕が引越しをして外に出た時には、あっちこっちから声がかかった。
今のうちに自分達のものだって言っちゃえば、後から何を言ってもとてもとても面倒な事になる。
「まぁ、だから、これでやっとユウト殿はエランシアの貴族として立場が出来たってわけで、他のちょっかいは減ると思う。まぁ、ユウト殿にしてみれば僕達に首輪を付けられた様なものだから、その点については申し訳ない」
そういって軽く頭を下げるコルモ殿下に逆に慌てる。
「いえ、大丈夫です! というか、コルモ殿下は、その、すぐに謝ったりしたらダメ、なんじゃ……?」
王子様だもん。
王様ほどじゃないけど、そういうのは、なんか良くない、と、思うんだけど……いいのかな?
「じゃあ、この話はお終いだね」
「そーゆー引っかけみたいな事すんなよ」
にっこり笑ったコルモ殿下にボラが苦虫を噛み潰したような顔で苦情……苦情でいいよね? を言う。
「ユウト殿は気にしなくていいよ。ちょっとした様式美みたいなものだから」
「はぁ……わかり、ました?」
何がなにやらと思ってたら、ボラが教えてくれた。
「今ので全部水に流したって事だ。後で文句言うなよ? って事でもある」
「……? 別にコルモ殿下が悪いわけじゃない、よね?」
そういうと二人揃ってため息をついた。
なんで!?
ケリッヂさんまで顔を手で覆ってるけど、そんな変なの!?
「あんまり身内の恥を晒したくは無いんだけどね。これは国が決めた事だよ。ユウト殿を攫うのを良しとした、ね? それを公的にはちゃんと謝れない。それは国策を間違えたと言うことだからね。まぁ、いつも常に正しくはあれないけど、間違ってたからごめんなさいじゃ国は回らない。間違ってた? だから? と、いう立場になる事の方が多いし、それを無理矢理正しくするのも僕らの務めでね。今のは、そうだね……」
少し考える感じにしてから、ニヤリと笑って続きを言う。
「悪いとは思わなくもないけど君は怒ってるかい? あぁでも、謝らなくてもいいというなら謝罪は必要ないね」
という事さ。
と、肩を竦めた。
ええっと……?
つまり、僕がいいって言ったから、もう謝らないって事で、それを言ったのは僕からって事、だよね。
「んーと……別に何も困らないよ?」
「あーもう! お前は人が良すぎる!」
「そんなこと言ったって、やり直せないし、仕方ないよね?」
「いやこれは、罪悪感があるね」
ははっと笑ってるけど、ちょっと困ってそう。
でも、どうしようも無いことで、それに文句言うのって、なんかやっぱりズルいよね。
コルモ殿下は、直接関係ないし……。
犯罪者の家族を犯罪者みたいにするみたいな、なんか、そういう変な感じ。
それに───
僕は、この先の事は分かんないけど、少し、感謝もしてるから。
僕はここでは、きっと人に感謝される事があるんだって。
ウチのみんなも、きっと喜んでくれる事がある。
他にも、まだ僕に出来ることがある。
それが、とても嬉しいんだ。
「それで? わざわざ人払いまでして、これだけって訳じゃないんだろう?」
「まぁ、そりゃな。コルモ殿下に、ちょいと感想を聞きたくてな」
「……なんのだい?」
そばに控えてたテリアに目配せして、箱を持ってきてもらう。
良いですか? と、目で聞いてくるテリアにいーよと返して開けてもらう。
「これは……なんだい?」
開けられた箱からは、ひんやりとした空気が溢れている。
「これはな。アイスって氷菓子だ。ユウトの世界の菓子だな。その内に流通させるんだが、勇者印ってだけじゃ弱いだろ? まだ平民連中には知られてないしな」
「つまり、第二王子の僕のお墨付きが欲しいって事かい?」
「そういうこった」
興味津々な感じで覗き込んだコルモ殿下だけど、ケリッヂさんに制されて一旦ソファに腰を落ち着けた。
「念の為ですが、自分が毒味をさせて頂いても?」
「あぁ、もちろんだ」
「テリア、お茶の用意してくれる?」
「はい! かしこまりましたっ」
そうして、僕達の初めての金策は始まった。
大丈夫だよね。
あれから改良したもん。
ギリギリ3月に間に合ったー!
がんばれ!私、がんばれ!